初めてのお仕事は不満がいっぱい
「面倒事は大嫌いだ」
by伏羲
「・・・・・では今回のことは貴殿に任せても?」
「ああ、私達に任せろ」
「・・・・・・」
何で・・・
「では私は仕事の方に・・・。娘をお願いします」
「うむ」
そう言って退室する依頼主。俺は依頼主と話していた伏羲をジト目で見る。
「どうした響夜?」
訳が分からないと言うかのように首を傾げる伏羲。此奴が大した強さじゃなければ原形分からない程にぶん殴ってやるのに・・・。
「・・・どうして」
「?」
「どうして俺が小娘の護衛何だよォオオオ!!!」
この時襖の向こうにいた女中達が俺の声にたいそう驚いていたとか・・・。
◆
「文句を言うな響夜。護衛とはいえこれはお前の修行にはもってこいだ」
「・・何でだよ」
俺の言葉に伏羲はやれやれと言った様に呆れる。畜生ぶん殴りてえ。
「いいか、護衛ということは当然対象を護ることになる。ならばその難易度も場合によっては通常より数段跳ね上がる。護衛対象という足手纏いに気を割きながら戦うのは持って来いだ。
そして何より、お前は強くなれるし、私は楽をして金が手に入る。皆が幸せになれるだろう?」
「・・・・・・・」
最後の一言のお陰で微妙に納得したくないが俺は頷く。それに満足したのか伏羲は懐から札を何枚か取り出すと護衛対象の娘の部屋へと向かう。
「何でお前札使ってんの?」
「馬鹿かお前。いや馬鹿だったな・・。上級の結界など札なしで使えば目立つだろうが」
此奴はこういう時無駄に頭を働かせるな。普段は他人を苦しませることしか考えてねえくせによ。
俺達がそんなこと言っていると娘の部屋に着く。俺達は無駄話を止めると顔つきだけ真剣な表情になり襖を開ける。内面?んなもんまで変える必要ねえだろ。心読まれようが罵倒で返してやる。
「・・・・父様がお呼びになられた方ですか?」
開けられた襖の奥にいたのは絹を連想する様な紺色の髪を伸ばしている大和撫子の少女。ぶっちゃけ一見してだから内心此奴がどう思ってるかは知らねえけどよ。
「うむ、名は伏羲という。後ろに控えているのは鳴神。護衛はこの男が担当する」
伏羲に続く様に俺も頭を下げる。つうか本当に手伝わないのな。ニートにでもなって外に出れなくなっちまえ。
「伏羲様と鳴神様ですか。私の名前は桃子でございます。水神様が巫女をしております」
そう言って恭しく頭を下げる桃子。三つ指までしてるぞ、俺達とは生きる所が違うと言うのがよく分る。
「頭を上げてくだされ桃子殿。それでは逆に私共が困ってしまう」
伏羲はそう言うと頭を下げていた桃子の顔を上げさせる。
「・・・分かりました」
その言葉に満足して伏羲は頷く。
「では私はこの部屋に結界用の札を張る。この部屋から出る際は響夜を連れてくれ。こう見えてもこの男は中々の実力者。囮か時間稼ぎは出来る」
「は、はあ」
その言葉に桃子は僅かに困った様に曖昧な返事をする。俺はそれを横目にして伏羲を見る。
「(テメェ何考えてやがる)」
「(何、こういう奴は苦手なのだ。いまいち遊び辛い。私は撤退させてもらおう)」
「(ざけんな。俺は依頼内容もテメェから聞いてねえぞ)」
「(・・・・・そんなもん後で念話で送ればよかろう。あとで通信用の札を渡す)」
「では、私は札を張りに。失礼する」
「(あ、テメェまちやがれクソが!)」
そそくさと部屋から退出する伏羲。恐らく奴は札を張り終えたら勝手にいなくなっているのだろう。
「・・・・・死ね」
俺は桃子に聞こえないようぼそりと伏羲に吐き捨てると思考を変える。
「・・・・では私は部屋の外に。何かありましたらお声をお掛け下さい」
俺はそう言うと部屋を出ようとする。面倒臭いことに関わりたくはない。
「お待ち下さい。どうか外ではなく部屋の中にいては貰えませんでしょうか」
「ですが・・・・・」
折角慣れない敬語と外面で逃げきろうとしたのに・・・。
俺は桃子の顔を見て諦めると部屋の隅に佇む。
「そこではなく近くにどうぞ。女中とは言え妖が化けていないとは言えませんので・・・」
俺は引き攣りそうになる顔を抑え桃子の傍による。もっと楽な護衛は無かったのか・・。
そんなことを考えていると廊下が少し騒がしくなる。不審に思った俺は襖を僅かに開け廊下を覗く。
「・・・・・」
そこにいたのは何時ぞやの俺を谷底に落とした式神。俺は気のせいだと襖をゆっくり閉め深呼吸をするともう一度襖を開ける。
「・・・・b」
襖を開けた俺に気付きサムズアップをした式神を見た瞬間俺はスパンという音を放ちながら思い切り襖を閉じた。
「・・・どうしたのですか?」
「いえ、何でもありません」
俺は桃子にそう答えると再び傍――――そう言っても2メートル以上の距離を取っているが――――に腰を下ろす。何であいつ送ってくんだよ。あいつ置くんならテメェが来やがれ。
俺が深い溜息を吐くと桃子は疑問符を浮かべながら首を傾げていた。
◆
夜、護衛対象も寝静まる中俺は周囲に感覚を広げる。
「・・・・しかし、就寝の時も中にいろとは・・」
此奴は女としての自覚が足らねえんじゃねえか?余程参ってるのか、それとも男と接する機会が無かったのか。多分後者か?
