最終日。逆に不安が増してくる
「お腹空いたネ」
by楽毅
鬱蒼とした木々により暗い雰囲気を醸し出している谷底。男、伏羲はその谷底を見て退屈そうな表情をしている。
「・・・・つまらん。折角谷底に落としたのだからもう少し苦しめばいいモノを」
伏羲は森に蠢いている妖を見て溜息を吐く。唯一楽しめたのは仁義の発言と屋敷の奥での厠を見たときの顔くらいだ。
「・・・ここの奴らでは話にならんか」
伏羲は考え込むような表情をすると一体の式神を呼び出す。
「楽毅を呼んで来い」
主の言葉に頷くと式神はすぐさまその場から消える。
「これ程面白い者もおらん故に楽しまなくてはいかんだろう・・・」
伏羲は面白そうに唇を歪め笑う。
「まあ、死にはしないだろう。楽毅が手加減すればだが・・・」
まあ、その時はその時だろう。伏羲はそう考えると再び響夜の観察に戻った。
◆
「・・・・・・・漸くか」
俺がこの谷に落とされて七日が経った・・・・と思う。あいつなら忘れてたとかぬかして放置してそうだが・・・多分ないだろ。
「・・・・随分とエンカウントするな」
俺は銃の引き金を引きながら襲い掛かってくる赤鬼を牽制する。流石にこれで止まる程柔な構造はしていないのか赤鬼はその足を止めずに此方へと向かって来る。
「神殺しの鎖」
俺は赤鬼の足に鎖を絡み付け転倒させる。突然前方を走っていた赤鬼が転倒したことでその後ろに続いていた妖も次々に転倒する。
「暴風に潜みし獅子の牙」
転倒したことにより動けない妖達へ次々に弾丸が吸い込まれていく。絶叫と共に飛び散る肉塊と鮮血。動けない妖達は数十秒で肉の山へと変わった。
だが目の前で同類が殺されても奴等が止まる様子は無い。というよりも
「・・・・・何かから逃げてる?」
事実妖達は俺の脇を過ぎ去り俺のことなどまるで眼中にないようだ。俺はそれを一瞥すると妖達が逃げてきた方向へと目を向ける。だがそこに相変わらず鬱蒼とした木々が広がっているだけ。いや――――
「生成・太初の塩水」
何かいる。
俺は右腕を構えるとそこにいる何かに警戒する。俺が接近しようとした瞬間木々が爆ぜ数体の妖が吹き飛ばされて来る。
「―――く!?」
俺は咄嗟にその場から飛び退き向かってきた木々を躱しその衝撃の方を見る。
「オ!いたネ!!黄昏の破壊者見つけたヨ!!」
陽気な声。木々の間から出てきたのは赤い中華服を身に纏い栗色の髪を団子のように結っている女性。やや片言だがきちんと言葉は喋れるようだ。状況から判断して妖達が逃げていたのは此奴が向かってきたからだろう。
「コンチニハネ!クラウン序列第十一位の楽毅ネ!伏羲に頼まれて手合わせしに来たヨ!!」
仏羲が何を企んでんのか知らねえが此奴を寄越したと言うことは戦えっつうことなんだろう。俺は腰を屈める。
「ワタシ名乗ったヨ!黄昏の破壊者も名乗るネ!!」
その言葉に俺は警戒しながらも口を開く。
「クラウン序列第十三位、鳴神響夜だ」
「キョウヤ、きょうや、響夜ネ!良し!」
楽毅は頷くと右手を前に出し構える。
太極拳?・・・何にせよ中国拳法か?
