Doomsday clock 三六時間
遅くなってすいません。
遅くなったうえに短い…orz
『暴竜、番人、天罰に命ずる。
我々へと干渉しようとする羽虫を払いたまえ』
「「「御意」」」
今迄と何ら変わりない嘲笑とも取れる笑みを浮かべる影法師。しかし、その笑みには今迄よりも喜色が含まれていた。
「卿にしては随分動くのが遅いな。今迄は不確定要素は迅速に排除していた筈だが?」
そんな影法師へと興味深そうに問いかけるロジオン。
「これは最早結果の確定している事象。ならば、私が行うのは最善な結果へと導く道を創るだけ…。尤も、道を創るのは私ではなく彼らですが」
「ほう…、ならば卿の言う最善とやらを見せてもらうとしよう」
「ええ、きっと貴方を満足させられるでしょう」
◆
「………」
ゆっくりとした動作でソレは四人を見る。ソレは言葉で表せる様な美しさではなかった。あえて言うのであれば、まるで御伽噺、それこそ童話に出て来るかのような姿であった。
澄み切った白い鱗。他の竜の悪魔の様な翼とは違う、まるで鳥の様な翼から抜け落ちた羽毛が雪の様に周囲を舞っている。その姿は、天竜と呼ばれたアカーシャと酷似している。
「お前達があいつが言ってた奴らか」
その竜の傍、そこから一人の男が顔を出す。群青色の髪に端正な顔立ちの少年が顔を出す。
「一体どんな奴が来るのかと思っていたが、まだまだ穴の青い餓鬼どもじゃねえか」
少年は顔の半分と右腕だけを彼らに出しながら言葉をつなげる。しかし、先程からその言葉を発している筈の少年は口を閉ざしたままだ。自然と四人の視線は右腕の先へと向かう。
「ったく、こんな奴等の何処が頼りになるんだっつうの!これがいかに重要な事なのか分かってんのかよ!!」
憤慨したようにぐねぐねと身体を動かすソレはパンダ型のパペット。少年は右手の指でそれを器用に操作しながら腹話術をしているのだ。
「テメェ等も何か喋ったらどうだ!?」
そう凄んでくるが見た目の性でどうも迫力が伝わらない。四人は困惑しながらも少年との接触を試みる。
「え、ええと…君が神父さんの言っていた人、で良いのかな?」
「何気安く話しかけて来てんじゃボケェ!!俺はテメェらよりも遥かに年上だぞ、喧嘩売っとんのかコラァ!!」
えええええええ…・。
少年の言葉に四人は面倒臭そうな表情をしながらも、ぷりぷりと起こっているパンダと少年へ対話を試みる。
「す、すみません。ええと、それで神父様が言っていたのは―――」
「俺で間違いない。お前等がコルベからどう言われたかは知らないが」
少年の雰囲気が変わる。先程まで此方を窺っていた瞳からは光が消え、傍にいた竜が殺気を放つ。そして何よりも右手で操っているパンダ。
「時間が無い。テメェ等名前だけ名乗って構えろや」
その眼を赤く染め、ただの人形は化け物へとその身を変える。
「忠実なる騎士よ」
まるで少女の様な中性的な声。その声の主が誰なのか気付いた時には既に状況は一変していた。
「名乗って…」
右腕に化け物となったパンダをはめながら、少年は自身の口で声を発する。
「僕はクラウン序列第七位、ルー。ほら、僕は名乗ったよ。だから―――」
―――君たちも名乗って
ルーと名乗った少年の手から突如としてパンだが消えた。その事に気付くと同時に四人は構える。
「何処にっ!」
周囲に素早く眼をやる四人の周囲が不意に暗くなった。それに真っ先に気付いた浩太は上を見上げ、声を上げる。
「―――上だ!皆避けろ!!」
その言葉に弾かれる様に三人はその場から素早く動く。しかし、浩太は一人、その場から動かず剣を構える。
「浩太!何を!?」
「喰らえっ!」
叫ぶアリアに答えることなく、浩太は両手で握った剣を頭上から襲い来るパンダへと突き刺した。
「そんな攻撃じゃ、僕の忠実なる騎士は退けられないよ」
少年が呟くと同時にパンダに異変が起きる。突如、鮮血を飛び散らせながら、パンダの腹が裂けたのだ。飛び散る鮮血は浩太の視界を奪う。
そして、鮮血の中、ほんの僅かに視えた輝き。
それはいとも容易く浩太の身体を貫いた。
◆
「……来ましたね」
静寂で満たされた中、自らの下へ近付いて来る気配を感じ取り、コルベは腰を上げる。
壁に寄り掛かる様にしてふらつく身体を持ち上げ、歩いて来る影へと目を向けた。
「(動きが鈍い…。それならば、私にも―――)」
迫る影はコルベの目の前まで歩き、そして止まった。
「…黄昏の破壊者」
「よぉ、俺の右腕喰った気分はどうだ?」
コルベに殺意を放ちながら、響夜はコルベを睨む。
「腐りかけの肉を食べた気分ですよ。気持ち悪過ぎて吐いてしまいたい位です」
「そうかよ。……だったら―――返せやッ!!」
その言葉に反応して、響夜の左手から悪滅の断罪刃が現れる。真っ直ぐに振り下ろされるそれを、コルベは右側へ転ぶようにして回避する。
しかし、振り下ろされた刃から放たれた衝撃によってコルベは体勢を大きく崩してしまった。
「―――ッ、Access(回路接続)―――Niflheimr(悪逆ノ十字架)!!」
穢れが世界を覆っていく。それは直ぐ様、響夜とコルベを呑みこみ、コルベの世界へと塗り替えていく。
「前は、これ随分とやられたな…」
自身の身体の自由を奪われながら、響夜の表情は先程とは全く変わっていない。それが、コルベを焦らせる。
「…グローリア」
「―――はい」
響夜の言葉に反応するように、その背後から現れるグローリア。その姿を、いや、動きを見てコルベは愕然とする。
「な、な…ぜ……」
動けるのだ?
