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第02話 部活会議

 ぶつり部活動ほーこく書


 第02話  部活会議


 翌日の放課後である。

 期待感3割、不安感2割、わけの分からん感情5割で俺:上菅創は第2理科室へと向かった。

 部活に入ったから行かないといけない、という義務感で行くのはある。

 こう考えると全くの自由より、やる事が決まっている方が楽なんだなと分かる。


 昨日ほどではなかったが、臆病な俺にはやはりドアを開けるのには勇気がいる。

「失礼します」

 中では男子二人がマンガを読んでいて、女子の二人は談笑中のようだった。 

 もちろん、こちらに目もくれずパソコンでデイトレードをしているのは昨日も見た、部長の黒坂麻貴である。

 どうやら、俺の到着を待っていてくれたようだった。

「では第1回部活会議を始めるが、その前に新入部員の紹介をする。では上菅君、挨拶をどうぞ」

 ドアを開けるなり部長はこちらを向きもせず、淡々とした口調で言った。皆がこちらに注目した。

 前日部長が面接をしているのだから入部することは聞かされているのであろう。

 ドア入口に立ったまま、俺は自己紹介をした。

「城北北西高校出身の上菅創です。よろしくお願いします」

 パチパチパチというまばらな拍手の後、各自の自己紹介が始まった。

「江尾九連、城北高校出身です。よろしく。文系コースです」

江尾九連は髪を茶色に染め、ズボンにチェーンを装備し不良のような格好をしていた。

 ただその笑顔を見る限り悪いやつではなさそうだ。

「溝口克行です。同じく城北高校出身です。人情にあつい男と言われています。同じく文系コースです」

「ウソつけ、厚いのは面の皮だろうが」

「いや、皮下脂肪もなかなかの厚さですよ」

 溝口克行は外見はやや太目で人当たりがよさそうに見えた。

 人間第一印象が大事だとはよく言ったものだ。事実、彼への評価はこの第一印象以上になる事はなかったのだから。

 この二人中学も同じらしく、仲もよさそうだった。

「私は岸本紅葉、城南高校出身、文系よ」

 小奇麗な感じで何となく上流階級出身を思わせる。人間第一印象が大事だとはよく言ったものだ。事実、彼女への評価はこの第一印象以上になる事はなかったのだから。

「私が副部長の武庫陽夏です。城南高校出身。紅葉と違って庶民派です。同じく文系」

 この人が昨日聞いた、国語が苦手な人か。文系というのに国語が苦手なんかい・・・人の事は言えないが。

 人間第一印象(以下略)

 何でこの人たちはこの部活に入っているんだろう、と思ったがまあいいや。


 席に着くように促され、俺は溝口克行の後ろの席に座った。

「さて、今回の議題は部の今年度予算及び活動方針の概要決定についてという事でよろしいですか」

 常にパソコンの画面に向かっている部長に代わって、副部長である武庫陽夏が議題進行をするのがぶつり部の部会らしい。

「うむ、始めてくれ」

 もちろん部長は耳だけ傾けて、パソコンの画面から目を離さずに言う。

「では、最初に部の予算について。部長、現在いくらの金があるんですか」

「我がぶつり部の予算は残金223円です。今年は学校側からの部費支給はない」

「どういうことですか部長?」

 副部長の陽夏が驚きの声を上げた。

「先週行なわれた生徒会の部活予算配分会議に出席したら、領収書や活動報告書などを提出するように言われたのだが生徒会の犬に成り下がってまで予算が欲しくはない、と退席したのだ。悪いな」

