【攻略生活2日目】
明け方、砂浜で仮眠し数時間後に、ヘリーに起こされた。
「どうかしたか?」
正直、砂浜で寝るのが最後かもしれないので堪能しておきたい。柔らかく温かい上に、大した魔物はいないので寝場所としてかなり気に入っている。
「すまない。そろそろ日が差してきて、火傷するかもしれないと思ったのだ」
「ありがとう」
移動を薦められただけだったが、日の光を浴びていると頭がはっきりして眠気もなくなってしまった。
倉庫の中からチェルたちの寝息が聞こえているが、ヘリーとシルビアは何かを作っているらしい。
「武器でも作ってるのか?」
「ああ、ク、ク、クロスボウを作ってる。ヘリーの新しい武器にしようと思って」
「鞭も練習したんだけど殺傷能力が低いから、シルビアの武器製造と私の魔法陣を使えば威力は出ると思うのだ」
ヘリーは自分のやるべきことが見つかって、努力の方向性を修正している最中らしい。
「手伝おうか?」
「助かる」
クロスボウの形にはすでになっていて、後は引けるようにするだけ。弦部分に使う素材をヘリーの力に合わせて調節しているらしい。
俺は矢を作る方に回る。すでに矢に付ける毒の準備を始めていて、ビッグモスの鱗粉やタマゴキノコなど麻痺系の毒のほか、スイミン花の眠り薬なども用意されていた。
「矢じりに魔石を使う方法も考えたのだが、そう簡単にはいかないのだ」
魔物特有の魔石効果も利用しようとしたらしい。
「粉末にしてヤシの樹液で固めてもいいんじゃないか?」
「ああ、それはいいかもしれない。頼む」
「弦の素材で迷っているなら、強化魔法を付与した軍手を作ってもいいかもしれないよ」
「そ、そういう考えもあるか。強化魔法の魔法陣ならわかる」
「やってみよう」
チェルが帰ってきても、相変わらず実験は続いている。
俺は殺傷能力があるものだけでなく、麻痺効果や眠り効果などの矢を作っていった。ものすごく辛い実の粉末が入った袋なども添えておく。さらに爆発する魔法陣の札なども用意。ヘリーなら魔力がないので事故を起こさず、うまく使いこなせるだろう。かなり戦いの幅が広がった気がする。
そのうちにチェルやジェニファーたちも起きてきて朝飯にする。カニ汁に猪肉のステーキ、そしてチェルが作ったパンだ。
「朝からボリュームがあるな」
「私のパンが食べられなくて寂しかったカ?」
「寂しくはないけど、いつもの味って感じで美味い」
パンに齧り付いて感想を言ったら、チェルはムッとしていた
「マキョーは素直に褒めることを覚えた方がいいヨ」
「美味い!」
「ヨシ!」
「移動はどうするんです? このまま北西に向かうんですか?」
リパがステーキをぺろりと平らげて聞いてきた。
「ああ、ここから北西に向かおう。西の拠点に戻るのは後でもいい。リパは空飛ぶ箒で、後ろにヘリーを乗っけてあげてくれ」
「クロスボウを試したいから、魔物が寄ってきたらゆっくり飛んでくれるか?」
「わかりました。僕の場合はいつでも寄ってきますから、試射にはもってこいだと思いますよ」
リパとヘリーがしんがりだ。
「では、私が先頭でペースを見ながら進みましょうか。マキョーさんが先頭だと、速すぎて追えない人も出てくるかもしれませんし」
ジェニファーがペースメーカーを買って出てくれた。
「頼む」
「そ、そ、それで言えば、魔物には持久力が足りない。昼ぐらいには限界が来るかもしれないから、一度荷運び用の魔物を換えたいんだけど」
「そうか。じゃあ、昼休憩の時にでも捕まえよう。地形も植生も変わっていくだろうから、その地で適した魔物の方がいいもんな」