声にならない声でコルベは響夜へと叫ぶ。何故、縛られたこの世界で動けるのか。この世界の穴を必死に考えるが、コルベには全く答えが出ない。
いや、一つだけ。一つだけあるが、それは不可能なのだ。
鳴神響夜が自分を圧倒するだけの魂の格を持っているなど…。
現に今の響夜はコルベの世界を破るだけの力を持っていない。たとえシグルズの魂を喰らったとしてもだ。
「いくぞ」
放たれる様にしてコルベへと向かう響夜とグローリア。しかし、それを見てコルベはその焦りが僅かに消えた。
二人の動きは普段より僅かに遅い。二人は確かにこの世界の影響を受けているのだ。
「っ!」
しかし、それでもやはり、自らが不利である事に変わりはない。
ボロボロの身体による戦闘は徐々にコルベ自身を追い込んで行く。
「舐めないで、下さい!」
右からのグローリアの上段蹴りを捌き、響夜の足払いをその場から飛び退き回避。一瞬で距離を詰め、響夜の顎を打ち抜く。
「っぐぅ―――!」
しかし、響夜への攻撃で出来た隙にグローリアが踏み込む。グローリアの一撃もまた以前とは遥かに違い。その一撃は今のコルベにとって脅威であった。
「……っ!」
衝撃がコルベの身体を貫く。その痛みに思わずコルベは膝を着いてしまう。その隙を逃す程響夜は甘くはない。
響夜は膝を吐くコルベの顔へ、全力での一撃を決め込む。
歯が数本抜け、血と共に宙を舞う。その綺麗な顔は崩れていた。
地面に受け止められ、大きく息を吐きながら、コルベは立ち上がる。
「黄昏の破壊者、何時の間にこれ程―――!」
その言葉を遮る様にコルベの右腕が切り落とされる。悪滅の断罪刃の力によって想像を絶する痛みに襲われ、コルベは言葉すら出せなくなる
「俺は黄昏の破壊者なんかじゃねえ。あいつの代行でもねえ」
「俺は俺だ!鳴神響夜だ!!」
引き絞られた腕から放たれた剣は、コルベの胸を貫いた。
「もうあいつの力なんてのは必要ない」
最早保つのが限界になったコルベの世界は、徐々に消えていく。
そんな中、吐血し、息絶え絶えになりながらも、コルベは言葉を紡ぐ
「あ、貴方は、一体―――誰…です」
その言葉に一体どのような意味が含まれているのか。グローリアは首を傾げる。しかし、響夜は、それにどう思ったのか。普段と同じように、そうあることが当たり前だと言う様に答える。
「言っただろう。俺は鳴神響夜だ。他の誰でもない。
そう言って、響夜は剣を握る。
しかし、響夜はふと顔を上げた。その様子にコルベは怪訝そうな表情をする。
「……お前さ、前に俺に、どっちを救うか選択させたよな」
「………」
「昔だったら迷いなく、俺は自分を選んでいたかもしれない。
けどな、俺が描いてた夢には、そんな選択なんてないんだよ」
「あの時の答えだ。俺は救いたい奴全員を救う。誰にも奪わせはしない。
それがヒーローってやつだからな」
その言葉に、コルベは少しだけ笑った。
「初めて…見た時は、ただの悪人だと思っていましたが…。随分、綺麗な顔…をするようになった物ですね…」
少しずつ、コルベの身体が光へと変わって行く。
「……良い師に恵まれたり、人一倍優しい奴がいたりと、周囲の環境が良かったもんでね」
「…そう、ですか……。では、最後に私からもお願いです」
最早胸までもが光へと変わって行く中、コルベは笑みを浮かべる。
「かれ…ら、を……助け、て…」
そしてコルベは光へと変わって行った。
「…………」
「…マスター」
先程までコルベのいた場所を眺める響夜に、グローリアが声を掛ける。
「―――俺はヒーローだからよ。困ってる奴がいると放っておけねえんだよ」
その言葉に、グローリアの顔が明るくなる。
「けど、俺はいかなくちゃいけねえ。だからよ、いけるか。俺の右腕」
その言葉にグローリアの顔は今迄にない程に輝く。信頼し、任す事の出来る存在。今自分は響夜にとってのそう言った存在、彼にとっての肉体とも言える存在だと言われているのだから。
「はい!任せて下さい!!」
そんなグローリアに何時も通りの笑みを浮かべ、響夜はその頭を撫でる。
「ああ、任せた」
言葉はそれだけで良かった。グローリアは直ぐ様その場から消える。
それを見送り、響夜はある方向へ顔を向けた。
「視てんだろ?分かるんだよ、俺にも視えて来てるんだ」
その視線の先に居るのは二人。笑みを浮かべ、まるで神の如く玉座に座る二人。
「師匠の意思は俺が受け継ぐ」
それは、響夜にとっての、確固たる自分を持っての宣戦布告。
「勝つのは俺達だ」