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 君と夏祭り 【序】

 私――藤城春真(ふじしろ はるま)――は失恋し涙していた。


「えっぐ……。先輩ぃ……」


 鼻水と涙が滝のように流れ、他の人が見たらきっと酷い有様だろう。


 夏祭りの夜、私は慣れない浴衣と下駄で、何度も転びそうになりながら歩く。


 村の神社で毎年行われる小さな村祭りは、今年も大勢の人で賑わっていた。

 昼間の暑さも和らいで、夜陰と共に涼しい風が浴衣をすべり心地よい。


 祭囃子は神楽の音色、神社前の広場には十数店の屋台が軒を連ね、色とりどりの看板の明かりが行き交う人達の笑顔を照らしている。

 熱気とざわめきと、神輿の担ぐ威勢のいい掛け声が弾け、熱っぽい目線が注がれる。

 

 沢山の色と光、匂がモザイクのように交じり合って「祭り」という異界をかたちづくる。

 それはまるで日常から私達を切り離す結界(・・)のように。


 道行く人は皆楽しそうで、特にリア充カップルなんてメチャクチャ幸せそうで、お互いの顔しか見ていない。


 すれ違うたびに、涙と鼻水で濡れた情けない顔を見られたらどうしようと、私は俯く。

 悔しさと後悔で涙が溢れ、視界が歪む。


 気が付くと私は、鼻水をすすりながら幽鬼のように歩いていた。


「……私、バカみたい」


 どうして一言、好きですと、言えなかったのだろう?

 

 何度も脳内シミレーションを繰り返し、タイミングも完璧だったはずなのに。


 高校に入った私はコンピュータ研究会に入部し、そこで笑顔が素敵なメガネの先輩に恋心を抱いた。


 結構無口で図書館にいることの多い先輩とは、あまり話が出来なかった。

 柱の影に隠れながら姿を追い、先輩が押した自販機のボタンを駆け足で触りに行き、先輩が図書館で借りた本を次に借りて読むのが、私のささやかな楽しみになっていた。

 ノートにはびっしりと先輩の行動記録と次の予定が書き込まれ、それを眺めてニタニタとするという日々を過ごした。


 けれど――。

 夏も終わりという頃になって、私は「これじゃダメじゃん!?」と、ようやく覚醒(?)するに至った。

 危なく完全なる暗黒面(ストーカー)に堕ちるところだった。

 いや、半分片足を突っ込んでいたかも?


 まぁ、兎に角。

 私は自分を変えようと決めた。

 祭りの雰囲気に乗じて、先輩に告白しよう。想いを伝えようと考えた。


 生きてきた16年の中でそれは、清水の舞台から飛び降りるような一大決心だった。


 けれど――やっぱり勇気が出なかった。


 折角、友達に選んでもらった浴衣を着て来たのに、地味な黒い髪に小さな花飾りのピンを付けてみたりもしたのに、告白出来ずじまいだった。


 本当ならば、祭りに一緒にいってくれませんか? と部活で誘い、祭りでいい雰囲気になって告白するのが筋なのだろう。


 けれど、私はその過程をすっ飛ばして、先輩を襲撃することにした。

 事前の調査では今日の夕方6時半、お祭りに来ることが判っていたから。


 けれど――。


 大きな誤算が起こった。


 先輩は、浴衣を着た綺麗な女の人と並んでやってきたのだ。

 当たり前と言えば当たり前。一人でやってくるはずなどないことに、私の思考は思い至らなかった。ていうか、考えたくなかった。

 これは私の悪い癖。

 正常性バイアスというか、都合のいい思考だけをしてしまう。


 隣にいるのは幼馴染だという女の先輩だ。髪を結い、かわいいアサガオ柄の浴衣なんかを着て、先輩と楽しそうに笑っている。

 時折肩をぶつけたり、ふざけ合ったりしているのを見るにつけ、他人の入る余地の無い二人だけの空気があった。


 それは、私に告白を躊躇わせるには充分だった。

 私みたいなモブ感溢れる暗い後輩女子に、先輩は見向きもしてくれないだろう。


 先輩が横を通り過ぎるまで、私は神社の鳥居の陰に隠れ、見送る事しか出来なかった。


 考えてみると、私は失恋以前に勝負さえしていない。

 告白前(・・・)敵前逃亡(・・・・)をしてしまったわけで、メガネの想い人は私の気持ちを知る由も無いのだ。


 ほろ苦い敗北感と虚脱感が、胸の奥で火のつかない花火のように燻っていた。


「きゃはは! でねー」

「マジかよ、うっは!」


 イチャイチャしたカップルとすれ違う。ボッと妖しい炎がともる。


 ――くっ……! 爆ぜろリア充ども! 世界なんて滅んでしまえ!


 私は非モテな小説の主人公のように、鬱屈した感情を持て余し心の中で悪態をついたりしてみた。もちろん、空しさは増すばかりだ。


 と――。


「あれ……?」


 気が付くと私は、暗い木々に囲まれた神社の裏手のような場所に迷い込んでいた。目の前は底知れぬ暗闇の道が口を開けている。


 慌てて振り返ると、祭りの明かりと賑やかな人々の姿が見えてホッとする。


 私はいつの間にか祭りの世界から弾き出されていたのだ。いや、自分から出てしまったと言うべきか。


 けれど、何か妙な気配がした。


 闇の向こうから何かがこちらを伺っているような、そんな錯覚に陥る。

 日常と非日常の境界線があるとすれば、きっとこういう感じかなとぼんやりと考えた。


 そこに境界線(・・・)があるみたいに、一歩先は底知れぬ闇が広がっている。例えるなら、深遠の淵に立って中を覗き込んでいるような、そんな感じがした。


 夏の終わりを予感させる夜気が、ひんやりと首筋を這う。


「戻ろ……」


 言い知れぬ不安を振り払うように、勤めて別のことを考える。


 ――でも。せめて先輩に偶然を装って、挨拶だけでもしていこう。


 言葉も交わさないものあんまりだ。私はこの後、友達と落ち合う約束もある。彼女達はわたしの「戦果」を聞きたくて首を長くして待っているはずだ。


 と、視界の隅に何か光が見えた。


 ハッとして振り返ると、闇の向こうで何かがボウッと輝いた。それは鬼火のように揺らめく光だった。

 私は思わずぎょっとして身構えた。

 逃げればいいものを、まるで目が離せなかった。


 距離にして5メートルも離れてない位置に現れたそれは、二つ。赤い……夕日のようなオレンジ色をして、パチパチとまるで生き物の瞳のように瞬いた。


 明らかに私の様子を伺っている気配がした。


 だけど次の瞬間、まるで幻燈でも灯すかのように、パッと闇の中に一軒の「金魚すくい」の屋台が浮かび上がった。


<つづく>



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