赤い夜に異変は起きる
「っく!」
「ほれ、どうした響夜。私はそこではないぞ?」
振り抜いた刀による一撃。しかしそこにいた筈の伏羲は瞬間移動でもしたかのように魔逆の方向で笑っている。そして目の前にまで迫っている式神の拳。
「―――――ッラァ!!」
脚に魔力を込めその一撃を防御し踏み止まる。右腕が神器でなかったら恐らくは圧し折れていただろう。響夜は式神の腕を弾き刀を鎧の隙間に差し込み動きを阻害する。結果、刀身が折られるまでの僅か数秒で背後に回り込み右腕を振るう。
「オオオォ―――――!!」
右腕から溢れだした魔力が青白い燐光を放つ。その瞬間、右腕の脈動が大きくなったかと思えば右腕にそれ以上の変化はなかった。
「・・・失敗か」
それを見ながら伏羲が呟く。吹き飛ばされた式神も立ち上がり傍で控える。
「今回はこれで終わりだ。午後からは護衛に戻れ」
「・・・はいよ」
変化が起きないことに僅かな苛立ちを募らせながらも響夜は返事をする。
この修行を始め既に二週間が経とうとしていた。
◆
「・・・・・くっそ」
苛立ちを押さえる様に響夜は懐から煙草を取りだす。一服し未だ僅かな苛立ちこそあるものの頭を働かせる。
「(・・あの時の感覚、くそ、思い出せねえ。あの時俺は何を思った・・・?)」
通りへと出て桃子の屋敷へと向かっていると向こう側から歩いてきた通行人とぶつかる。どうやら向こうも響夜と同じく考え事をしていたらしい。
「んあ、悪いな」
相手はフードを深く被り顔は窺えない。向こうも同じく響夜へと顔を向けようとし、固まった。だがその視線は響夜の顔へと注がれているのが分かる。
「――――――」
「・・・あ~・・俺の顔に何かついてるか?」
相手の行動にどう反応すればよいのか分からず響夜は頬を掻く。向こうも突然の奇行に申し訳なさそうに頭を下げると横を通り過ぎ去っていく。
「・・・・・・俺なんもやってねえよな?」
先程の奇行に首を傾げながらとりあえず響夜も目的地である桃子の屋敷へと足を運ぶ。
「・・・・・・・あ?」
とした瞬間肩を掴まれる。誰かと思えばそこにいるのは伏羲の式神。止められた理由が分からないながらも響夜が式神の方を向くと手を差し出される。見ればその手には一通の手紙が持たされていた。
「何だこりゃ・・・?」
宛先、を確認しようにも名前が書かれていない。響夜は手紙を開封するとそこに書かれているのはマオ達からのものであった。
「・・・・・面倒臭ぇ」
内容はエクレールに関する物であった。まだ時期は決まっていないらしいがその時になった再び手紙を送るらしが響夜にとっては面倒臭い物に変わりない。
「ありがとよ・・・」
それだけ言うと響夜は式神にそれだけ言うと今度こそ桃子の屋敷へと向かった。
◆
「鳴神様、今日は何をするのですか?」
「言っておきますが外には出ませんよ」
その言葉に一目でわかる程がっかりとした残念そうな表情をする。その様子に響夜は溜息を吐く。つい先日に外出したことも依頼主からぐちぐちと言われ辟易しているのだ。せめて間をおいてから外出させなくては響夜がギブアップするだろう。
「幾つか聞いておきたいことがあるのですが・・」
「はい、何でしょうか?」
「何か狙われる理由に心当たりは?」
「・・・・・いえ、特には何も」
僅かに考える仕草をして桃子は首を横に振る。
「では、ここ最近何か変わったことは?」
「何か、ですか・・・?」
「ええ、何でも良いです。御自身のことでも御両親のことでも、はたまた御友人、噂でも構いません」
その言葉に桃子は再び考え込み、やがて何か思い当たることがあったのか桃子は顔を上げた。
「そういえば、最近女中達の間で妙な噂が・・・」
「・・・・・」
「外でも噂になってるそうですが・・・最近奇妙な人達を見るそうです」
「奇妙?」
「ええ、ここ最近人がよく消えるそうなんです。ですが数日するとひょっこりと帰ってくるそうなんですが・・・」
「皆、やけに顔が青かったりまるで枯木のように体が細くなったりしてるんです」
「・・・・ふむ、ですがそれだとただ衰弱した、という風には捉えられないですか?」
