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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【攻略生活1日目】


 前日、チェルが大量の土産を持って帰ってきた。

 船には服やローブが大量に積まれ、小麦粉やピクルスなど食料品も満載で、運び出すだけで苦労した。


「洞窟まで運ぶの大変だナ」

「いいよ。倉庫に置いとくから」

「倉庫だト?」


 港に建てた倉庫は、屋根はないが一階に置いておけば雨はしのげる。船にいる魔族たちも協力的で、わざわざ甲板まで荷物を持ってきてくれた。

 チェルは俺たちの変化に少し気づいているようだったが今のところ何も聞かない。


「コロシアムで教育しておいたカラ」

「荒らしたのか?」

「軽くネ。今の魔王とも話つけて来たし、魔境についても1000年前の魔王から聞いてきたヨ」

「おおっ、それはいいな。落ち着いたら教えてくれ」


 積み荷を運んでくれた魔族たちに、俺が舌を出してお礼をすると訝しげな顔をされた。

「チェル、感謝のジェスチャーじゃなかったのか?」

「ああ、古い感謝の仕方だから、若い魔族にはわからないのかもネ」

「言葉も割と通じているみたいだったけど?」

「あいつら勉強家なんだヨ。スキルを取得してたカラ」

 チェルの目が泳いでいる。嘘をついているのか。魔境に来た頃の言葉の通じなさはいったいなんだったのだろう。どうでもいいけど。


 積み荷を運んでくれた魔族たちを魔物が出ないところまで見送る。ヘリーが帆に魔法陣を描いて風を発生させていたので、通常よりも早くメイジュ王国に戻れるとのこと。

メイジュ王国との貿易に関してはチェルが担当することになったが、しばらくは何もしてこないという。

「魔王が育ってないし魔族の意識改革の最中だから、魔境にまで手が回らないと思うヨ」


船が見えなくなってから、浜辺で今後の作戦会議。すでに夜中ではあるが、ヘリーが作った魔石灯が明るいため、暗さはあまり気にならない。むしろ、光に魔物が集まってきて、ジェニファーとリパが対応していた。

「ちょっと、2人とも強くなってないカ?」

 初めてチェルが、俺たちの変化に対して質問してきた。

「そうでもないですよ」

「魔境に住んでいれば、変わります」

 ジェニファーはほくそ笑み、リパも当然のように言っていた。

「ヘリーは魔道具屋になってるし、シルビアは魔物を従えてなかったカ?」

「私は人生の使命に気がついただけだ」

「きゅ、きゅ、吸血鬼の伝説程度では魔境の戦力にもならない。そ、それにマキョーに比べれば、私たちはほとんど何もしていないのと同じだ」

 チェルが俺を睨んでくるので、シルビアは余計なことは言わないでほしい。

「とりあえず巨大魔獣が来る前に、北部に拠点を作ろう。ここは海が荒れたらお終いだし、今までの住んでた洞窟も復旧が大変だったから。前の巨大魔獣襲来と同じように古井戸でいいと思う」

 チェルは無視して話を進めよう。

「マキョー? またなにか身につけたカ?」

「別に何も。ちょっとした魔力のキューブを作れるようになっただけだ。それより、荷物の輸送に関してはシルビアの使役した魔物に任せてもいいのか?」

「か、か、構わないよ」

「マキョー!?」

 チェルが俺の腕を掴んで、迫ってきた。

「なんだよ」

「魔力のキューブってナニ!?」

 俺は砂浜に手を当てて、そのまま砂のブロックを持ち上げて見せた。

「ほら、こういうのだよ。魔力で囲んで引っこ抜けるようになったってだけ。魔物の解体とかにも使えるから便利なんだ」

 チェルはもしゃもしゃと自分の髪の毛を掻いて、俺以外の女性陣とリパを見た。

「マキョーが普通に空間魔法を使い始めてるじゃないカ? どうして止めなかった?」

「勝手に自分で開発してましたよ」

 リパが恐る恐るチェルに報告。チェルはみるみる顔を赤くして震えていた。

「なんでも解体できるようになっちゃったじゃないカ?」

「そうでもないんだ。時魔法で時を止められているようなコンクリートは解体できないみたいでね。ほら、倉庫の基礎に使われている魔法陣がそうなんだけど」

「はぁ~……。じゃあ、サトラに行かなくても時魔法は習得できるっていうノ?」

「サトラとは、穏やかじゃない国の名が出てきたね」

 ヘリーがそう言って、チェルを見た。

「国の名前なのか?」

「かつて大陸の北に栄えていたエルフの里連合国の名前だ。今はとっくに解体しているけど、実力主義を掲げた差別主義国家だったらしい。チェルはどこで知った?」

「1000年前の魔王が、時魔法を習得したいならサトラに行けばわかるかもしれないって教えてくれたヨ。あと鹿の魔物が時魔法を使うとかイッテタ」

「時を操ると言われている鹿神を追うなら禁忌の森だが、今ではめったに人が近づくこともない。ただ、倉庫のコンクリートに描いてあった魔法陣の横に鹿の紋章が彫られていた。チェルの話を聞くとサトラの技術者とも交流があったようだが……」

