Doomsday clock 二九時間
「ふざけるなアァァぁ!!!!」
怒号と共に炸裂する一撃がルイス・キャロルの鱗を直撃する。それに不快感を表したルイス・キャロルは浩太を叩き落とそうとする。
「落ち着いて」
浩太の手を引き、その攻撃を躱すグローリア。浩太は息を荒くし、鬼の形相でルイス・キャロルに牙を向ける。
「冷静にならないと、あいつを倒すことなんて出来ない。ミーナも、正気に戻りなさい」
「分かってる!!」
「……え、ええ」
怒り狂った声で答える浩太と青ざめた声で答えるミーナ。ミーナはともかく、今の浩太は拙い。頭に血が上っている。
「君達も…いい加減死ね」
ルイス・キャロルの周囲に漆黒の球体が現れる。球体がルイス・キャロルの周囲を回転し始めると同時に、球体は禍々しい光を放つ。
「ミーナ!逃げて!!」
叫ぶと同時に放たれる閃光。グローリアに突き飛ばされたミーナはその一撃を回避する。
「神罰!我が騎士よ(フラガラッハ)!!」
両手の剣が光を帯びる。浩太は二つの剣を交差させると、迫る一撃を霧散させる。
「調子付くなよ蝿がぁ!!」
「ああ嗚呼アアああぁァァ!!!!」
獣の様に吠え、迫る二撃目を魔剣で弾き、一歩踏み出し三撃目を聖剣で霧散させる浩太。二つの力がぶつかりあい、地面が陥没する。
ルイス・キャロルは全ての球体を浩太へ向け、光線を放つ。束ねられた光線は地面を抉り、浩太を呑み込もうとする。
「審判!!」
放たれ五本の光線。しかし、光は巨大な闇の前に一瞬で貪られ、その勢いを殺すことさえ叶わない。
「ぶっ壊れろぉォ!!!」
怒りによって引き出された限界を超える力。それは両手に持つ剣から純白の燐光となって溢れだして行く。
ぶつかりあう白と闇は互いに一歩も譲らない。
「ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
目の前で起きている現象を前に、ルイス・キャロルが激昂する。高が蝿如きに、高が虫に、竜が負けてなるものか。
「僕は、無敵の暴竜だああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
増幅する力。その力の前に、徐々に浩太が押されて行く。
「潰れろオォォォォォ!」
白が黒に押されて行く。浩太は足を踏み止めるが、靴底がガリガリと音を立てて削られて行く。
せめて数秒の時間さえあれば、力を溜められる。
歯を食いしばる浩太の手に、一つの手が添えられる。
「私が、ほんの少しだけ、時間を稼ぐ」
耳元で囁かれる言葉。浩太が口を開くより早く、グローリアは一歩前へ出る。右手は閃光に呑まれ消失してしまった。肘から先が消えた右腕を見て、グローリアは苦笑する。
使い魔とは言え、こんな所まで同じだなんて…。
「マスター、少しだけ力を貸して下さい!!」
自信を触媒にし張られる結界。それは闇を防ぐ。
しかし、それも数瞬。闇は直ぐ様結界に罅を入れて行く。浩太が力を溜めるまで、まだ時間が足りない。
これで終わりなのだろうか。結局自分には時間稼ぎさえもできないのか。涙が零れる。
その時であった。
「―――――え」
闇がその姿を歪めた。
◆
紅蓮の炎が二人を襲った。膝を着き息絶え絶えになりながらも、その目に希望を宿すハクとゼクス。二人の視線の先には、太陽が如き光を放つ剣があった。
「終末の篝火」
剣は炎に抱かれながら、二人に切先を向ける。
「加減はしない。不安要素は根絶やしにするのみだ」
放たれる業火。ハクが氷槍を放つが、業火はそれを燃やして二人に迫る。
「ぐ、おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
ゼクスはハクの前に出てその炎を受け止める。大質量の業火とぶつかりあう剣は、その刀身に罅を入れて行く。刀身さえも焼き切り、業火はゼクスの身を包み込む。
