新世界へ
私は影だ。時を刻む盤の上に存在せず、ただ黄金の影であるだけの存在。誰にも気付かれない存在。
だが、今この瞬間それは崩れ去る。
眼前に存在する二つの世界を前に、宮殿が崩壊していく。星々が砕け、闇が広がって行く。自らの横に存在する大樹。その核である少女がピクリと動く。本来危うい存在であった者達を制御化に置く為の首輪と言う名の世界を、二人はとうに破壊していしまっている。
「野犬など危険なだけだ」
下手に放っておけば人に危害を加える。ならば野犬に対してやることは決まっている。それが自分に牙を剥いているとあれば尚更だ。
「滅びよ」
今迄感じられなかった力。二人を凌ぐ程の力の放出が影法師から起きる。その力は二人を覆い、闇の中に広がっていく。
しかし、二人とてただ呑み込まれる訳ではない。広がって行く世界を喰らわんと、二つの世界も広がっていく。
天道・神威―――光明の創世
修羅道・神威―――飛翔する世界
地獄道・神威―――終焉を告げる箱舟
新世界へ
ぶつかりあう三つの世界。創世と飛翔と終焉がぶつかるそこには、三人を除く全てが存在できない。
『起動・白羊宮』
かつてマオと呼ばれた少女の言葉が響き、影法師が隕石を落とす。その一つ一つが黄金と白銀、二人の一撃と同等の力を誇る。迫る一つを破壊の聖槍と獣が喰らう。迫る一つを殺意の爪牙が両断する。
「裏方である私を舞台に立たせるなど、本来在りえぬこと」
「裏方にいたのでは卿に光が当たらぬだろう。卿が裏にいるのであれば、私は裏を表にして見せよう!」
終末の獣の牙が影法師へと迫る。それは落ちる隕石群を前にその速度を落とすことはなく、破壊の連鎖がその軌跡となる。
『起動・金牛宮』
獣の額に突き立てられる鋼の刃。それは獣を貫き、上下に両断する。剣は次々に獣へと突きたてられ、その身が剣山へと変わる。
「死ね」
短く放たれる言葉。放たれた殺意の一撃が鋼の刃を易く砕き、影法師へと飛翔していく。
「この世界を彩る華となれ!」
二人が纏る瞬間を狙って放たれる破壊の聖槍。新世界に立つ者はただ一人。他の者などいりはしない。
『起動・双児宮』
迫る断頭の爪牙と破壊の聖槍を不可視の斬撃が襲う。不可視の斬撃は二つの脅威を取り除き、二人へ迫る。凶刃が二人の身体を裂く、しかし、二撃目が来ることはない。破壊と殺意に自らぶつかった不可視の斬撃は、その身を破滅へと導いていく。
『起動・巨蟹宮』
斬撃が消えると同時に黄金と白銀を衝撃が襲う。その一撃は二人の身体に僅かな軋みを生ませた。続けざまの同位階の者からの攻撃。例え破壊と殺意に身を包まれている二人と言えども無傷でいられるものではない。衝撃はさらに二発三発と襲い掛かる。
「異邦人!」
襲い来る衝撃を無視し、白銀は影法師へと光の奔流を放つ。勇者と呼ばれた者が使った技。勇者本人が放ったものであれば無視をしただろう。しかし、放たれたそれは白銀が自らの位階にまで昇華したもの。迫る光の奔流に対し幾度もの衝撃を放ち相殺する。
しかし、光が晴れた先に見えるわ迫る黄金の破壊槍。
『起動・双魚宮』
それに対して起動されたのは二匹の魚。二匹は自らの長い胴で聖槍に巻き付くと砕かんとばかりに全身に力を込める。破壊の力が二匹の身体を砕き、聖槍もまた二匹の力に耐えきれず罅が入る。
「消滅!」
得物を放した二人へ放たれる消滅の刃。かつて魔法だけを消滅させる能力であったそれは白銀の手によって総てを消滅させるものへと変化していく。
しかし、振るわれる刃を黄金は素手で受け止め打ち砕き、影法師は障壁を張り振るわれる剣を防ぐ。
「所詮は格下の能力。それで我等を殺せるなどと考えてはいまいな?」
黄金が持つ聖槍から魔力が吹き荒ぶ。
『起動・処女宮 天蝎宮 人馬宮 天秤宮 磨羯宮 宝瓶宮 獅子宮』
その吹き荒れる魔力と同等の魔力が影法師からも放たれる。二人が放つその矛先は白銀へと向けられていた。
これ程の数を前に全てを回避するのは無理だろう。かといって守りに徹すれば黄金の聖槍が身を貫く。王手をかけられたも同然のこの状況の中で、されど白銀は冷静でいる。
「お前達の力、借りるぞ」
白銀の周囲に浮かぶのは、今迄出会って来た者達が持つ武器。それらはまるでそこに使い手自身がいるかのように並ぶ。その姿はさながら王を護る騎士たちの姿だ。
放たれる二柱の全力。迎え撃つ英雄たちは次々にぶつかりあい、ある者は砕け、ある者は折れ、ある者は貫かれる。しかし、英雄たちはその身を犠牲にして王の道を切り開いていく。放たれた矢が肩を貫き、牙が腕に食い込もうと白銀は英雄たちが切り開く道を疾走する。向かう先にいるは黄金、その手に握られる聖槍の矛先は白銀の心臓へと一寸たりともズレがなく構えられている。
「正面から来るか……ならば私の一撃に耐えてみせろ!」
放たれる聖槍の一撃。込められた魔力が爆発し、捉えられない程の速度で放たれる一突き。
「――――ッォオオオ!!!」
その一撃を白銀の黄金の瞳が捉える。まるどのタイミングで来るのか分かっていた様に、構えた左腕を盾にする。聖槍は左腕を容赦なく貫く。しかし、それによって聖槍の軌道が変わる。心臓を貫く筈だった一撃は僅かにズレる。
「――――ぐっ!!」
衝撃で後方へ吹き飛ばされそうになる身体。しかし、止まりそうになる白銀の背中に何か温かいものが触れた気がした。それはまるで手の様であった。
『だらしねえなぁ、俺に勝ったんだ。負けるなんて許さねえぞ』
聞えてくる声
『もう少し、頑張って』
『兄様ならいけます』
『私の弟子ならば、無様な姿を晒すでない』
『頑張ってください』
『気に食わないが、魔王様を助けられるのはお前だけだ』
次々に聞える声と共に、白銀を支える手は増していく。それは吹き飛ばされ様とする身体を支え、その背中を押す。
―――ありがとう
「オオオオオオォォォォォッッッ――――!!!!」
それに応える様に白銀は歯を噛み締めて前進する。聖槍はより深く突き刺さり傷口から血が溢れ出る。最後の一歩、白銀の右手が黄金の首へ迫る。最早黄金に抵抗する術はない。白銀の右手は断頭台の刃の様に、黄金の首を刈り取った。
「見事…」
勝者を讃える言葉。そこには憎悪や後悔はなく、黄金の心からの祝福であった。その言葉を告げ、黄金の身体は粒子となって消えていった。