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Doomsday clock 三〇時間


 一秒が今迄にない程長く感じる。血液で作られた巨大な鳥の上に乗ったエルザは眼下に広がる戦いの傷跡に気が気ではなかった。心臓が煩く脈動し、手が僅かに震える。彼方に見える黒く巨大な影と燃え盛る炎を目指す途中、彼女の視界の端で何かが光った。

 それは熱線だった。燃え盛る業火はエルザを呑みこみ、天へと昇って行く。普通に考えれば髪の毛一本さえも残りはしないだろう。だが、彼女はクラウンの一人。黄金と影法師によって選ばれた戦士。

 熱戦が割れる。割れ目からは紫電が零れ、激しく明滅をし業火を引き裂く。業火を引き裂き、空に放たれたエルザを、再び鳥が乗せる。


「ありがとう。此処までで良いから。…ご主人様によろしくね」


 エルザは鳥にそれだけ言うと飛び降り、襲い来る熱線を引き裂いて地上へと着地する。見上げれば、彼女を乗せた鳥は熱線を躱して、無事離脱して行った。それを確認してエルザは前を向き、剣を構える。


「ふん、以前ならばあれで終わっていたのだがな」


 聞えて来た言葉に、エルザは僅かに口元を緩める。


「手加減してくれたんですね。……意外です、貴女がそんなに優しかったなんて」


「それは貴様の思い違いだな。少しでも自らが傷付こうとするのを防ぐ。愚鈍な貴様らしい。甘ったれた思考だ」


 紅蓮の髪を持った番人―――アンネローゼはその手に炎を灯し、振るう。放たれた火球はその大きさを数倍に膨らませ、エルザに迫る。


「……っ」


 解き放たれた紫電がエルザの雷鳴轟かす勝利の咆哮フリスト・ヒルドに集まる。先程と違い明滅し散って行くのではなく、ただ静かに纏う。

 一振りした剣は火球とほんの一瞬拮抗し、火球を霧散させた。そのまま踏み込み、アンネローゼの眼前へと一瞬で迫る。そして動かないアンネローゼを斬ろうとし、直ぐ様後退する。それに一瞬遅れ、地面から火柱が出現する。


「温いな」


 着地した場所から火柱が昇るが、雷化をしていたエルザはそれを無事に躱す。しかし――


「焼け」


 言葉と同時に、エルザの身体に衝撃が走る。見れば灼熱の槍が彼女の腹を貫いていた。


「ぐっ…が、ぁ」


 熱に身体を内側から焼かれ、彼女は苦悶の表情を浮かべる。だが、何時までもそんなことなどしてはいられない。アンネローゼは構わず灼熱の槍、火球、火柱、熱線と次々にエルザに放つ。彼女はそれを往なし、躱し、霧散させるが、全てを回避する事等出来ない。エルザはその身を徐々に傷付けて行く。


「『戦乙女』。……今の貴様にはその名は似合いはしないな。今の貴様はただの煩わしい蝿だ。絞る脳も無い蝿が一丁前に頭を絞って何が変わる。」


 放たれた火球が、ついにエルザの腹に直撃する。彼女は喘ぎ、膝から崩れ落ちる。


「惨めに死ぬが良い」


 アンネローゼは先程よりも大きい火球をエルザへと放った。

死が眼前に迫る中、エルザは笑った。痛くて、辛くて、苦しい。けれど、彼女はそれ以上に、嬉しいと言う感情が湧きあがっていた。

 火球がエルザへと直撃する。衝撃が地面を抉り、炎が周囲を舐めるように溶かす。煙が周囲に渦巻くなか、パチ、という音がした。

アンネローゼは煙の中を、走る紫電を確かに見た。そしてその正体は今この場では考え得る限りたった一人しかいなかった。


「助言、ありがとうございました」


 アンネローゼが火球を飛ばすと同時に、剣を振るうエルザがそこにいた。火球は拮抗すらすることなく霧散し、二撃目はアンネローゼの首へと吸い込まれて行く。


「ふん」


 向かって来る剣を手袋で覆われた手で掴み取る。だが、掴んだ瞬間、アンネローゼの手は紫電でズタズタに引き裂かれる。先程までであれば、彼女がアンネローゼの身体に傷を付けるなど不可能だっただろう。

