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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【魔族の国・ミシェル滞在記5(チェル篇)】



歴代の魔王に連れてこられたのは、眠そうな美しい顔の中年女性だった。着ているものはどの魔王よりも質素なのに、立ち姿が綺麗で、肩から腕にかけての筋肉も彫刻の美男子ほど付いている。他の魔王たちと比べ明らかに戦闘に特化しているようにも見えた。


「ユグドラシールの件で話があるって? あそこには行くな。以上だ。あんまりくだらないことで私を起こすな」

 愚王はそう言って、立ち去ろうとした。

「すみません。行ってしまいました。今はそこの住人です」

「ん? 娘よ。住人ということは魔王ではないのか?」

「私は、ユグドラシール跡地にある魔境の特使です。今の魔王は上の階層で魔物と修行の最中です」

 愚王は上層を見上げて、私を確認。おそらく能力などを見ているのだろう。

「おかしなことが起こってるのはわかった。とりあえず、この辛気臭い部屋を変えよう。誰か茶でも用意してやれ。この娘は生身だぞ」

 愚王が手を振るとそこら中から炎が噴き上がり、塵や埃が消えた。床からは二組の木製の椅子とティーテーブルが現れ、どこかから魔石灯が飛んできた。魔石灯は空中で止まり、私と愚王の周辺を明るく照らす。

 

「お茶だよ。淹れたばかりだから少し蒸らすといい」

 私と愚王が椅子に座ると、いつの間にか現れた古いローブの魔王がティーテーブルにカップとティーポットを置いてくれた。

「恐れ入ります。すみません、ありがとうございます」

 他の魔王が敬意をもって接する魔王にお茶を淹れさせてしまった。

「若いのに気にするんじゃない。こいつはもともと魔王城のメイド長だったんだ。人をもてなすのは慣れてるのさ」

 愚王が古いローブの魔王を紹介してくれた。

「慣れているのではなく、好きなんですよ」

「どっちでもいい。邪魔が入らないようにだけしてくれ」

「かしこまりました」

 すでに他の魔王たちは私たちから距離を取り、遠くの暗いところから見守っている。古いローブの魔王だけ、魔石灯の明かりが当たる範囲に立っていた。


「それで、魔境と言ったね? ユグドラシールは魔境になったのかい?」

「ええ、巨大な魔物が跋扈し、様々な植物が魔物を襲い、古代の遺跡が眠っている土地になっています。およそ人が住めるような土地ではないかと」

「でも、そんな魔境に住んでいるのだろう?」

「たまたま、魔境の地主が助けてくれたからです。あの者がいなければ死んでいました」

「魔境の地主は竜人族か?」

「いえ、人族です。私を助ける数週間前に魔境を買ったと言っていました。それも不動産屋に騙されていたようです」

「人族か。生き残る能力には長けた種族だが、どこかの有名な貴族の出か?」

「いえ、普通の農家の次男坊だそうです」

「やはり血筋などで得られる能力には限界があるから信用しない方がいいね」

 愚王は魔族の社会を揺るがすようなことを平然と言った。でも、そうしないとメイジュ王国自体が苦境に立たされるだろう。

「随分、嬉しそうだな。魔境の地主はそんなに面白い奴なのか?」

 またしても私はマキョーの話で笑っていたようだ。

「いえ、なんというか、変なんです。そもそも『手合わせ』をして魔法を教えたのは私なんですが、魔力の使い方が変というか……。新しい魔法をいつの間にか作っていて驚かされると言うか」

「どんな魔法なんだ?」

「自然界にある力に魔力で干渉したり、観察して判断する能力が高いのか、苦戦していた魔物も次の日には拳に魔力を纏わせて吹っ飛ばしていたり……」

「ちょっと待て。自然界の力っていうのは例えば、どんなものだ?」

「地中にある隆起する力とか、風や水流なんかにも干渉します。だから一瞬で丘を作ったりするんですよ。あと足に魔力を込めて走ったり……」

「何魔法に分類される? いや、理論上はできても無理だろ?」

「無理ですよね。私もそう思うんですが、やるんですよ。あいつは」

「対外的な強化魔法とでもいうのか……。いや、そもそもそんなことを感じ取れる人間がいるのか……」

 愚王は顎に手を当てて考え込んでしまった。私はその間に、お茶をカップに淹れる。茶葉のいい香りが周囲に漂う。


「そんなにおかしなことですかね?」

 古いローブの魔王が愚王に尋ねた。

「例えば、朝がきて夜がくることは誰もが認識できるが、この星が自転する力を感じとれる者がいるか? 隆起する力などそういう話だ。幻術ならいざ知らず、そういう技でもないのだろう?」

