第00話 プロローグ(部活動紹介:こんな感じの話です)
ぶつり部活動ほーこく書
第00話 プロローグ(部活動紹介:こんな感じの話です)
五城高校の放課後理科室。ここは物理部の活動で物理をやる必要性を否定する空間である。
「いいダイエット方法はないかしら」
これはファッション雑誌を片手でめくりながら、饅頭を片手に向かいの席の俺の向かいに座っている同級生、岸本紅葉が言ったものである。
部活動とはいっても部長の黒坂麻貴は後ろを向いて教卓のノートパソコンでデイトレード中。
実験机の縦一列に並んで俺(上菅創:うえすげそう)と溝口克行、江尾九連が
試験管をミルク入れに、ビーカーをコップ代わりにのんびりコーヒーを飲んでいる。
世の研究所の休憩時間もこんな感じなのであろう、と部員たちは勝手に思っている。
というのもここの部員には理系はいないし、もちろん物理が得意な人間もいない。世の中の研究者たちがどのような日常を送っているのにも興味はない。
では物理部がどういう活動をしているのかというと、理科実験的なもんは一切行なわず、徒然なるままに世間話をすることが活動なのである。
話を戻して、このセリフにやれやれといった表情で紅葉の隣で宿題をやっていた武庫陽夏が手を止めた。
「紅葉、ベタで悪いけどだったらその饅頭を食べるのをやめなよ」
「まんじゅうこわいって話を知っている?これはまんじゅうがあるとついつい手が伸びて食べてしまい、太ってしまうという江戸時代から伝わる恐ろしい話なのよ
このついつい食べてしまうのもまんじゅうの魔力がなせるわざなのよ」
「そうだったのね。てっきりまんじゅう恐いって、急いで食べて喉に詰まらせて死んだ女の怨念が具現化して、未婚の女性に取り付く話だと思った」
「・・・いや、どちらも初めて聞く話だぞ。それになぜ未婚の女なのか…」
俺は陽夏や紅葉ほど賢くはないが、少なくともまんじゅうこわいのあらすじ位は知っている。
人のことは言えた義理ではないが最近の教育はどうなっているんだか、と思った。
ただ、少し天然な部分があるとはいえ陽夏は常識人の範疇に入る。
他の人はと言えば、そんな小さい枠にとらわれない、ある意味自由な人々ばかりなのが物理部である。
「ダイエットならいい方法を知っているんだけど」
克行が饅頭を食べながら言った。
「無駄肉の塊のあんたが言うなんじゃない。それと私の饅頭を勝手に食うな」
BMI指数33の克行が言っても説得力がないのは確かなようだ。
「いや、信じられないかもしれないが彼は確かに高校1年の時に2週間で10?のダイエットに成功している」
と高校1年の時に溝口と同級生だったという九連はフォローした。
紅葉たちや俺は高2になって学校統合してから知り合ったため、克行の痩せた姿を知らない。
当然ながら猜疑の目は九連に向けられる。
「そこまで言うなら証拠はあるの?」
「ああ、これがその時の写真だ」
取り出した写真には今より引き締まった体の克行が写っていた。
「あんた、何で溝口の写真なんて持ち歩いてんの?男が普通同性の写真を持ち歩く?まさか江尾、あんた・・・溝口の事が」
「違うわ。本当に痩せてたの、て言われるから仕方なく持ち歩いているんだよ。俺が代わりにな」
「だって自分で自分の写真を持ち歩くなんて、いくら俺でも恥ずかしいからね」
しかしこの写真を見たことで二人の表情が変わった。ダイエット前の写真と現在の本人の比較する番組があるが、
これはちょうどその逆のパターンである。
ちなみに紅葉と陽夏の体型はごく普通であり、女性はダイエットしなきゃという発言回数と体重が反比例するという法則は
そういう意味では正しいだろう。
「これはティーンエイジャーの女の子としては是非ダイエット法を聞かなくちゃいけないわね」
この部活は部員のエピソードを検証する事が目的の一つである。
今から始まる克行の語りは、格好良く言えば一種のプレゼンテーションともいえる。
