死神は嗤う、仮面を付けてⅡ
第三の眼…元は師である翁の眼球。基本的に戦闘面では使いにくいが伏羲は自身の術のサポート役として有用している。また戦闘面では圧倒的火力が主となる。
帝国。その城の一室に小夜と響夜はいた。
「・・・・そういうことですか。分かりましたわ兄様」
「ああ、よろしく頼むぞ」
「兄様」
「・・・どうした?」
小夜にしては珍しく弱々しい声。響夜は小夜の瞳を見つめる。
「兄様、兄様は――――――マオを殺すことが出来ますか?」
「・・・どうしたんだ?小夜お前にしてはそんなことを言うなんて珍しいな?」
「答えてください!私は、それが知りたいのです!!」
「・・・・・・・そうだな、あいつが変わっちまったら、俺は容赦なく殺す」
決意の籠もった瞳。それを見た小夜は小さく俯き
「ありがとうございます」
それだけ言った。響夜はその様子の小夜を一瞥すると部屋を去る。
「此処にいたか死神」
部屋の扉を閉めると同時に聞えた声に響夜は眉間に皺を寄せた。
「何の用だバトラー」
「お嬢様からの言伝だ」
「あ?アメルダの奴が何の用だ」
響夜の口調にバトラーは僅かな不快感を覚えるがそれを表情には一切出さずバトラーは用件だけを伝える。
「赤の国に少々不穏な動きがある」
「――――――――へえ」
その言葉に響夜は嗤う。それは悪鬼の如き嗤い。バトラーはそれに嫌な気配を感じつつ先程出てきた部屋を見る。
「貴様の妹。信用できるのか?」
「信じろよ。じゃねえと始まんねえよ」
「心配してんじゃねえ。俺がこっちに着く限りは言うことは聞く」
その言葉は果たして信用できるのか。響夜自身を信用していないバトラーは自らの主の安否を考えてばかりだ。今でこそアメルダから手を出すなと言われてるがそれが無ければ即座にその首を圧し折ろうとするだろう。何時かこいつは絶対に災いを招く。バトラーの考えはそれけだった。
「・・・で、それだけかよ。なら俺は行かせてもらうぞ」
響夜が背中を見せた瞬間バトラーから殺気が溢れるがそれだけ、いうなれば威嚇の様なものだろう。それに対し響夜はわざと隙を見せつける。やれるものならやってみろ、と。
「ウサ公」
響夜は自身の影からウサ公を呼び出す。
「お前に少し頼みたいことがある」
その言葉にウサ公は首を傾げた。
◆
「ではそれでよろしいのですね?」
「ああ、我に任せろ」
会合。今この場には魔王軍を含めた連合国の首脳が揃っていた。
「では同行は・・」
「それは我が国から選抜しよう」
そう言ったのは聖王。
「・・・・分かりました。では同行人はエクレールから」
「他、何かありましょうか?」
その言葉に反応する者はいない。
「でしたらこれにて会合は終わりにしたいと思います。各国自らの役割を最大限に発揮していただくようお願いします」
その言葉を持って会合は幕引きとなった。
「魔王」
「む、聖王か。何の用だ?」
「帝国にいるあの者のことだが」
その言葉にマオは眉を顰める。
「・・・・それがどうした?」
「何、私はお前ほど生きてもいない。私よりお前の方が多くのことを知っているだろう」
その言葉にマオは了見を得ず苛立ちが募る。
「何を言いたい」
「――――――お前に鳴神響夜が殺せるのか?」
その言葉がマオの胸を抉る。辛うじて動揺は隠せたが聖王の言葉は続く。
「王とは民を導き貴ぶものだ。王の一言で民は幸せにも不幸にもなる。魔王、お前は民という物を背負っていることを忘れるなよ」
それだけ言うと聖王は歩いて行く。その背中がマオには大きく見えた。
「・・・・・分かっている、分かっているさ」
その背中を見ながらマオは自分に言い聞かせるように呟いていた。
◆
「ん~・・・!おいーっす鳴神。随分楽しそうな顔をしてるねえ」
「あ?何だ獣女か」
「おいおいおい、人様に失礼じゃないかい?アタシにも名前ってのがあるんだよ?」