「そうですね。入り口付近に隆起させた丘で迷路まで作っていましたから、幻術や呪術の類ではないと思いますよ」

「精霊魔法に近いのだろうが、詠唱は唱えるか?」

「いえ、自分で小さい魔力を飛ばして地中の中を探ったりはしているようですが、特別な詠唱も唱えませんし、印を結ぶということもないですね」

「おかしな方ですね。魔境の地主は」

 古いローブの魔王が言った。

「そうなんです!」

 ようやくマキョーのおかしさを共有できる人ができたようで嬉しかった。

「魔力の使い方が理論的じゃなくて、本人の感覚的なものなのだろう。本人以外には使えないのではないか?」

「走るのは教わりましたけど、なにかの力に干渉するのはできません」

「とにかく見せてもらえるか?」

 魔境について教わりたいのは私なのだが、マキョーのせいで教える側に回ってしまっている。

 おかしいと思いながらも立ち上がって、脚に魔力を込めて走って見せた。愚王の前を何度か往復し、魔力の使い方やタイミングなどを説明した。


「……どう思う?」

 愚王が古いローブの魔王に聞いた。

「わざわざ空間魔法を習得してまで移動していた私がバカみたいですね」

 古いローブの魔王が率直に言った。

「お前も愚王を名乗ったほうがいいかもしれんぞ。魔力だけでそこまで速く動けると、メイジュ王国に戻った時、ついて来られる者がいなかっただろう?」

「そうですね。ほぼ一人旅でした」

「魔境に住んでいる者は皆、同じ移動方法か?」

「鳥人族は空飛ぶ箒を使いますし、エルフの学者は呪われていて魔法を使えませんが、全員が魔境の主であるマキョーから教わってはいますよ」

「魔境には今、何人住んでいる?」

「6人です」

 私は簡単に全員のプロフィールを語って聞かせた。


「6人の中で最も戦闘力が高いのは、そのマキョーという男か?」

「ええ、魔力量も大概ですが、戦闘力のみで言えば一人だけずば抜けています」

「……比較対象がいないので想像しにくいが、魔境の魔物で我々でも知っているものはいないか? ユグドラシールにしかいないものでも特徴さえわかれば、私も思い出すかもしれん」

「え? 愚王様はユグドラシールに行ったことがあるんですか?」

「魔王以前は冒険者だったから何度もあるぞ。伝えられてなかったか? 3年半も無駄にしてミッドガードにも滞在したこともある」

「知りませんでした。ミッドガードはどこにあるんです?」

「どこって、ダンジョンの中だ」

 愚王は当たり前かのように言った。ダンジョンの中に都市が丸々入っているのか。だとしたら、魔獣にダンジョンを盗まれたというのは……。


「なにやらいろいろな歴史が失伝しているようだな」

 混乱している私を見て愚王が察してくれたようだ。

「はい。私はユグドラシールの失われた歴史について知りたくて、メイジュ王国に戻ってきたんです。現・魔王や先代と話をつけるのはおまけみたいなもので……」

「そうか。ん? ……と、いうことは、なぜ私が愚王と名乗ったのかも伝えられていないのか?」

「ええ、『時空魔法』を禁じたとしか……」

 愚王はティーテーブルを叩いて立ち上がり、後ろに控えていた魔王たちの方を向いた。


「なぁにをやっておるんだ、お前たちはぁああ!!!」

「「「「ひっ」」」」


 愚王の一喝で魔王たちは怯え、霊体が小さくなってしまった。霊体だからこそできるリアクションだ。


「お主、なんという名だったかな?」

「人見一族のミシェルです。魔境ではチェルという名で通っています」

「わかった。チェルよ。なんでも私に聞くがよい。それから、他の魔王の言葉に耳を貸すな! どうせ、後ろの魔王たちの中にはこのチェルをこのまま次期魔王に仕立て上げようとした者もいるだろうが、そうはいかないからなぁあ!!」