 悪びれもなく部長は言う。

 学校統合直後と言う事もあり、五城高校の生徒会は城東高校生徒会メンバーがそのまま就任したそうだ。

 城東高校は高偏差値の学校と言うこともあり、予算管理は非常に厳しい方針で臨んでいると聞いている。

 4月初頭に各部活に最初に1万円のみ支給し、活動方針や必要経費見積もり、領収書に応じて追加の部費を決定するらしい。

 電気ガス水道代はタダだし、特に部費を使う活動をしているわけでもないので「菓子代864円」などのまともでない領収書しかない。

 報告書と言えば、あの「騙されたと思って、という言葉を信じると騙される」だの「座薬は座って飲む薬ではない事を知った」と書いてある例の残念なノートの事である。

 それらを見せても部費の必要性を認定してくれるとは思えないので、時間の無駄になると思って切り上げたのだろう。

 そう考えると部長の行動はきわめて合理的といえる。

 しかし、ここで溝口克行が異論を唱えた。

「部活で飲むお茶やお菓子代が買えなくなるじゃないですか。それは困る」

 溝口は見た目通りの食いしん坊のようで、最初に支給された部費はほとんどお茶菓子に費やしたようだ。

 これに岸本紅葉も続いた。

「私も困るわ。部活でしかお菓子を食べる機会がないのに」

「紅葉、あなたお嬢様でしょう。菓子買う位の金あるでしょう」

「いや、家族用のクレジットカードしか持たせてもらってないのよ。近所のスーパーはカード使えないし」

 なるほど、お嬢様らしい発言である。もっともこの部活でのお茶はオシャレなティーカップの代わりにビーカーを使うので世間一般のティータイムとはややズレがある。

「部費で買えるのなら、私も新作歴史シミュレーションゲーム・姉小路の陰謀2が欲しいのですが」

 副部長から意外な発言が飛び出す。ぶつり部の活動方針としてはこのゲームをやるのはありかもしれない。

「俺はバイクが欲しい」

 江尾の提案にはさすがに部長が反対するかと思った。

「自分の欲求に正直なのは大切な事だ。その目的遂行の部費だからな」

 どうやらぶつり部の部費というのは私利私欲のために使っていいものらしい。ある意味素晴らしい部である。

 俺は何に使おうか、と思ったが入部したての身の上なので、成り行きを見守ることにした。


「やはり部費は必要という結論になったようですが、では何か部費獲得の案はありますか?」

 はい、と勢いよく江尾が手を挙げた。

 部長が生徒会で啖呵を切った時点で名目上の活動方針をでっちあげるとか、使えそうな領収書を集めて予算を認めさせるという可能性は皆無なので、どんな意見が出るのか注目した。

「話は簡単。部費がないならあるところから奪う!」

 見た目通り、江尾は武闘派のようである。しかし部費を奪うと言う発想はいまだかつて聞いたことがない。

「僕も江尾君の意見に賛成です。他に部費の獲得方法が考えつかん」

 克行もそのように言った。あまり武闘派には見えないが、いやはや食べ物に対する執念は恐ろしい。

 俺はあまりのトンデモ展開について行けず、黙っているしかなかった。

「何を馬鹿なこと言っているんですか」と陽夏が口を挟む前に

「うむ、それは妙案だな。生徒会を説得するよりそちらの方が手っ取り早い」

 まさかの部長からの賛同である。いつの間にこの学校は戦国時代になったんだ?

 しかし良識を多少持っている副部長は少しあわてたような口調で止めに入る。

「他の部からの予算を奪うなんて、血なまぐさい事はやめて下さい」

「そうではない。ぶつり部に逆らったら怖いと圧力をかけて業務提携を提案し、予算や設備面での融通をしてもらうのだ」

 これは江戸時代末期、力を背景に日本に開国を迫ったペリーやハリスと同じ手口である。

「さて、次はどこの部活をぶつり部の軍門に降らせるかだが」

 この流れはいつの間にか既定路線になってしまったようだ。

 開国後、日本の歴史は明治維新と同時に軍国主義に走る。嫌な予感しかしないのは気のせいか。

「まずお金を持っていそうな部活に目星をつけましょう」

「全般的に運動部は予算が多いな。この前決められた予算は野球部74万2989円、サッカー部40万155円…」

 さすがは部長、驚異的記憶力である。数字が合っているかどうかは不明だが、この際大体の部費が分かればいいので

問題ない。

「ただしスポーツ部は部費も多いが、部員の戦闘力を考えたら有力候補とは言いがたいな」

 部長の冷静な分析に、江尾も意見を述べる。

「団体競技は人数も多く、数の上でも不利。加えてチームワークの良さがあるとなれば、こちらの不利は否めないです」

「江尾はともかく、溝口と上菅君はあまりいかつく見えないしね・・・」

 厚かましさでは天下無双の溝口だが、いかつさは皆無。言ってしまえば枯れ木も山の賑わいという奴である。

 岸本紅葉の意見は至極もっともである。

「特に運動部は江尾1人いる位ではひるまないだろう。ぶっちゃけヤンキー予備軍の集合体みたいなもんだからな」

 部長のこの意見、冷静な分析、運動部への憎悪、部員への警告を含めた含蓄溢れる感想とも取れる。


「じゃあターゲット文化部だな。文化部で予算が多いのはどこでしょうか…」

「ダントツで吹奏楽部だ。今年度予算請求額は56万1903円らしい」

 吹奏楽部はコンサート会場のレンタル料、楽器代などとにかくお金がかかる。加えて文化部の代表的な部なので

予算面も優遇されているのだという。

「音楽室と言う設備面に不満はあるが、楽器などの保有資産も多いから売り飛ばせば相当な金額になるだろう」

「楽器売り払ったら演奏できませんけど・・・」

 あまり黙っているのも何なので俺はとりあえずツッコミを入れてみた。

「吹奏楽部は合唱部として再スタートさせる。どうせ1人1音しか出せないのは声も楽器も同じだ。大体声楽と器楽、管弦楽の違いを本当に分かる奴がこの高校にいるのか」

 これは音楽の多様性を全く無視した、超上から目線の部長の意見というか毒舌である。

「問題は部員の多さだ。吹奏楽部は現在40名いる。一人あたり8人を相手に戦わなければならないが」

 計算が間違っている気はしたが、これは部長の「私は戦いに参加しません」という事なのだろう。

「おい待ってくれ。俺はタイマン張ったことはあるけど多人数は無理だぞ」

 江尾が言うには、1対1での喧嘩は感情をむき出しにして敵にかかっていけばいいのだが、乱闘は敵も味方も四方八方から襲ってくるので、味方の攻撃を喰らわないように注意する必要があるという。