「ええ、でも奇妙なのはそれからなんです。皆食事や休養をしてもそのままだし、夜になると街を徘徊する姿を見かけるとか・・・」
「ちなみにその噂の出所というのは?」
「・・・分かりません。女中達も人伝に聞いたと言うので・・・」
「そうですか・・。他には?」
「いえ、それだけです」
響夜は腕を組み考え込む。出所というのは警備の人間なのかもしれないが犯人という恐れもある。ただ、噂を流しても犯人には何にもならないだろう。
暫く思考に耽っているがこいのまま考えていても仕方がないと響夜は立ち上がる。
「暫くは外には出ないようにしましょう。警備の人間にも注意するよう呼び掛けておきます」
外出禁止という言葉にがくりと肩を落とす桃子。それを横目に響夜は一度部屋を出る。一応結界と呪の魔法で部屋からでることも出来ないようにしたから問題も無いだろう。ただ呪い(まじない)の様な物の為それより強力な洗脳攻撃をされてしまえば仕方のないことなのだが・・・。
「・・む、すみません。警備の方はどちらでしょうか」
近くにいた女中に場所を聞きながら響夜は歩みを進める。女中達から聞いた場所へと出るとそこには何人かの警備員の姿。警備員は響夜を見るとさり気無く軍服に付いている階級証―――――といっても響夜自身は階級がどれほどなのかなど知りはしないが―――――を見て姿勢を正す。
「どのような御用件でしょうか?」
「いえ、少し物騒になってきているので、夜の警備の強化について少し・・」
「物騒な噂、ですか?」
「ええ、何でも誰かが徘徊しているとか・・」
その言葉に警備員は笑う。
「ははは、そういえばそんな噂がありましたね。ですが、今の所何か問題が起きたと言う話は聞きません。そもそもそんな確証の無い物を信じるなんて・・・」
「ええ、確かにそんな話は聞いていません。ですが・・」
「強力な何者かによる洗脳、魔物の寄生など考えられることは幾らでもあります。ましてや強力な力を持つ魔物ならば知能も高い。油断していれば気付いた時にはもう手遅れでしょう」
笑っていた警備員に覇気を込めて響夜は言う。その言葉に警備員達も僅かに委縮し、素直に頷いた。
「それではよろしくお願いします」
笑顔でそれだけ言うと響夜は桃子の下へと歩き去った。
◆
「では桃子様、私は此処を離れますが決して部屋を出ないよう・・。ウサ公も、出さないようにな」
桃子とその膝の上にいるウサ公にそれだけ言うと響夜は部屋を出る。注意しても今の桃子なら部屋へ出たいという思いから抜け出して来るかもしれない。それを考え響夜はウサ公を傍に置き桃子に幾つかの札を与えた。
「尤も、出てくれないのが一番いいんだがな」
警備にも話を通しなるべく逃がさないようにはしている。まあ、巫女なのだからそれなりに強力な力を持っているのだろうが。
響夜は何時でも戦えるよう周囲を警戒する。
「・・ひいふう、みい・・・・十八か」
十八、それが響夜の感じた気配。既に聞いている警備員の数を引いてこれなのだ。既に深夜のこの時間にこれ程の人がいるなど奇妙で仕方がない。
「こりゃ、マジで何かいるかもな」
響夜は一番近かった気配へと歩を進める。曲がり角を曲がるとそこにいたのは中年の男性。
「・・・・・この時間になにしてるんだ――――――ッ!」
話しかけようと近付いた瞬間、男性が振り向き襲い掛かって来たのだ。響夜は半歩後ろに退き男性の足を蹴り転ばせる。
だが、男性はまるで何かに縋る様に這い蹲った状態で響夜へと手を伸ばし掴もうとしてくる。常人が見れば恐怖にでも襲われているだろう。
「っち!」
響夜はその手を蹴り飛ばすと通りへと出る。探ってみれば感じる気配は先程よりも多くなっている。
『夜になると街を徘徊する姿を見かけるとか・・・』
桃子の言っていた言葉を思い出し響夜は舌打ちをする。通りにも多くの人影があるがそのどれもがまるで亡者の様にふらふらと覚束無い足取りだ。体格も性別も年齢もばらばら、ただ今その全員に共通することは、全員が響夜へと向かって来ていることだ。
「・・・・・気味が悪いな」
