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ぶつり部活動ほーこく書 03話

 ぶつり部活動ほーこく書 03話


 第2理科室を出てから約10秒、我々は第1理科室に到着した。隣の教室だから移動に時間がかかるわけはない。

 部長がドアを開ける。

「失礼、隣のぶつり部です。突然ですが、部活見学をさせてもらいたい」

「はあ、いいですけど…何ですか」

 困惑気味に言う化学部部長。真面目に活動しているらしく、ガスバーナー、三角フラスコなどが実験机の上にあった。

 ぶつり部の場合、ガスバーナーはコンロの代わりであり、三角フラスコはヤカンの代用なのである。もちろんビーカーに入れてあるのは得体の知れないカラフルな液体であり、決してコーヒーではないことが分かる。

 これこそが普通の部活だなと俺は思った。

 急に活動実態が分からないぶつり部のメンバーが入室してきても困るであろう。ましてや部長会議で啖呵を切って途中退室したあの部長が直々に訪問である。とまどうのも無理はない。

「実験器具の扱い方などがいまいち不安なものでな。ちょっと参考にさせてもらいたいのだ」

「そこの給食当番の方は?」

「先程調理部とガスバーナーの使い方で議論があったのだ。化学部がどう使うか参考にさせてほしいとついてきている」

 俺が実験白衣だったらそんな言い訳をしなかっただろう。しかしよくもいけしゃあしゃあとウソを語れるもんだ。

 目的は併合のための化学部員の人数や部内連携力の把握であるが、もちろんそんな事はおくびにも出さない。

 部長は文化祭に向けての出し物についてとか、実験器具の効率的な配置方法だとかを聞いている。

 我々はメモを取るふりをしながら、部の様子を伺った。

 実験の手際のよさや、部員のやりとりを見る限り、普通の仲のよさそうな文化系部活である。


「もういいです。ありがとうございました」

 5分見学の後、第1理科室を出て我々は部室へと戻った。

「敵は大した戦力ではなかったが男子がほとんどというのは不利だな。根雨の入部まで棚上げかな」

 江尾が戦力分析をし、今の段階で化学部併合は無理だとの見解を示した。

「せっかくの機会だ。このまま他の部活の偵察もするか」

 普段デイトレードばかりしている部長からの珍しい提案である。

「どこの部活を見ます?例えば吹奏楽部とか」

 文化系クラブの最大勢力ではあるが、部費も多いため一応見ておくのも悪くないとは思い俺は提案した。

「聞こえてくる音からするに、現在合奏中だろう。うまい理由がでないから見学しにくいのでやめておこう」

 まあ化学部の見学の際の微妙な空気があまりお気に召さなかったのかもしれない。少なくとも給食当番が動向する理由は化学部の時より苦しいだろう。

「それよりいい天気だし、外に出てみようぜ。運動部も一応見てみるのも悪くないだろうし」

 江尾が提案する。

「我々の目的は部活の併合だ。あまり目に付かないようにしなければならない」

「だったら屋上がいいんじゃない?向こうをこちらを見ないし、複数の部活をいっぺんに見れるし」

 紅葉の気が利く提案である。これに溝口も賛成し、我々は校庭全景を見渡すために屋上に向かった。


 屋上に着いた。

 野球部のバッティングの音、サッカー部の歓声などがこだましている。

 紅葉が転落防止のフェンス越しにグラウンドを見渡して言った。

「わーすごい、高ーい。まるで人がゴミくずのようだわー」

 あなたはム○カ大佐ですか?

