【探索生活45日目】
翌日、全員で東海岸へ向かうことになった。
中央森林地帯を抜けるには俺の脚力が必要だ。
それに遠い沖から魔族の使い魔を呼び寄せないといけない。空を飛べるリパ、まじないを使うヘリー、精神魔法で惑わすジェニファーの内、誰かが呼べればいい。
シルビアはチェルを待つ小屋を作るという。
結局、全員が必要になった。
というのは建前で、皆でチェルを見送りたい。
入口の森にいるエルフ二人には「ちょっと出かけるから、侵入者がいれば勝手に入らせていい」と伝えた。
「どこに行かれるんです?」
「東海岸さ。魔族が来るらしいから」
説明したら、絶句していた。
「もしかしたら、エルフの国かクリフガルーダからも使者が来るかもしれないけど、抵抗しなくていいからな」
「わかりました。死体が出たら片付けておきます」
この二人にとって他国の使者は死ぬこと前提なのか。とりあえず、入り口付近には落とし穴を掘りまくっておいた。
ピクニック気分でサンドイッチを用意している俺とは違い、女性陣は何度も中央森林地帯を抜ける予行練習をしていた。リパは怯えていたが空飛ぶ箒で逃げれるんだから、あんまり関係ないと思うんだけどな。
とにかく、チェルには数日分の食料を持たせ、薬草などの準備もして東に向けて出発。霧も晴れていない沼を迂回し、インプが泣き叫びトレントが追いかけてくる森を通って魔境の奥へと入っていった。
確かに、今まで走って通り過ぎていたが、『渡り』の森に近づけば近づくほど、魔物は大きくなるし、強力にもなる。
ただ、こちらが危害を加えようとしなければ、向こうも襲ってくるようなことはほとんどない。戦えばお互いが傷つくことがなんとなくわかっているからか、大きな猿の魔物は牙を剥いて威嚇してきただけだった。
川に潜む巨鰐も潜伏して島のように動かない。小さい獲物は食べるに値しないとでも言うように、ちらっと見てきただけ。
唯一攻撃してきたのは巨岩に擬態している脚が何本もある蜘蛛のような魔物。先を行く俺は攻撃されなかったが、なぜか女性陣は攻撃されていた。魔法を何発も放ってきたが、ジェニファーがうまく防いでいる。
脚の振りも遅いしリーチが長いので、懐に入って脇腹に一発叩き込むと、遠くまで吹っ飛んで行った。
「距離を詰めて、殴ればなんてことはないな」
「マキョー、皆が自信を失うようなことをするなヨ」
振り返ると、女性陣は俺を睨んでいた。
「そうか? 悪い。でも、なんで俺は攻撃されなかったんだろうな」
「男尊女卑でしょうか?」
「魔物にとって男女差はあまり関係ないと思うが……」
ジェニファーとヘリーが話している間に、シルビアが骨の斧を、近くの巨岩に向けていた。
巨岩はゆっくりと蜘蛛の形に変わり、シルビアに向けて魔法を放つ。ジェニファーが盾となり魔法を防ぎ、女性陣は杖を構えて応戦。やはり、なぜか俺とリパには攻撃が飛んでこない。
「僕も行きます!」
リパが木刀を抜いたところで、蜘蛛の魔物も気づき硬い石の脚で攻撃をしてきた。それでも無手の俺には攻撃が来ない。
どうやら武器を手にしている者を狙っているようだ。皆が戦っている最中に俺が、蜘蛛の腹までゆっくり歩いて行っても、まったくの無視。むしろ、脚を移動させて俺を踏まないように気を使ってくれているようにすら感じる。
「皆! 武器を捨てろ! この魔物は武器を認識してるみたいだ」
俺の一声で、皆武器を手放した。
巨大な蜘蛛は途端に大人しくなり、再び巨岩へと戻っていく。
「武装解除を認識している魔物なんて、人間によって作られたとしか思えんが……」
ヘリーは目を丸くして巨岩を見つめていた。
「岩に擬態しているくらいだから、1000年前からここにいたのかもしれないな」
「この巨岩の蜘蛛は町を守る守護者だってことですか?」
「だ、だとしたらミッドガードは武器の持ち込みが禁止されていたのか?」
想像は止まらないが、とりあえず捨てた武器をバッグに詰め、東海岸へと向かった。
『渡り』の森から離れると、魔物も植物もそこまで強いものはいなくなる。襲ってきたとしても、なんというか、アホが多い。