 アンネローゼはその痛みに眉ひとつ動かさず右足でエルザの腹を蹴りあげる。エルザは雷化し、それを躱す。以前であれば、実体を持っていた剣が今は完全に雷化していた。


「お陰で頭がスッキリしました。……私は馬鹿なので―――何も考えない方が良いみたいです。この場で、貴女の首を斬ります」


 雷化し、急接近と共に超近接戦闘インファイトをし続ける。右からの一撃をアンネローゼは腕を押さえて止め、膝蹴りを同じく脚で受け止める。

 超高速戦闘を繰り広げながら、二人は周囲を焦土に変えていく。だが、それでもエルザの攻撃はアンネローゼに届かない。

 アンネローゼはエルザの頭を掴むと地面へと投げ飛ばす。


「Access(回路接続)―――Muspellzheimr(灼熱地獄)」


 世界が変遷する。全てが赤で染まり、地獄ですら生温く感じる程の熱が全身を襲う。炎が総てを包み込む世界の中に、アンネローゼとエルザはいた。


「終末の篝火レーヴァテイン


 アンネローゼの周囲に炎が集まる。それは先程までの炎とは比べ物にならない。アンネローゼから漏れだす魔力を前に、エルザは全身の毛が総毛立つ。


「死ね」


 短く告げられた死の宣告。死を与える炎は四方八方から津波の様に襲い掛かる。


「ッ―――!!」


 エルザは剣の切先に雷を集中させ、炎の波へと飛翔する。雷撃を纏う戦乙女は炎の波を貫く。しかし、それも一瞬その穴は後続の波が一瞬で埋めていく。雷撃は徐々に波を突破していくが、それより早く波はエルザを呑みこんで行く。


「ぐ…ぅ、ぁあ!!」


 身体を焼く熱を、皮膚を舐めるように溶かして行く炎を無視し、エルザは目の前の炎の波を突破する。身体の一部は炭化し、加速に耐え切れずにボロボロと崩れていく。


「無駄な事を」


 アンネローゼの頭上が紅蓮に輝く。そこには小さな太陽があった。

 太陽はアンネローゼへ迫るエルザへと墜ちて行く。背後には炎の波が、前には太陽が、二つの死がエルザを挟み込む。それを前にしてもエルザは止まらない。寧ろ、先程よりも一層激しく飛翔する。元より逃げ切れる自信はないし、逃げ切れる力も残っていない。

 太陽がエルザとぶつかる。それに遅れて、炎の波がエルザを襲う。


「あぁ!―――っ、く…はああああぁぁぁ!!!」


 紫電が波を食い破り外に漏れ出る。剣は徐々に太陽に沈みこんでいき、内側から喰って行く。刹那、両者の視界が白く染まり、轟音に音が消し飛ばされる。

 太陽が破裂し、雷がアンネローゼに迫る。


「貫けぇ!!!」


「………」


 突き出された剣はアンネローゼの胸に吸い込まれて行く。紫電の閃光の先には、アンネローゼの胸元に突き刺さる剣が見える――――筈だった。

 しかし、閃光の先に見えるのは焦げた衣服と、刃の半ばから折れた己が剣の姿だった。呆然とするも、判断は一瞬で下された。


「ぐぅ!!」


 折れた刃を握り、エルザは全力でアンネローゼに突き刺す。だが、返って来るのはバキン、という音と手の中の何かが崩れていく感触だけであった。


「止めておけ」


 尚も刃を振るおうとするエルザを制止する。


「これがお前の実力だ。お前が私に傷を付ける事等出来はしない」


「私…はぁ――――!!!」


 涙を流し、胸元で震えるエルザにアンネローゼはただ静かに告げる。


「安心しろ。お前は私の一部となるだけだ」


 彼女は何処までも静かに、無慈悲に、エルザへ死を送る。


 燃え散らせ


 灼熱地獄ムスペルヘイムの炎は、一瞬でエルザを包み込み、消えていく。そこには既にエルザの姿等なく、砕けた雷鳴轟かす勝利の咆哮フリスト・ヒルドの刃だけが残っていた。

 炎の世界は消え、一人となった大地にアンネローゼは立つ。振り返ることなく、脚を動かそうとしたアンネローゼが、不意に顔を顰める。見れば、自身の服の胸部が僅かに血で赤く滲んでいた。


「…どうやらお前の事を過小評価していたらしい。刃の一欠片程の力はあったか」


 冷静に、アンネローゼはそのまま歩を進める。そこに迷いはなく、ただ堂々と、今迄と何一つ変わることはない。


 ◆


 廃墟となった街の中を響夜は歩いていた。足取りは止まることなく、向かうのはかつって連れていかれたクラウン本部であった。

 今迄止まる事の無かった足が、不意に止まる。その直後、響夜は自身の足元を中心に魔力が集中するのが視えた。

 何か来る。響夜がその場から飛び退くと同時に紅い竜巻が吹き荒れる。それは周囲の廃墟を呑みこみ、瓦礫の山へと変えていく。それは空中にいた響夜を易く呑み込む。


「刹那の煌き(フェンリス・ヴォルフ)」


 右腕に込めた魔力を解き放つ。それは竜巻を一瞬にして食い破り霧散させる。響夜は地面に着地すると周囲を見回す。


「誰だっつうの」


 流れる魔力の根源を辿り、その主の居場所を探る。


「あ?」


 しかし、流れる魔力の根源が一ヶ所ではなく複数ある事に響夜は疑問の声を上げる。響夜がそうしている間にも、視えない敵は次々に紅い針を飛ばして来る。それを躱しながら響夜は最も近くにあった根源へと近付く。

