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第01話 ぶつり部への道

 ぶつり部活動ほーこく書


 第01話 ぶつり部への道


 ここは五城高校。県内の私立高校が大規模合併により誕生した田舎にある高校である。

 といってももともと県内の人口が少ないので全校生徒を合わせてもごく一般的な高校の生徒数よりやや少ないのだが。

 今まで男子校の城北北西高校に通っていた上菅創、つまり俺は2年次に進級の際、学校統合によって転校する羽目になったのだ。

 五城とは城南高校、城西高校、城北高校、城北北西高校にちなんでついたものである。

 一つだけとってつけたような恵方巻きや天気図を連想させる学校が混じっているが、上菅創、つまり俺がもともと通っていたのはそのおまけっぽい学校である。

 場所的には市の名所である城の真北にあるのだが、新設校で既に城北高校が存在していたため、そのような名前になったらしい。

 学校名にもやる気が見られないのが教育面にも現れているようで、進学塾の偏差値では5校の中で一番低い。


五城高校に統合される際、クラス分けは成績順に行われた。

 人間一年で急激に成績が上下する人間はそうはいない。もともと一番入試偏差値の低い城北北西高校に通っていた俺のクラスはメンバーの変化もほぼなく、この学校統合は刺激にはならなかった。

 

 前の学校で1年の間帰宅部だった俺は今更どこかの部活に入ろうとは思っていなかった。用事があって行った職員室の帰り道に設置してある、この掲示板をふと見るまでは。


 校内掲示板は各部活が自由に貼ることができる。どの部活もカラフルに、イラスト入りで部員募集や演奏会や展示会の案内など思い思いのアピールをしていた。その中で目を引かない場所に貼ってある一枚の広告を見つけてしまった。


 ぶつり部 … 新入部員若干名募集(部長候補)

        文系の方大歓迎、理系の方多少歓迎

        面談の上、処遇を決定

        秘密厳守

        採用担当 黒坂

        応募:五城高校第2理科室 15:30~18:00(平日)

 

 部員募集の張り紙であるが、どこからつっこんでいいのやら。

 普通「一緒に全国を目指しましょう」だの「和気あいあいとした部活です」と書くものだが、これでは企業の求人広告ではないか。

 まあ変な部活だと思うのか、クラスの誰も入部したという話は聞かない。

 もし入部したら「あんな変な部活に入ったのか」という目線が気になるかもしれないが、その時は別に入部する気があったわけではなかった。ただ、気になったのは事実だった。


 人気のない階段を昇り、3Fの突き当たりにある第2理科室のドアを開けた。

 こう書くと大したことないのかもしれないが、臆病な俺にとってはこの決断すら勇気が必要であった。

 意を決してドアを開けると、そこにはパソコンに向かっている女子が1人いただけで他は誰もいなかった。

「何か用ですか」

 やや長めの後ろ髪の女性がこちらも振り返りもせず言う。

「ええと、部員募集の掲示を見て来たのですが」

「そう、今デイトレード中だから画面から目が離せないのでこのまま失礼します。名前は?」

 淡々とした口調で尋ねてくる。俺の思っている物理の実験的な光景は一つも見られない。

 デイトレードの単語と言い、部室を間違えたのかと一瞬思ったが、理科室を使っているのであるからその可能性は低い。

「上菅です」

「城北北西高校出身、現在2年I組所属の上菅創君ですね」

 俺は驚いた。上の名前を言っただけなのに、統合前の出身校から現在のクラスまで当たっている。パソコンにデータベースでもあるのかと思ったが、ちらと見る限りオンライントレードの画面以外の何者でもない事は理解できた。