突進してきたマエアシツカワズは崖に突っ込むし、空から急降下してきたゴールデンバットは地面にぶつかって飛べなくなっていた。リパの修行相手としては申し分ないが、こちらも先を急ぐ。
昼飯も食べずに走る。俺とチェルがやっている脚に魔力を込める走り方もヘリー以外は習得していた。ヘリーはまだ魔力の使い方を取り戻せないでいるらしい。
「すまない」
背負子に結ばれたヘリーが言っていたが、呪いなので仕方がないだろう。
「気にしなくてもいいんじゃないんですか? 足りないものを補いあっていくのが魔境スタイルですよね?」
ジェニファーはにこやかにそう言っていた。
「違うヨ。使えるものはなんでも使って生き延びろっていうのが魔境スタイルだヨ。だから、ヘリーも気にしなくていい。今はマキョーを使っていても、いつでも使われる側に回るからネ」
チェルは他の人よりも長くいる分、一番魔境をわかっているのかもしれない。
東海岸に着いたのは夕日が沈む前だった。
海は穏やかで、遠くの砂浜には大きなヤシガニの魔物が歩いていた。
「夕飯にしよう」
ヤシガニの甲羅を叩き割って、狩りをする。爪だけで人の胴体以上の大きさがあるので、しばらく食うには困らないだろう。
シルビアはさっそく、近くの森からヤシの葉を採取し流木と組み合わせ、簡単な雨除けを作っていた。ジェニファーとリパは野草を採取しに行き、チェルとヘリーはまじないの準備をしている。
それぞれやることが決まっているので、指示を出す必要もない。
ヤシガニの磯汁を作っていたら、チェルとヘリーが魔族の使い魔を捕まえてきた。使い魔は大きなワシの魔物で、両目の間に魔石が埋め込まれている。
「帰ってやるから迎えに来い。魔境の主には攻撃しないように言っておいてやるから」
チェルが訛りもなく、使い魔の頭を持って話しかけている姿は山賊のようだ。向こうが喧嘩を吹っかけてきているので、当然の態度だという。
ヘリーから魔石灯に思いきり魔力を込めてくれと言われ、割れない程度に込めておいた。長い流木の先にぶら下げて、簡易的な灯台を作るつもりらしい。
「私はあまり必要じゃなかったみたいですね」
磯汁に野草を入れてかき混ぜながらジェニファーが言った。
「まぁ、でも、せっかくだから塩とか採っていこう。塩は増えても困らないだろ」
「そうですね」
チェルを見送るのが本当の目的なので、ジェニファーも特に気にしていない。
「ど、どのくらいで帰ってくるんだ?」
シルビアがチェルに聞いた。
「一週間もいないと思うヨ」
「だ、だ、だったら、ここで待ってる?」
「ああ、それもありだな」
エルフの国が攻撃を仕掛けてくることもなさそうだし、イーストケニアも今は安定しているようだ。
「チェルが帰ってきたら、巨大魔獣の対策をしよう。そろそろ3か月経つから」
「また北の方に避難するんですか?」
「うん、古井戸かどこか嵐の被害が少ない場所を目指そう」
「衣類が必要か?」
ヘリーが聞いてきた。
「ああ、暖かい気候だけど、巨大魔獣が現れたら、あんまり関係ないかもしれない。毛皮だけはあっただろ?」
「わ、わかった。つ、つ、作っておく」
「マキョーさんでも巨大魔獣と戦ったりはできないんですね?」
「ああ、そういう次元の大きさじゃない。山脈ごと動いていると思ってもらうと想像できるかな。ダンジョンを盗むくらいには大きい」
「え? ど、どういう?」
リパには想像できなかったようだ。
こればっかりは見て納得してもらうほかないかもしれない。
東海岸の滞在期間を一週間と考えて、予定を考える。チェルがいないのでパンを焼くのは交代で。周囲の魔物はそんなに強くはないし、人自体をあまり見ないのか警戒心もあまりない。ただ、サイズは大きい。
「リパは修行だろう」
「そうですね!」
「私も体術を鍛えるよ。魔力が使えないとか関係なく、身体が動かないと魔境ではどうにもならない気がしてきた」
ヘリーもリパの修行に付き合うそうだ。
「わ、私は海に潜ってみたい。甲殻類とか貝の素材が気になって」
「俺もそれに付き合うかな。どうせ食料は必要だし。ジェニファーはどうする?」
「私は寝てようかと……」
ジェニファーは心身ともに休むつもりのようだ。
「いや、ツッコんでくださいよ! ちゃんと野草採取に行きますよ。魔境の西とは植生が違うみたいですし」
