【それぞれの修行生活2(マキョーら)】
猪肉のブロックがあまりにも角ばっていたため、女性陣にもすぐに魔力の壁のことはバレてしまった。
「これは……、壁じゃないんじゃないか?」
「た、た、確かに、壁というよりくり抜いている。む、むしろ討伐と解体を同時にできるのでは?」
「そんな器用な真似できるかよ」
シルビアと一緒にいかだで海へ繰り出してサメの魔物に試してみた。
大きな口を開けて襲ってくるサメの鼻先を、下から魔力を纏った拳で狙う。当たる瞬間に魔力の壁で鼻先の肉を囲み、そのまま殴った。
ズッポ!
斬撃や衝撃とも違う音が鳴って、サメの鼻先は上空へと飛んで行った。
「ん~、な、なんか思ってたのと違うなぁ。れ、れ、連続で殴れないのか?」
「できないことはないけど、身体の構造がわからないと内臓とか骨まで獲れちゃうから、解体にはならないんじゃないか?」
すでに海面に浮かんで血をまき散らしているサメには、仲間のサメたちが群がり食いつくされていった。
「じゃ、じゃ、じゃあ、一度解体したことがある魔物ならできるのか? あ、ある程度なら、骨も内臓もついていていい」
「ああ、それなら……」
サメの死体に群がっているサメたちを海流に干渉して空中に上げ、背骨を避けて魔力の壁を展開して殴っていった。
ズポッズポッズポッ!
サメには肋骨がないらしく、柔らかい背骨だけを残して海に落下していた。
「で、できるじゃないか?」
「これはできた内に入るのか。サメ肉のブロックもこんなに要らないし」
とりあえず、実験は何となく成功したことにして岸へと戻った。
「これで魔法はイメージと形が大事だってことがよくわかった。だから、武器は刃の形状や切れ味よりも、持ち手の柄がイメージするうえで重要なんじゃないかと思ってるんだけど、どう?」
サメ肉の断面をよく観察しているシルビアは、「そ、そりゃ重要だ」とこちらも見ずに返してきた。
「槍の柄だけでもいいし、剣の柄だけでもいいから作ってくれないか?」
「と、と、研がなくてもいいのか?」
「形さえ決まってればいい。魔力を通しても壊れにくいのであれば」
「わかった」
シルビアは「そんなものならいくらでも作れる」と言うように返事をしていた。
「あれは壁じゃないじゃないですか! 防御というよりも攻撃ですよ!」
焚火をしている拠点に戻ると、ジェニファーは岸から見ていて怒っていた。
「ああ、そうかも。防御魔法の技術を転用しているだけだ」
「え? 認めちゃうんですか」
「おそらく空間魔法の一種じゃないかと思うのだが……」
ヘリーは顎に手を当てて、難しい顔をしている。
「別に空間ごと魔物を切り裂いたりはできないよ。ある範囲を抜き取るだけだし、触れたものに限るってところが弱点だなぁ」
「いや、十分だろう。エルフの魔法学者たちが見たら、魔法陣がなくてカテゴリーできないから思考停止に陥るだろうけど」
ヘリーもすっかり魔境の住人だ。
「そんなことより、私は結局どうすればいいんですか? マキョーさんに修行を横取りされてしまったんですよ!」
「ジェニファーの修行は防御とか捕獲だろ? 俺のは攻撃とか解体だからさ」
「そんな戯言に騙されませんよ!」
「まぁ、結果的に先を越されてしまったから、ジェニファーが怒るのも無理はない」
「そうですよ! 理不尽じゃないですか!」
「あ、そういうの理不尽っていうんですね!」
ずっと黙っていたリパが唐突に声を上げたので、全員が振り返ってしまった。
「あ、すみません。僕の人生は理不尽だったし、この魔境は僕から見ればほとんど理不尽なことしか起こらないので、なんか新鮮で声を上げてしまいました」
「よ、よ、予想とか常識とか全く通用しないから、状況見て臨機応変にやって行かないと魔境では死ぬからな。長くいるマキョーほど理不尽になっていくのかもしれない」
シルビアはサメ肉を切り分けながら説明していた。俺の存在は理不尽なのか。
「俺に、そんなつもりはないんだけど、怒らせたのなら謝るよ。すまん、ジェニファー」
「いや、謝られたところで、なにをしていいのかわからないってことには変わりないんですけど。私には状況判断ができないってことなんでしょうか?」
「そんなことないと思うぞ。魔物との戦闘でもしっかり防衛していると思うし」
「じゃあ、私にはなにが足りないんですか?」
「柔軟さだよ」
珍しくシルビアがどもらずに喋り、そのままサメ肉を焼き始めた。