「何かと煙は高いところにのぼりたがるとはよく言ったものだ」

 副部長、なぜこちらも見る?俺たちは部活でここまで連れて来られただけだ。

「人をブタ扱いって失礼だわね、ねえ溝口君」

 どうやら豚もおだてりゃ木に登る、という言葉と勘違いしているようだ。てか溝口を見るのはやめてやれ。

「…紅葉、高いところにのぼりたがるのは馬鹿と煙よ。知らないなんて確かに馬鹿ね」

「…そういや高層タワーって入場料がやたらに高いのよね。ああいう馬鹿者相手の商売だからぼったくりなのかしら」

 誤魔化したな。

 屋上に登る機会なんてめったにないので、みんな校庭を見ながら思い思いに語っている。俺と部長は聞き役だったが。

「野球部グラウンドずっと走っているな」

「みんな何であんなつらい練習続けられるんだろう」

「まあ中にはプロになって有名になりたいだとか、モテたいだとかあるんじゃないの」

「不純な動機ね。でも結局のところ行き着くのはカネなんだろうけど」

「人のことが言えるか」


「まあ欲は行動の原動力か。欲を失うほど人としてつらいものはないのかもな」

 グラウンドを見下ろしながら部長はつぶやいた。話し相手のいない俺への気遣いなのかは知らないが、

 あの無駄口をたたかないであろう部長がこういうのは珍しいのかもと思い、勇気を出して聞いてみた。

「どういうことですか」

「あのように一心に練習している奴らも、無欲に見える修行僧や学究も、名をあげたいとか悟りを開きたいとか

真理を知りたいという欲に駆られている。金儲けがしたい、もてたいという欲求と本質的な差はない。ただ本能的欲求でないから立派に見えるだけだ」

 何かを悟ったかのように部長は答えた。デイトレードで荒稼ぎしているような気もするが、金銭欲もなさそうだし相変わらず謎な人物である。


「そういえばあの建物は何?」

 紅葉の目にはこの新校舎に似合わない、えらく古い建物が映った。

「あれは剣道場よ。学校創立時に敷地に入るから市の剣道場がそのまま残っているの」

「行った事がないわ」

「女子は剣道の授業がないから行くことはないか」

「ついでだ。暇つぶしに行ってみるか」

 鶴の一声で剣道場見学が決定した。授業で行った事があるんだけど・・・


 剣道場に足を伸ばしてみた。さすがに白衣の集団で見学するのもアレなので制服に戻っている。

 ドアを開けると軽快な竹刀の音と気合の入ったかけ声と熱気、そしてあの独特のにおいが漂ってきた。

 ここは市の剣道場を使わせてもらっているので、五城高校以外の人間も利用している。つまりこの剣道場は新築ではないため、あの独特の臭いが漂ってくるのである。

「このチャンバラ部は臭くてたまらないわ。助けて」

 とたんに紅葉がしかめっ面をした。こちらの存在に気づいた人が何人かいたが、外部者の出入りも多いため特に気にしない様子だった。

 以前、剣道部員にチャンバラごっこと言って殴られたことがある俺はこの言葉にヒヤヒヤしたが

「紅葉、何てことを言っているの!」

 叱責する。さすが副部長、常識をわきまえている・・・はずだった。

「チャンバラと言うのは防具を装備して安全を確保しつつする軟弱な剣道なんかとは全然違うわ。裸一貫で身近にある棒を剣と見立てて、ダメージを受けても戦い続けるあの執念。しかも正義の味方、悪役というストーリー性まで創作しながら戦う物語的要素まで備えているというのに。チャンバラをこんなものと一緒にするな」

 剣道よりチャンバラを上に見る人はそうはいるまい。やはり副部長も変わった人であったと確信した。

 しかし江尾は武道にも関心があったらしく、この意見に異を唱えた。

「チャンバラはただふざけているだけの遊びだろ。剣道は単純に見えて相手の裏をかき一本をとるための心理的駆け引き、気、体、技の三位一体など、武道としても見習うものがある」

「駅伝みたいなものね。あれも門外漢から見たらただ走っているだけにしか見えんけど」

「校内マラソンで、最下位争いをする3人が一緒にゴールしようなと言いながらラストスパートで溝口がどれだけ本気で走るかを知らないだろ」

「それは何となくわかるわ」

「一緒に走ろうと言って足の速いやつを巻き込み、相対的に順位を上げるのは心理的駆け引きだし悪いことではない。上位陣の熾烈な争いの陰に、最下位回避のため並々ならぬ権謀術数がひしめいている事を忘れてはならない」