「私も戦力に算入されているの?私お嬢様だからそんな野蛮なことできないわ」

「そうかしらね。プロ野球の乱闘シーン特集見てたくせに」

「陽夏、あれはそのような事態に備えてのイメージトレーニングよ」

 この流れをもう少し見守っていたかったのだが、江尾が口を挟んだ。

「意外と重い楽器の運搬で力があるやつも多いから、実質運動部を制圧するのと同じ位大変かもな」

「人数で押すというのは現実的ではないということか。違う方法を考えなければならんな」

 つまり課題はいかにして他部活に威圧感を与えるか、である。

 ここで、副部長が「いい事思いつきました」といった表情で提案した。

「部長。戦国時代に藤堂高虎は、渡辺勘兵衛という猛将を自らの石高の半分で召し抱えたそうです。雑兵一千よりも、その名前一つの方が相手を恐れさせる効果があると判断した故です。ぶつり部も是非この事例に倣って腕っ節の強い部員をスカウトしましょう」

 藤堂高虎といえば戦国武将でも比較的マイナーな部類であるから、副部長はかなりの戦国時代マニアのようである。

 このタイミングで部長がパソコンを閉じこちらを向いた。どうやらデイトレードが終わったらしい。


「一理あるな。上菅君、あなたは戦力になるような部員の勧誘をお願いします」

 この小心者の俺にそんな大役を任せるなんて、部長は人を見る目がないのだろうか。

「誰かいるんですか、そんな人」

 部長がそう言う位なのでもう目星はついているのだろう。

「貴方と同じクラスのI組に根雨哲也という人がいるわ。所属部活なし、現在停学中、あさってから通学再開よ。同じクラスなら

自然に声を掛ける事もできるわ」

 停学を喰らうような人材ならば相手を恐れさせるには十分であるが、話しかける俺も恐いわ、と思った。

 この部に入部するより彼を勧誘する方がよほど勇気がいる。そんな行動を命じてくれた部長に感謝である・・・


「で、方針は決まったとして、結局どこの部活をターゲットにしますか?」

 ここで、江尾が併合先に提案したのは隣の第1理科室で活動している化学部であった。しまった、勧誘役を断るタイミングを逃したぞ。

「部長、化学部の予算と部員数を教えてください」

「化学部…部の予算9万2606円、部員は名簿では10名。幽霊部員がいる場合は知らんぞ」

「ありがとうございます。化学部は予算、戦力ともに大したことはない。しかし日曜朝にやっている○○レンジャーの悪の組織も、世界征服を目標としながらも公園の子供や幼稚園の送迎バスなど、比較的身近なものにターゲットを絞っている」

 あれは視聴者の年齢層やら、相手の戦闘力を考慮しているんじゃないのかというツッコミはともかく、大事の前の小事、まずは手頃な化学部を落とすという作戦のようである。

「よし、こうなれば敵の戦力分析をしなければならない。ではこれからみんなで化学部の偵察に行くぞ。皆、理科準備室にある白衣を着用せよ」

「部長、なぜ白衣着用なのですか」

 江尾が質問した。

「敵は化学部。化学物質と言う卑劣極まる少量破壊兵器を所持しているのだ。その薬品が服にかかった時のクリーニング代などのダメージは現在のぶつり部にとっては計り知れない。よって防護用に白衣の着用をするのが一つ。そして今後着る機会がなくなるだろうから今のうちに着ておこうというのが一つだ」

 この部活は全員文系らしいので、大学に進学したとしても着る機会はほぼないだろう。そういう意味では間違っていない。

 ここで白衣を着て部長を先頭に巡回。まるで大学病院で教授が巡回診察をする名作「白々しい虚塔」を髣髴とさせる光景を俺は思い浮かべた。

 ただ、白衣が一着足りないという。嫌な予感がしてきた。

「ここに調理部から流出してきた白エプロンがある。上菅君はこれを着なさい」

「何で?」

 思わずタメ口になる。一応同学年なのだが、年は三歳上なのと部長であるので皆部長に対する口調は丁寧なものになっている。

「上菅君・・・あなた勇気があるわね。それなら根雨君の説得も大丈夫よ」

 なぜか遠い目でこちらを見る副部長。俺は地雷を踏んだのだろうか。

「危険な薬品から服を防護するという目的では白衣もエプロンも大差ない。また、ぶつり部のメンバーは顔を知られているが、上菅君の顔はまだ知られていない。一人違う格好をしている事で調理部部員も視察に来ていると勘違いさせることも可能だ」

 部長命令には逆らえない。ので俺だけが白いエプロンを三角巾と共に着用させられる。どうしてこうなった?

 そして白衣を装備したぶつり部メンバーは部長を筆頭に第1理科室までの旅が始まった・・・


 今日の報告書:渡辺勘兵衛は強かったらしい。これだけ見たら何のことやらわからんな。

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