業火はゼクスの喉を焼き、声を出すことも許さない。ゼクスはその身を焼かれながら、前へと駆けた。
炎が足を焼き、手を焼き、死へと近付かせていく。その生命が燃え尽きる瞬間、周囲の業火全てが消え去った。ゼクスが己の命と引き換えに起こした魔力暴走による周囲一帯を呑み込んだ消滅。
それによって生まれた隙は、ハクの足を動かせた。
自らの足場に氷柱を生みだし、ただ目指す場所へ駆ける。獣となり、最速でアンネローゼへと迫る。
「狩人の銃口にその身を晒すか」
最後の瞬間まで、油断しなかったアンネローゼは自らの剣をハクへと放つ。
剣はハクの胸を貫き、ハクの爪はアンネローゼの胸元まで迫り、届かない。
剣の勢いに身体が後方へ飛ばされる。
その時、
剣が消えた。
◆
「悪滅の断罪刃」
左手に魔剣を握り、その刃を目の前の男へ振るう。ゲッツはそれに対し右腕を振るって答える。本来であればするであろう衝撃と轟音。しかし、鳴ったのは何かが砕ける音。
その正体は次の瞬間に判明した。右腕とぶつかった悪滅の断罪刃は一瞬で砕ける。そしてその勢いのまま振るわれる右腕。
「魔狼天声!神殺しの鎖」
現れたバイクを自信とゲッツの間に挟み、鎖がゲッツの身体を縛り付ける事で、響夜はその拳から逃れる為の時間を作る。拳は鎖を強引に破壊して現れたバイクを粉々にするが、それ以上の手応えなど無かった。
互いに睨み合う二人。だが、追い込まれているのは響夜の方であった。
神器が発動しない。
悪滅の断罪刃や魔狼天声は粉々にされてしまったが故に仕方が無い。しかし、神殺しの鎖は一部分を破壊された所で呼び出せなくなるような物ではなかった。
響夜に残された神器は残り一つ。だが―――まだ手はある。
「沼に落ちし者たちよ 目を覚ませ 光を失い盲目になりし者たちよ 我が声を聞け」
「汝等、かつて神より恥辱を受けし者たちなり 汝等が身は煉獄の炎に焼かれ燃え盛る」
「汝等が慟哭を神は聞き入れはしない 汝等、それを良しとするか」
「騎士たちよ剣を取れ 己が縛鎖を断ち切るのだ 今こそ我等が征服する時なり この黄昏に汝等が剣を突き立てろ!」
「怒りの日―――慟哭の英雄譚」
構築される黄昏時の世界。現れる骸の兵士たちは剣を、槍を、盾を手に取ろとする。
「無駄だ」
短く呟かれる言葉。その言葉は響夜の耳には入らず、ただ驚愕が支配する。構築された世界に罅が入る。骸の兵士たちの武器が、その身が砕け灰へと変わって行く。砕け散った後、そこには再び元の世界があるだけであった。
「俺の世界は『現界』。お前達がいる世界、此処こそが俺の展開する世界だ」
一歩足を踏み出すゲッツ。
「俺の世界の理はたった一つ―――」
目の前にいたゲッツが瞬時に背後へと回り込む。
「奪うだけだ」
振るわれた右腕が唸りを上げる。
「焼き尽くす劫火の剣!!」
上空から飛来した剣は大地を砕き、二人の中心で爆発する。響夜はその爆風を利用して身体をずらし、無理矢理ゲッツの拳を喰らう個所を変える。爆発地点を中心に包み込む黒煙を切り裂き、響夜は廃墟の壁へと叩きつけられる。ゲッツの拳を喰らった脇腹には穴が空くが、そこから血が零れ落ちる事はない。
血を吐きながら、響夜は脇腹へと視線を落とし傷を視る。
「く、そがぁ」
弱々しく呟きながら響夜は動こうとする。
「無駄だと言った」
視界が黒く染まる。響夜がそれを理解するより早く、先程より何倍もの衝撃が頭部を襲う。意識が闇に呑まれそうになる。黒かった視界は直ぐに白くなり、やがて赤く変わる。陥没した地面の中心で呻きながら、響夜は指を動かそうとする。しかし、身体の感覚さえも最早なくなり、視界にも靄が掛かって行く。
「か…ぁ、っぅ」
「終わりだ。貴様も今迄の者同様、俺に全てを奪われる」
奪われる?俺が?