「別に休んでてもいいぞ。ここら辺の魔物はそんなに強くないから、慌てる必要もないだろうし」
「え~、少しは私にも期待してくださいよ」
「じゃあ、なんか新技でも編み出したら?」
「そんな簡単にできたら苦労しませんよ」
「前に言ってた捕獲はどうなノ?」
チェルがジェニファーに聞いた。
「あれは……」
「なんかあるならやってみればいいんじゃないか? できなくても怒る奴はいないぞ」
ジェニファーはタンカーとして魔法による防御を考えていたが、エルフたちの家を見て、四方を壁で囲み魔物を捕獲できるのではないかと考えていたことがあったらしい。
「いいんじゃないか?」
「でも、魔境で魔物を捕獲する機会ってあんまりないじゃないですか? 必要ですかね」
「魔境で使わなくても、魔境を出たら使うかもしれないだろ? こんなところいつまでもいたってしょうがないんだから、やれることはやってみたほうがいいぞ」
「そうですかねぇ。わかりました。やってみます」
乗り気ではないようだが、ジェニファーは新技の開発をするらしい。
真夜中、波の音に紛れて、ギーコギーコというオールを漕ぐ音が聞こえてきた。真っ暗な海の中をボートが一つ浜へ向かってくるのが見える。沖の方には魔石灯の明かりがいくつか見えた。大型の船も何隻か来ているらしい。チェル一人に大層なことだ。
「迎えが来たようだな」
「うん」
チェルは自分の荷物を持って、ボートを待つ。他の皆も起き出した。
ボートには赤い顔をした黒いローブ姿の男が一人で乗っている。無骨そうな軍人に見えるが、こちらを一瞬だけ見て目を伏せていた。
「マスター・ミシェル。お迎えに上がりました」
浜辺に降り立った男がチェルにそう言った。本名はチェルじゃないらしい。そりゃ、そうか。
「ん。あまり能力を使って見ないことだ。どうにかなるような相手じゃない」
チェルが男に忠告していた。
「はっ!」
「じゃあ、皆いってくるヨ」
「おう」
チェルがボートに乗り込もうとしたら、沖の方で大きな水しぶきが上がった。
暗くてよく見えないが、魔物が現れたようだ。
「あれ!? チェルさん、沖の船が魔物に襲われてませんか?」
よく見れば、魔石灯の明かりが揺れている。
「準備もなしに魔境に近づくからだ。まったくゆっくり出発もできないヨ! マキョー、ちょっと手伝って!」
「了解」
チェルが海面を走り出したので、俺も追う。
「セキト! あとから来い!」
「かしこまりました!」
赤い顔の男はセキトという名らしい。チェルの言うことをしっかり聞いていた。
沖合に停まっている大型船は、さらに大きなイカの魔物に襲われて今にも船体ごと引きずり込まれそうになっていた。
魔族らしい船員たちは叫び声を上げながら魔法を放っているが、まるで効いていない。
チェルが走りながら、炎の槍でイカの脚を切りはなし、どうにか船をもとに戻した。
俺は海面に左手を浸し、魔力で水流に干渉。イカの巨体を水上に打ち上げた。右拳に氷魔法を付与して、落下してくるイカの目の間にぶち込む。固いスライムのような感触だったが、イカの魔物は船団の間をすり抜けて海面に落下。大きな水しぶきが立った。
俺とチェルは助けた船の甲板に飛び乗り、イカの魔物の様子を見た。
「一撃だったカ?」
イカの魔物は浮かんでいて、全く動かない。
「そうみたいだな。食うのか?」
「いや、大きいイカは味がよくないらしいからいいヨ」
チェルは肩にかけた荷物を背負いなおした。
「このまま、乗っていくか?」
「うん、あのボートが帰ってきたら行くヨ。マキョーも乗ってく?」
「いや、俺は呼ばれてねぇから行かねぇ」
「皆によろしく」
「おう、そんじゃ」
船の船員たちは、未だ手すりやマストなどにしがみついて声すら発していなかった。
俺は海面に飛び降りて、船に向かってくるボートに近づいた。
「チェルはアホで頼りないから、頼むな」
「え? あ、はい」
セキトは短く返事して、俺を見ていた。
浜まで戻り、沖を見た。
魔石灯の明かりが揺れていたが、程なく波に消えていった。
「無事に行ったみたいだな」
「チェルさんがいれば、問題ないでしょう」
「だと、いいけどな」
リパはあくびをしながら、手を振っていた。