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君と共に



首を刈り取られた黄金の魂が白銀へと呑み込まれる。黄金の魂が自らの内に入ると同時にかつて無い程の力が身体の底から湧きあがって来る。黄金の瞳の輝きが増し、あらゆるものが視える。だが、それと同時に異常も起きていた。




 影法師はその顔を不快気に歪める。白銀が持つ瞳。それこそが影法師の不安要素であった。そして今、その瞳は間違いなく自分を追い詰めていた。

 白銀がもつ瞳は過去や未来どころかあらゆる事象を観測出来る正に神の瞳。それこそが影法師が求めていた物であり、そして恐れていた物であった。本来であれば、それは白銀が持っている瞳ではないのだ。


「お前にその眼は危険過ぎる」


 手に余る力は何の役にも立ちはしない。ならば、それは真に扱えるべき人間が扱うべきだ。


『我は炎獄の護り手 ありとあらゆるものを燃やし尽くす災禍の枝の担い手 我が法は灼熱』


Access(回路接続)―――Muspellzheimr(灼熱地獄)


 全てが紅蓮に染まる世界が展開されていく。




「……がっ、は…ぅ…っ!」


 よろめき、荒い息を吐く白銀。その身体には罅が入っていた。何故自らの身体に罅が入っているのか、そんなことは白銀本人がよく理解していた。自らの器の現界。自身の力が無限に成長すると言えども、深手を負った状態で莫大な質量を誇る黄金の魂を呑み込んだのだ。聖槍による破壊で出来た穴を中心に罅が入り、その身を崩壊させているのだろう。

 最早後退など許されない。不退転の覚悟、例えその身が朽ち果てようと、影法師を道連れにしなくてはいけない。

 白銀の視界が紅蓮に染まる。それはかつて見た炎の番人の力。森羅万象全てを燃やし尽くす世界。元より、白銀が持っていた世界も影法師によって渡された世界。奴が使える事は道理だと言えるだろう。


「そんなもん、全部殺してやるよ」


 この世界を前に、他者の力を借りる訳にはいかない。

 白銀の能力には矛盾がある。殺意以外の全てを殺ぎ落とした身でありながら、あらゆる現象、能力が使えることだ。その矛盾は彼の身体に相応の代償を負わす。白銀は能力の行使において、他の力を扱えば扱う程その身を脆弱なものとするのだ。それ故、防ぎきる事の出来ないこの世界を前にして自身の身を弱体化させる事など出来る訳が無い。


 脚に力を込める。たったそれだけの事で、罅が広がる音がする。だが、気にすることではない。あの影法師さえ殺してしまえば、この身など砕けてしまおうが関係ないのだから。

 駆ける、ただ速く、あらゆるものを置き去りにするように駆ける。迫る炎を、その熱波を、時も、この世界さえも殺し、ただ駆け抜ける。影法師が自分と同位階と言えど、この世界はそうではない。元よりその身は殺すことに特化した身、世界からの影響の拒絶など易い事だ。


『我は欲望が護り手 あらゆる物を奪い尽くす欲望が担い手 我が法は略奪』


Access(回路接続)―――Midgard(騎士の略奪)


 放たれる閃光は中身を失った男の一撃。その一撃は白銀と言えど油断のならない威力を誇る。さらには一撃当てれば対象の何かを奪う事の出来る能力を持っている。当たれば白銀に勝ちの目は潰えるだろう。当たるのであれば。


「――――」


 閃光が放たれる直前。白銀は既に動いていた。放たれた閃光は白銀の真横を掠める。直撃さえ喰らわなければどうということもない。白銀は脚に力を込め疾走する。


「あまり手間をかけさせないでくれ」


『我は十字が護り手 あらゆる罪人を縛り付ける十字が担い手 我が方は縛鎖』


Access(回路接続)―――Niflheimr(悪逆ノ十字架)


 視えない力が全身を押さえ付ける。それは白銀を完全に押さえ付ける事は出来ないが、その速度を遅くした。そして影法師にはその僅かな時間だけで十分だった。


「疲れるが故にあまりこうはしたくないのだが……君は特別だ」


『我は破壊が護り手 森羅万象三千世界が総ての破壊の担い手 我が法は破壊』


Access(回路接続)―――Vanaheimr(黄金回廊)