「何で…知っているんですか?」

 上菅はそこそこ珍しい名前だが、この学校には俺も含めて3人いる。その中でなぜ俺を当てることができたんだろうか。

 もちろんこの女子に面識はないし、向こうも俺の事を知らんだろう常識的に考えて。

 そんな俺の疑問には答えず、彼女はモニターから目を離さず言葉を続けた。

「私はぶつり部部長の黒坂麻貴です。では面接を始めましょう、上菅君、実験机の椅子に座ってください」

 面接?俺は思った。運動部で体力テストとかがある部活は聞いたことがある。

 しかし文化部は来る者拒まずの方針で部員募集するのが普通である。面接とくればこれはますます企業の求人である。

 この面接も、お互いの存在が気に入って仲良くやっていくための合理的システムと言えるだろう。

 ただ面接後に入部できなかったり断った場合、校内で顔を合わせると気まずい思いをしないのだろうか。


「まずはここの部活に入部しようと思ったきっかけは?」

 面接が始まった。定番の質問である。俺は椅子に座ってから定番の回答をした。

「物理に興味があって来ました」

「それはウソね。城北北西高校の出身者のうち、物理選択者はたったの3人。しかもその3人は皆F組だ」

 図星だった。よく考えたら姓を名乗った時点でこちらの下の名前まで当てたのである。簡単なウソなどあっという間にバレてしまう。

 観念した。組んでいた足を直し、きちんと座りなおした。

「すみません…本当は募集広告を見て、変な広告だと思って気になったので見に来ました」

「結構。広告に興味があったからここにいるんでしょうから。ここの部活はうすうす勘付いているかもしれませんが、

 物理の実験をするための部活ではありません。合理的な行動によって各個人の目的に沿った活動をしていく部活です」

 あの理系多少歓迎、という語句からもそれは感じていたが、どうも普通の文化部の部活ではないようだ。

 でも、何でぶつり部なんだろう?部活の実態が分からないので聞いてみた。

「理科室は室内で冷暖房完備。水道やガスまである。実験データ解析のためと称してパソコンも使う事が出来る。他の部活に比べても恵まれた環境。この部屋を使うためには部名に理科的な名前が必要ですから、ぶっちゃけつまらない事を理由なくやる部、略してぶつり部として活動しています」

 理科室を使いたいがためのこじつけたような部名の由来だが、無理が通れば道理が引っ込むのである。学校統合のどさくさにまぎれて部活設立申請が通ったとしか思えない。

「例えば多くの運動部。部員はただ運動したいという人からプロになりたい人まで幅広いはずなのに、一律にインターハイ出場目標なんかを掲げて活動している。これはプロ志望の子に他の人が合わせろ、という事に他ならない。そもそも目的が違うのに皆が同じ目標に合わせるというのがスポーツの協調性を謳った偽善に思えて仕方ない」

 学校統合によって部活も統合が行なわれたらしい。そのため、運動部はレギュラーの座を巡る争いが熾烈を極めていた。城北北西高校ではレギュラーだった奴が控えに回ったという話も飛び交っていたが、今まで一生懸命やってきたのに報われないな、と思った事はある。そういう生徒に「チームのために一丸となって頑張ろう」と言われても正直モチベーションがあがらないだろう。その点は俺も共感できるものがあった。

「ぶつり部は自分の欲求に従って行動する部活です。その各自の目標達成のためにお互い協力していく。ぶつり部部員はそのための仲間だと思ってください。以上でぶつり部の説明を終わります。何か質問はありますか」

