【それぞれの修行生活1(マキョーら)】
「暑っ」
真昼に海でいかだに乗っている。日光が肌に照り付け、肌を焼く。
日がな一日、俺はシルビアに付き合って、海底の遺物を発掘しているところだ。
シルビアはサメの魔物の血を飲み、かなり長く潜っていられる。ただ人間には鰓がないので、時々溺れていた。
「ぷはっ! はぁはぁ!」
いかだに戻って着た時には息も絶え絶えで 苦しそうにしている。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。ち、ち、近くの沈没船には壺と皿ばっかりだった」
「交易していた証拠だな。やっぱり南の倒壊していたのは灯台の跡なのかもな」
東海岸の南海岸には岩がごろごろと転がっていて、海中にも同じような岩が沈んでいた。建物が崩れ波に削られているので原型は留めていないが、岩同士を積んでいる形跡は残っていて遺跡であることは間違いない。
沈没船の中に交易品が大量に残されていたことで、港が近くにあったことが予測できた。
「ぶ、ぶ、武器が少なすぎる。こんなに魔物がいるのにあり得るか?」
魔境近海の魔物は好戦的で鼻先がのこぎりになっているサメや金槌になっているサメなどが、いかだを壊そうと襲ってくる。面倒なので俺が遠くへ放り投げているのだが、なかなかいなくならない。
「武器は必要なかったのかもしれないぞ。古代の船には魔物を寄せ付けない技術があったのかも」
「そ、そ、それは便利だけど、交易していたのなら海賊だって現れるはずだ」
「確かにそうだな。武器を持たずに戦っていたとか?」
「す、素手か? 皆がマキョーとは限らないぞ」
「いや、魔物を使役したりしてたのかもしれないと思って」
「あぁ~」
P・Jの手帳にもセイレーンがいると書いてあった。かなり美形だが、海の中に引きずりこんで鋭い牙で獲物を捕食するらしい。
「男としては襲われてみたい気もするんだけど、まだ見てないよな」
「や、や、厄介な魔物は出ない方がいい。水中で使える武器も開発しないと……銛がいいかな……、魔法陣が必要になってくるし……」
シルビアがぶつぶつ独り言を言っている間に俺はいかだを砂浜に引っ張り上げた。
砂浜ではリパが走り込みをしている。魔境に来たばかりなので根本的に基礎体力が足りない。今は魔力よりも筋力を上げている時期なのだとか。
朝からずっとやっているため、昼からは休憩させないといけない。
「リパ、休憩も必要なんだぞ」
「はい! 運動して食べて休憩ですね?」
「そうだ。それから魔物とも特訓した方がいいぞ」
「うっ、……はい!」
同じ筋肉ばかり鍛えていても、魔境生活で使えるとは限らない。午後は空飛ぶ箒でより速く飛ぶ練習をするらしい。リパのいいところはひたむきなところだ。
リパと一緒に組手をして鍛えていたはずのヘリーは、森の中に入って特殊な訓練をしているらしい。
昼飯の時に何をしているのか聞いたら、鞭に使えそうな蔓を探しているという。
「魔力が使えないなら、鞭を使えるようになった方がいいと思ったのだ。練習すれば、木の枝に巻き付けて移動もできるはずだから」
蜘蛛の魔物のように立体的な動きを目指しているらしい。
「マキョーも試してみるか?」
「うん、やってみるかな」
シルビアが今日はもう海には潜らず崩れた岩を発掘するというし、ヘリーの訓練に付き合うことにした。
昼飯の後にヘリーと2人で森に入り、手ごろな蔓を引きちぎって振り回す。
ボキボキッ!
