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Doomsday clock 五四時間

今回長いです


「全くもって愉快。実に愉快だ」


 星々に囲まれたまるで宇宙の様な空間の中、一人の男が嗤っていた。


「ロージャ、貴方も聞いているのでしょう?」


『さて、聞くも何も私を此処に招いたのは卿の筈なのだがな』


 何処からともなく聞えて来る声。それは圧倒的強者としての力を感じさせる物であった。


「して、貴方はどうするので?」


『ふむ、外も中々面白くなって来ている。が、今はまだ見物するとしよう』


「左様で。……どうやら暴竜ニーズへッグが本気になった様で」


『――――ほう』


 男の言葉を聞きロジオンは興味深そうに応える。


『あれが本気を出すなど何世紀ぶりだろうか』


「これは彼女を称賛するべきでしょうな。しかし、あれが本気となれば最早勝敗は決したも同然」


『全てはお前の予定通りか?アレイスター』


「私にそのような力はありはしませんよ」


 ロジオンのその言葉に、アレイスターはただ静かに笑うだけであった。



 ◆



 「此処は……何処だ」


 呼吸を乱し、寝汗を掻きながら響夜は目を勢いよく覚ました。僅かに周囲を見渡し、ほっと一息を吐く。

 暫くして、痛む体に鞭を打ち、響夜はゆっくりと身体を起こした――――ように思えた。


「―――――あ?」


 右腕に力を込めて起き上ろうとした瞬間、身体が横へと傾く。柔らかいとは言い難いベッドに身体を沈め、漸く疑問の正体を知る。

 右腕がないのだ。神器であった筈の右腕は、肘上から見事に両断されていた。

武器も無しによくもまぁこう綺麗に切断出来たもんだと傷口を見て素直に感心してしまう。


「この礼は十倍で返してやる」


 ぼそりと呟きながら、響夜は立ち上がる。右腕を失ったことによりバランスが取りにくく歩き辛い。

 よろよろと部屋の扉へ歩いて行く。そうしながらも頭の中では常に別の事を考えていた。

 自身が持ちえる中での最高峰の神器を失った。これは痛すぎる。おまけに右腕もないときたもんだ。

 部屋の扉を開ける。するとそこには部屋の窓から周囲を警戒しているグローリアの姿があった。


「!目が覚めたんですね!」


 部屋に入って来た響夜の姿を見てグローリアは緊張していた顔を綻ばせる。しかし、その笑顔も響夜の右腕を見て暗くなる。


「すみません、お荷物になってしまって…」


「気にしてんじゃねえ。それより、此処は何処だ?」


 手近な場所にあった椅子に座り響夜はグローリアに問い尋ねる。


「旧帝国領です」


「帝国、帝国……ああ」


 グローリアの言葉に思い出したように頷く。その様子をグローリアは何処か不安げに見ている。


「右腕は…その」


「治らねえ。さっきも試したが破壊の脈動ヨルムンガンドも発動しねえ」


「それじゃぁ――――」


「リタイア、何だろうな。これがゲームだったらな」


 しかし、どう考えても響夜が襲われない訳が無い。寧ろ神器の無い今が好機とばかりに響夜を狙いに来るかもしれない。


「上等じゃねえか。俺が神器一つ失ったからって逃げるかよ」


 襲い掛かって来る奴らを全員薙ぎ払って神器を奪い取る。自分の神器が使えない以上これ位しか生き残る手はないだろう。尤も、それが困難なのだがやらなくてはやられるだけだ。


「グローリア、行くぞ」


「ま、まだ動いては―――」


「平気だ。何時までもゆっくりはしてられない」


 それ以上言う必要はない。言外にそう伝え、響夜は家を出る。見渡す限り荒れ果てた大地が続く中、響夜は目的地が既に定まっているのか迷うことなく歩いて行く。その後を必死に追い付くグローリアは響夜が何処に向かっているのか分からず困惑していた。


「ど、何処へ行くおつもりですか!?」


「ミズガルズだ」


 その言葉を聞き、グローリアは言葉を失う。神器を失くしたにも関わらず、敵がいるであろう場所へと向かうのは何故なのか。それがグローリアには理解できなかった。いや、誰も今の響夜を理解する事は出来ないのだろう。