下手な魔物の群れよりも気味が悪い。まるで全員がゾンビの様だ。見れば中には警備の者のすがたもある。
「中にも侵入なんてされてねえよな・・・」
異変は続いて行く。次は空が。先程までは青白く光っているだけであった月がまるで地の様に赤く変わる。そしてそれと同時に亡者の群れにも異変が起きた。死んだ眼は赤く光をともし口元からは涎が零れている。なにより亡者の背後、そこに見えたのは
「魔物・・・」
離れていても分かる腐乱臭。そして人とも獣とも思えない名状し難い姿。響夜の記憶通りならそれは・・・。
「食屍鬼か・・」
そしてその食屍鬼も亡者たち同様に目を赤く滾らせている。
「人間ももう手遅れか・・」
そう呟きながら武器を構えると背後から数名の警備員がやって来る。
「おい、そこのあんた!こりゃなんだ!?」
「敵だ!食屍鬼と人間だが恐らく人間はもうゾンビだろう・・」
問い尋ねて来る警備員にそう言い響夜は目の前にいる敵を見据える。警備員達は二人が仲間を呼びに行くとどんどん群がって来る魔物達と相対する。
「くそっ!」
周囲に味方と民家がある状況ではあまり強力な技は使えない。響夜は刀を創り出すと一体のゾンビの首を切り落とす。そして続けざまに二体、三体とその首を刎ね飛ばす。襲い掛かって来たゾンビの口を右腕で塞ぎ切れ味の落ちた刀を喉元に突き刺し懐からデザートイーグルとグロックを取りだす。
「死ね!」
既に道を埋め尽くす程の数のゾンビがいるのだどこに狙いを付けようとも当たるだろう。響夜は躊躇なくその引金を引く。久々の発砲音と硝煙の臭いを感じながら響夜は全弾撃ち尽くすと新しくマガジンを取りかえ再び引金を引く。だが幾ら撃とうともやがて数で押される。響夜は二丁の銃を仕舞うと今度は大剣を創り出す。
「断頭台!」
群れの上空に刃を創造し落とす。その衝撃で乱れた瞬間響夜は群れへと飛び込んだ。
「しつけえんだよ!」
剣を振るう度に感じる肉を切り裂く感覚と何かを吹き飛ばす重量の感覚そして血の臭い。血の雨を浴びながら響夜は群がるゾンビを一掃していく。食屍鬼もその間を縫うようにして響夜の四肢を切り裂く。激痛と脱力感に襲われながら響夜はアンデットの群れの中無双し続けた。
◆
「・・・・・疲れた」
アンデッド達の掃討は後から来た援軍の御蔭もあり日の出には決着がついた。ただ殺された者もゾンビへとなるスキルを何体かが持っていたらしく相当な人数が殺された。
地面は赤く濡れ全身を血液で染まりながら響夜は煙草を吸う。口の中にまで血が入り込んだらしく血液特有の味が広がっている。
「・・・・・ウサ公」
自身の使い魔たるウサ公と視界を共有させる。
「――――――――」
しかし、ウサ公の視界に映ったモノを見て息を呑んだ。そこにあるのは何処ともしれない石造りの部屋。窓から眼下に森が茂っていることが分かる。そして肝心の桃子は石畳の床の上で気絶していた。
それを確認し響夜の全身から汗が噴き出ると同時に思考がある言葉一色で塗り潰される。
やっべえ、と。
恐らくバレれば依頼主が大騒ぎ、そして自身だけでなく伏羲にも飛び火する。結果そこにあるのは響夜の死だけだ。全身に纏わりつく血の不快感など吹き飛び響夜は立ち上がると同時に桃子の屋敷へ走りだす。理由は誤魔化す為だ。荒らされた部屋をどうにか元通りにすると響夜は急ぎ街を離れた。
「やっべえ、本当にやっべえ」
どうにかしてバレる前に助け出さなくては・・・。響夜は伏羲から渡された地図を広げる。そして場所を把握すると同時に疾走する魔狼を呼び出す。
「くっそ!何でこうなるんだよ!!!」
アクセルを踏み全速力で走りだす。
こうして命―――――桃子と響夜の両者―――――を掛けた戦いが始まろうとしていた。
感想、批判、意見、評価などがありましたらお願いします。
一応ここからが三章の重要部分(?)と考えてます。
いやあ、繋げるまでに迷った迷った。漸くですかぁ・・・。
赤い月とか夜って私的にはある種族しか出ないんですよね。いや、そういう演出なのがそれしか見たことないってのもあるんですが・・・。