細い枝は蔓が当たっただけで折れてしまった。蔓の方も、柔らかく曲げられるようにしておかないと、ただの棒になってしまう。幾度かチャレンジしてみたが、まるでうまくいかない。
「どうだ? 巻き付けて自分の身体を支えるだけでも難しいだろ?」
「そうだな。素材選びから、瞬間的に枝を選ぶ判断能力も必要だし、一筋縄ではいかないな。魔物に対してはどうなんだ?」
「捕まえられたりはしないな。衝撃と音で小さい魔物くらいなら怯ませられるくらいだ」
ヘリーはそう言って、目の前を走るフォレストラットを鞭で気絶させていた。
俺もやってみたが、草を刈るくらいでそう簡単にはいかない。しかも、蔓はすぐにボロボロになり、握っているところからちぎれてしまう。
「力のバランスと素材の強度、それから振って対象に当てる技量とかなり難しいんだな」
「バランスや技量なら、訓練していくうちにコツを掴むと思うのだ。素材はシルビアとともに探した方がいいかな? 魔物の革とか」
「ああ、蔓よりは蛇皮の方がいいかもしれない」
今のヘリーではできないが、蔓に魔力を込めて振ってみた。
魔力を少しだけ込めただけでも蔓は内側から破れてしまう。むしろ、蔓を魔力でコーティングするようにしてみたが、撓ることもなくただの棒が出来上がってしまった。振ると、木の幹もえぐれてしまって危険なだけ。
「鞭の先に魔法陣でも描いておけば、また違う攻撃が出来そうだけど、それよりも枝にくっつけたいよな」
「うん、まぁ、そうだが、あんまり私の訓練場を荒らさないでくれ」
ヘリーに注意されて気づいたが、魔力を込めて振った蔓が藪や小さな木をきれいに刈り取ってしまっていた。
「あ、すまん」
「いや、調節次第で刃にも変わることがわかっただけ、いいのだけれど」
ヘリーになんだか悪い気がして、ブルースネークやポイズンアナコンダという毒蛇の魔物などを捕まえてきて蛇皮を渡した。
「鞣して使ってみる。ありがとう」
俺が蛇の魔物を捕まえに行っている間、ヘリーは蔓を縄のように編んで強度を上げて、自分なりの鞭を完成させていた。
ヘリーは鞭を振るたびに、威力や長さを変えているようで、自分なりの数値を紙に書き込んでいる。研究が始まってしまったようだ。そのうち、自分に最適な鞭を完成させるだろう。
俺はそっと森から出て、砂浜へと戻った。
昼寝しているリパを起こして、魔物でも狩りに行こうかと思ったら、ジェニファーに見つかった。
「マキョーさん、ちょっと協力してください。この辺の魔物だと攻撃が遅いから、防御の練習にならなくて」
「ジェニファーは魔物を捕獲するんじゃなかったのか?」
「捕獲する前に、ちゃんと防げるかどうかを確認したいんです」
「いいけど……」
「お願いしますね」
ジェニファーが魔法で土の壁を作った。
俺はこの壁を殴って攻撃すればいいらしい。
ボゴッ!
あっさり壁が壊れた。
「あれ? 大丈夫か?」
あまりにも簡単に壊れすぎて少し心配になる。
「ええ、大丈夫です。強度テストですから。やっぱり密度が足りないみたいですね」
ジェニファーは再び土の壁を作り出した。
ボゴッ!
結果は変わらず、ちょっと崩れにくいと思ったが、先ほどと大差はない。
「マキョーさん、本気でやってます?」
「いや、本気ではやってないよ」
「次は思い切りやってもらってもいいですか? 2重にしておきますから」
「はいー」
ジェニファーが距離を開けて、土の壁を2枚、作り出した。俺も距離を取り助走をつけ、拳に魔力を込めて壁をぶん殴る。
2枚の壁は粉々に粉砕し、壁の後ろで盾を構えていたジェニファーまでしっかりヒット。ジェニファーの身体が宙を舞い、海にダイブしていた。
ずぶ濡れのジェニファーが動く死体のように海から出てくる様は、本物よりも怖い気がした。
「マキョーさん!」
「なんだよ。本気でやれって言ったのはジェニファーだぞ。すまんけど」
「もう少し加減してくださいよ」
「はい」
「じゃあ、次は……」
ジェニファーはまだやるらしい。
今度は壁をVの字型にしていた。角を殴ってみてほしいとのことだったので、助走もつけずに殴ってみたが、普通に壊れた。
「マキョーさん!」
「いや、加減はしたよ! 発想としては正しいかもしれないけど、この程度の強度だったらヘイズタートルでも壊すと思うぞ」
「むぅ……。強度が足りないって、これ以上密度を上げろってことですよね?」
「わからんけど、密度って魔力を込めるってことか?」
「いえ、防御構造を圧縮するということです。ほら防御魔法ってハチの巣状になってるじゃないですか」
「そうなの?」
「え! 知らないんですか?」
