【攻略生活8日目】
早朝、チェルを叩き起こして、北の山へ。
眠い目をこすりながら見上げると、白い曇天の中を黒いデスコンドルが優雅に飛んでいる。
「この山肌を登るのカ?」
「いや、登らなくても捕まえられるかもしれない」
デスコンドルは俺たちには目もくれず、遠くの地面を見ている。夜の間、弱った魔物を狙っているらしい。微かに砂の臭いに混じり、血の臭いがする。
俺が、そう思った時にはデスコンドルは急降下し、茶色い一角ウサギに迫っていた。一角ウサギも気づいて必死に巣穴へ逃げだし、突然立ち止まって襲い掛かるデスコンドルに額の角を向けた。
窮地に追い込まれたら、一角ウサギもデスコンドルに反撃する。脚に魔力を込めているようで、茶色い毛の間から赤く光っているのが見えた。
バンッ!
一角ウサギが地面を蹴って周囲に土煙を上げた。
急降下しているデスコンドルは一角ウサギの角を避けられないと思った次の瞬間、空中で一角ウサギの動きが止まった。
デスコンドルは難なく一角ウサギを地面に押さえつけて、ついばみ始めた。
「見たか?」
一緒に見ていたチェルに聞いた。
「見たヨ。空中でデスコンドルが即死魔法を使ったところならネ」
「即死魔法は時を止める魔法なのか。一角ウサギの勢いまで死んでたぞ」
「あぁ、そうだネ。デスコンドルが放っていたのは即死魔法じゃなくて、時を停止させる時魔法だったってことカ?」
「そうかもしれん。とりあえず、油断してるから捕まえちまおう」
俺たちは一気にデスコンドルに近づき、羽を縛り付け、頭に麻袋を被せた。
朝飯時なのか、山肌の巣からデスコンドルが何羽も飛び立っていく。大型の魔物が死んでいるのを見つけると、一斉に急降下してついばみ始める。
「とりあえず、全部捕まえるカ?」
「そうだな。魔境じゃ油断している方が悪い」
革ひもを用意して、俺とチェルはデスコンドルの群れに走り始める。
無論、こちらに気がついて即死魔法こと時魔法を放ってくるデスコンドルもいるが、対象さえ変えてしまえば問題はない。
チェルは氷魔法で分身を作って対象を変えていた。
俺は魔法の流れを読んで、魔力のキューブに閉じ込め、地面に捨てる。魔力がなくなれば、魔法の効果もなくなるだろう。
あとは、素早く羽を結んで目隠しをするだけ。
地面に8羽のデスコンドルが転がった。
「ジェニファーたちにも手伝ってもらおう」
「うん、いや、マキョー……」
「ん? どうした?」
二羽だけ持って帰って、人を呼んでこようとしたら止められた。
「今、魔法を捕まえた?」
「いや、捕まえたって言うか、魔力のキューブに閉じ込めただけだよ」
「そんなことできるのカ?」
「できるだろ?」
そう言うと、ものすごく睨まれた。
チェルは両手で二羽のデスコンドルを持って、井戸の拠点へと走って行ってしまった。俺も後を追う。またしても、俺はなにかヤバいことをしたらしい。
特に悪口は言っていない。だとしたら、魔力のキューブか。魔法を防ぐネックレスもあるので、極力魔力を使わない技がいいと思ったんだが。
拠点に戻ってみると、チェルが俺を指さしてヘリーに告げ口をしていた。
「ジェニファー、リパ、あと何羽か残ってるから、一緒に運んでくれるか?」
起きていた二人に声をかける。
「はい!」
「わかりました。いいんですか?」
ジェニファーはチェルと笑っているヘリーの方を見て、聞いてきた。
「いいんじゃないか。なにが不満なんだか。とりあえずヘリーが笑ってるってことは大した問題じゃない。行こう」
二人を連れて、残っていたデスコンドルを運び、朝飯前に訓練を始める。
革ひもをほどいて目隠しを外し、デスコンドルを解き放つ。羽ばたきが遅く、時間はかかるが怪我している様子もなく、飛び立った。
上空まで逃げるデスコンドルを確認して、ジェニファーにスライム壁を出すよう頼む。昨日と同じように、スライム壁の弾力を使って上空へと跳んだ。
着ているインナーが肌に張り付き、口が一気に乾く。頂点まで到達すると、あとは落下するだけ。狙ったデスコンドルは北に向けて飛んでいるところだった。
風魔法を拳に込めて、デスコンドルの進行とは逆方向に突きを放つ。
ボフッ!