 ヘリーはそう説明して、難しい顔をしていた。それだけ時魔法を追いかけるのは危険なのだろう。

「先にチェルの話を聞いておくか。1000年前の魔王は魔境について何を教えてくれた?」

「まず、ユグドラシールは魔法国じゃなくて竜人族の国だったってことと、ミッドガードは都市ごとダンジョンに移設されて、巨大魔獣に食われたって言ってたヨ」

「じゃあ、ミッドガードに行きたければ、巨大魔獣に乗り込んでダンジョンを攻略しろってことか?」

「そう。だけど、ミッドガードに入るのに、14日間待たされるから、現実世界では3年半もかかるらしい」

 何を言ってるのかわからないが、チェルが砂浜に図を描いて教えてくれた。そもそも巨大魔獣は3か月に一度現れる。つまり1年で4日。14日間で3年半ということだそうだ。14日間も待たされるのは感染症対策なのだとか。

「感染症って?」

「人から人に移る病気だヨ」

「1000年も経っているから我々が克服した病も、ミッドガードの連中には死に至る禍になり得るのだ」

「なるほど疫病のことか。相手に迷惑も掛かるし、こちらは3年半も無駄にしたくないよな。ミッドガードに行くのは諦めよう」

「諦めるのカ!?」

 チェルは驚き過ぎて、ちょっと跳びあがっていた。

「え? そんなに驚くことか」

「いや、1000年前の魔王にマキョーのことを話したら、時空魔法を使わずに巨大魔獣に乗り込む方法を思いつくだろうって言ってたから、ちょっと驚いたダケ」

「そんな期待させるようなことを人に話すなよ。現実は見ての通りなんだから」

「だからといって、巨大魔獣の探索やダンジョンの攻略を諦めるのか」

 ヘリーはミッドガードに行くために魔境まで逃げてきたから、思うところがあるらしい。

「いや、乗り込めるかどうかなんてわからないだろ。しかも巨大魔獣が現れるのは90日の間のたった1日だ。89日間の方が長い」

 俺がそう言っても、誰も納得している様子はなかった。

「ん~、例えば、ミッドガードに俺たちが行けたとして、どのくらい価値があると思う。俺たちが知りたいのは歴史や技術だろ? つまりほとんどが情報だ。連絡用の魔道具みたいなのがあれば、3ヵ月に一回情報を交換できるんじゃないの?」

 俺は夢で見た世界を思い浮かべていた。簡単に遠くにいる相手とも話せるようなものがあれば、時間軸が同じになる巨大魔獣出現時に話し合いができる気がしている。

「でも、ミッドガードの住人にその魔道具を渡す必要があるヨ」

「確かにそうだけど……」

「巨大魔獣の探索も、ダンジョンの攻略もして、ミッドガードの入り口までは行くつもりなのだな?」

「ああ、そうなっちゃうかぁ。いや、そもそも乗り込むってどうやるんだ? リパの空飛ぶ箒で飛ぶにしても嵐や竜巻が起こるし、雷に打たれて黒焦げの魔物だって降ってくるんだぞ」

「それを考えるのが、マキョーの仕事だヨ」

「え~、すこぶるめんどくせぇ」

「魔境の主として、どうなんですか? エスティニアの王からも魔境探索は命じられているのでは?」

 ジェニファーが嫌味ったらしく聞いてきた。丁寧に詰められると、余計に腹が立ってくる。あれ、なんで俺が怒らないといけないのかわからん。

「ちょっと待て。だいぶ本題から逸れてないか? ひとまず巨大魔獣に乗り込むのは置いといて、北部に拠点を作ってからにしよう」

「そ、そ、それはそうだ」

「確かに、全員が巨大魔獣に乗り込まなくてもいいんですよね。残る人は避難所で待機しないといけませんし」

 シルビアとリパがそう言って、頷いていた。

「ここは魔境だ。生き残ることを先に考えよう」

 チェルとジェニファーも、前回を思い出したのか頷いていた。


「材料は現地調達で、食料と工具を持っていこう。現地の古井戸には屋根もあるし、魔物もそんなにいないはずだ」

「寝具と回復薬は持って行った方がいいヨ。前は死にかけたからネ」

「気候には十分に注意してください。急に寒くなったりしますから、防寒着も持って行った方がいいかもしれません」

 前回の巨大魔獣襲来を経験しているチェルとジェニファーは、率先して荷物をまとめている。シルビアとリパもそれに倣っているが、ヘリーだけ迷いながら魔道具を選んでいた。

「なにが必要なのかわからん」

「生き残ることだけを考えればいいんだよ」

「そういうが……。巨大魔獣を想像できんのだ」

「山が歩いていると思えばいい」

「そう言われてもその山の周りには嵐も竜巻もあるのだろう? そもそも、なにを目印に歩いているのだ?」

「わからない」

「予想もつかないなにかに向かって、厄災が歩いてるのだな?」

「その通り」

「マキョーはその想像がつかないものが怖くないのか?」

 先ほど、俺をその巨大魔獣に乗り込ませようとしていたのに、ヘリーは顔が青くなっている。指先も震え始めていた。

「予想がつかない、想像もできない出来事が起こるって魔境の日常だろ?」

「ああ、そうか。そうだった」

 ヘリーは落ち着きを取り戻し、震えが収まっていった。

「すまん。時々、ふとここがどこだか忘れることがある。十分、魔境に馴染んでいるつもりだったのだが、マキョーやチェルにまでそういう顔をされるとな……」

「まぁ、巨大魔獣を見ればわかる。俺たちも無暗に怖がらないようにするよ。自分の命を最優先に考えていいからな。どうしても何かを考えてないと不安なら、連絡用の魔道具を考えてくれ」

「わかった。そうする」

 

 皆が黙って支度をする音が聞こえる中、夜が明けていった。




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