 愚王は振り向いて怒声を上げた。先代も含め魔王たちはすっかり怯え切ってしまっている。

「先に言っておく。魔王の座や地位に意味などない。やろうと思えば魔法の実力だけで、魔王になどなれる。事実、私が魔王になったのは誰よりも魔法が得意だっただけなのだからな。だが、魔王になれば、やらなくてはならない職務がある」

 愚王は私の目をまっすぐ見て、続ける。

「全魔族を生かすこと。その環境を整えることこそ、魔王唯一の職務だ。その他一切は雑務と心得よ。つまり、本来は魔王になる前に実力をつけ、歴史を学び、他国から魔族を守る方法を知らなければならないのだ」

 現・魔王のジュリエッタは歴史が得意だったはずだが、歴史自体が違うとしたら、何もできていないのではないか、という思いが私の頭に一瞬ちらついた。

「重要なのは地位ではなく、職務を全うできるかどうか。チェルよ。お主がどういう経緯でユグドラシール跡の魔境に行ったかは知らない。他国から魔族を守るという一点において、他の魔族とは大きな差が出来てしまったようだ。魔王にならずともよい。ただ、どうか……」

 愚王は立ったまま、座っている私に頭を下げた。歴代魔王たちを怯えさせるほどの愚王なのに、一魔族でしかない私に礼を尽くしている。

「どうか同胞として魔族に協力してはくれぬか? そのためならば、我々、歴代魔王たちはなんでも答える」

 この私の目の前にいる方は決して愚かな王などではない。魔族の気高き王の中でも、最も偉大な王だ。

「頭をお上げください。私に何ができるかはわかりませんが、できる限りのことは協力しますから」

「そうか? なら、よかった」

 先ほどの歴代の魔王たちに対し怒りに震えていた姿から急変。愚王は私のコップに入ったお茶を飲み干した。もちろん、霊なのでお茶は床にぶちまけられている。

 気付けば、私を追放した魔族への協力を私が自ら買って出ている。もしかして全てが愚王の演技なのか。これが1000年に渡る年の功と言ってしまえば、それまで。邪推するだけ無駄のようだ。


「どこから話す? すべて話すとなると膨大な時間がかかるぞ」

「質問に答えていただければ、それでいいです」

「わかった。なんなりと申せ」

「今、魔境にあるミッドガードの跡地は魔力が他の地域より極端にない場所で、『渡り』の魔物の滞在地になっているのですが、ミッドガードには何があったのですか?」

「様々な理由が絡み合っているので一つの理由とは言えないが、ミッドガードは都市ごとダンジョンの中に空間魔法で移設された」

「そのダンジョンはもしかして魔獣に盗まれたりしてませんか?」

「盗まれたというよりも喰われた、という方が正しいだろう。巨大な魔獣だ。1000年後だともっと大きくなっているだろうな」

「山脈みたいでした。1日だけ現れて消えましたが、魔境の住人からすれば災害ですね。住居に使っている洞窟にも被害がありましたから」

「遭遇したのか?」

「一度だけですが3か月ほど前に現れました」

「ならば、もうすぐまた現れるな。あの魔獣は時を旅する亀の魔物を巨大化させたものだ。鶴は千年、亀は万年というだろう?」

「知りませんが」

「ふざけた遺伝子学者が本当に万年生きる亀を作り出してしまったのさ。あの亀に丸1日乗っている間に、外では3か月も経っている。つまり、ダンジョンの中は年間4日進むことになる」

「はあ、な、なるほど」

 ちょっと理解が追い付かなくなってきた。

「つまり、1000年だから、あの亀の中は4000日ほど過ぎているってことだな。11年くらいか。いい加減、ミッドガードの住人も死んでるかもしれんな。お主らが亀の中のダンジョンを攻略してミッドガードに辿り着いたとしても、遺跡しか残ってないかもしれん。運がよかったな」

 なにがよかったのかさっぱりわからないが、とにかくミッドガードはあの巨大魔獣の中にあるダンジョンの奥にあるらしい。だんだん、頭が混乱してきたので、メモを取らせてもらうことにした。