「うるせえ、大体テメェは獣人だろうが」
「気にしない気にしない」
そう言っている女の後ろにはパタパタと揺れる犬の尻尾。耳こそ隠しているが興奮を抑えきれていないらしい。
「面白い奴でもいたか?」
「勿論。思ったより楽しめたよ」
「・・・・そうか。それより約束忘れんじゃねえぞ」
その言葉に苦笑しながらレナは誇らしげに言う。
「分かってる。アタシは約束は守る女だからね」
「期待してるよ」
それだけ言うと響夜は会話を打ち切り城の奥へと消えて行く。
「精々死なないようにね―!!」
後ろ姿にそれだけ言うとレナもまた響夜とは反対の通路へと消えて行った。
「誰が死ぬか」
その言葉に対し響夜はぽつりと小さく呟いた。
◆
「お、お久しぶり・・です・・・」
「よう、久しぶりだな」
「我々が今回同行する者達となります。よろしくお願いします」
マオ達の前にいるのは浩太、ノーレン、アリアの三人。残りのメンバーは恐らく他の部隊に囮兼包囲網として組み込まれているのだろう。
「此方も今回共に行く者は我、ハク、ゼクスじゃ」
「合計六人ですか。失礼ですがこの人数で大丈夫でしょうか?」
その言葉にマオは不遜な顔を見せる。
「問題なかろう。今回は少数精鋭が望ましい。それより何か?お主らは腕に問題があると?」
「いえ、そう言う訳ではありません」
マオの言葉に断言するアリア。それを聞いてマオは笑う。
「期待しているぞ?」
「ええ、期待して下さい」
そんな二人の会話に横から口を挟むノーレン。
「おい、んなことよりあの小僧何処にいんだ?」
「っ――――――・・・・それは」
「よい、我が言うべきじゃろう」
言葉に詰まるアリアにマオは手を向けるとノーレンに顔を向ける。
「奴は我等を裏切り帝国側に着いた」
「―――――!?」
「・・・・・・へえ」
その言葉に浩太は驚愕し、ノーレンはそんなもんかと特に興味を示さない。
「あいつが裏切るねえ。それで?アンタがけじめつけるのか?」
「無論、それが我の役目じゃからな?」
マオはきっぱりと言う。
「んなこと言って見逃すんじゃねえの?」
「くどいぞ。響夜にはそれ相応の処罰を下す」
裏切り行為。それに対する処罰などどの国であってもほぼ一つしかないだろう。
「処刑、か」
想像してしまったのだろう。浩太の顔は青ざめている。長らくこの世界にいても仲間が仲間を処刑。それも愛する人を自らの手で殺す等彼にとっては悪夢でしかないだろう。
「ま、いいや。んじゃ時間になったら呼んでくれ」
その様子を城の窓から眺める一人の少年、の姿をした年寄り。
「・・・・伏羲、貴様本当に何も吹き込んでいないな?」
『疑い深すぎるぞ。私もこれまで連絡を取る手段など無かったのだ。式神が発見しようとも直ぐ消えてしまってな』
「・・・・ハア、困ったもんじゃ」
『さてさて、何を掴んだのか予想は付くが・・・』
「む?一体何のことじゃ?」
『――――――姫君、のことだろう。あれがなくては何も始まらん』
「それは・・・・・」
また厄介なことを。その言葉は翁の内へ消えて行く。
『とにかく、今は心配ないが気を付けろよ?鍵がそこにある以上―――――』
「分かっておる。餓鬼が心配するな」
『こんな時だけ餓鬼扱いするでないわ」
「くくく・・・」
その言葉に翁口から自然と笑いが漏れる。
「何にしても、そうなると自身の力試しに――――」
『姫君が覚醒しているのかどうか、または覚醒の前兆が見られるか、と言った所だろう』
「家族思いとはよく言ったものだ」
自身を悪にしてまでやるとは・・・。翁は呆れるべきか感心するべきか悩む。
『そうしなければ本気で戦おう等とは思うまい。尤も、黄金に勝つ為には一時とは言え犠牲にしなければいかんが。馬鹿弟子も苦渋の決断だっただろう。護る為には護る者を犠牲にしなければいかんなど』
「全くだな」