 そこには血溜りがあった。魔力はその血溜りから流出していたのだ。


「……わざわざ追いかけて来たのか」


 その血溜りを見て響夜は面倒臭そうに頭を掻く。


「世話が焼ける奴だよ、お前は」


 響夜の視界を赤が塗り潰す。それは月を染め、地面から溢れだす。


Access(回路接続)・Helheim(処女が血で染まる丘)


「小夜、これ以上邪魔すんならお前でも容赦はしないぞ」


 現れた少女、小夜は見た目通りの歳とは思えない程妖艶な笑みを浮かべる。


「何故でしょうか?」


 小夜は小首を傾げ、本当に分からないのかきょとんとした表情を浮かべる。


「私は兄様の為にこうしているのですよ?」


 このままいけば必ず響夜は殺される。それは彼女にとって許容できることではなく、当然此処から先に行かせる事等出来はしない。このまま行かせてしまう位ならば


「私の元にいれば良いんです。そうすれば兄様が傷付く事はありません」


「………」


 元々小夜はこういう性格の人間ではあった。自分に対し異常な執着を見せ、その者の為なら何でもする所はあった。だが


「そう、それが一番です。兄様は私とずっと一緒にいればいいんです」


 此処まで狂ってはいなかった。


「……何でお前がヴラドと同じことが出来るのかは知らねえが、最初に言ったぞ―――邪魔をするなら容赦しない」


悪滅の断罪刃グラム

 響夜の左腕に一振りの魔剣が握られる。魔力が周囲を満たし、それは魔剣に吸収されていく。


「兄様、安心して下さい。痛みなんてありませんから」


 先に動いたのは小夜だった。吸血鬼の身体能力を遥かに上回る速さで響夜との距離を詰める。それを魔剣を振るい牽制して、響夜は周囲に神殺しのグレイプニルを展開する。


「どれだけ速くても、視えてんだよぉ!」


 背後に振り向くと同時に魔剣を突きあげる。次の瞬間、重い衝撃が魔剣を通し響夜を襲う。踏み締めた大地に罅が入り、響夜はバランスを崩す。


「っち」


 周囲の鎖を小夜の片腕に巻き付かせ、力任せに鎖を振りまわし地面へ叩き付ける。さらに、その頭上から無数の刃を小夜へと飛ばす。


「兄様、あまりそんなに私を見ないで下さい。恥ずかしいです。それに―――死んでしまいますよ?」


 突き刺さった剣を吹き飛ばして笑う小夜。小夜が指差す先に見えるのは、響夜へ向かって突進をしてくる巨大な鳥だった。血液で作られたのであろう紅い身体の鳥は、躊躇うことなく響夜へと突進する。


「そんなもん効くか」


 魔剣を上段から振り下ろし、鳥を一刀両断する。


「――――っ!」


 異変は直後であった。両断された鳥から噴き出た血液は響夜の身体に粘着し身体の自由を縛る。


「うぜえ」


 響夜は身体から魔力を放出させ身体に付着する血液を吹き飛ばす。


「では、これはどうです?」


 頭上から襲い掛かって来た小夜を躱し剣を構える響夜に、周囲を覆う血液が槍となって次々に襲い掛かって来る。それを周囲に展開させた骸の兵士達が撃ち落とす。しかし、飛んでくる血液の槍に限りはなく、響夜はその場から動けなくなる。


「ぶっ潰せぇ!」


「なっ!?」


 響夜は魔剣を地面に突き刺すと魔力を流し込む。魔力は周囲の大地を巡り、上方へとそのエネルギーを放出させる。それは地面を食い破り群がる血液を吹き飛ばした。

 魔力の光に目が眩み、小夜は響夜の姿を見失う。


「ふっ」


 銀の軌跡が小夜の視界の端に映った時には既に遅い、小夜の右腕が裂かれ魔剣による痛みが走る。吸血鬼であれば再生する筈の腕は、どういう訳か再生をしない。


「魔物の再生能力ってのは魔力によるものだ。今の一撃で魔力神経を斬った。お前の腕は暫く再生できないぞ」


 魔剣を構え小夜に言い放つ。小夜は僅かに動揺するがそれも直ぐ治まり、顔には再び笑顔が宿る。


「兄様、出来れば先程のまま捕まって欲しかったのですけれど…。手加減などしては駄目でしたか」


 月の赤き輝きが増す。そして空に佇む小夜の瞳は先程までのものとは違う、狩人の目であった。

 

「っ!?」


「先程の攻撃の際に兄様の影に少し印を付けておきました」


 肉を裂かれる感触と痛み、そして高熱が響夜の脚に走る。思わず膝を地面に着き、響夜は自身の脚を見る。そこには響夜自身の影が伸び脚を貫いている光景があった。


「影牢」


 小夜が呟くと影が響夜の身体の自由を奪う。


「血界」


 そして周囲にあった血液も次々に響夜へ集まり呑みこんで行く。響夜を呑みこんだ血液は球体となり、降り立った小夜の影の中へと静かに沈んで行く。

 

「兄様はそこで静かに、全てが終わるのを待っていてください」


 愛おしい者への笑顔を向けながら小夜は小さく囁いた。




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