「先ほど、3年半無駄にしたって言っていたのは、ダンジョンの中に滞在していたということですか?」

「いや、時空魔法を習得すると、ミッドガードという存在があることに必ず気付くはずだ。目印のようなもので、ダンジョン内にもミッドガード内にも瞬時に行けるようになる。ただ、外からミッドガードに入ると疫病対策のために二週間は隔離されるのだ」

「ミッドガードで14日。外では3年半も経っているということですか?」

「その通り」

「100年前に魔境を探索した一団は、遺跡に入るのに時空魔法が必須と言っていましたが……?」

「遺跡というのはダンジョンのことだろう。先ほども言ったように巨大魔獣に乗れさえすれば、ダンジョンには行けるぞ。魔境の移動方法もそうだが、話を聞く限り、そのマキョーとやらが巨大魔獣に乗り込む方法を考え付くのではないか」

「ありうるところがあいつのヤバいところですね」

 私は「遺跡ダンジョンはマキョー次第」とメモした。

「ふふふ、ヤバい、か」


 一口、お茶を飲んで私は質問を続ける。

「聖騎士については、なぜダンジョンで処刑を?」

「聖騎士というのは誰のことだ?」

「『種族の差別をなくせ』と言っていた来訪者です」

「ああ、そんな奴いたなぁ。嫌な話になるぞ」

「聞かせてください」

 私は自然と前のめりになっていた。

「ミッドガードがダンジョンに移設される前、幼児や胎児が魔物になる病気が流行ってね。それが遺伝的な要因で重症化するということがわかったんだ。それで血筋によってミッドガードからの退去を余儀なくされる連中が出てきた」

「種族によって都市から排除されたということですか?」

「簡単に言えばそうだ。もちろん、退去した者たちは反発して『種族の差別をなくそう』と言い始めた。それが聖騎士と言われる連中の始まりだろう」

「聖騎士によって虐殺されたと思われる人骨が神殿の近くで見つかったのですが……」

「それは末期だね。ミッドガードに帰ろうという運動が盛り上がった頃、魂だけでもミッドガードに戻り、ゴーレムとしてでも生きたいという連中がいたんだ。魂は時空を超えるから、戻れると思ったんだろうな」

「あれ? ゴーレムって人の魂が入ってるんですかね?」

「全てではないが、魔境にあったのなら1000年前に殺された連中の魂が入ってる可能性は高いぞ。どうした? 倒したか?」

「マキョーが砂漠で何体か、狩っていましたね。ゴーレムの遺体からキューブが出てきて、解析しようとしたんですが、我々には無理でした」

「あれは、ユグドラシールの魔道具製作者たちが魔法陣と技術の粋を結集させて作ったものなのだが……、狩ったのか?」

「マキョーですよ。私には無理です」

 愚王は腕を組んで目を丸くしていた。

「つかぬ事を聞くが、ミッドガード周辺にガーディアンスパイダーという都市を守護する魔物がいたのだが、遭遇したことはあるか?」

「もしかして、いつもは巨大な岩に化けていて、武器を構えた者を攻撃してくる魔道機械のようなものですか?」

「それだ! あの時代の魔道具の最高傑作として生みだされたものなのだが……、どうだった?」

「一体倒すのにも魔境の女たちは日が暮れるまで苦労しましたよ。マキョーは腹にワンパンでしたけど」

「拳で一撃か?」

「はい」

 私が頷くと、愚王は「へっへっへ」と妙な声で笑い始めた。

「そのマキョーとやらは、つくづくユグドラシールの天敵だな。私が生きていれば結婚しているところだ。チェルよ、やはりしばらくメイジュ王国に戻って来なくていいぞ。その方が魔族の利益になる」