響夜のその時の顔が容易に想像できる。翁も苦い顔のままだ。
『此方も少々やることがある。そろそろ切るぞ』
「む、そうか、悪かったな」
翁は伏羲との会話を終えると溜息を吐く。
「まったく、難儀なものだ」
自身の力の無さを悔みながら翁は先程まで読んでいた本を一瞥する。
「・・・・さて、儂も、そろそろか」
再び窓に視界を移せばマオ達が出発しようとしている。そしてその後ろにいるのはガルドス率いる部隊。
「翁!そろそろ魔王様が出発すると!」
「窓の外を見たから分かっておる。主は自分の持ち場に戻るか、マオの見送りでもして来るといい」
そう言って出て行こうとする一人の兵士に翁は声を掛ける。
「ああ、それと。
「・・・?何でしょうか?」
「儂の部屋には当分誰も入れるな。マオが帰って来たら教えろ」
「ハッ!」
部屋から出て行く兵士を見送り翁は再び溜息を吐く。
「そろそろ出てきたらどうだ化け物」
「おや、化け物に化け物扱いとは・・・」
そう言って出てきたのは全身を黒いボロ布で覆う男。
「・・・・貴様は」
「ああ、覚えてなどいる訳がないか。それが当り前だろう」
男はそう言うと深く一礼する。
「初めまして、と言った方がいいだろうか。クラウン序列十三位アレイスター・クロウリーだ。第三の眼」
その言葉に翁の身体に緊張が走る。頭に被っていたフードを取るアレイスター。そこで漸く見た顔。そこには不気味なまでの微笑が張り付いている。だというのに大凡感情など見られない、これなら蛙の方が余程感情を窺えるのかもしれない。
「何故、それを知っている」
翁の記憶が正しければそれを知っているのは伏羲只一人だ。響夜なら伏羲から聞いたで済ませられるがあの男がこんな奴に教えることなど無いだろう。
「愚問。君は知らなくとも私はよく知っている。何せ・・・」
「―――――――なのだから」
その言葉は自身の耳を疑う程の衝撃を与えた。
「君だけでない、―――――も――――も全てそうだ」
「貴様は、一体何なんだ!!」
その言葉にアレイスターは微笑のまま答える。
「Τὸ Μεγα Θηρίον(大いなる獣)などと私を呼ぶものもいたが・・・」
「強いて言うならば、『全にして一、一にして全なる者』だ」
そう言いながらアレイスターは自嘲の笑みを浮かべる。
「少々お喋りが過ぎたか・・・。何分他人と話すことなどあまりなくてね。どうか許して欲しい」
アレイスターから流れ出すナニか。見たことも感じたこともない何かが二人を覆う。
「ああ、私が此処に来た理由を知りたいのだったか。それならば簡単だ」
相も変わらず不気味な微笑のアレイスター。翁は全身に魔力を張り巡らせる。
「舞台を汚す輩は排除すべきだとは思わないかね?」
瞬間、翁の腕が弾け飛ぶ。
「―――――!?」
次いで全身を貫く光線。全身を焼かれる痛みに襲われるが気が付けば既に両足は無い。
「無駄に頑丈だな」
見た所彼自身が動いている訳ではない。彼にとってこんなことは歩くより余程楽なのだろう。
「・・・・っくゥ!!」
全魔力を注いでの世界の構築。元々適合していない属性の為かそれとも怪我の為か、あるいはその両方か、とにかくその世界は歪だった。
「・・・・・・」
全方位から眼が此方を見ていると言う見る物によっては発狂するかのような世界。それを見たアレイスターの感想は只一つ。
「―――――まこと滑稽」
残り僅かな命を振り絞って行う魔法がハリボテの世界。仲間を巻き込まない為、という考えを持っている時点で自分には勝てないだろう。
「それで、わざわざこの様な世界に招いたのだ。それなりの用意はあるのだろう?」
その言葉に翁は苦笑いをする。その返答は即座に返って来た。
――――――ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!