「うむ、聞こえているから始めてくれ」
「わかりました」
こちらを振り返りもせず部長は言った。画面の為替相場の動きをチェック中で、売買のためかマウスのクリック音が断続的に聞こえる。
彼女も同じ2年生であるが、3回留年しているらしいので自然と皆の語尾は丁寧になる。
怒っているのかその後姿からは分からないが、わずかに殺気が放たれた気がしないでもない。
俺は面白そうなので話を聞いてみることにした。隣でうんざりした顔の江尾を見ると、彼はこの話を知っているようだ。
「では・・・まず女には2種類あってだな、口八丁手八丁の女と口八丁の女である」
要はおしゃべりな女しかいないと言いたいのだろう。先程大福を食べていた岸本紅葉に対する皮肉なのが分かったようで、紅葉が怒った。
「能書きはいいからさっさと始めろ」
「年末年始といえば郵便配達のバイトの募集が増えるだろ。冬休みの間実家に帰ってそれをやってたんだ」
原付の運転免許を持っているわけではないので、自転車で回っていたそうだ。彼の担当エリアは平地とはいえ、一日の移動距離はかなりの距離になる。
「でも郵便配達は運動にもなっていいかもね。私もやってもようかしら」
「紅葉、あんた自転車乗れないじゃん」
「失礼ね。補助輪つけてあるから乗れるわよ」
しかし女子高校生が補助輪をつけた自転車を乗り回す姿はまさにイタい人そのものである。
「でもあれって何でタイヤ2本なのに走っていると倒れないの?」
「その原理解明は我ら物理部の活動内容ではないので却下!」
物理が苦手な陽夏が言った。外部者が聞くと???となりそうな問題発言であるが、もちろんそんな事は誰も気にしない。
「で、それで一気に10キロも痩せられるものなの?」
「いや。自転車はそんなにしんどくなかったんだよ。でも最後あたりは面倒になって、7軒分の郵便物を西福原さんの家の郵便受けにまとめて入れて帰ったんだ」
「お前はバカか!」
女子二人が思わず叫んだ。
「その後郵便局帰ったら苦情の電話があったのか、集配課長に呼ばれたんだよ。これは怒られると直感したね。西福原さんチクんなよ、と思ったよ」
さりげに個人情報を開示した上で逆恨みである。これは由々しき問題だ。
「で、課長に聞かれるわけよ。静かに押し殺した声で何でそんな事をしたのかってね」
「たまたま間違えたならともかく、それだけやったら言い訳できないでしょうが」
「ただひたすらごめんなさい、と謝ればよかったんだけどね。ついつい言ってしまったんだよ。よく犯罪者が言うあのセリフ『むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった』を」
確かに郵便物が誰に届いても良くなければこんな行動はしないが。
「そしたら烈火のごとく怒ってね。局長まで呼ばれて、もうものすごい説教だったよ。脂汗タラタラで土下座するしかなかったね」
まあそりゃあそうだろう。この話を何度も聞いているのか江尾はうんざりした表情である。
「でも土下座して謝るなんてあんたにしたら殊勝な心がけじゃないの」
陽夏は若干感心したように言った。ただし溝口克行株は現在暴落の一途をたどっており、10落ちたとしたら2持ち直した程度である。
「いや、土下座したら説教が頭上を通過していくだろ。聞くのが楽なんだよ。そしたら疲れてたのもあってそのまま寝てしまってね」
土下座をしたまま寝たのがばれ、その後局長と課長が交代で一晩中説教が続いたそうだ。
「それはお前が悪い」
「しかしよく考えろ、西福原さんは結果として近隣住民とのコミュニケーションをとる機会の幸運に恵まれたんだぞ」
まるで俺に感謝しろと言いたいような話口調である。裁判なら反省の色が見られないと求刑通りの判決が下りそうである。
「翌日はラブレターのハガキを配達する時に気を利かせて『愛のお届け物です』とインターホン鳴らして直渡しして怒られたな」
これは何の意図があったというのか、一瞬分からない。
