【攻略生活7日目】
地平線から日が昇る前に、起き出して周囲を探索へ。空飛ぶ魔物を追い込み、巨大魔獣に乗り込む練習に付き合ってもらう。チェルが作り出した空に浮かぶ土の壁は、動きを予測できてしまうため、魔物に協力させることにしたのだ。
「し、し、使役しようか?」
「いや、それだと練習にならないからいいよ」
シルビアの申し出を断り、肌寒い岩の間を進んでいく。
狙うはワイバーンとデスコンドル。
デスコンドルは即死魔法を放ってくるが、ヘリーが作ったまじないのネックレスで防ぐつもりだ。
「魔法を防ぐネックレスだ。あまり魔法を使わないように」
「大丈夫だヨ。そもそも捕捉させなければ当たらないんだから」
チェルは余裕そうだが、俺はしっかりネックレスをして、前に作ったキングアナコンダの胸当ても装備した。
「マキョー、ビビってるのカ? 即死魔法なんか当たったとしても、効果が出る確率はものすごく低いんだゾ」
「それは魔境以外の即死魔法の確率だろ? ここはなにが起こっても不思議じゃない場所だ。忘れたか?」
チェルはちょっと考えてすぐにネックレスをつけていた。
ワイバーンもデスコンドルも切り立った山肌に巣を作っていた。羽ばたいて空を飛ぶよりも、羽を広げて滑空して飛んだ方が楽なのだろう。
シルビアが作ってくれたナイフの柄から魔力で杭を出して、山肌を登っていく。チェルは相変わらず、足の裏に粘着力のある魔力を出して登っていた。昨日よりは上手くいっているが、魔力の切り替えが難しいらしく遅い。ものにできたら強いので、俺は何も言わず置いていく。
巣に近づくと、ワイバーンの群れは「ギャーギャー」と声を上げて警戒し始めた。攻撃を仕掛けてきたが、頭をぶつけて墜落していく。
崖上の巣に辿り着くと、ワイバーンたちの攻撃は増す。爪でひっかいてきたり、絶叫を上げて追い払おうとしたり、後ろ足で掴みかかってきたりしてきたが、すべて殴って黙らせた。
ある程度、黙らせるとワイバーンたちは巣である洞窟の奥に篭ってしまった。
とりあえず気絶しているワイバーンを羽ごとロープで縛り、下にいるチェルに声をかける。
「おーい! 水魔法を用意しておいて~!」
「ハーイ!」
返事を聞いて、縛ったワイバーンを下に向かってぶん投げていく。
チェルは落下するワイバーンを魔法で水球の中に閉じ込め、衝撃を吸収。地面にゆっくり下ろす。なるべく傷つけないように運べるのは3頭だけ。
3頭下したところで俺も巣から下りて、ワイバーンを拠点近くまで持って行った。
ヘリーの回復薬でワイバーンの小さい怪我を治療して、気付け薬代わりの木の枝を鼻の中に突っ込んで起こす。
「ギャッ!?」
起き上がったワイバーンたちは、自分がどこにいるのかわからない様子だったが、俺たちを見てすぐに攻撃を仕掛けてきた。
さすがに飛んでもいないワイバーンの噛みつき攻撃を躱せるくらいには俺もチェルも寝ぼけてはいない。
しばらく躱していると、飛び上がろうとしてワイバーンが羽を動かし始めた。ただ、飛び立つのが下手なのか、なかなか後ろ足が地面から離れない。
バッサバッサ。
舞い上がる土埃だけ見れば今にも飛び立てそうだが、こちらを警戒してかタイミングを失っている。
「これじゃあ、訓練にならないヨ」
面倒なので、ワイバーンの後ろ足を掴んで思いきり空にぶん投げる。ワイバーンは空中でくるりと回転。体勢を整え、旋回しそのまま巣へと帰ろうとした。
ようやく訓練開始だ。
「ジェニファー、頼む」
「了解です」
ジェニファーはスライム壁を地面と平行に展開。俺はスライム壁に飛び乗り、弾力を使って一気に上空へと跳んだ。
飛んでいるワイバーンの遥か上まで跳んで、空中で移動。しっかりワイバーンを捕まえられるかどうかの訓練だ。
風の力に干渉してワイバーンを引き寄せたり、一気に近づけたりしてみたが、勢いがつき過ぎて、どうしてもワイバーンの腹に肘や足がめり込んでしまう。
地面に下りると、骨が翼から突き出たワイバーンが気絶して泡を吹いている。
巨大魔獣ほど質量があれば、あまり影響はなさそうだが、ミッドガードの住人達には怒られそうだ。
「やる気あるのカ?」
「魔力の調節が難しいんだよ。風力だって違うしさ」
俺はワイバーンを魔力で診断し、骨を元に戻して回復薬をかけてやった。気付け薬代わりの木の枝を突っ込んでもしばらく起き上がれそうにはない。
続いてチェルの訓練。同様にジェニファーのスライム壁を利用して上空に跳び上がり、空中のワイバーンに狙いを定め、ゆっくり風魔法で近づいていた。
「上手いこと移動するなぁ」
「でも、あれだと敵に捕捉されませんか?」
ジェニファーの言う通り、チェルはワイバーンに叩き落とされていた。
「もう一回!」
地面に落ちたチェルはすぐに起き上がり、再びスライム壁で一気に上空へ戻った。
今度は氷魔法の球を浮かばせている。氷の球を足場に移動しワイバーンを捕まえる作戦のようだが、強風にあおられ氷の球も遠くまで流されていた。
「鞭を使うか?」