「お前も、無に帰れ」
ふざけるな、誰が奪われるか。これ以上奪われてたまるか。俺の命も、記憶も、全部俺のもんだ。マオも、小夜も、ハクも、グローリアも、ゼクスも、エルザも、シグルズも、コルベも、浩太も、その他の奴らも、テメェ何かに全部奪わせてたまるか。
振り下ろされる拳。衝撃が響夜を襲い、その身は砕け散った。
「何だ……それは」
呟かれる言葉。無機質な言葉を喋る彼に、初めて動揺が含まれた。
「答えると思ってんのか?」
彼の背後から聞える声。先程まで弱々しかった声は普段と何ら変わらず、ボロボロであった筈の身体はその傷の全てが無くなっていた。かつてコルベによって壊された右腕は、人間の腕と何ら変わらない状態で再び存在していた。無論、脇腹や頭部にゲッツが与えた傷も消えている。
「神喰」
以前の比にならない程の威力で放たれた一撃。それを粉砕せんと唸るゲッツの拳と響夜の拳がぶつかる。
「バカな――――!!」
自身の右腕に触れながら、何の変化も見られない響夜の拳を見てゲッツの顔が驚愕に歪む。暴風と衝撃が巻き起こり、次の瞬間、ゲッツの身体が吹き飛ばされる。
「もうお前らには何一つ奪わせない。ここからは――――お前らに奪われた全てを取り返してやる」
巻き起こっていた風が消えていく。周囲に聳え立つ廃墟が、瓦礫が、その身を消して行く。それらは魔力となって、響夜へと吸い込まれて行く。それは徐々に世界を覆い。ゲッツの理を食い破って行く。
「悪滅の断罪刃」
右手に現れるのは己を認めた男から託された魔剣。その姿はゲッツに破壊される以前の姿。
「ぶっ飛べぇ!」
瞬きすらも許さぬ速度で、眼前に現れた響夜に、ゲッツが左腕を振るう。ゲッツからの二撃目の右拳が放たれるより早く、響夜は魔剣から手を放す。
「雷鳴轟かす勝利の咆哮」
そして左手に現れるのは戦乙女が持つ騎士剣。響夜は自身を雷化しゲッツの脇腹を斬り付ける。
「神罰!!」
ゲッツが拳を突き出した瞬間、既に背後に回っていた響夜は右手に持つ聖剣に込められた力を解き放つ。放たれた純白の閃光が背後からゲッツを呑み込んだ。
「オオオオォォォォォ!!」
その閃光を力で押さえ付け、ゲッツが吠える。上半身を傷だらけにし、服の一部が消滅した事により、鋼で覆われた右腕が顕になる。
「ふざけるな!何だそれは!!何だその力は!!何が貴様にそれ程の力を―――!!!」
「…空っぽのお前には言ったって分かんねえよ」
駆ける。
その動きは徐々にゲッツの目に捉えられなくなっていき、ただ魔力の粒子による残光だけがあった。
振るわれる拳は空を切り、生まれた隙を突いて幾つもの傷が付けられる。今この場に置いて彼らの力関係は完全に逆転していた。
「俺達を只の蝿みてえにしか思ってないお前らじゃ、俺達には勝てない」
歪んでいた闇は、徐々に粒子へと変わり消えていく。
「浩太!!」
「ああ!」
臨界点まで込められた全魔力を解き放つ。純白の光が迫る中、ルイス・キャロルは信じられない様に目を開かせ、ただ茫然としたまま、光の奔流に呑み込まれてその姿を消した。
「―――――!!!」
声にならない声を上げ、最後の力で氷柱を蹴る。届かなかった一撃は、最後の一押しによって、アンネローゼの胸を貫いた。
「な……に…?」
掠れる声で呟くアンネローゼ。貫かれたのは、偶然か必然化、かつてエルザが最後の一撃を放った箇所と同じであった。
アンネローゼは最後に笑いながら光となって消えていった。
放たれる拳がゲッツの右拳と衝突する。
「誰かを想う気持ちが、今の俺の全てだ」
「想い?ふざけるな!そんなものでそれ程の力を得られるものか!!」
「哀れだな人形野郎。だからお前の中身は空っぽなんだよ」
魔力の燐光が響夜と共鳴するように輝く。
「今の俺はお前とは違う!ただ奪って理解した気になってる訳じゃない!!あいつ等が教えてくれたんだ!俺が求めてた物を!!」
ゲッツの拳が軋み、罅が入っていく。
「だから今度は俺が教えんだよ!!」
此処に味方がいると。全てが敵になろうと、俺だけは味方でいると。帰る場所があると。
「ぶっ飛べぇェェ!!!」
ゲッツの鋼の拳が砕ける。白銀の閃光に呑まれる中、ゲッツはただ静かに、その瞳を閉じた。
次はたぶん遅れると思います。