「ジェ、ジェ、ジェニファーは貴族っぽいんだ」
「言葉遣いとかのことですか?」
「いや、シルビアが言ってるのはそういうことじゃない。貴族はいろんなしきたりや常識の中で、言われたことや決められたことだけをして生きてればいい生活をしているだろう。私も、たぶんシルビアもそういう生活が嫌だったから魔境での生活は面白いんだけど、ジェニファーは違う」
「私はただの冒険者でしたからね」
「うん、だから魔物の対処とか仲間との関係を築く中で、『決まり』を作ることが早くなってしまったと思うんだ。こうした方がいいとか、こうでなくてはいけないとかさ」
「き、き、『決まり』が悪いって言ってるんじゃなくて、状況判断から対処までのスピードも上がるし、魔物とも安全に戦えるから、とても有効だと思う。ただ……」
「ただ、なんです?」
「マ、マ、マキョーを見ていてつらくならないか?」
シルビアが急角度で俺に、刺すような視線を向けてきた。
「奇人は見続けていると疲れる。これが、夜中に火の番をしている私たちの結論だ」
ヘリーは俺に指をさして断言してきた。ものすごく責められている気分だ。
「それはすごくよくわかります。でも、マキョーさんは魔境の地主ですし、魔法に関しては天才なのでは?」
「い、い、いや、まったく違う! 天才っていうのはちゃんと欲望もあって、ある枠組みの中で自分の能力を最大限発揮し、その分野を発展させる連中のことだ。だ、だ、だけど、マキョーには、性欲も金銭欲も、魔法による名誉だって求めない!」
「性欲なんてないし、金銭欲などせいぜい私たちに家賃を取ろうとするくらいで、それもほとんど忘れてるのだ。魔法なんて『やったらできた』と思ってるぞ、きっと。マキョーという男は天才ではなく、ただの奇人だ」
「俺は奇人だったのか……」
「ほら見ろ。言いたい放題言われてるのに、全く効いてない」
「だ、だいたい、あの私たちが、日が暮れるまで散々苦労して戦っていた、魔道機械を一撃で倒すような奴だ。考えたところで理解なんてできないから、考えない方がいい。つ、つ、疲れるだけ」
普段大人しいシルビアなのに、俺への愚痴が止まらない。
「つまりだ。疲れるようなことはなるべくしないで頭を柔軟にしておこう。思考停止に陥って立ち止まってしまうと、いつのまにか魔物に喰われてることだって、この魔境ならあり得るのだから」
「なるほど柔軟さですね。確かに『決まり』に縛られていたかもしれません。この思考を忘れないうちにちょっと……」
ジェニファーは立ち上がり、防御魔法での修行をするため焚火から離れていった。
「奇人に惑わされず……、柔軟に……、柔軟な壁を……、柔らかくて弾力のある……」
ぶつぶつ言っているジェニファーを横目で見ながら、俺たちはサメ肉の塩焼きで夕飯。気を使ってリパが、「マキョーさん、大丈夫ですか?」と聞いてきた。
「だいぶ傷つけられた気もするんだけど、怒りはまったく湧いてこないんだ。どうでもいいからかな」
「マキョーは自分が人からどう見られているのかは気にしたことはないのか?」
ヘリーが肉に塩を振りながら聞いてきた。
「町に住んでいる時はあったかも。身だしなみを気にして娼婦にも会ってたし。でも、魔境は身だしなみより、生き残ることの方が大事だろ。俺も気を使って疲れるよりも楽な方がいいと思ってるし」
「で、で、でも疲れることだってあるのではないか? 楽しているようには見えない」
「いや、これでも楽してると思うよ。一人の時は全部自分でやってたし、大変だった。チェルが来て魔法を教わって、どんどん楽になっていくよ」
「でも、危険なことでも躊躇わないですよね。魔境の探索も積極的じゃないですか」
「自分の領地だからってだけだぞ。別に誰かの土地だったらやらない」
「ほ、ほ、本当か?」
「ああ、冒険者時代は別に冒険してなかったし、世界に興味があるわけでもない。自分の土地だから、さすがに知らないと、なんかバカみたいだろ。もし魔境の外で誰かに会った時に、お前の家ってどこって聞かれて『あっち』だけだったらさ……」
「欲がないな……」
「そうかな。じゃあ、チェルは今頃、魔族の国で欲にまみれてると思うか?」
「い、い、いや、マキョーをバカにしている画は思い浮かぶけど」
「魔族に向かって『頭おかしいんだよ、あいつ』とか言ってそうだな」
「「「言ってそう……」」」
浜辺の夜が更けていく。