もう楽毅の目には先程の楽しげなものはなく真剣な敵を殺すものへと変わっていた。
「・・・行くヨ」
楽毅は100メートルはあるであろう距離を一足で詰め俺の喉笛に手刀を放つ。
「喰らってたまるかァ!!」
俺は前方に倒れ込むようにして手刀を躱し右腕を振るう。だがその一撃を紙一重で躱し楽毅は俺の腕を掴み背負い投げをする。
「―――――つお!」
俺は樹の幹を蹴り飛ばし宙を駆ける。速く、奴が追い付けない程の速度で俺は疾走する。楽毅はその速度に僅かに瞠目しニヤリと笑う。
「神殺しの鎖!」
空間から射出された鎖は周囲を囲いまるで檻のように楽毅を囲む。俺はその鎖を足場に縦横無尽に駆け抜ける。
「確かに速いネ。けど―――」
俺は背後から楽毅の首へと目掛けて右腕を振るう。
「―――速いだけで斃せるほどクラウンの壁は薄くないね」
だがその攻撃をまるで見えていたかのように楽毅は地面に屈みこみ反転俺の右頬を殴りつける。
「舐めるな」
その一撃に吹き飛ばされそうになる俺を楽毅は襟首を掴みその場に止めると胴に拳を放つ。それにより俺は神殺しの鎖へとぶつかり追撃してきた楽毅は顎を蹴り飛ばす。僅かに浮く体に何十、何百という打撃を加える。神殺しの鎖が完全に仇となった。俺は自らの動きを制限され回避することも儘ならない。
「その程度じゃ、ノアにも黄金にも勝つなんて夢のまた夢ネ!!」
楽毅の放った踵落としは俺の頭蓋骨を砕き大地すらも罅割れる。
「――――ぐっ、かァ・・ハアァ・・!!」
俺は口から溢れ出る血液を吐きだし立ち上がる。追撃が来ないことを不審に思い俺は顔を上げる。そこには楽毅の姿などなく俺は辺りを見回した。
「・・・如意金箍棒!」
背後から聞こえた声。そして放たれる威圧感に俺は考えるより速くその場から飛び退き離れる。刹那、轟音と共に大地が砕け巨大な棍がその姿を現す。棍はしゅるしゅると縮み楽毅の手に握られる。
「ここからは本気で行かせてもらうヨ。死んでも責任は取らないネ。自分を恨むことネ」
その言葉と共に楽毅が消える。俺もすかさず速度を上げ楽毅へと喰い付いて行く。負けてたまるか!
「オォォッ―――――!!」
俺は限界を超す程の加速を生みだし疾走する。俺だって男だ。何時までも負けっぱなしじゃ話にならねえだろうが!
舐めるな?ああ、舐めて何かねえさ。言ったことに位責任は持ってやる。絶対に斃す。例え壁がどれほど厚かろうが例えどれ程の時が経とうが――
「斃してやるよ!!」
俺は限界の加速の中で確かに楽毅の影を捉えた。右腕に今出せる魔力を全て注ぎ込む。過剰なまでに魔力が注ぎ込まれたか右腕の輝きが増し青白く魔力が線を引く。
―――――ギャリン、ギイィィィィン
剣戟が鳴り響く。俺達は互いに全力での一撃を持って戦い続ける。神殺しの鎖も(グレイプニル)も度重なる神器の衝突により徐々に崩れ落ちて行く。
「焼き尽くす劫火の剣!!」
俺は上空から奴へと獄炎を纏う剣を放つ。
「その程度じゃワタシは殺せないヨ!!」
その攻撃に対し楽毅は如意棒を巨大化させる。激突する焼き尽くす劫火の剣と如意金箍棒だが、やはり贋作では本来の本物に勝る威力は出せないのか打ち破られた。
だが、お陰で隙は出来た!