『我は骸が護り手 生きとし生ける者総てへの死の担い手 我が法は死』


Access(回路接続)―――Jotunheimr(骸の王)


 顕現するは破壊の獣が住まう黄金の回廊とかつて白銀が宿していた屍の世界。黄金回廊によって白銀を縛る鎖と死神は先よりも遥かに強化される。白銀が全力でこの拘束から逃れようとそれよりも早く死神は白銀の首を刈り取れるだろう。誰が見ようと手はないように思われる。

 しかし、白銀はその口元を歪ませ笑う。


「テメェが何するかなんて、視えてるんだよ」


 白銀は全力を出し自らを縛る十字を一瞬・・弾き飛ばす。時間はそれで十分だった。


神槍ロンギヌス


 破壊だけに特化した聖槍。黄金の魂を喰らった今、その破壊力は黄金と同等以上に至っている。しかし、神槍は担い手である白銀をも破壊しようとしていた。神槍から放たれる神気は白銀が携える左腕を蝕み、崩壊させていく。


「死ね」


放たれた神槍は白銀の右腕を代償に、黄金回廊、そして死神を破壊する。それだけに留まらず、神槍はその背後にいる影法師をも破壊せんと飛翔する。


「くっ……」


 影法師がその顔を歪める。嘲笑だけを貼り付けていたその顔に焦りが生まれた。急いで迫る神槍を止めんと幾重もの魔方陣が展開される。それは無限とも呼べる膨大な数。数え切れないほどの魔術が神槍とぶつかり、激しい閃光を生む。しかし、どれほどの魔法をぶつけようと神槍は止まらない。二柱の神の力、それも敵を屠ることを得意とする二柱から繰り出された一撃だ。影法師といえど威力を弱めることはできれど相殺は叶わない。

 神槍は無数の魔術の雨を打ち払い、影法師へと突き刺さった。





 眩い閃光と轟音、そして衝撃が総てを襲う。下手をすれば影法師の世界をも壊しかねないその衝撃に耐えきる。しかし、神槍の衝撃は影法師の身体に罅をいれ、無視できないダメージを負わせた。そして影法師が再び目を開けた時、その視界には神槍も白銀もいはしなかった。

 しまった、そう舌を打つよりも早く、影法師は辺りを見渡す。白銀を見つけるのにそう時間はかからなかった。自らの神器である大樹、その幹に手を触れる白銀の姿がそこにあった。




 ごめん、ごめん、ただそう謝ることしかできなかった。絶対に助けると言いながら、自らが手にした力は、誰も助けることができない。皆が背を押してくれたのに、俺はお前を殺すことでしか助けることができない。


「ごめん…」


 涙が流れる。自分が情けない、きっとこの謝罪もお前は受け入れ許してしまうのだろう。そんなことをさせてしまう自分が誰よりも許せない。君のヒーローになりたかった。けれど、俺は結局のところ、只の殺人鬼でしかなかった。それでも―――


「お前を愛してる」


 君がこんな姿にさせられ、操られ続けるなんて俺には耐えられない。君が誰よりも大切で、愛おしい。だから―――殺してでも救ってやる。

 腕を振る。一振りで、彼女の首を切り落とす。


「ホント、情けないな」


 左腕はもう肘から先が消えている。限界が近いのだろう、僅かに揺れるだけでも、身体が崩れていく。


「本当に情けない」


 助けると言いながらこんな形でしか君を助けられず、助けると言いながら君に縋ってしまう。でも、本当に最後なんだ。あいつさえ殺せば、障害は消える。


『魔王』


 短く呟く。その声に応えるように、右手の甲に浮かぶのは、俺と彼女の契約の証。そして顕現する。


「ごめん、あと少しなんだ。君の力を貸してくれ」


「仕方ないのう」


 クスリと笑いながら両肩に掛かる重みが、とても懐かしく思える。


「ありがとな、マオ」


「どういたしまして、響夜」


 互いの顔を覗き込みながら、俺たちは小さく笑った。




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