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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【魔族の国・ミシェル滞在記3(チェル篇)】


 鹿肉の香草焼きと野菜の濃厚スープ、パンという豪勢な朝食をメイドたちに見守られながら食べた。久しぶりにナイフとフォークを使う食事。たまにこんな生活もいいなとは思うが、毎日やっていたことだと思うと気が滅入る。


「ミシェルは魔境でどんな食事をしていたの?」

 白いドレスを着たお母さんが聞いてきた。

「獲れたばかりの魔物の肉を使った料理と私が焼いたパン。最近は野草が採れるようになって食生活も改善したかな」

「ミシェルがパンを焼いていたのか? そんなもの使用人にやらせればいいじゃないか」

 お父さんは黒い正装姿。無理にでも貴族の服を着ないと、自分が貴族だということを忘れてしまうのかもしれない。

「使用人なんていないんだよ。6人しかいないんだからね」

「それほど強いのだから力でねじ伏せられるのでは?」

 この屋敷にいる魔族は一族の特性として私の強さが見えている。昨夜は、お父さんもお母さんも強くなって帰ってきた私を見て、飛び上がるほど喜んでいた。

「魔境には力でねじ伏せられるような者はいないね。それに強さだけで言えば、魔境の主にまるで敵わないんだよ」

「魔力の量や魔法の質で、魔族が敵わないことがあるのか?」

「世の中は広いからね。防御能力が特化した僧侶に一撃を与えるのは難しいし、知識でエルフに勝とうなんて思わない方がいい。人族は没落貴族でさえ武具を作る能力が高い。鳥人族は本当に空を飛ぶ方法を身につけているんだ。魔族ほど、呑気な種族はいないよ」

 今も私兵たちが人形相手に魔法を放っている音が、屋敷の外から聞こえてくる。


「逃げてきたとはいえ、それほど兵たちは鍛錬を怠ってはいないぞ。魔法は魔力量で決まるとは限らん。試してみるか?」

「ああ、そうだね。それが一番手っ取り早いかも……」

 お父さんとお母さんはよくわかっていないみたいだったが、私は魔封じの腕輪を外して、外に出た。


 長年、我が家の私兵長を務めているガムシュに組手を頼んだ。

「お久しぶりでございます。ミシェル様。組手と申されましても、私では力不足です。それほど3か月の間にミシェル様は強くなられた。おそらく魔王の側近が何人増えようとも、今のミシェル様に敵う者は現れないでしょう」

 ガムシュはお父さんとお母さんに説明していた。

「それでも我が兵を束ねる長か!」

 お父さんが怒ってしまったので、結局、組手をすることになった。

「申し訳ございません。ミシェル様、お手柔らかにお願いいたします」

「うん、ごめんね。見せなくちゃわからないんだ」

 お互い、大きな溜め息を吐いて中庭で組手をすることに。


 ガムシュは剣に魔法をかけて戦う魔法剣士。魔法の威力を上げるため、剣には魔法陣が描かれている。

「本気で行かせていただきます」

「うん」

 開始の合図もないまま、雷魔法が付与された剣が真っすぐ私に向かってきた。

 近づくだけで雷が全身を襲うだろう。ただ、その攻撃は私にとってあまりにも遅かった。

 もっと言うと魔法に集中するあまり、体術がおろそかになっている。魔境でいえば、牙に雷属性のあるフィールドボアと戦っているようだ。

 他にも氷や炎を剣に付与させ、技を繰り出していたが、私の身体に当たる気がしなかった。

 見ている兵たちやメイドたちは盛り上がっていたが、全ての攻撃を躱している私を見てお父さんもお母さんも血の気が引いていた。

「そろそろ行くよ。回復魔法で治すから……」

「はい……」

 覚悟を決めたガムシュが剣を脇に構え突っ込んできた。

 私はガムシュの顎に右手を当て、軽く押してやる。ガムシュの身体がくるりと回転し、そのまま地面に叩きつけられた。


 ガンッ!


