【攻略生活6日目】
昨夜、訓練施設で野菜など支援物資を受け取った俺は、そのまま魔境へと帰った。
魔境に入る頃には日が落ちていたので、洞窟で一泊することに。
交易小屋のエルフたちに声をかけ、足りないものを聞く。相変わらず、スライムを攻略できずに、よく魔力切れを起こすらしいので小川で水を汲んでやる。さらに、魔境の森でブルースネークとゴールデンバットを狩っておすそ分け。
「ありがとうございます!」
「死なない程度にがんばれよ」
それだけ言って、俺は小川を渡り、真っ暗な魔境の森を進む。洞窟の家までは目をつぶっていても帰れるので問題はない。
パークというドワーフの魔道具師も100年前に深夜に森の中を徘徊していたのだろうか、などと考えながら適当にカム実を摘んで帰宅。夕飯をたらふく食べて寝てしまった。
日の出とともに起きて、沼で顔を洗う。一泊だけだが、たった一人で過ごすと、「おはよう」と言う相手がいないので少し寂しく感じた。
100年前のパークは仲間たちと別れた後は、似たような生活をしていたはずだ。俺もチェルを見つけるまでは一人だったが、生きることに必死で寂しいとかいう感情はなかったように思う。
パークの死体を埋めた地面に『魔道具師・パーク』と書いた板を立て、北の避難所へと出発。
方向さえわかっていれば、迷うこともない。そもそも道がないので、迷う選択肢も少ないのだ。
魔物も植物も、走っていればほとんど襲ってくることもない。むしろ、近づくと離れてくれるようになった。俺が気付いていないだけで、もしかしたら前も避けてくれていたのかもしれない。
敵意をむき出しにしてくる魔物だけ、殴って対処する。毒や魔法を使う魔物は近づいても来なかった。
俺は朝からのんびり走るだけ。
再びパークのことを考える。
『この魔境の謎が解けなかったことだけが、心残りだ…』
手帳に書いてあるパークの辞世の句だ。
ダンジョンと言わず、ミッドガードとも言っていない。パークはここを魔境と呼んだ。
100年前とそれほど変わっていないだろう。
おそらくパークもミッドガードへは行っているはずだ。そして仲間とも離れ、一人『魔境の謎』を追っていた。もしかしたら巨大魔獣やダンジョンについては、ポールたちに任せていたのかもしれない。
魔境に謎は多い。強力な魔物についてか、襲ってくる植物か、1000年前のユグドラシールの暮らしか、時魔法の魔法陣か。
西の洞窟に拠点を置いて、どの謎を追っていたのだろうか。書き出していけば、俺にもパークが抱えていた謎が理解できるかもしれない。
考えているうちに、いつの間にか森は針葉樹林へと変わり、岩石地帯が見えてきていた。
空を見て、土の壁が浮かんでいる場所を目指す。チェルが訓練をしているはずだ。
昼前には井戸の底にある避難所に辿り着いていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。ジェニファー、訓練施設から支援物資を持ってきた。確認しておいてくれ」
「わかりました」
ジェニファーは俺からリュックを受け取り、中身を確認し始めた。
「ナ、ナイフの柄だけ、各種作っておいたよ。手に馴染むのを使って」
シルビアがナイフの柄をいくつか揃えておいてくれた。魔物の骨製のものが多い。
ヘリーとリパは、巨大魔獣の出現場所を探索中とのこと。
干し肉とパンで、軽く昼飯を済ませ、チェルと共に巨大魔獣を上る訓練を始める。
「どうだ? 登れるようになったか?」
「何もなければ土の壁を足場にできるんだけど、暴風や振動があることを考えると、かなり難しいヨ」
森の木よりも高く、土の壁をいくつも積み上げながら、チェルが説明してくれた。
「シルビアから、ナイフを貰ったから使ってみる。チェルは風魔法を俺に当ててみて」
「うん、大丈夫。風魔法の杖はヘリーが作ってくれたカラ」
チェルはすでに杖を構えていた。
ナイフの柄から魔力で刃を作り出して、土の壁に突き刺し身体を持ち上げる。
ザンッ!
刃が鋭すぎたのか土の壁が縦に切れてしまった。
「切ってどうするんだヨ?」
「刃じゃなくて、杭みたいな方がいいのか」
魔力の刃を杭に変えて、もう一度土の壁に突き刺して身体を持ち上げる。今度は、特に壁が切れると言うこともなく、両腕の力だけで壁を上れた。
魔力をナイフの柄に込めて杭を作り、壁に刺す。もう片方のナイフの柄に込めていた魔力を切って、腕を上げて再び魔力を込めて杭を作って刺す。壁で匍匐前進をしているような動きだ。暴風が吹いても、身体を壁に密着させているので、それほど影響はない。揺れがきても、しっかり魔力を込めて杭を刺していればそれほど影響がなかった。
全く落ちてこない俺に向けて、チェルが土魔法や水魔法で攻撃してきたが、適当に弾いてしまった。とりあえず、土の壁は上れるが、壁はあくまでも壁。巨大魔獣は生きている。
「頂上まで上ったのに、随分不満そうだネ」
そう言うチェルが不満そうだ。
「いや、巨大魔獣の足を見てないから、なんとも言えないなと思ってさ」
「絶壁をあれだけ上ってよく言うヨ」
「巨大魔獣の皮膚に魔力で作った杭が刺さらなかったら、終わりじゃないか。それに、きっとこんなキレイな壁じゃなくて、傷がついていたり汗でぬるぬるしているかもしれない。足音が凄いデカくて耳栓をしないと上れないとかさ」
「確かに足音は大きかったケド。他にどういう上り方があるっていうノ?」
「ん~、走ってみる?」
「疑問に疑問で返されても……」
「いや、チェルなら水面を走れるだろ? 似たようなことをして、壁を走れるんじゃないかと思って」
「あれは浮力があったからネ。 壁はどうなんだろう。両足の裏を交互に、魔力で性質変化をさせていけば……。そんな器用なことできるカナ?」
「まだ時間はあるから試してみるか」
足の裏から魔力を放出し、その魔力に粘着力を付与する。それを片足ずつ交互にやって壁を走ってみた。
ゴンッ!