「『視える』んだよ。だから、今は大丈夫だ」


 まるでグローリアの考えている事が分かっているかのように、安心させる様に頭に手を置く。響夜に一体何が視えているのかは分からない。けれど、今は響夜の言う通り大丈夫なのかもしれない。恥ずかしそうに顔を俯かせながら、グローリアは動物的な本能でそれを感じ取った気がした。


「まだ、大丈夫」


 その声は、まるで何かに怯える様であった。


 ◆


 神国エクレールから逃れた人々は、途中で人のいなくなった街を仮拠点としていた。もしまた襲撃があれば速やかに逃げられるよう周囲を警戒する人々は多い。その多くが力のある屈強な男達だ。

 此処まで逃げられた者は神国の人口から考えると多くはない。途中で逸れた者、他の場所へ逃げた者と様々な要因があげられるが、直接的な原因としてはルイス・キャロルによる虐殺によって亡くなった人がほとんどだろう。


「………」


 周囲を注意深く警戒する浩太。その眼の下には大きな隈が出来ている。

 浩太は何処か疲れた様に壁に寄りかかりながら溜息を吐く。ルイス・キャロルの襲撃から、何時また来るのかと気を張り過ぎたのだろう。重い瞼を必死に持ち上げながら浩太は帯刀してある神罰エクレールを見る。

 ノーレンが命を掛けて作った時間は、浩太達が逃げるには十分な物であった。恐らく、ノーレンが戻って来る事はないだろう。分かっていながらも、何処か期待してしまう。笑って戻って来るのではないかと。


「…強くなりたい」


 圧倒的なまでの強さを誇っていたルイス・キャロル。少なくとも、自分が見て来た者達で最も強いだろう。何も出来ず、ただ逃げることしかできなかった。そのことが悔しくて堪らない。