 企業の面接を受けた人は分かると思うが、これも面接官が最後に訊ねる定番の質問である。

 まあ活動内容は何となく分かったが、気になることはあったので聞いてみた。

「あの・・・秘密厳守ってありましたけどどういう事ですか?」

「面接落ちした人や入部辞退者には強力な催眠術をかけて面接に来た記憶を入部の意志ごと抹消している」

 さらっと恐ろしいことを言う。しかしこれでぶつり部を話題にする人がいない理由が分かった。


 意思・・・か。


 俺は何かの意思を持ってこの五城高校に存在しているのか、と自問した。

 無為に高校1年生を過ごし、学校統合後もただ何となく過ごそうとしている。

 入部を断るのも一つの選択肢だ。

 黒坂という部長が本当の事を言っているのなら、ここを訪ねた記憶もなくなり、今までと同じ高校生活を続けることになる。

 例え記憶抹消がウソであっても、まあ変な人だったな、で終わるのである。

 記憶が消される恐怖があったわけではなく、何かが変わるチャンスだと思ったのかもしれない。


「俺には自分の目標というのがありません。それでも入部できますか」

 この言葉は俺の入部したいという意思に他ならなかった。もしかしたら俺が高校生になって初めて表明した「意思」なのかもしれない。

 ここで女性はパソコンを閉じ、初めてこちらを向いた。高校2年生にしては落ち着きのある、大人びた風貌でスタイルもよく

 かなりの美人である。彼女はこちらの目を見て言った。


「・・・なければ入って探してもいい。もし運命が存在するならば、貴方は自分の目標に出会えるでしょう」

 心なしか少し笑った気がした。これがどういう意味なのか、その時は知る由もなかった。


 こうして、俺の入部面接は終わった。

「貴方の入部を認めましょう。ではこちらの入部届に記入して下さい。記入している間に気になっている事を話してあげましょう」

 まあ催眠術とかを心得ているのだから、こちらの心もある程度読めるだろう。多分気になっている最初の話をしてくれるはずだ。俺は用紙に記入しながら耳を傾けた。

「なぜあなたが3人の上菅君のうち創君だと分かったのか。入学式の日に貼りだされたクラス分けの表に名前、出身校、所属部活が書いてあったでしょう。その中で2人はサッカー部と剣道部。どちらも前高校から継続して自動的に入部する部活だ。残った一人が帰宅部、それがあなた」

 その話を信じるとするならば、職員室前の掲示板に貼ってあった表を暗記したという事になる。恐るべき記憶力である。

「1学年たかだか300人、その名前とクラス、出身校を覚えただけよ」

「そんな事が可能なのか・・・」

「英単語だって、言葉と日本語の意味をセットで覚えるでしょう、それと同じ要領で覚えられるわよ。物理の問題解くより全然楽よ」

 そんなわけはない。この人は天才に違いない、と俺は思った。

「尊敬のまなざしで見られても困る。こう見えても3回留年しているから」

 確かに高校2年生にしては落ち着いているように見えた。何でこれだけの記憶力がありながら留年なんかしているのか気になったがあまり深く詮索しないことにした。聞かれたくない事だってあるだろうしそのうち分かるだろう。


「このノートは部活のノートだ」

 入部届を渡すと、代わりに部長は一冊のノートを見せてくれた。それは「ぶつり部活動ほーこく書」とタイトルが書かれていた。

「これには部活動の結果、分かった真実を書き記して下さい。部活をしたという証明と、みんなが目標に向けてどう変化したかという

記録のために」

「ぶつりが平仮名なのは分かりますが、ほーこく書がひらがなの理由は?」

「タイトルを書こうとした副部長が漢字をど忘れしたのよ。国語苦手だからね」

 ひらがなの多い文字からあまり期待はできそうにないが、部員が発見した真実を書き記したと言うノートの中身を覗いてみた。

 そこには全宇宙の真実を記録したアカシック・レコードの如く、生命誕生の真実であるとか、形而上学の究極理論だとか、フェルマー自身による省略されていた最終定理の証明などが書かれていた・・・

 はずはない。

 書かれていたのは「冷水でカップラーメンを作っても冷やし中華にならない」だの「怒らないから正直に言ってみなさいと言われて正直に言うと怒られる」だの「東京特許許可局は存在しない」だの、ほとんどが残念な内容であった。

 つまり、冷水でカップラーメンを食べたり、早口言葉の練習をしたりなどの正直どうでもいい、ぶっちゃけつまらない事を理由なくやっていたのである、この部活は。確かにこれは「ぶつり」部だな。

 俺は活動ほーこく書に「入部しました 上菅創」とだけ書いておいた。比べるのもなんだがこれもまごうことなき真実だ。

 明日部内会議をやるのでそこで他の部員に紹介します、と言われた。今日はみんな帰った後のようだった。


 とりあえず明日は今までとは違う放課後が待っている。しょうもないものが待っている可能性もあるがまあいいか。

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