「知らないよ。俺は魔法を使えているように見えているかもしれないけど、チェルにしか教えてもらったことがないんだからな」
「じゃあ、今までどうやって魔物の攻撃を防いでいたんです?」
「防ぐ前に倒すか、魔力を纏って受けたり、受け流したりしてたけど……」
ジェニファーは、残念な子でも見るような顔をしていた。
「え、なに、じゃあ、魔力って形を変えられたりするの?」
「しますよ。チェルさんなんか火魔法で槍を作ったりしてるじゃないですか。ほら、小さなナイフが大きな刃物になる魔道具だって持ってますよね?」
「そう言われるとそうか。魔力っていろんな形になるんだな。それをハチの巣状にして衝撃に耐えられるってことなのか! すごいな! 防御魔法を作った奴は天才か?」
素直に感動してしまった。そう言えば魔法を覚えたての頃は、魔力でいろんなイメージを形に変えていたような気もする。あまり使ってなかったから、俺が忘れていただけか。
「そんな魔法創成期みたいな話はいいんですよ。それよりもこの壁を壊してみてください」
ジェニファーは、顔くらいのサイズしかない土の壁を作り出した。俺は上から踏みつけて壊したが、今までで一番固い。
「結構、固いよ。ロッククロコダイルの皮膚よりも固いね」
「でも、壊れてるじゃないですか」
「だったら衝撃を受けた周りだけスライムみたいに伸び縮みするっていうのはどう? 衝撃が壁の向こう側に通らなければいいんだろ?」
「瞬時に魔力の性質変化させるってことですか? そんな器用な真似を私ができると思いますか?」
「わからない。言っといてなんだけど、魔力の性質を変えられるのかどうか知らないし」
「いや、それはできるじゃないですか? ミツアリの魔石とか覚えてませんか?」
「あ、本当だ。魔力ってなんでもできるんだな」
「今さらですか……。でも、なんか先が見えた気がします」
「なら、よかった」
ジェニファーが砂浜にいくつもの土の壁を作り始めたので、俺はそこから離れリパを起こしに向かった。
「リパ、一狩り行こうぜ」
砂浜で気持ちよさそうに寝ているリパが、小さいカニの魔物に集られていたので起こしてやった。
「え? あ、はい! わぁっ! なんだこれ」
小さいカニの魔物は全て捕まえて鍋に入れて蓋をしておく。夕飯はカニ汁か。
「狩りに木刀、持って行っていいですか?」
「いいよ」
リパが腰に木刀を差し、森の中に入る。俺は魔力で立方体や球体を作る練習をしながら、後ろをついて行った。
「あんまり、ヘリーの邪魔しないようにな」
「はい。奥に行くと、魔物も強くなりますよね?」
「強い魔物と遭わないと、強くなれないぞ」
「そうですよね……」
リパは気合を入れるように、自分の頬を張って大股で森の奥へと進んでいった。どうやらやる気らしい。
「いや、別にそういう意味で言ったんじゃないんだ。強い魔物を見て観察すれば、なにを武器にこの森で生活しているのかわかるだろ。それに気をつけながら、戦えば自然と判断能力とか対応力とか身につくんじゃないかっていう話だ」
「あ~!」
リパはカラスのような声で納得していた。
「だったら、あの大きな木に登って観察してもいいですか?」
「お、いいね。そういうこと」
大木に登り、上から魔物を観察することに。大木はトレントの亜種だったが、特に攻撃をしてこないし反応もないので、勝手に使わせてもらうことにした。
俺とリパはフォレストラットが駆け回る枝を観察地点にして、眼下に広がる森を観察。潮風が直撃してくるので枝葉がよく揺れるが、体幹がしっかりしているのかリパには問題ないようだ。
「今のところ、夕飯はカニ汁しかない。何肉のステーキにする?」
「何肉があるんですか?」
「あそこにマエアシツカワズがいて、あっちにはフィールドボアの亜種がいる」
「本当だ! フィールドボアにはない毛が頭の先に生えてますね」
「海岸の近くだから、多少違うんだろうな。向こうには火が見えるから、炎を吐くなにかがいるんだろう」
「よく見えますね」
「鳥人族なんだから、リパの方が遠くは見えるんじゃないのか?」
「全然、僕にはわからないですよ」
他にも岩の中に隠れている巨大ヤシガニの魔物やサソリやクモなど虫系の魔物も多い。
「爬虫類系は散々食べたから、今日は猪肉にするか?」
「フィールドボアの亜種ですね。牙がすごい曲がってるから、突進さえ避けられれば問題ないかと思います」
確かに、牙が丸まって上に伸びているので、突進してきても刺されることはなさそうだ。
「いってみます!」
リパは枝から飛び降りて、静かにフィールドボアに近づいて行った。
「俺も試してみよう」
リパの後を追う。
フゴフゴフゴフゴ!