 ただ剣を振り続けようとあの領域に届くのは果たして何百、何千掛かるのか。それを考えるだけで気が滅入りそうになる。


「何をしているのですか?」


 思考の波に飲まれていた浩太は自身に掛けられた声で意識を浮上させる。


「いや、何でもありません」


 浩太の視線の先、そこにはアリシアがいた。不安げな表情のアリシア。その表情には、何時もの微笑みは浮かびはしない。


「大丈夫ですよ!奴等が来ても、俺が何とかします!!」


 そんな彼女を元気付けようと、浩太は無理に笑う。彼女にこんな表情などさせたくはなかった。

 浩太の言葉を聞いて、アリシアはほんの僅かに笑う。例え無理な事だと分かっていても、今は信じたいのだ。彼が奴らを追い払うと。


 ◆


「誰だ貴様!」


 街の門前、そこを警備していたアリアは前からやって来る人物へと剣を向ける。


「此処はまだエクレールからそう遠くはない筈。貴方達は何故まだこんな所にいるのですか?」


 フードを被り顔を見せない人物。声からして女であることは間違いない。

 何処かで聞いた声。そう思いながらアリアはその人物にフードを取る様に命令する。フードの人物は僅かな間をおき、静かにフードを取った。


「ーーーエルザ・アルリッヒゲン」


 静かに漏れたその言葉には隠し通せない困惑が含まれていた。

 何故彼女が此処に?思いつく答えは一つだけだ。しかし、ならば何故此方の警告に応えたのか。彼女ならば今の自分達を仕留める事など容易いだろう。


「少し、聞きたいことがあるのですが」


 エルザの言葉にアリアは意識を戻す。敵でないと決まっているわけではないのだ。警戒しなくてはいけないだろう。


「何だ」


「エクレールへと向かいたいのですがーー」


「止めておけ。彼処にいるのは化け物だ」


 エルザが言い終えるより早く、アリアは静かにそう告げた。その表情は暗くエクレールで何があったのかはエルザには大凡見当がついていた。


「襲われたんですね。やったのは<隻腕>か<暴竜>」


「知っているのか?」


 エルザは小さく頷く。


「中に入れてはくれないでしょうか。話もそこで」


 どうするか。エルザが敵だという保証はない。


「入れる必要はないわ」


 悩むアリアの後ろに、警備の者達を連れた聖女ミーナの姿があった。


「敵かどうかが分からない以上入れる必要はないわ。話すなら此処でも十分だわ」


「………」


 その言葉をアリアは否定しない。ミーナの言っている事は正論だ。敵かもしれない者を中に入れる馬鹿はいないだろう。

 その言葉にエルザは何も答えない。無理だと言うのは最初から分かっていた事だ。ある程度の情報さえ掴めれば問題ない。


「それで構いません」


 頷くエルザを見た二人は、一定の距離を保ちながら言葉を交わす。


「先ずは此方の質問に答えて貰います」


 先手を切ったのはミーナ達。向こうは今のエクレールの情報が欲しい訳ではないだろう。他に何か狙いがある筈。

 対するエルザも特に反対はせず静かに頷いた。


「何故貴方は此処を訪れたのですか」


「今のエクレールの状況を知る為に」


「エクレールを襲った者と貴方は一体どういった関係なのですか?」


「元仲間です。今は敵ですが」


「…貴方は、エクレールが何故襲われたのか知っているのですか?」


「いえ、詳しい事は何も。ただ、あそこには何かがあると聞いただけです」


 そこまで聞き終え、ミーナは軽く首を横に振る。その顔は暗い。


「今度はこちらが聞いても?」


「ええ」


「エクレールを襲った物の風貌は分かりますか?」


「詳しくは分かりませんが、金髪の小さな双子だったらしいです」


「らしい?」


「私達が目撃した訳ではないので」


「…そうですか。では、貴方達はエクレールで何か異常を感じたり、あるいは何が隠されているかを知ってはいませんか?」


「いえ、私は何も」


「……私も、何も」


 エルザは二人の仕草や表情を見て、思案する。出来れば揉め事は控えたいが、今はそう言っている状況でもない。剣の柄に、そっと手が伸びる。


「おや、皆さん。こんな…所で―――ゴホッ、どうしたのですか?」


 背後から聞えた声。エルザは即座に剣を抜き、背後に居る人物へその切先を向ける。


「貴方はてっきり中にいるものだと思いましたが……今迄何を?コルベ」


 もはや敬意などありはしない。何故目の前に居る男がボロボロなのかは知らないが、これはチャンスだろう。

 そんなエルザに対し、現れたコルベは苦しそうな表情を浮かべながら三人へと声を掛ける。


「此処はまだエクレールから、そう遠くありません。早く逃げなくては」


「神父様、無事だったのですね!」


「ええ、九死に一生と言う所で助かりました」


「良かった…」


 ミーナの言葉には隠しきれない安堵が見えていた。アリアもまた、胸を撫で下ろし安堵の息を吐いている。ただ一人、エルザだけは敵意の籠もった視線でコルベを射抜く。


「コルベ、今まで何処で何を?それと、すみませんが、貴方には洗いざらい吐いて貰わなくてはいけません」


 剣を抜き放つエルザに対し、周囲にいた者達が構えをとる。しかし、コルベは片手でそれを制すと、エルザに微笑を向ける。


「一体何の事でしょうか、エルザ。私には貴方が何を言っているのカが理解できません」


「よくそんな事が言えますね。答えぬと言うのならば―――」


 腰を下げ、構えを取る。それを見たコルベは目を細め、微笑を止めた。その眼はエルザを観察し、やがてミーナへと移っていく。


「良いでしょう。ですが、此処ではあまりにも話し辛い。場所を変えましょう。ミーナ、アリア様、浩太君やティミデスを呼んで来て下さい」


 何故二人を呼ぶ必要があるのか。二人は首を傾げながらも、エルザへの警戒を解きはしない。


「彼らも関係のある話なのです。お願いします、二人とも」


 コルベの言葉に渋々と言った様子で警備の者を連れ、二人は走り去る。


「コルベ、貴方は一体何が目的なのですか」


「目的、そう私には目的があった。貴方達に劣ることなどありはしない願いを叶えるという目的が…」


 コルベの声音には悲哀と羨望、後悔の色が強く含まれていた。コルベは胸の辺りで十字を切る。


「彼と戦い、悟りました。所詮、私ごときが叶えるには、それはあまりにも大き過ぎる物だった。恐らく、私では彼には勝てないでしょう」


 彼、それは恐らく響夜の事だろう。だが、エルザが気になったのはそんなことよりも今のコルベであった。普段であれば、彼は一度退いたからと言って勝利を諦める様な男ではなかった。幾重もの罠と力を行使して障害を排除する男であった。そんな男がどうしてこれほどまでに変わったのか。それがエルザは気になっていた。