「俺としては泣きたい気分だ・・」
そんなことを呟いていると妖の気配を俺は捉えた。初日から動くとか知能がねえんじゃねえのか?普通様子見だろ・・。
馬鹿だったらとっくに退治されてるだろうし・・・。
「まあ、やってくるなら殺せばいいか」
「生成・太初の塩水」
その声と共に右腕に感じられるずっしりとした重量感。結界が発動しているとはいえスキル次第じゃ簡単に抜かれる可能性がある。俺は何時敵が入ってきても問題がないよう構えを取る。襖の向こうにいる式神も状況次第では応戦できるよう立ち上がるのが確認出来る。
「・・・来るならきやがれ。その首刎ね飛ばしてやる」
そして結界に何かが触れる。ビシッという何かが弾かれる音共に外にいる妖が怯むのが伝わった.
「・・・・・・」
そして再度何かが弾かれる音。だが今度は結界を擦り抜ける様にしてその何かが入り込んできた。顔は分からない。仮面によって顔の総てを隠し全身に黒衣のぼろ布を纏っている。そしてその手に握られているのは月の光で鈍く輝く短刀。
「消えろ」
俺は奴の姿を確認した瞬間加速。一瞬で亜音速の域の速度を持って奴を庭へと弾き飛ばす。
「軽い」
俺はその感触に僅かな疑念が生まれる。あの体格からならばこれ程軽い訳がない。なのになぜ・・・。
「・・・・rwtyui」
声になっていない呟き。だが短刀に僅かに紫の光が纏う。
「・・・何かの付与か」
俺は右腕を構え疾走。護衛対象の安全も確認している。今のところ襲われてはいない。俺は振るわれる短刀を易く弾き振るわれた腕を斬り飛ばす。だが斬られた腕からは鮮血が迸ることはなく只ぼろ布が風でひらひらと漂っているだけ。
「中身すっからかんかよ」
俺の呟きと共に右腕が翻り胸を袈裟掛けに切り裂く。だがやはりそこからも流血は無い。
「囮?」
その首を刎ね飛ばし消滅を確認した俺は感覚の範囲をさらに深く広げる。
「五体」
さっきの妖が分身ならこれもその可能性が高い。これは恐らく
「俺達の実力の確認か」
向こうにデメリットが無いと言うならこれが一番有り得る策だ。問題は分身の限界。物量で攻められたら防戦一方なのが目に見えている。
追撃するかしないか。俺は右腕を下げると屋敷の中へと戻る。ここで下手に追撃したら護衛がガラ空きだ。伏羲はおそらく俺を助けないだろうしな。
部屋へと戻ると桃子は未だ寝息を立ててぐっすりと寝ている。
「良く起きなかったな・・」
少しばかりでかい音をたてたがこの様子だと夜は完全に無防備なのだろう。それとも護衛がいるから緊張の糸が切れているのか・・。何にしても夜は一層の警戒が必要だろう。俺は部屋の隅へ屈む。式神も敵がいないことを確認し構えを解くのが感じられる。
「・・・この前の落ち武者の類か?」
俺は先程の襲撃者を思い出す。だがそもそも妖がなんで桃子を襲うのかも分からない。美味そうだとか美しいからなんてのも十分にあり得る話ではあるが人間が使役している可能性も捨てきれないのだ。見たところ大分知能もあるようだし・・・。
「判別付かねえなあ」
恐らくは経験の差という奴なのだろう。向こうの世界ではこんなのもいなかったからこの世界の奴等とは大分常識も違う。少しずつ馴染んでるとは言えまだ向こうでの考え方が先行してしまう。
他の奴らならどうするか考えてみるが恐らく滅ぼすとかぶっ潰すとしか考えないだろうと響夜はその思考を打ち切る。
「どうせ碌でもないことなんだろうけどよ」
そもそも伏羲が選んだ依頼なのだ。前提条件からして怪し過ぎる。俺はこれからの行動へと意識を移す。
どうする。何時までも受け身に徹していたら解決などしない。いっそのこと外に出て桃子を餌にするか。俺が近くにいるから手は出し辛いだろうがそれでも屋敷の中よりはチャンスがある筈だ。
「外にでも出るか・・・」
桃子ならだしても迷子になると言うことはいないだろう。少なくとも桃子が落ち着いていてくれれば失敗する確率も大分薄まる。逆にマオみたいな奴だったらなるべくこれは避けたい。絶対面倒臭いことになる。
俺は札を取りだし伏羲に念話で結界の強度などの詳細を聞き明日の予定を伝えると念話を切った。こんな夜中に念話を送ったのは無論嫌がらせだ。まあ、結局起きてて意味無かったが・・。
とりあえず明日必要な物を準備すると俺も仮眠をする。
この時の俺は知らなかった。まさかあんなことになるなんて・・。
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追記:新しく新作書いてみました。そちらも呼んでみてください。けどメインはこちらです。