もしかしたら本当に気を利かせた行動に見えるかもしれない。が一行後を見れば分かるとおりそんな事はない。
「いや、ラブレターの文面的に相手は若い女性だと分かったんでどんな顔か見てみたいと思って」
「このスケベ、変態、きもい」
ついに陽夏の溝口株はストップ安になったようだ。
「もし俺がイケメンだったら苦情の電話はなかっただろう、この時ほど自分のルックスを恨んだことはなかったよ」
溝口の全力の責任回避コメントが続くが、以下割愛。とそんなこんなが毎日あって2週間説教続きだったそうだ。
「で、バイト終了時に我慢して説教を聞き続けた結果げっそり痩せてしまったというわけです。以上報告終了です」
これは溝口より、むしろクビにしなかった局長と課長に驚異的忍耐力があったと言うべきであろう。
「反省の色が見られないのがあなたらしいわね。で、なんでもとの体型に戻ったの?」
至極まっとうな疑問を陽夏は口にした。溝口は続けた。
「バイトが終わって痩せた体を眺めてふと思ったんだ。僕はこのままでいいのだろうかと」
「はぁ?」
素っ頓狂な大声が理科室に響き渡る。
「外部の衝撃から身を守る脂肪は喧嘩の際打撃攻撃のダメージを和らげてくれる理想的な鎧。そして母性本能をくすぐる赤ちゃんみたいな柔らかい弾力に富んだ肌。
それらを併せ持つメタボチックな体こそ男としての究極理想形だと気づいたんだ。過去十数年その肉体と付き合ってきた俺にはわかった、これじゃないと」
メタボを正当化する斬新な見解である。そう考えたら無駄肉の塊と評した紅葉の発言が的外れに聞こえてくるから不思議である。
「…で、それからどうしたわけ?」
げんなりした表情で九連が答えた。
「こいつ、俺の家に上がりこんできてどんぶり茶碗を出して、ご飯を大盛りによそってマヨネーズと醤油をかけ、がんすを上に載せて食べ始めたんだ。しかも4合分」
がんすとは、広島地方で販売されている魚の練り身に唐辛子を混ぜ、さくっと揚げたものである。ハイカロリーなのは言うまでもない。
それにマヨネーズをかけてご飯を食べるという、炭水化物と脂肪の奇跡のコラボ飯を食ったと言うのだ。
「だって自分の家でそんな食べ方やったら親に怒られるじゃん」
「お前はいいかもしれんが俺が親に怒られたよ!あんた、ご飯がないけど私たちの夕食どうしてくれるの!って」
その後どうしたのかと俺が聞いたところ、近所にご飯を恵んでください、と言って回って更に怒られたそうだ・・・
その行為を若気の至りという言葉で誤魔化せるか、と言えば少し厳しいかもしれない。
「…でだ。3日続けて江尾の家に行ってご飯食べてたら出入り禁止になってしまった。まあやりすぎたかな」
「そしてこいつは俺以外の家でも同じ事をしたようで、一週間もしないうちにもとの体型になってしまったのさ」
「うむ、報告ご苦労」
いつの間にか部長がパソコンをシャットダウンし、こちらを見ていた。相変わらず無表情かつ冷徹に話す人である。
「部長、今日はもう取引終わったんですか?」
「ああ。さて、溝口のどうしようもないエピソードからでも我々は学ばねばならない」
この部長は何を言い出すか分からない。皆が一瞬身構える。
「土下座には相手の許しを請うのみならず、ダイエット効果も期待できる、まさに一石二鳥の行為といえよう」
部長にしては無難な解釈である。
「しかし土下座がどれだけやせる効果があるのか興味はあるな。紅葉、やせたいならあんた試しに土下座してみなさい」
「はあ、何言っているんですか部長?」
「大体名前が紅葉だというのに広島銘菓もみじ饅頭を食べてないのが気に食わないわ。ティーンエイジャーさん」
やはりあの言葉は地雷を踏んだようであった。
必死に抗議しようとする紅葉であるが、その冷徹な声と眼光に気圧されたのかつい言葉を失ってしまう。
「ねえ溝口君、あなたはボンボンボンとキュッキュッキュの2択だったらどっちを選ぶ?」