「コルベ、一体何が貴方を―――」


「貴方も分かっている筈です。私達が勝利する上で最大の壁となる存在を」


 決して手の届かない、遥か高みから見下ろしている男。確かに、それは最大の壁だろう。しかし、そこまで上り詰めたと言う事は対等に戦う力があると言う事だ。


「あの少年と戦い、理解しました。彼は間違いなくあの方と並び立つでしょう」


 それは他全てが彼の前に倒れると言う事。


「コルベ、それは幾ら私とは言え―――」


「話は中断です。戻ってきました」


 コルベに言われ、エルザもコルベの視線の先へ顔を向ける。しかし、その顔は納得し切れないという思いが浮かんでいる。


「皆さん良く来てくれました」


 穏やかな笑みを浮かべ全員の顔を見渡すコルベ。その笑顔を見て浩太達は安堵の息を吐く。


「無事で良かったです。今まで一体何処に居たのですか?それにその傷は?」


「ティミデス、そう一度に質問されては私も困ってしまいます。順を追って説明しましょう」


 そう言うとコルベは浩太達を連れその場から離れる。やがて先程の場所から大分離れ、誰もいないことを確認すると、全員に今までのことを語った。


「あの日、金髪の二人組がエクレールを襲撃した時、私は教会の瓦礫の下に埋もれていました。必死に瓦礫を退かし、漸く外に出た時、周囲は全て瓦礫の山に変わっていました。

 その後私は傷だらけの身体を引き摺りながら、何とか身を隠せる場所を発見し、動けるようになるまでじっとしていたのです。

皆さんにはご迷惑をおかけしました」


 その言葉を聞き、一同は一応の納得を見せる。そんな中、浩太は僅かな希望を抱きながらコルベへと問い掛ける。


「神父さん、その…聖王と、ノーレンさんは……」


 浩太の言葉にコルベは静かに首を横に振る。その答えに、浩太は俯きながら、静かに「ありがとうございます」と答えた。


「―――コルベ、それで貴方が話したい事とは?」


 皆が話し辛くなった中、エルザはコルベに場の雰囲気を少しでも変えるよう話し掛ける。その言葉にアリアがエルザを睨むが特に何かを言う事はなかった。


「…分かりました。話、ではなく実は頼みなのですが…」


 そこで一度言葉を区切ると、コルベは浩太、アリア、ティミデス、ミーナの四人を見渡す。


「貴方達には…辛く、苦しいことです。それ相応の覚悟が―――命を賭けるだけの覚悟が貴方達にはありますか?」


 命を賭けるだけの覚悟が必要になるとは、一体コルベの頼みとは何なのか。四人は怪訝そうな顔をし、当然その頼みとは何なのかをコルベに聞いた。


「…神父様、一体私達に何を―――」


「私はエクレールを襲った者達を倒す手段を知っています。これはエクレールの民達、いえ、犠牲になった人々の仇討です」


 ミーナの言葉を遮る様に告げたコルベはその言葉を聞いた四人の様子を窺う。四人の表情を様々であったが、全員に共通しているのは疑問というものであった。

 何故、目の前に居る神父はそんな事を知っているのか。


「貴方達がそのような表情になるのも仕方が無いでしょう。

何故エクレールが襲われたのか、そこには明確な理由があるのです。

 それはエクレールという国が出来た理由にあります。エクレールは秩序を保つ役割を持ってできた国なのです。しかし、それは強力な力を持つ兵器を持って作りだす秩序でした。圧倒的力を持つその兵器の悪用を恐れたエクレール初代国王は、それを二分し、別れた二つの内の一方を国の地下深くに封印しました」


「な、何故そのようなことを貴方は知っているのですか…?」


 ティミデスの言葉は尤もだろう神父の容姿を見る限りどう考えてもその時代を生きていたとは思えない。もし彼が人間でないなら人間至上主義のエクレールにおいて今迄無事に過ごせていた訳が無い。

では、何故知っているのか。少なくとも同じ組織にいたエルザはその答えに辿り着く事はそう造作もない。その時からコルベは変わらぬ容姿のまま生きていたからだろう。しかし、どうしてそれほど詳しく知っているのかまでは彼女でも分かりはしなかった。