 咄嗟にガムシュの頭蓋骨と地面の間に左手を添えたが、ガムシュの意識を飛ばせるくらいの衝撃はあったようだ。

 私はすぐにガムシュに回復魔法をかけ、中庭の隅でしばらく寝かせることに。

 

「起きたら、あまり無理をさせないようにね」

 お父さんもお母さんも絶句している。二人に話すのは後にして、観戦していた兵たちの方へ向かった。

「見ていたように、私はほとんど魔法など使っていない。魔法は確かに魔族の大きな武器だけど、戦いになるとそれだけじゃないんだ。今の戦いを見ていればわかるよね?」

 兵たちは大きく頷いていた。

「また、あいつのことを喋るのは嫌なんだけど、魔境の主は、元々魔法が使えなかった。ただ、魔力量だけは多くてね。私は初めに『手合わせ』だけをしたんだ」

 兵の一人に協力してもらって、手を合わせてお互いの魔力をゆっくり循環させる。兵の魔力は少ないので、こちらはわずかな量だけ相手の身体に送り、向こうは同じ量だけ返してきた。

「魔族にとって魔法を使うとき、初めて習うのが『手合わせ』だから、誰でもやったことがあると思う。ただ、魔境の主はこれを極めてしまったんだ」

「魔力の循環を極めたということですか?」

 相手をしてくれた兵が質問してきた。

「いや、魔力のコントロールかな。例えば、この人形を殴るとする」

 魔力のない状態で人形を殴るとまるで反応がない。

 全身の魔力を解放して殴ると、多少人形が揺れるが、魔法防御の魔法陣が仕込まれているので形は保てる。

「私も見てるだけでやってもできなかったんだけど、要するに、魔境の主がやっていたのは、おそらくこういうことだ。よく見ておいて」

 人形に拳を向け、当たる瞬間に魔力を送り込む。人形を守っていた革がブチブチと切れ、中の木が粉砕。地面に突き刺さっている棒だけが残った。


「つまり動きに合わせてタイミングを見て魔力を使うんだ。戦闘において魔法は一つの選択肢であって、全てではない。相手に合わせ、周囲の状況を見て使わないと意味のない攻撃になってしまう。だから、体術と魔法、状況判断はバランスよく底上げした方がいいよ」

「どういう訓練をすればいいんですか?」

「魔境に来れば一発で習得できるよ。ただ、遠いし死ぬから、近くの森に入ってみたらいいんじゃない」

「魔物が出ませんか?」

 兵の中にはこの辺りの魔物でも恐れている者もいるのか。

「魔物は恐れずによく観察した方がいい。マキョーは遭遇した魔物に苦戦しても、次の日にはあっさり殴り飛ばしていることがある。状況判断が速くなっていくんだ」

 兵の前に並んでいる人形ではなにも教えてはくれない。

「おそらく君たちが相手をするのは人形ではなく、意思を持った魔法使いだろ? 魔物くらい相手にできないと狡猾な人間には勝てないよ」


 起きていたガムシュがゆっくり外に出てきて、人形を地面から引っこ抜き始めた。

「一族の特性を生かした魔法を極めるより、まずは基礎を鍛えないと話にならん、ということですね?」

「そうだね。もちろん魔法の研究をするのか戦うのか、目的によって到達点は違うと思う」

 私兵の中でも、それぞれ目的は違うだろう。

「だけど、今、メイジュ王国にいて思い描いている到達点に辿り着いたとしても、魔境の最低水準を下回っていると考えてほしい。それくらい差があるんだ」

「我らは、ミシェル様を魔王にするために鍛えているのですがそれでは足りませんか?」

「うん。ここにいる全員が魔王になるつもりで鍛えてくれ。元近衛兵たちが迎えに来てたけど、正直全然ついてこれてなかったし」

「我ら、全員が魔王ですか?」

「うん。そうじゃないと、対等な立場での貿易など不可能だろうし、強さを理解できるくらいにはならないと気づかぬうちにメイジュ王国が滅んでいる可能性もある。レベルの底上げが必要だ。メイジュ王国に限った話ではないけどね」

「かしこまりました!」

 

 お父さんとお母さんは、何も言わず私を見守っていた。強くなってしまった娘を恐れているのかもしれない。今はそれでいい。とりあえず、これで私を担ぎ上げてどうにか魔王にしようとする地方貴族はいなくなるだろう。