拳の先から突風が吹いて、俺の身体が飛んでいるデスコンドルに一直線。ぶつかる直前に身体を捻って躱そうとしたが、肘がぶつかってしまった。
あえなくデスコンドルは地面に真っ逆さま。俺も勢いを殺せず、拠点からかなり遠くで着地することとなった。
「殺しちゃだめですよ」
戻ると、ジェニファーに言われた。すでに死んだデスコンドルの羽を毟っている。
「マキョーさんは巨大魔獣の足を折るつもりですか」
リパにまで言われてしまった。
「わかってはいるんだけど、空中での移動が難しいんだ」
空を見上げると、デスコンドルが滑空するように飛んでいた。
凧のようなものを作って滑空して移動できればいいが、巨大魔獣の周囲は暴風が吹いている。
「空中でも走れればいいんだけどな」
「それが冗談に聞こえないから笑えないのだ。マキョーの場合は」
ヘリーが近づいてきて、朝飯の準備ができたと伝えてきた。デスコンドルの肉は昼飯だそうだ。
井戸の近くで火をおこし、周囲に串焼きが並んでいる。こんがり焼いたワイバーンのもも肉。野草とキノコのスープに、丸いパンも付いてきた。
パンを焼いたチェルは相変わらず不満げだ。
「な、なんの喧嘩?」
昨夜、縫物をして徹夜していたシルビアが聞いてきた。
「知らん。一緒にデスコンドルを捕獲したら、怒ってるんだ」
「怒るダロ!」
「マキョー、エルフの国でも魔族の国でも魔法を捕まえたという事例は歴史上ないのだ」
どうやらチェルは俺が魔法を捕まえたことが不満らしい。
「でも、魔法は防げるだろ? 防御魔法があるんだから。上下左右前後ろの6方向で防御魔法を使えば、閉じ込められるのは当たり前じゃないか。大した技じゃないから誰も歴史に残さなかっただけさ。きっと」
チェルは食べ終わった串を投げつけてきた。俺は咄嗟にそれを掴んで火にくべる。
「魔法学を勉強した私がバカみたいじゃないカ!」
「魔法を同時に複数展開させるのも、かなりの修練が必要なのだ。チェルの気持ちもわかってくれぬか」
「知らねぇよ。自分が苦労したからって、他人にまで苦労を強要するんじゃない」
「そう言われると、そうなのだが……」
「俺だって、苦労してないわけじゃない。一向に空中を移動する方法は思いつかないし」
「なるほど、誰でも別の苦労をしているということですね」
リパは頷いていた。
「違うゾ。パンも食べられないスラム街の子供の苦労と、高いワインを飲めない貴族の苦労は違う。マキョーは贅沢なんだヨ」
「えぇ~、俺だって学校で勉強できるくらいの才能は欲しかったけど」
「そ、そ、それだけの才能があるのにか? 今のは、私もムカついた」
今度はシルビアが睨んできた。
「周りがその人物の価値を判断できるかどうかが重要なのだろう。それに、この魔境がなければ、マキョーの価値がわからなかったのではないか?」
「その通り! 俺には身体的な能力よりも、どこに誰といるかのほうが重要な気がするよ。どんなに強くなったところで、魔境で生き残れなかったらしょうがないしな」
「マキョーさんは、私たちとはまるで価値基準が違うのでしょうね」
皆、朝飯を食べ終えたところ。
ちょうどよく俺に敵意が向いている。
「だったら、皆早く俺のステージまで上がって来いよ」
せっかくなので、思いっきり煽ってみた。
すぐに火の槍が俺の心臓に向けて飛んできた。さらに、こめかみに毒が塗ってある矢も飛んでくる。
俺は身体を捻り、火の槍を躱し、毒矢を掴んで地面に捨て、後方に飛び退いた。
「全員かかってこい。昨日のままじゃ、話にならねぇからよ」
そう言うや否や、リパが俺の後頭部を目がけて木刀で突きを入れてくる。ジェニファーは俺の正面にスライム壁を出して、躱す方向を制限してくる。
俺は横に飛んで、全員の位置を確認。シルビアが大きなマントを取り出して、なにかを狙っているらしい。
「調子に乗るなヨ!」
「許せませんね!」
「後悔するな!」
「ボッコボコにしてやる!」
「下剋上!」
全員、殺気や敵意を俺に向けてくる。
こうでなくてはいけない。巨大魔獣が現れる前に、最悪の事態を想定して、訓練しなくては。
例え、俺が巨大魔獣に乗り込めたとして、ミッドガードの古代人に身体を乗っ取られるかもしれない。その時は誰かが俺を止めないといけないのだ。
俺は俺自身をあまり信用してはいない。能力についても客観視できていないし、悪意が見えない古代人に事実だと言われれば、すぐに信じてしまうこともあるだろう。
騙される可能性は大アリだ。俺は俺の弱さを知っている。
魔境の契約書ですら騙されていたのだから、古代人にぶっ飛ばされるかもしれない。
魔境の地主である俺が騙され、魔境自体をいい様にされ、周辺地域を蹂躙するようなことがあっては困る。現代が古代に侵略されるなんて目も当てられない。
とんでもなく強い勇者か魔獣が現れて、止めてくれるかもしれないが、できれば俺は目の前で戦っているこいつらに止められたい。
氷魔法の球が周辺に降り注ぎ、毒矢の連射が正確に俺に向けて飛んでくる。
スライム壁に弾かれたリパが木刀で一閃。氷の球とスライム壁の隙間を縫って、後方に飛んだ。
躱すときに後方に飛ぶのは俺の悪い癖……。
そう思った時には俺の身体に藍色のマントが巻かれていた。
次の瞬間、マントが縄に変わり、俺は地面に転がされ、全員に見下ろされていた。
俺はあっさり負けたらしい。体のあちこちに打撲痕。骨も何本か折れているようだ。
「すまん。言い過ぎた。なにがあったか教えてくれ」
「マ、マキョーの時を止めたんだ」
シルビアが広げたマントには、東海岸のコンクリートに彫られていた魔法陣とほとんど同じ魔法陣が縫われていた。
俺の時が止まり、その間に袋叩きにしたのだろう。
「心臓が動き出すかどうかは賭けだった。ああいう実験的な訓練はやめてくれ。こちらの心臓に悪い」
どうやら俺の意図は通じているらしい。
「悪かった」
「演技してたのカ!? マキョーらしくもない」
「半分演技だ。だけど、俺は俺自身よりお前らを信じてよかったよ」
「随分、他人任せなんですね」
「頼りにしている。いざというときは頼むよ」
「善処します」
「骨が折れますね」
俺は縄を解き、折れた個所に回復薬を塗った。
「ところで、そのマント。魔法にも効果があるのか?」
「あ、あると思うが、どうしてだ?」
「空中での移動方法を見つけた」