「…これ以上を聞くと言うならば、それは覚悟を決めたと判断します」


 そう言葉を発したコルベの雰囲気は先程とは打って変わり、まるで氷のように冷たく、無機質なものの様に感じられた。そして四人は全身を恐怖という存在が撫でまわしているかのような、酷く不気味な感覚に襲われた。


「………うに……ですか?」


「?」


 小さく、僅かに掠れた声。コルベとエルザはその言葉を発した人物へと顔を向ける。


「本当に……皆の仇を、討つ事が出来るんですか?」


 その言葉はコルベが発する雰囲気によって震えている。しかし、その瞳には何か力強さがあった。


「ええ」


 迷いなく頷くコルベ。浩太はそんなコルベを見て、瞼を閉じる。数秒の間をおき、浩太は瞼を開き頭を下げた。


「神父さん、俺にその方法を教えてください!」


「分かりました。ですが、危険を伴う、命を落とす可能性があるということを決して忘れないで下さい。弱音を吐くことすら、許されはしません」


「はい!」


 頭を下げる浩太にそう言って、コルベは他の者を見る。


「私も…父様やノーレン、城の皆、そして民の仇を討ちたい。コルベ神父、私にもその方法を教えてください」


「私は…お嬢様を護りたい。そして、私も皆様の…無念を晴らしたい」


「……はあ、皆さん肩に力が入り過ぎです。私も皆さんが心配ですし、親を失ってい泣いている子供たちの仇を討ちたいですし、勇者が頼りないですし…私にもその方法を教えてください」


「え、俺そんなに頼りないですか!?…い、いえ、頼りないですけど……そんなハッキリと言わなくても…」


「そう言うミーナ様も、肩に力が入り過ぎですよ」


 四人のそのやりとりを見て、コルベは虚を突かれた様にポカンとし、そして羨望の眼差しを向けた。


「若い、というのは良い事ですね」


「私達が老いたように言わないでください」


「ハハハ、すみません。

 エルザ、分かりますか。あれが私達に足りない物です。どれ程力を持っていようと、叶わぬ願いの為に人である事を止めた私達には、もう戻って気はしないものですよ」


 あれには勝てる気がしません。

 そう言ってコルベは静かに笑う。


「貴方なら分かるでしょう。貴方が彼といた時、貴方はどう感じましたか?貴方も、同じではありませんでしたか?」


「…………」


 エルザはただ無言のまま、四人を見る。命を落とすかもしれない方法なのに、今の彼らは笑っている。恐怖を感じて等いない訳が無いのに。


「…エルザ、どうかお願いします。私達・・に力を貸して下さい」


 そう言ってコルベは頭を下げた。そのことにエルザは驚き、戸惑う。


「私が貴方にしてあげられることはありません。ですが、お願いします。力を…貸して下さい」


「私達…というのはどういうことですか?」


 エルザの質問。その問いにコルベは素直に話す。今迄であれば、この言葉も嘘かも知れないと考えただろう。しかし、先程の笑みを見ては今彼が話している事は嘘とは思えなかった。