ゴン! ゴン! ゴン!
俺たちは何度も後頭部から地面に落ちて、全然うまくいかなかった。
「俺たちにはバランス感覚とかが、まるで足りないな」
「頭がくらくらしてきたから、一旦やめよう」
すでに夕方。
ヘリーとリパも帰ってきたので、外で焚火をして夕飯にする。
チェルは土魔法で即席の竈を作り、パンを焼いていた。
「支援物資ですが、揃っていました」
ジェニファーが報告してきた。
「野菜は腐らないかな?」
「大丈夫だと思いますけど、メイジュ王国のピクルスに変えておきますか?」
「半々にしておくか。種も入ってたよな?」
「ええ、春植えから秋植えまで各種ありましたよ」
「なら、いい……」
ただ、ちょっと気になることがあるが、良いことでもないので口にせず、付近で採ってきたという野草でスープを作った。
「どうかしましたか?」
ぼーっと焚火を見ながら考え事をしていると、ジェニファーが気を使って聞いてきた。
「いや、ちょっとな。巨大魔獣のルートはどうだった?」
ヘリーたちに質問しておく。
「確かな出現場所はまだわからないけど、北から南へ向かっていくことだけはわかった。魔境の植物は育つのが早いけど、潰された木や魔物の痕跡は残っているから、それを辿っているのだ」
「一歩の間隔が広いので、探すだけで結構大変です。そもそも移動ルートの周辺も折れた樹木が多いですから、樹上に飛んで空から観察しないとわかりませんでした。足自体も大きいので、時間がかかりますし」
リパも相当大変だったようだ。
「地中を探ったほうがいいかな」
「うん。こっちも協力してもらえると助かる。上る方はどうだったのだ?」
「杭を使って上るのはできた。ただ、壁を走るのはちょっと難しかったな」
「急がなければ上れるんじゃないノ」
「ただ、巨大魔獣の出現は一日しかないだろ? 時間との勝負もあると思うんだ」
「なるべく早く上って、巨大魔獣の上でダンジョンを探索したいってことですね?」
「ああ、ダンジョンに限らず、魔獣の上で生活している人たちがいたら話を聞いてみたいだろ? それに……」
やはり何度考えても違和感があるのだが、どう説明していいのかわからない。
「し、し、支援物資が必要かどうかもわからないから、見返りは期待しない方がいい?」
シルビアが助け舟を出してくれた。
「それもそうなんだけどさ。なにかおかしくないか?」
「マキョーはいつだっておかしいヨ」
「そうじゃなくて……」
「なにを気にしてるんです?」
「高度な文明を持つ者たちを、原始的な生活をしている我々が支援することについてか?」
「それもおかしいけど……、100年前のP・Jたちの行動が変じゃないか?」
俺は焚火に薪をくべて続けた。
「P・Jたち5人はミッドガードに行ったんだよな。古代の高度な文明から技術や歴史を学んだはずだ。なのに、なにもエスティニア王国には伝えられていない」
「そう言われると、そうかもしれませんね」
「ファレルはクリフガルーダに空を飛ぶ技術を伝えているし、ポールはカジーラとの恋に溺れてダンジョンを作ろうとした。カジーラはゾンビになるくらいだから、病に侵されていたのかもしれない。パークとピーターは……?」
「パークは魔道具を作り続けたのではないか?」
「後世にその技術を伝えようとはしなかっただけか。辞世の句では『魔境の謎』を追っていたようだけど」
「しゅ、しゅ、種族が関係しているかもしれない。ドワーフは珍しいし、技術者ならなおさら引く手あまただ。そ、それを嫌ったのかもしれない」
「エルフの国でもドワーフは迫害されている」
「居場所がないから、魔境に残り自分の研究をし続けたと言うことか。だとしても、やっぱりピーターがおかしくないか? おそらくピーターは先祖返りというくらいだから、竜の血を引いていた。それなのに、なにも同族に残していない。時の番人に丸投げしてる」
俺がそう言うと、皆黙ってしまった。
「ミッドガードの歴史を知ることは、エスティニアの王族の悲願だ。きっとピーターにとっても悲願だったはずだ。そして願い通り、仲間とともにミッドガードに行って真実を知った。だけど、何も残さないって変だろ?」
「同族で真実を知るのは自分だけでいいと判断したのだろうな」
ヘリーは自分で言って、考え込んでしまった。
「ふ、ふ、不用意に近づくなってことでもある」
「愚王もユグドラシールには行くなって言ってタ」
「巨大魔獣にいる人たちからは、文明がなくなった魔境はどう見えてるんでしょうか?」
「ミッドガードの人たちは、P・Jたちを使って何かをさせようとしていたのかもしれませんよね?」
それぞれ疑問が湧いてきたようだ。
「考えられることは、ミッドガードの住民たちは、現代を生きる俺たちにとって敵になりうる存在かもしれないっていうことだ。死にそうなら支援はするけど、こちらの善意につけ込んでくるかもしれない。距離感が難しい相手だ」
「簡単に信用しちゃいけないネ」
巨大魔獣上陸作戦は意外に頭を使う戦いなのかもしれない。
俺は卵型の革袋を見ながら、そう思った。