 昼飯の前に、私は王都へと旅立った。両親と私兵たちが見送ってくれたが、私は振り返らなかった。

 今はまだ旅の途中。今よりも大きくなって帰ってくるのだから。



 メイジュ王国の王都・メイルノーブルは、国土の北西に位置し、主要な町と街道で繋がっている。森や砂漠と違ってものすごく走りやすい。

 私が帰ってきたことを隠すつもりもないので、驚く行商人の脇をすり抜け、馬車を跳び越え、仕事中の盗賊団を叩きのめしながら進んだ。

 船で渡らなければならない川もあったが、それほど時間はかからなかった。やはり水面を走れるようになったのは大きい。山道も道さえ通っていればそれほど気にならない。

「やっぱり道は大事だな」

 魔境も入口から住んでいる洞窟までの道がほとんど決まってるので、それほど時間がかからない。帰ったら、中央森林地帯まで道を通した方がいいな。


 メイルノーブルに着いた頃には夜になっていた。先に元近衛兵が着いていたのか、王都周辺では私の噂が飛び交っているようだ。

「どうするんだろうな。王都まで来たら、そのまま城まで盗っちまうのかな!」

「魔境帰りなんだろ?」

「ああ、とんでもなく強くなってるって話だぜ」

 行商人たちが大きなリュックを担いだまま道端で話していた。

「城なんか盗っても、誰も儲からないでしょ」

「「「お嬢!」」」

 行商人たちは、私を見て飛び上がるほど驚いていた。

「噂話だけは広がるね。噂じゃなくて本当だったって、皆に知らせてきてくれる?」

「わかりました!」

「門兵! ミシェルお嬢のご帰還だ! 時間なんて関係ねぇや! 全門を開いてお通ししろ!」

「魔石灯をありったけ灯せ! 本物の魔王様のお通りだ!」

 行商人たちは自分たちの商売道具のリュックも放り出して町の中にすっ飛んで行った。


 王都の魔族は予想外のハプニングには飢えている。変革を望まないのは特権階級の貴族だけ。付き合いのある町人以外にも帰ってきた私の顔を見てやろうと、門から続く大通りには一斉に人が集まり、魔石灯を掲げた。


 昼よりも明るい大通りを私はゆっくりと歩く。近づいてくる町人たちから、スラム街出身の衛兵が守ってくれた。

「この方を誰だと心得る! 俺たちをあの汚い街から救い出してくれた恩人だぜ。遊んでもらった恩ある者たちは、今こそ報いる時だ。お守りしろ!」

 町で遊んでいた頃の友達や知り合いが集まってきてしまった。鍛冶屋に花屋、娼婦、パン屋、薬屋、商人ギルドの職員。兄弟のいない私からすれば、一緒に泣いて一緒に笑い合った兄弟みたいな人たち。魔王に負けて逃げ出した貴族という者は一人もいない。


 付き合いのない衛兵や傭兵もただ指をくわえて見ているだけ。私を捕まえようとする魔王の手先が寄ってくる隙がなかった。

 広場まで辿り着くと、元近衛兵たちが加わった。

「聖騎士の本は見つかった?」

 セキトに聞いたが首を横に振った。

「すみません。移動に必死で」

「いいよ」

 そこまで期待はしてなかった。どうせ城で会うだろう。

「ご両親にはお会いできましたか?」

 セキジンが聞いてきた。

「うん、私兵を鍛えるように言っておいた」

「このまま城まで行きますか?」

「そうだね。町にいても貴族たちが怯えるだけだし」

 町人を味方につけてしまっている私は貴族に嫌われているだろう。注意しておくか。


 私は広場に水魔法で特大の噴水を作り、集まった待ち人たちに向け雨を降らせた。

「ほら、皆! あんまり騒ぐと、あとで貴族たちに何されるかわかったもんじゃないよー!」

 そう言ったのだが、通常よりも落ちる速度が遅い雨粒が、魔石灯に当たって輝き、幻想的な光景になってしまった。

「貴族たちなんか関係ねぇよ! 今から魔王の座を取りに行くんだろ!?」

「心配しなくても私たちが文句言わせないよ!」

「誰もあんな奴を魔王だなんて思ってないんだから!」

 町人たちが口々に叫んだ。

 現魔王の人気のなさは本物のようだ。


「そう言うなよ。あの娘だって頑張ってるんだから、皆、応援してあげて。今のところそれほど酷い政策はないんでしょ! それに今回、私は魔王になりたくて帰ってきたんじゃないんだ。海の向こうにある魔境の特使として来たんだよ」