「…そうですか」


 そしてコルベの言葉を聞いたエルザは静かに呟き


「少しだけ考えさせて下さい」


 それだけ答えた。しかし、その言葉にコルベは安堵の表情を浮かべ、もう一度頭を下げた。


「ありがとうございます、エルザ。

 皆さん、今直ぐ此処を離れたいところですが、何も言わずに消える訳にもいかないでしょう。今日の内に今の拠点に居る皆さんに事情を話し、出発は明朝にしましょう」


 先程とは違う、何時も通りの柔和な笑みを浮かべてコルベはそう告げた。


 ◆


「…そうですか」


 浩太からコルベとの会話の内容を―――重要な部分は省いたが―――聞いたアリシアは不安そうな表情をする。そんな彼女を安心させようと浩太は笑った。


「大丈夫ですよ、アリシア様。俺は無事に帰ってきますから心配しないで下さい!」


 その笑顔を見て、アリシアは僅かに笑み浮かべる。しかし、その笑みは直ぐに代わり頬を膨らませ抗議を示す目になった。


「浩太さん!二人の時は様付けは止めてください!」


「ああ、…えっと、ごめん。つい癖で」


 頬を膨らませる彼女に慌てて謝罪する浩太。そんな彼の様子を見てアリシアはクスリと笑った。


「次からは気を付けてくださいね」


 再び笑顔を見せた彼女に、浩太は胸を撫で下ろした。


「―――浩太さん」


「ん?」


 アリシアからの呼び声に浩太は顔を向ける。そしてアリシアの表情を見た瞬間、浩太は僅かに動揺した。


「…本当に、大丈夫なんですよね?」


 本当に不安そうに、怯える様な彼女の表情から放たれた言葉に浩太は言葉が詰まった。その言葉はまるで縋る様なもので、彼女が本当に自分のことを心配しているのだと言う事が伝わって来た。


「不安なんです。皆がいなくなってしまうのが…。まるで私だけを置いて行ってしまうみたいで、もう会えなくなるんじゃないかって…」


 恐怖からか、今にも泣きそうなアリシア。


「アリシア」


 そんな彼女の手を握り、浩太は彼女の名を呼んだ。握っている彼女の手は、小さく震えていた。


「大丈夫だよ。俺達がアリシアを置いて行く訳ないだろ」


「浩太さん…」


「アリシアにはそんな顔は似合わないよ。笑ってる方がずっと可愛いし、俺はそんな君が好きだよ」


「……ありがとう、ございます」


 少しずつ震えが止まり、彼女の表情も先程より柔らかくなっていく。やがて、彼女は柔らかく笑い、その頬を赤くする。


「?」


「え、ええと…そんな、か、かわいいなんて……」


 その言葉に浩太も自分の言った事を思い出しその頬を赤くする。


「私…その、ほ、本当に…か、可愛いですか?」


「あ~、いや、その……」


 浩太は頬を軽く掻きながらアリシアをちらりと見る。


「か、可愛いよ」


 その言葉に互いの顔が更に赤くなっていく。


 ◆


「浩太君、もう少しです!男なら此処は一気に―――」


 二人の会話を外で聞きながら、神父は熱が入った様子で拳を握る。


「盗み聞きとは野暮なことを……それでも貴方は神父ですか?」


 そんな神父を見て呆れたながら、エルザが声をかけた。


「おや、失礼ですね。私はまだまだ若い御二方を陰ながら応援しているだけです!」


 これだけは譲れないとばかりに声を押さえながらも叫ぶコルベ。そんなコルベに、エルザは頭を抱えたくなる衝動に駆られる。何故この組織はこんなにも内面に問題があるのかと。


「それが野暮だと言うのです」


 面倒臭いと言う雰囲気を醸し出しながらエルザは告げる。


「ぞんざいな態度ですねえ。まあそれにとやかく言う気はありませんが…。それで何の用ですか?」


「協力するという件についてです」


 その言葉にコルベの目つきが変わる。


「私も一人で勝てるとは思っていません。その話しに乗るのは良いでしょう。ですが、先ずは話しを聞いてからです。貴方は私に一体何をさせようと言うのですか?」


「…貴方にはある人物と存在を護ってもらいたいのです」


「ある人物と存在、ですか?」


「ええ、私達の計画はエクレールの兵器とその二つの存在があって初めて成立するのです。どれか一つでも欠ければこの計画は頓挫します。しかし、これが成功すれば…我々の陣営の誰かが生き残れば…勝機は見える。

 貴方に護ってもらいたいのは水神の巫女と千年桜です」


「…私達、と言いましたね。もしや貴方とこの計画を練った者は……」


「無論、伏羲ですよ。でなければこれ程大きな計画は立てられません」


 伏羲の言っていた案はこれだったのか…?

 頭を巡らせるエルザの沈黙にコルベは口を開く。


「返事は要りません。もし、貴方が手伝ってくれると言うのならば、彼女の下へ向かって下さい」


 それだけ言ってコルベはその場を去ろうとする。


「待って下さい」


 そんな彼を引きとめたエルザは、先程から気になっていた事を口にする。


「彼は―――伏羲はどうなりましたか」


 その言葉への返答は、実に簡単な物であった。


「殺されました。この計画には、彼の死も含まれていますので」


 それだけ言ってコルベは今度こそその場を去る。

 一人その場に残されたエルザは、瞳を閉じ、静かに黙禱した。


何か主人公が変わってしまった気分です。

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