無数の眼から降り注ぐ光線。だがその攻撃もアレイスターに触れる一歩前で見えない何かに防がれる。
「づォアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!!」
全力を込めた攻撃。だがそれでも突破することは出来ない。
「それではその気概に応え一つ私の魔術を見せよう」
アレイスターが方手を指揮棒でも持っているかのように振るう。たったそれだけ、それだけで―――――大質量の隕石が降り注ぐ。
「気を付けるといい。一つ一つが君の眼を越えた威力を持っている」
翁は即座に迫りくる隕石群を破壊しようとする。それが例えアレイスターに隙を見せることになろうとも生き残る確率を上げるにはこれしかない。
だが隕石群の数は消える様子さえ見せない。それどころかその数を増しているようにも思える。
やがて限界が訪れる。隕石群の内一つが光線を突破し翁へと落ちてきたのだ。それを魔法で躱そうとするが土台無理な話。翁は直撃こそしなかったが衝撃で全身をボロボロにされながら吹き飛ばされる。
そしてその直ぐ傍に立つアレイスター。彼の周囲には黒い泥の様にも霧の様にも見える何かがいる。
「では、出番の終わった役者は早々に舞台から降りるといい」
「――――――――っぐ、く・・・そ・・・・!!」
その言葉と同時にナニかが翁を包み込んだ。それと同時に翁の世界は崩壊する。
「・・・・・ああ、漸くだ。待ちくたびれてしまったよ黄昏の破壊者。これ以上私達を退屈になどさせてくれるなよ」
もうすぐ見える光景に彼は只静かに笑っていた。
◆
「――――――――――――!」
自らの神器に違和感を感じ伏羲は立ち止まる。
「・・・・・・馬鹿師匠が、潜り過ぎるなと、言っただろうに・・・!!!」
彼が初めて見せる悲哀の表情。その言葉が向けられる人物は既にいなくなってしまったことを彼は悟っていた。
「水神様、どうなさいましたか?」
「・・・いや、何でもない。桃子、我々も急ぎ準備をするぞ」
それを誤魔化す様に彼は決意を込めた口調で言う。彼女も伏羲に何かあったことには気付いているのだろう。だが、それを指摘しようとは考えない。今の彼の表情を見ては聞こうとは思えないだろう。
「―――――はい!」
桃子はそれに応える様に返事をすると先に準備をしに走っていく。彼女なりの気遣いなのかもしれない。自身が使える巫女に申し訳ないと思いながらも伏羲はそれに感謝する。
「・・・・無駄死に等にはせんからな」
頬を伝うモノを拭い伏羲は桃子の下へと向かった。
◆
「もうそろそろ、此方へ向かって来ているかしら」
「・・・・」
アメルダの言葉に響夜は無言のまま立っている。いや、そもそも彼女は返答を求めてなどいないだろう。
「貴方達、期待しているわよ?」
その言葉に皆無言の圧力を持って応える。今ほど心躍ったことは無い。もうすぐ夢が実現するかもしれないのだ。
「もうすぐ、もうすぐよ・・・」
まるで恋した乙女の様な表情で呟くアメルダ。死神はその様子をただじっと見つめているだけだった。
感想、批判、意見、評価などがありましたらお願いします。
さようなら翁。
というわけで翁VSアレイスターでした。無茶な勝負ですよね第二章でも隕石破壊するのに大分掛ってたのに無数に降らせるとか・・・。
火事場根性でもやはり限界。翁ではアレイスターにはどうやっても勝てません。
そして伏羲の人間らしい(?)一面。意外と恩に報いる人ですし師のことは慕っていました。
死んだのが分かったのは第三の眼が翁の一部であるから。