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 君と夏祭り 【急】

 今、目の前で起こっている事を脳内で整理する。


 納得は後回し、とりあえず理解ぐらいはできるはずだ。


 ――ええと。怪しい金魚すくい屋さんの口車に乗せられて、宇宙艦隊から太陽系を救うハメに! ……って何!?


 ちょっと眩暈がしたので、私は眉間を指先で押さえて深く深呼吸。


「んな……アホな……」


「君がもし、地球が明日も明後日も続いて欲しいと願うなら、黒いデメキンを救えばいい。でないと地球は無くなる」


「いやいやいやいや!? 意味がわからないから!? なんで私が金魚すくいで地球を救うわけ!? ゲームにしても設定がイミフなんですけど!?」


 私はポイを震える手で握り締めて叫んでいた。

 唐突に巻き込まれた、壮大なスペースオペラを受け入れろというほうが無理だ。

 逃げ出そうかと立ち上がって辺りを見回して、わたしは愕然とした。


「ぅぇえええええ!?」


 私達の周りは猛烈に星が流れる景色へと変貌していた。


 SFアニメで見かけるワープ航法中の空間……みたいな感じで。


 先ほど頭上が小惑星を掠めて飛んでいったあたりから、変だなーとは思っていた。


 私の立っている地面が周囲3メートルの円形にくりぬかれて宇宙を飛んで、私と「金魚すくい」の屋台と、狐面の店主さんがそれに乗って宇宙を飛翔している。


 なんというシュールな光景ろう。

 悪夢というか小学生の夢かこれ。


「君は選ばれた。たまたま、偶然、数兆分の一の確率。理解できた? なら説明する」


「は…………はひ」


 どうやら状況説明もしてくれるらしい。


 わたしはへたり込んだ。

 夢であれば良いけれど、冷たい地面はリアルな質感で私に正気を保てと刺激をくれた。


 周囲が宇宙に変わったけれど、水槽を泳ぐ金魚は宇宙船から金魚の姿に戻っていた。

 無数の赤い金魚が、黒い出目金を追い回すように泳いでいる。


「君が見ている『金魚』は、プロキシオン星系の宇宙艦隊。地球殲滅を目的とした1万隻の小部隊(・・・)。現在……地球に向けて、亜空次元境界連続跳躍――君が知っている言葉に訳すと……『ワープ』を繰り返し、時空連続体の境界面を滑るように移動中。銀河内相対座標を連続的に演算し地球を目指している。このままだと、今からおよそ『100時間』ほどで太陽系外縁部に到達、地球殲滅を開始する」


「しっ……質問! いいですか?」


 震える声で、狐面の店主さんの言葉をさえぎる。

 100時間とはつまり、一週間も無いということ。


「許可。どうぞ」


「何故に地球を壊滅させる必要が……?」


「プロキシオン星系を母星とする彼らは、水棲の生命体。空気中(・・・)で生息する生命とは敵対関係にある。銀河辺境で海を汚し、魚類の奴隷遊戯に興じる地球人類(テラーズ)に滅びの鉄槌を下す判断をした」


「奴隷……遊戯?」


「例えば『金魚すくい』」


「なるほど!?」


 なんとなくわかってきた。半漁人みたいな宇宙人が私たちをみれば「祖先の魚を苛めている」ように見えるのだろう。

 金魚という同胞(・・)を水槽という檻に閉じ込めて、人間は「ヒャッハー!」と金魚ちゃんたちを狩っているわけで。

 それどころか、翌日には大抵死なせちゃうし……。


 哀れな金魚さんたちの無念と恨みが、凶暴な彼らを銀河宇宙の彼方から呼び寄せたのだろうか?


「そんなのって……」


 私達がもし、どこかの星に行って昆虫型の生物に襲われている人間型の生物がいたら、きっと人間側を助けるのと同じ理屈だろうか?


 でも、私たちは確かに海を汚しているけど、エコとかいろいろ……少しずつ頑張っている。

 それを一方的に悪だと決め付けて滅ぼそうとするなんて、なんだか納得できない。理不尽さに腹が立ってきた。


 狐面の店長さんが、指先で水面をかき回した。


 とたんに波紋が広がって赤い金魚は宇宙船へと姿を変えた。


 黒い金魚は太陽系に変化する。これはたぶん金魚にみせかけて仮想(・・)で何かを映し出しているんだと、私のちっぽけな脳みそが理解する。


「飲み込めてきたようだね。勿論これは本当の金魚じゃないし宇宙船でもない。銀河中枢に存在する基幹艦隊の母船、中央演算装置(セントラルコンピュータ)が、艦隊に指示を出している銀河内「座標」情報を可視化したものさ。ボクが干渉(ハッキング)し、量子鏡像を映しているけどね」


「つまり……コンピュータで計算している戦艦や地球の、ええと『座標』が金魚に見えているってことね? これ全部が?」


「そう、だいたい正しい」


 キツネ面の奥で笑いをこらえているような光が点った。

 私を試しているのだ。


「キミが持っている『ポイ』は、超薄型の『量子転移ゲート』。宇宙艦隊に指令を出しているコンピュータ内部の演算数値を消滅させる……まぁ、消しゴム」


「難しいけど、これで救えば地球は助かるのね?」


「そうだね。彼らは銀河内で連続ワープの最中だ。目標の座標を見失えば諦めざるを得ない。再度演算を試みても、万年単位の時空誤差が生じるからね」


 狐のお面がうなづく。どこまで本当かは確かめるすべは無いけれど、宇宙を飛翔しているこの状態が科学の幻だとしても、ファンタジーな魔法だとしても、私には状況を受け入れるしかないだろう。


「もし、救えなかったら……どうなるの?」


「100時間後に地球は破壊される。すべての水生生物を空間ごと転移した後でね」


「そんなの……酷い。いやだ」


 私はぎゅっと強く浴衣のすそを掴んだ。


 これが夢でも冗談でもゲームでも、私がやらなきゃ、お母さんやお父さんも友達も、先輩も……みんな死んじゃうんだ。

 そんなのはイヤ。

 私はお祭りを楽しみたいし、たこ焼きもまだ食べてない。何よりも……大好きな先輩に告白さえしていない!