もちろんボンキュッボンという世間の大多数の男子が求める回答をする心理的猶予は与えられていない。
溝口は敬語で答えた。
「キュッキュッキュです」
後で理由を聞くとデートする場合、食費が少なくて済みそうだからなんだとさ。
「では上菅君、あなたの意見を聞かせて頂戴」
「選ぶとしたらボンボンボンですね。出るところは出ていたほうがいいし」
俺は正直に答えた。部長は経済動向のみならず、人の感情も抜群に読める。
ここでウソをついたところで窮地に追い詰められるのは自分である。
ちなみに部長はモデルのようなスレンダー型の体型であり、発言した後気を悪くしないかと一瞬思ったが、幸いにもそれ以上問い詰められることはなかった。
「江尾君はどっち?」
「ボンボンボンです。勝手なイメージですが、見た目が丸いと性格も丸いと思います」
「意見が割れたな。では紅葉、マヨネーズご飯を4合平らげるか土下座かのどちらかを選べ」
九連の言葉を裏づけするかのように、部長の鋭い怒りの矛先が紅葉に向く。
「・・・ううう、この究極の選択は何なの、部長?」
「え、ら、べ」
「分かりましたよ、土下座にしますぅ。でも私土下座の方法知らないから誰か教えなさいよ」
さすが上流階級出身の紅葉である。こういう場合でも上から目線でお願いしてくる。
すると部長は理科準備室から人体骨格模型を引っ張り出してきた。
「私に土下座されるのも悪い気はしないけど、あの程度の失言でそこまでの謝罪は求めてはないわ」
やはり怒っていたようだ。俺は黙って成り行きを見守るしかなかった。触らぬ神に何とやら、である。
「ではこのガイコツを目上の人だと思って土下座しなさい。じゃあ溝口君、お手本を見せてあげなさい」
克行曰く土下座は「正座し、ひざの前に手をつき、地面に額をつけるだけの簡単な作業」である。
本人はやり慣れているだけあって動作はスムーズである。
「こんなに心のこもっていない土下座は初めて見たわ、感心するわ」
部長の指摘通り、確かに適当に頭を下げている感は否めない。不思議と下げている頭を蹴飛ばしたくなってくる。
「じゃあ同じようにやってみなさい」
しかし紅葉はうるさい。
「ねえ、スカートが汚れるわ」
「ハンカチでも敷きなさい」
「手が汚れるわ」
「後で洗えばいいでしょう」
「心が汚れるわ」
「もとからだから大丈夫よ」
たしなめる陽夏も大変である。
「この私が額を地面につけるなんて」
「額に貼る熱冷却シートを使っていいから」
衆人環視の中、立った状態から膝まづいて額を床につけること10秒を1セットとして、土下座を10セット繰り返した紅葉。
頭にシートを貼っているからいい顔も台無しである。
「土下座って案外屈辱的な謝罪方法なのね。結構疲れるし、運動にはなるかも・・・。それにしてもあんた、土下座しながら
居眠りできるなんて少し見直したわ」
と克行を褒めた。もちろんこれを聞いたところで陽夏の溝口株が上昇することはなかった。
「将来土下座をする機会があるかもしれない。私が見届けるので今から土下座200セット、骸骨を仮想上司や先輩と見立てて
やるように」
つまり部長は土下座をしないらしいという事だ。これってただのうっぷんばらしなのでは・・・と思ったが口には出せない。
俺の表情を見られたらそれを感づかれるかもしれないが、今は土下座の真っ最中なので大丈夫。
そして俺たちは部長監視の下で骸骨模型に対して土下座の練習という、精神的に非常に疲れる一日を過ごしたのであった。
ちなみに後日この光景を見た人がいたのか、物理部では地獄の使い(骸骨の人体模型がそう見えたようだ)に向かって礼拝しているという
痛い噂が広がっていた。ついでに言うと俺の腹筋も痛い、ああ残念な部活である。
そして世の真相を書き記す事になっている、物理部の報告書には一週間後「マヨネーズかけご飯を試すんじゃなかった・・・
あれは太る」という文が追加されたのである。
誰の字かは詮索しないのがマナーだろう。