 溝口の開き直りはともかく、剣道とチャンバラの高等なディベートが続き、形勢不利とみた江尾は

「剣道経験者として黙ってはおれん、チャンバラと剣道のどちらが高尚か部活で検証しようではないか」

 と実力行使に出てうやむやにしようとした。が副部長が

「望むところよ」

 と返すという意外な展開で場所を変えて検証を行なうことになった。


 三十分後。

 屋上で「剣道とチャンバラ、どちらが高尚か」という検証実験が行われようとしていた。

 屋上なのはもちろん人目に付きにくい場所だからである。

 さすがぶつり部。こんな誰が得するんだ、という事を調べるとは・・・と俺は思った。

 江尾は剣道を推し、和服の袴姿に防具装備で登場した。手には竹刀を持っている。

「ふっふっふ。実のところ俺は剣道初段なのさ。万が一にも俺が負ける要素はない」

 基本的には学校の授業で使う剣道着を皆着用しているが、元剣道部員などは自前の防具や道着を着用する者もいる。

 江尾のややくたびれた道着は練習量の多さを物語っている。

 副部長は学校のジャージで登場である。剣道着より動きやすそうだが迫力には欠ける。

 そして経験量のハンデとして江尾は有効を面限定となったので、防具代わりにヘルメットを装備しているのがなおさらしょぼさを増幅させている。

 その足りない迫力は武器で補おうというのか、キラリと光る刀を持っている。

 チャンバラは防具がない代わり、長細いものは何でも武器として扱えるルールである。

「武庫、その剣は何だ?」

「部長から拝借した、妖刀村正である。ククク…」

 村正と言えば、有名な妖刀である。川の上流から流れてくる葉がこの刀に引き寄せられ、斬れたという事から災いを呼び寄せる刀として有名になった。

 徳川家の身内3人がこの村正で切られて絶命しているため、江戸時代には徳川家に仇なす刀として所持を禁じられていたそうだ。

 現在は模造刀が安く買える時代になっているが、もちろん法の規制があるので焼き刃入れはしていない、つまり斬れないのである。

 防具があれば、鉄パイプで打たれたってほぼノーダメージである。

「では今から演武を開始する。よく見て各自すごいと思った方を挙げるように。では始め」


「てやあああ」

 刀を持ち上げ江尾に向かっていき、渾身の一振り。江尾は慌てず竹刀で受けの体制をとる。

 もちろん、この間に先に一本をとることもできるが、余裕を見せ付けてやろうという江尾の思惑があった。

 しかし次の瞬間、信じられない事が起こった。武庫の刀が竹刀を言葉通り一刀両断したのだ。

「ちょっと待て。あの刀は何だ」

 あわてて後ずさりして江尾は言った。もう及び腰である。

「本物の村正だ。ちゃんと鑑定書もある」

「何でそんなものを持っているんですか。というか副部長おかしくなってませんか?」

「以前面白半分に買ったものだ。しかしよく斬れるな、感心感心」

 日本刀と言えば一振り数百万単位、村正といえば名刀でそんな価格では買えない。

 部長は一体どれだけの大金持ちなのか、という疑問が普通わくのだが、真剣を持った暴漢と化した副部長が襲い掛かってくるのでそれどころではない。

「ほう、さすがは名刀。現時点では何でも使用可能なチャンバラが優勢か」

「そんなことより部長、彼女を止めてないと」

 竹刀を失い、凶器を目の前にした江尾は助けてと言わんばかりにこちらに逃げてきた。

 人間、凶器を持つものには自らも武器がなければ逃げるしかできないものである。

「くくく、逃がさん」

 副部長は人が変わったように、ゆっくりとこちらに向かってくる。

「紅葉、武庫陽夏をとめなさい」

「ば、馬鹿なこと言わないで!か弱い乙女がそんな危ないことできる訳ないじゃん」

「仕方がないな・・・、上菅、あなたがとめなさい」

「な何で俺なんですか?」

 部長は慌てるそぶりもなく続ける。

「溝口はもう逃げている。という訳で残ったのはあなたしかいない」

「真剣に向かって行くなんてできません」

 とここで部長は印籠を取り出した。

「これを見せつければ大丈夫。相手はたちまちのうちに戦意を喪失するだろう」

「葵の御紋・・・」

「大丈夫だ、本物の鑑定書もついている」

 絶対ウソだ、と思ったが部長の命令には逆らえない言葉の強さが合った。

 俺は半ばヤケクソで印籠を突き出した。

「こ、この印籠が目に入らぬか」

「うう、それは徳川家の家紋・・・」

 何という事でしょう、武庫陽夏はその場で固まり、刀を落とした。

 あまつさえ、ヘルメットを脱ぎ頭を下げた。

「はい、上菅君今のうちに刀を取り上げて頂戴」

 俺は助さん格さんか。副部長のそばに落ちていた真剣を取り上げ、部長に渡した。

「この印籠は何で効果があるんだ?」

「一度、刀を持ったら凶暴になるという暗示と、印籠を見せたら平伏するという暗示をかけておいたからな」

 どうやら催眠術をかけられるというのはウソではないようだ。副部長は頭を上げたとき、何が起こったのという表情をしていたので、恐らく試合の間の記憶はないのだろう。

「では今からチャンバラと剣道のどちらが高尚かについての判定に入るが、溝口君、そろそろ出てきなさい」

「いや、悪い悪い。乱心したから助けを呼びに行っていたんだよ」

 溝口が白々しく建物の陰から出てきた。苦々しい顔をしながら江尾がつぶやいた。

「ウソつけや」

 結果、チャンバラがすごいと思った人に江尾を含む全員が手を挙げた。すごいのは多分刀の方だろうけど。


 報告書:チャンバラは真剣でやると恐い

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