「くたばれえ!!」
俺は楽毅の懐へと潜り込み右腕を一閃。確かな感触と共に鮮血が俺に振りかかる。
「その程度で!!」
だが致命傷には至らなかったのか楽毅は俺の左腕を如意棒で圧し折り地面へ叩きつける。右腕を地面にぶつけることで衝撃を和らげることは出来たが右腕が痺れる。
「今のは少し焦ったネ」
頭上から聞こえる声。その声に反応している暇はなく俺はすぐさま頭上から落ちてくる巨大な如意棒へと迎撃をする。重力の後押しにより放たれた如意棒は俺を押し潰さんと徐々に迫って来る。
「ふざけんなああ!!」
「疾走する魔狼の牙!!」
俺は右腕の魔力を全て解放し如意棒に叩きつける。結果、如意棒は押し上げられバランスを崩した。続けざまに先程よりも威力は低いが俺は疾走する魔狼の牙を放った。二発連続での攻撃により如意棒は弾かれた。
だがその程度で終わりな訳がなく瞬時に縮んだ如意棒から姿を現した楽毅は俺の米神に肘打ちを入れ胴を蹴り飛ばす。如意棒で姿を隠していた楽毅に気付かなかった俺はそれを防げるわけもなく樹を破壊しながら500メートル程で漸く止まった。
「・・・・ってえな畜生!」
俺は悪魔の心臓ですぐさま傷付いた体を再生すると再び駆けて行く。それを予期していた様に楽毅は見事という程のカウンターで俺に応戦する。腕が飛び血を吐きながらも俺は唯一の武器である右手を振るい続ける。如何にクラウンが魔人であろうとそのスタミナには限界があり楽毅の息が少し乱れる。それをチャンスだと思った俺は右腕を全力で振るう。
「嘘ネ」
だがその一撃も楽毅は舌を小さく出して躱し俺の脇腹を如意棒で叩き吹き飛ばす。続く追撃を俺は錐揉み状になりながら回避すると体勢を立て直し着地する。
「どんだけだよお前」
俺の言葉に未だにケロッとしている楽毅は如意棒を担ぎ口を開く。
「すぐ再生する響夜も十分異常ネ・・」
楽毅は一度目を瞑ると深呼吸する。
「次、全力でいくネ。止めれるものなら止めてみるヨ」
思わずたじろいでしまう程の威圧感と魔力を放ちながら楽毅は如意棒を構える。
「テメェこそ覚悟しやがれ」
俺もそれに精一杯張り合うように右腕に全霊力を込めて構える。
「「終わりだ(ネ)!」」
俺達はほぼ同時に地を蹴り互いの全力での一撃を放った。
楽毅の如意棒は吸い込まれるように俺の胸へとぶち当たり。俺の一撃は楽毅の首へと吸い込まれる。
楽毅の一撃により気を失う俺が見たのは俺と同じくよろめき後方へと倒れる楽毅の姿だった。
◆
「・・・・ハア、引き分けとは何と無様な」
崖から谷底の状況を見ていた伏羲は溜息を吐く。
「殺さぬよう手加減などするから半人前の響夜に気絶させられるのだ・・・」
下では互いに気絶し倒れている二人の姿。伏羲は傍に控えていた式神に命令を下す。
「あの二人を引き上げろ。屋敷に帰ったら寝かしておけ」
式神はその言葉に頷き谷底へと降りて行く。もう一度気絶している二人を見て伏羲は頭が痛いように眉間の皺を揉む。
「しかし隙が出来て漸く一発か・・・相手が楽毅だと考えればギリギリ合格だな」
楽毅はこと肉弾戦ならばクラウンの中でも五指に入る実力を持っている。ただ神器を含めて本当に肉弾戦しかないのが唯一の欠点だろう。他の者であったなら最低五回は負傷させなければ更なる危険地帯に落とそうと伏羲は考えていた。
「しかしまた面妖な神器だ。何かしらの能力があると思うが・・・」
伏羲は先程まで戦っていた時の響夜の姿を見て首を傾げる。暫く腕を組み考えに耽っていると式神が気絶した二人を抱え帰って来た。
「・・・まあ、後で考えればいいか。帰るぞ」
伏羲は自身の式神にそう促し屋敷へと帰っていく。だが、ふと伏羲の足が止まった。
「影法師、見ておるのだろう」