フィールドボアはリパの臭いに気づき、突進してきた。
直線的に突っ込んでくるので、横に躱せばリパでも攻撃に当たることはない。
何度かリパがフィールドボアの攻撃を躱し、木刀を構えた。あとは攻撃の威力が伴えば、フィールドボアを倒せる。俺もリパもそう思っていた。
だが、突進攻撃が当たらないと理解したフィールドボアは、移動しながら曲がった角を地面に突き刺した。
次の瞬間、角の形をした土の塊が地面から飛び出してきて、リパを襲った。
不意をつかれたリパは身体を捻ったが躱せずに直撃。はるか後方に吹っ飛んで行った。
魔法が決まり油断しているフィールドボアの脇腹に、魔力を纏わせた拳を叩き込む。
当たる瞬間に、フィールドボアの身体に合わせた直方体の魔力で囲んでみた。吹っ飛んで行ったフィールドボアはぐるぐると高速回転して、大木に当たりようやく止まった。
フィールドボアは目を回して昏倒。俺はすぐにリパが飛んで行った方へと向かう。
「おーい、大丈夫か~!?」
すぐにリパが木の枝と蔓に絡まって気絶しているのを見つけた。傷を確認すると、脇から血が出ている。ヘリーが作った回復薬をかけておけば問題ないだろう。そのうち、起きてくるはずだ。
俺はフィールドボアの処理へと戻ることに。
手ごろな蔓で毛深い脚を結び、木の枝に引っ掛けて逆さにしてから解体を始める。血が大量に出るはずなので、地面に穴を空けておくのも忘れない。
ここでも試しに、地面に手を触れ四角いキューブ状の魔力を展開し、土を抜き取るようにして掘ってみた。一度目は土が重くて魔力の膜が破れてしまったが、ジェニファーから教えてもらった防御魔法のように魔力の膜をハチの巣状にしてみると、意外にうまくいった。
「できるもんだな」
今度は魔力をナイフ状にして、フィールドボアの腹を裂いてみる。痕は残るが切れるほどではない。
「刃のイメージがしにくいのか。なんか握れるものがあれば違うかもしれない」
俺は落ちている枝を握り、魔力をナイフ状に展開。フィールドボアの腹に突き立ててみた。
ブツッ、ビシャー!
一気に首まで裂くと、血が溢れ出てきた。
あとは内臓を取り出して穴に入れ、しばし血が流れるのを待つ。
「マキョーさん、すみません」
リパが起きてきた。
「おう、大丈夫か?」
「ええ、もう問題ありません。ちょっと予想外の攻撃に油断しました」
「ここも魔物が弱いとはいえ魔境だ。予想外のことが普通に起こるから、やっぱり観察は大事だな」
「はい。で、マキョーさんはどうやってこのフィールドボアを倒したんです?」
「魔力の壁で包んで殴った」
「それって、ジェニファーさんがやろうとしていることなんじゃ……?」
「やべぇ、そうかも。でも、これ便利なんだよな」
試しにフィールドボアのもも肉に手を当てて、手のひらから魔力を立方体に展開。ズポッと皮のついた肉を取り出して見せた。
「ほぅら、猪肉のブロックがこんな簡単にできるんだぜ」
「えっ!? ナイフも使わずにそんなことできるんですか?」
「ん~、できちゃったもんはしょうがないだろ。あんまり人に言うなよ」
「いやぁ、だって……。え~!?」
リパには口止め料として、美味しい脇腹のブロックを渡しておいた。