調査から帰ってきて様子を見ていたヘリーが以前、修行で使っていた鞭を渡してきた。先にミツアリの魔石が付いていて粘着性がある。
試しに俺が上空まで跳び上がり、ワイバーンの足に鞭を絡ませてみたが、ワイバーンの体勢が崩れて、くるくると回りながら落下。再び重傷者を出してしまった。
「なかなか難しいものだな」
「足場さえあれば、いいんだけど」
身体を叩いて土埃を払う。
「マキョーさんたちもスライム壁を使えるようになればいいんじゃないですか?」
リパが尤もなことを言った。
「スライム壁は私が必死に習得した技ですよ!」
「でも、出来なくはないんじゃないか? コツを教えてくれよ」
「いや、足場だけでいいなら、マキョーの魔力キューブでもいいんだヨ。ただ、強風で流されそうなんだヨネ」
「そうか。それで空飛ぶ箒も使えないからなぁ」
意外に巨大魔獣が現れた時の嵐が厄介だ。
「め、飯にしないか!?」
考え込んでいたらシルビアが呼びに来た。
すでに昼を過ぎている。俺とチェルは朝飯も食べていない。急に腹が鳴り、一旦訓練は置いといて飯休憩にする。
「調査の方はどうだった?」
肉野草定食を食べながら、巨大魔獣出現場所を調査しているヘリーたちに聞いた。
「魔物たちもそろそろ来るのがわかっているからか、トレントとか足の遅い魔物たちが移動を始めていた。それから季節外れに枯れている植物も出てきた」
「俺たちより、巨大魔獣に慣れているから、引き続き見て行こう」
「ああ。マキョーたちは、デスコンドルを捕まえなかったのか?」
「今日はワイバーンだけだ。それでも空中で移動するのが難しい」
俺がそう言うと、リパがヘリーに「対象の話はしなくていいんですか?」と聞いていた。
「対象の話って?」
「ああ、マキョーはどこまで魔法を学んでいる?」
「いや、ほとんど学んでないよ。魔境に来てチェルに習ったくらい」
「体系とかわかってないと思うヨ。まして分類なんてほとんど知らないと思うケド」
チェルは俺の代わりに答えてくれた。
「そうか。では、説明しよう。魔法には範囲に向けた魔法もあれば、ひとつの対象に向けた魔法もあるのはわかるか?」
ヘリーが説明に合わせて、チェルが火の球を浮かばせたり、俺に火の矢を向けてきて補足してくれた。
「なんとなくわかるよ。精神魔法とかは対象があるってことだろ?」
「あー、いや、集団催眠をかける魔法もあるので一概には言えないのだが……」
「特異な例は置いといて、説明を続けたほうがいいヨ」
「そうだな。特定の誰かに向けた精神魔法なんかは対象がある」
「うん、それはわかるよ」
たぶん、俺とヘリーには知識の差があるのであまり余計なことは聞かないでおこう。
「で、今のところ見つけている時魔法の魔法陣なんだけど、すべて対象に向けたものなんだよね」
「そうなの?」
「ああ、例えば、時を早めて葉を枯らす魔法陣もコンクリートを保つための魔法陣も一つの対象に向けているのだ。おそらく巨大魔獣に組み込まれているはずの魔法陣も巨大魔獣という対象に向けられているはずだ」
ヘリーが、地面に魔法陣を描いて、その上に木の葉をばらまき、チェルが魔力を込めると、ひとつだけ木の葉が枯れた。
「つまり、古代人が使っていた時魔法は対象が必要だということになる」
「なるほど」
「逆に言えば、自分を対象にした魔法をずらすことができるということだ」
「ん? どういうこと?」
「巨大魔獣にいる誰かが時魔法で攻撃してきたとしても、代わりを用意しておけば対処できるってことでショ」
「ああ、そういうことか」
「そのネックレスも身代わりになってくれるのだが、いくつか用意しておいた方がいいかもしれん」
ヘリーは魔法を防ぐネックレスを指して言った。
「ミッドガードの住人が敵だった場合の対応策か……」
「仮定の話だが、備えておいた方がいいだろ?」
「確かに」
「デスコンドルの即死魔法も範囲攻撃ではなく、対象に向けた攻撃だ。あとはラーミアの石化魔法もおそらく同じ」
「訓練しておいた方がいいな。他の魔法を使ってくる場合は?」
「ガーディアンスパイダーを倒している時点で問題はないと思うヨ」
「で、で、でも訓練をしておいて損はないのでは? 敵が一人とも限らないし」
「そうだな」
結局、俺はチェルと組手をしながら、ヘリーのクロスボウから放たれる矢を掴むという訓練を受けることに。
「ネックレスが効果を発揮しないので、なるべく魔力は使わないように」
「難しいことを言う」
暗くなってくると、黒く塗った矢は見え難くなっていく。ただ、目の前までくれば掴める。チェルの魔法もフェイントがあからさまなので読みやすい。
防戦一方になるが、移動しながら誘えば、地面に描いた爆発の魔法陣に引っかかって攻撃に転じられる。
「ジェニファー、精神魔法を解禁するから、俺に向かって攻撃して見てくれ。性格の悪さが足りない」
「褒めてるんですか?」
「褒めてるよ。魔境では狡猾さがなにより必要だ」
どこまで準備をすればいいのかわからないが、未知の部分が多いので、全然足りない気がする。