「ミシェルお嬢は魔王になる気はないのか!?」

 鍛冶屋が聞いてきた。

「今回はってこと! いずれ私が魔王になる時に、飲んだくれの浮気鍛冶屋になってたら怒るからね!」

「わかった! 酒は控えるよ……。でもよ……」

「これから魔境を中心に激動の時代になる。このままだとメイジュ王国は魔境の一部になっちゃうよ! それほど魔境の主はとんでもない奴なんだ! だから私はあいつの側で監視を続ける! いつか監視しなくてもいいようになると思う。それまでの間……」

「お嬢、魔境の主に惚れたの?」

 娼婦が聞いてきた。

「ん~、そこは自分でもわからないんだ。例えば、あらゆる魔法を放ってくる古代兵器があるとするよね? 石よりも固く防御魔法の魔法陣すら組み込まれているのに、マキョーは拳で一発殴って仕留めるんだ。そんな奴、放っておける?」

 皆、黙って私の話を聞いてくれている。ただ、ニヤニヤと隠れて笑っているみたいだ。

「隣の領地から150人の暗殺者や精鋭部隊が魔境に乗り込んできた時なんかさ……、なに? なんか私の顔についてる?」

 町人たちがずっとクスクスと笑っているので、聞いてみた。

「お嬢があまりにも嬉しそうに話すもんだから、こっちまで楽しくなっちまうよ」

 パン屋が答えた。顔を触ると確かに私は笑っている。もしかして、マキョーの話をしている時の私はずっと笑っていたのかもしれない。急に恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。

「楽しいんだね。魔境の生活が」

「毎日がサバイバルだよ。でも、この機会を逃すと一生後悔しそうなんだ。メイジュ王国にとっても、ものすごい財産を失うような気がして……。おかしいよね? 3ヵ月しか魔境にいないっていうのに……」

「おかしかねぇっすよ! それでこそ俺たちのミシェル様だ」

 皆、広場が割れるほど笑い始めた。

「しょうがないよ! ミシェル様に惚れた私たちの負けさ!」

「困った人だが、待つ価値はあるさ!」

「まだ強くなるおつもりですね?」

 セキジンが聞いてきた。

「まだまだ。全然、マキョーには届かないよ」

「でしたら、届く距離まで行ってください。それまでは我らがメイジュ王国をお守りするまでのこと! ミシェル様は激動の中心にいてください」

「わかった」

 まだ魔王にも会っていないのに、私は魔境に送り出されてしまった。思えば、魔境に逃げるルートを作ってくれたのもメイルノーブルの町人だし、小舟を用意してくれたのも港町の名も知らぬ人たちだ。私はこの人たちに生かされて、ここにいる。

 今、目の前にいるこの人たちには頭が上がらないし、裏切るような真似をしてはいけない。それが伝わっているから、皆納得してくれたのだろう。


 果たしてメイジュ王国を守り続けてきた歴代の魔王たちは納得してくれるだろうか。

「ごめんね。皆、いつも迷惑ばかりかけて。私、城で魔王様たちに話をつけに行かなくちゃならないんだ」

「ああ、そうだったね! 私もとびきり美味しいパンを作って食べてもらわないといけないんだった」

「そうだ! 土産も持たせずに帰られたら、ミシェル様が魔境の主に何を言われるかわからないぞ」

「急いで用意しよう! ほら深夜だからって寝てる奴は叩き起こして! さあ、準備だ!」

「帰りの船は満載で送り出さなくちゃ、メイジュ王国の名折れだ!」

「ほら、お嬢も見てないで早く城に行っといで!」

「うん、任せる!」

 私はたった一人、坂を上り魔王城へと向かった。顔に触れるとまだ笑っているみたいだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 信じて送り出したお嬢が魔王より強くなって帰って来た件について
[一言] この作品読んでてよかったなあ。
[良い点] チェルの原点を見た感じでとても良いですね! [気になる点] チェルは魔境から離れてから、マキョーの存在を改めて考える瞬間があるのに対して、マキョーはチェルの居ない時間をどんな風に感じるの…
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