「は、はぁ……」

 愚王は私と同じ考えに行きついてしまったようだ。


「時空魔法を禁じたのは、魔族をミッドガードに行かせないためですか?」

 私はさらに質問をつづけた。

「そうだ。それほどあの都市は危ういのだ。んん、なんと言えばいいのか……」

 愚王はしばらく天井を見上げてから、語り始める。

「文明とはあらゆる技術が結集し、発展していくものだろう? 天空に広がる麦畑、コロシアムで戦わせるために巨大化させた魔物たち、民衆を守るために野蛮な者の武装を解除させる魔道機械、疫病から都市を守るために亜空間を作り上げたダンジョンコア、大陸を割るほどの魔力を止めた巨大な杭、死者の魂を蘇らせるゴーレム、全てがミッドガードに集まっていた。そして集まっていたがために文明は崩壊したのだろう」

 愚王は遠くを見て、自分が見てきたものを思い出しながら説明してくれた。

「技術が倫理を超えて、方向を見失うと文明は滅びるらしい。私の人生の教訓だ。だから、私はメイジュ王国にユグドラシールで見た技術を持ち帰らなかった。文明が発展するより先に、魔族の倫理観や方向性を育むために。だから私は愚かな王なのだ」

 愚王の言葉に、静まり返った。遠くから見守っている魔王たちも一切音を立てない。


「他に質問はあるか?」

 もっと聞きたいことがある気がする。なのに、あとひとつだけしか出てこない。今の私の限界だ。

「最後にひとつだけ。愚王様が生きた1000年後の今も時空魔法を習得できてしまうものなのでしょうか。魔境に住む者として、時空魔法を習得した者が巨大魔獣から現れて魔境を奪ってしまわないか心配で」

「時空魔法とは、とどのつまり時魔法と空間魔法の組み合わせだ。空間魔法は防御魔法を極めていく過程で習得できるかと思う。時魔法に関しては、本来、時の魔法を扱う鹿の魔物がいたのだ。深い森の信仰と密接に繋がっているから、エルフの国・サトラに行けばわかるかもしれないが、かなり危険だ」

「なにが危険なんです? エルフですか?」

「いや、扱いが難しい。巨大魔獣に魔法陣を仕込んだ学者は数学と物理学の天才だった。だから、今も巨大魔獣は1000年前と変わらず3か月ごとに現れるが、そうではない者が扱おうとすると、大変なことになる。私はコツを掴んだだけで、うまく説明できないが、時空魔法を使うと、この星から飛ばされる可能性がある」

 すでに質問者である私の理解を超えている。それを察して、愚王はわかりやすく説明を続けてくれた。

「私も伝聞でしか聞いたことはないが、ある青年が時空魔法を習得した。とても便利な魔法だったので、村人全員に教えたらしい。翌日、村には人の姿がなかったそうだ。シチューの鍋が火にかけたままの状態で見つかったが、周囲には誰もいない。村人全員が消えてしまったのだ」

 急に寒くなって、私は身震いした。

「もしうまく時空魔法を使う者が現れたとしても、少しでもズレると大きなズレとなって現れるから、命がけではある。使わないでいいなら、使わない方がいい魔法だ。先人としておすすめはしないよ。私も数回しか使ってない」

「わかりました。質問は以上になります」

 私はメモをローブの中にしまった。

「うん、健闘を祈る。魔境の主であるマキョーがミッドガードを見つけた後、どうするのか気になるから、また暇が出来たら報告しにおいで」

「承知しました」


 私が部屋を出ようとしたところで、愚王に呼び止められた。

「チェル!」

「はい、なにか?」

「竜人族は生き残っていないのか?」

「わかりません。ただ、魔境があるエスティニア王国の王族は竜の血を引いているそうです」

「そうか」

 愚王は少し笑っていた。冒険者だった愚王が、何度もユグドラシールに行った理由はなんだったのかはわからない。技術を見逃したくなかったのか、もしくは誰かに会いに行っていたのか。


 今度、魔境から戻ってきたときに聞こう。

 

 私はダンジョンを出て、魔王城から外に出た。東の空に朝日が昇っている。


「帰ろう。魔境に」



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― 新着の感想 ―
[一言] チェル編だけでも何度読み返したか!ワクワクします(^o^)
[良い点] 発展性で溢れてる! 次の展開が楽しみです。 [気になる点] マキョーとの政略結婚もありうるのか?誰とかはわからないが。 あと紅茶はどこから仕入れたのか。
[一言] 少し停滞感を持っていましたが、ここ数話で物語が動き始めたようで、今後がまた楽しみです
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