少しでも寒くなると爬虫類系の魔物は動きが鈍くなっていく。
「やっぱり、皆頼もしくなってないカ?」
「チェル。もしかしたら置いていかれるかもしれないから気をつけろよ」
「私だって、メイジュ王国を走り回ってたんだから後れをとることはないヨ」
「だといいけど」
朝飯の後、荷物をシルビアが連れてきた黒蜥蜴に背負わせる。自分たちで荷物を持たなくていいというだけでかなり気が楽だ。
「じゃあ、出発しよう。俺とチェルは黒蜥蜴のサイドだからな。油断するなよ」
「わかってるヨ」
シルビアは黒蜥蜴が暴走しないように荷物の上に乗っている。リパはヘリーを乗せて、黒蜥蜴の後方の空に浮かんだ。
「行きます!」
ジェニファーの掛け声で砂浜を離れ、森の中を進み始めた。
魔物が使っていた獣道を通っているので、それほど植物に襲われるということもないが、魔物が待ち構えていることはある。それもほとんどジェニファーのスライム壁で吹っ飛ばされていくので、それほどスピードが落ちるということはない。
「ジェニファーの必殺技はすごいネ!」
皆知っているので、チェルのリアクションが新鮮だ。
ドシュ!
後方では早くも、ヘリーがヘルビートルを仕留めている。リパが空でも上手く攻撃を躱しているので危なげない。
各種効果のある矢も試していたが、リパが魔物の弱点を指摘しヘリーがそこを撃ち抜くのが最も効果的だった。リパの能力とクロスボウの相性がいい。
「これ以上、速度って上がらないですか?」
空からリパが聞いてきた。
「す、すまない。これが黒蜥蜴の限界なんだ」
シルビアが返していた。
「了解です。後方から見ているので、もし強そうな魔物がいたら報告します」
「頼む!」
魔物と同じ速度で移動するということは、他の魔物も追いつけるということだ。前も後ろも油断はなく魔物には対処していくが、通り過ぎていく途中で横から攻撃してくる植物もいる。完全に油断していたチェルはラフレシアを踏み抜き粘液まみれになっていた。
「うわぁ~、最悪だヨ~!」
「魔境の植物は好戦的だからな。平和ボケしてたんじゃないのかぁ?」
「そうカモ」
意外にもチェルは素直に認めていた。水魔法を浴びて粘液を落とし、「ゴメン」と一言謝ってすぐに走り始めていた。なんとなくチェルの動きが鈍く見える。不必要に魔法を使っているし、まだメイジュ王国での生活が抜けきらないのだろう。
走っているところが平地なら問題はないが、崖や谷があれば黒蜥蜴ごと持ち上げることもある。普通なら、サイドにいるチェルも協力してもよさそうだが反応が遅いので、俺一人でやってしまった。
襲ってくる魔物はそれほど強くなく、せいぜいバカでかい猿の魔物が牙を剥きだして追いかけてきたくらいだった。それも、ヘリーの連射で追い返した。チェルは魔法で水球をいくつも出して準備していたが、完全に無駄になっていた。
植生が変わり、針葉樹林のトレントやアイスウィーズルなどの魔物も出てきたところで、 昼休憩に入り、黒蜥蜴から荷物を下ろし野に返す。
全員、布で汗を拭っているが、一番汚れているチェルは急いでパンを焼いていた。
「チェル、そんなに焦らなくてもいいのではないか?」
ヘリーがフォローしていた。
「そうだけど、私だけ連携が取れていないカラ。どうすればイイ?」
「ペースにはついて来れていると思うんですけどね」
「まぁ、走れてはいるけど、見えてないって感じだな。リパは後ろから見ていてどう思う?」
「見えてないわけじゃないと思うんですが、なんか変でしたよ」
「に、に、鈍いんだ」
シルビアが決定的なことを言った。
「でも、足に魔力を込めてもいるし、速度についていけないってこともなかったんだけどネ」