 今まで出したこと無い勇気を奮い立たせる。

「いやだよ! 地球が終わるなんて!」


 いつも私はパッとしなく、暗くて。上手くクラスでも笑えなくて。


 成績も中の下で、顔だってかわいくない。胸も小さいし実は寸胴体型だし……。 いいとこなんてほとんど無いダメな私だけど。


 やるしかない。


 ――地球を、未来を救うんだ!


 ぎゅっと唇をかんで、

 鼻から思い切り空気を吸い込んで、静かに吐く。そして強く睨むように、水面に向きあう。


 不思議と気持ちは静まっていた。


 沢山の赤い金魚と、黒いデメキン。私はポイを静かに水面へと差し向けた。狙うのは黒いデメキン、一点狙いでいいはずだ。


「予備は無いよ。ボクは干渉(ハッキング)と量子鏡像を維持しているだけで手一杯なんだ。もしバレたら『消され』ちゃうしね」


 おそらく狐のお面の人も、想像を超えるほど無理をしているのだろう。


「わかった。一発勝負ね……!」


 浴衣の袖を捲り上げて、黒いデメキンを追う。右手にポイ、左手に赤いお椀。

 

 今だ!

 

 スッと水面に差し入れて、黒いデメキンを白い和紙に捕らえる。そのまま水面へと持ち上げると生き物のように身をよじった。

 確かな重みとプルプルとした動きが伝わってくる。


 ――やっ……!


 だけど次の瞬間、ずぼっと穴が開いてデメキンがポチャンと逃げた。


「破けたし!?」


 キィァアアアアアアアアアア!? と私は目をひん剥いた。

 終わった!?


「まだ、半分ある」


「――ッ!」


 そうだ、まだ、まだだ! 紙は半分残っている!


 破けたポイの紙の淵が、青白い燐光を放ち溶け始めた。


 周囲の赤い金魚たちが、ザアッ! と一斉に向きをかえて黒デメキンに殺到しはじめた。あっという間に周囲を取り囲んで埋め尽くす。


「こ、これじゃ救えないよ!?」


「気づかれた……。接続が切られた。予備回線(バイパス)で10秒だけ維持。9、8、……7……はやく!」

 狐のおめんが身を傾ける。

 身体がユラリと揺らいだ。


「でも、デメキンが……!」


 頑張れ地球! 頑張れ……私!

 赤い嵐の中に翻弄されるデメキンを応援する。


「5、4、3……」


 次の瞬間、赤い渦の中心に黒い頭が見えた。プルプルと必死に身をよじり、赤い金魚たちの真上に現れた。ぷはっ! と口をぱくつかせて躍り出る。


 今だ!


「いっ……けぇえええええええええッ!」


 引き伸ばされたかのような時間の中、私は掛け声とは裏腹の、自分でも驚くほどの慎重さで黒いデメキンをポイに絡め取った。


 右から左へ、切り取るような感じで半円を描き水を切る。

 そして、大切にお椀の中へと入った。


「おめでとう。キミの勝ちだ」


 狐のお面の向こうで、この人は微笑んだのだろう。


「やった!」


 同時に、周囲の景色が音もなく急速に遠ざかり始めた。落下するような感覚に包まれると共に、私は闇に放り投げられた。

 悲鳴を上げたのかもしれない。

 けれど、気がつくと金魚すくいの屋台も、狐のお面の不思議な店主さんも消えていた。

 

 私は、二本の足で立っていることに気がついた。

 生ぬるい風が吹き抜けた。

 懐かしい、草のにおいと夜の湿り気を帯びた祭りのにおいがした。


「はれ……?」


 まるで、夢でも見ていたかのような感覚。

 

 神楽の音色が聞こえてきた。

 喧騒も、みんなの笑い声も。


 私は振り返った。むこうにいくつも灯された屋台の明かり、沢山の人たちの影が見えた。

 私は神社の裏手の林の中に立っていた。

 暗い道には何も無い。もちろん、金魚の屋台も跡形もなく消えている。


「帰ってきたんだ!」


 思わず飛び跳ねてパチャリという水音で気がつく。

 手には小さなビニール袋に入れられた、黒いデメキンが一匹泳いでいた。


 夢じゃ……なかったんだ!


 きっとあれは本当のことだったのだろう。


 私は祭りの明かりに金魚を透かしてみた。


 黒い可愛らしいデメキンは、元気に泳いでいた。透明なビニール袋の向こうの夜空には、無数の星が輝いていた。

 

 天の川銀河が白くうっすらと空を横切っている。

 それは、いつもと何も変わらない満天の星のきらめきだ。


 私……地球を救ったんだよね?


 そう考えると、目の前の世界が何もかもが違って見えた。


 気がつくと、ここに来たときの迷いも、後ろ向きの気持ちも消えている。


 だから決めた。

 私は先輩に告白するんだ。まっすぐに顔を見つめて、


「私、地球を救うくらい……先輩が好きです」


 って。


<了>


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