「見えているものに対する判断が鈍いんだろう。危険を察知する感覚も魔境に慣れてないから、必要以上に危険に感じてしまっているし。まぁ、俺たちもそれぞれ能力が上がっているからな」
チェル以外は全員、思い当たる節があるようで大きく頷いていた。
「たった一週間だヨ。こんなに変わるノ?」
「魔境だぞ。変わるさ、そりゃあ」
「そうだよネ。ちょっと、あとで聞いてもいい?」
チェルは一人一人に変わったところを詳しく聞いて回ることにしたようだ。
俺たちはその間に、シルビアが使役する次の魔物を探すことに。
昼飯の肉野菜炒めとパンを食べながら、荷運びに適した魔物について話してみたが、魔境には意外に少ないことがわかった。
「爬虫類系は気候によって動きが変わるからな」
「そ、そ、それを言うなら毛深すぎる魔物だって砂漠じゃ使えないんじゃないか?」
「確かに夜限定の移動になるなぁ。脱水症状も気にしないといけなくなる」
「難しい。やはり気候の変化によって服を変える人類は生存能力が高いのだな」
「奴隷が一番だって話ですか?」
リパは、時々元も子もないようなことを言う。
「俺じゃないんだから、奴隷はそんなに運べないだろ? そうじゃなくて、服を着れる魔物ならどうだ? アラクネだってラーミアだっていたし、半人半獣のケンタウロスとかミノタウロスとかを見つければ……」
「ケンタウロスを手懐けるのは、それこそ難しいのではないか。エルフの国にもいたが、特殊な幻獣として知られていた」
「ミ、ミ、ミノタウロスの迷宮伝説は読んだことがある」
「これだけ、人型の魔物がいるんだから、魔境にもいるかもしれないな」
「空を飛べる魔物はどうです?」
リパが樹上を指さして聞いてきた。
見れば、ワイバーンが群れで飛んでいた。
「一頭だけ捕まえよう。あれなら俺たちの荷物くらい運べるだろうから。襲い掛かってきたら皆で迎撃してくれ。ジェニファー、空に向けてスライム壁を出して」
「了解です!」
ジェニファーが自分の頭上にスライム壁を展開。俺はそれに飛び乗り、弾力を使って一気に上空へと跳んだ。
ンギャ!
戸惑うワイバーンを上から殴りつける。拳が当たる瞬間に、魔力のキューブで覆って地面へと叩きつけた。
落下しながら、仲間のワイバーンが襲い掛かってきたので、殴りながら胸肉を抜き取っていく。魔石ごと抜き取ると楽だ。
地面に張られたスライム壁に着地。
空中で仕留め損ねたワイバーンは、チェルの魔法やヘリーのクロスボウ、リパの木刀の餌食となっていた。
「チェル、そのワイバーンは回復魔法で治せるか?」
「問題ないヨ」
「そ、そ、その前に私の血を飲ませる」
魔力のキューブの中で気絶しているワイバーンにシルビアが血を飲ませて使役。荷運び用の魔物にした。
「リパも普通に戦えるようになってるんだネ」
「魔物の弱点がなんとなくわかるようになったんですよ」
「ジェニファーのスライム壁はかなり弾力があるみたいだし、ヘリーのクロスボウは威力がちょっとおかしいネ。シルビアの特殊能力は言うまでもないけど、それも吸血鬼の力なノ?」
「そ、そう」
チェルが皆の能力を分析し始めた。
「メイジュ王国では私の相手になる人なんかいなかったけど、魔境じゃ私が相手になってないもんナー。やっぱり魔境に慣れるまで魔封じの腕輪は外そう」
チェルは腕輪を外して、本来の魔力で生活することに決めたようだ。
「いいのか?」
「マキョーがつけてないのに、私がつけてる方がおかしかったんだヨ」
午後から、一気に北上。森を抜けて、岩石地帯へと俺たちは足を踏み入れた。