伏羲は誰もいない中声を発する。
「貴様が何を考えているか知らんが・・・魔王城での時の様な事をすれば只では済まさん」
殺してやる。
伏羲はそう言い残すと式神を連れ再び足を進めた。
『ああ、今は手など出さぬよ。私にも彼は必要なのだからね』
誰もいない筈の場所でその声だけが響いた。
◆
「―――――ってえ・・・・・」
眠りから覚めた響夜は上半身を起こすと頭を抑える。悪魔の心臓で傷は塞がっているから気分的な物なのだろうがその痛みが響夜に昨日の出来事を思い出させる。
「・・此処何処だ」
辺りを見回すが思い当たる節がないため響夜は首を傾げる。助けたとすれば恐らくは伏羲だろうが・・・。
「目が覚めたか馬鹿弟子」
今日夜がそう考えていると丁度その思い当たる人物が部屋に入って来る。
「此処何処だ?」
「その前に礼の一つでも言えんかこの馬鹿が・・」
響夜の呑気な口調に伏羲は軽く頭痛を覚えながらも口を開く。
「私の屋敷だ。楽毅の馬鹿は既に目覚めて飯を平らげておるわ」
楽毅。その言葉に響夜は顔を上げる。
「そういや、あいつはあんたが送って来たのか?」
「ああ、あそこの森の奴等程度では少し物足りないと思ってな。ギリギリ合格だ」
ギリギリ合格というその言葉に響夜は喜ぶべきなのか悔しむべきなのかよく分らず取り敢えず曖昧に頷く。
「奴が気絶したことだが・・お前の一撃ではない」
その言葉に響夜は肩を下げる。
「あれはあいつが腹を空かしたからだ。まあ、そこに偶然お前の一撃が入りよろめき腹が減って倒れた。という感じだ」
伏羲の言葉に響夜は溜息を吐き窓を見遣る。
「おれ、どれくらい寝てたんだ?」
「一日程だな。そうたいした時間は寝ていない」
伏羲は飯が出来ているとだけ言うと部屋を出る。響夜は暫く窓の外を見て何かを考えているともう一度溜息を吐いて部屋を出た。
予め部屋の場所は聞いていたからそう迷うことはなく襖を開けるとそこには山の様になった皿と床を埋め尽くす程の料理が目に入る。
「む、響夜も起きたネ!」
そしてその中心で元気よく飯にありつく楽毅。その姿だけ見ていればあの時戦っていた姿など想像できないだろう。
「どれだけ食ってんだお前・・」
見上げなければ上が分からない程に詰まれている平らげた皿の山に響夜は頬を引き攣らせる。
「これは胃の大きさならば誰にも負けんぞ」
その言葉に伏羲が答え呆れたように息を吐く。この食事も彼が出しているのだから相当な負担になっているのだろう。
「響夜も食うネ!これ美味いヨ!!」
そう言って差し出して来る料理を取り敢えず貰い響夜は口に運ぶ。しかし目の前でこれだけの食いっぷりを見ていると自分が異常なのではないかと思えてくるあたり恐らく頭を強打したのだろう、と響夜は訳の分からないことを考えていた。
その周りで多数の式神が楽毅が平らげた皿を運んで言っているが如何せん楽毅が食う方が圧倒的に早い。結果式神たちの数は次第に増え伏羲の負担はより精神面と財政面でより大きくなっていく。
「・・・・美味い」
それを見ないよう響夜は料理に手を付け一言呟いた。
◆
あの地獄というなの楽毅のブラックホールが治まり漸く平和が訪れた中、伏羲に呼ばれた響夜は伏羲の部屋へと向かっていた。
「入るぞ」
襖の前で中にいるであろう伏羲に声を掛けると襖を開ける。そこには座敷の上で酒を飲み寛いでいる伏羲の姿があった。
「用ってのは?」
自分も座敷の上に座り伏羲に問い掛ける。
「ああ、修行のことだ」
その言葉に響夜も面倒臭そうな顔を止め真剣な表情をする。
「暫く私と共に仕事に付いて来い。合間合間に基礎をこなし私の仕事で妖と戦ってもらう。言っておくがあの谷の奴らよりも上位の妖ばかりだからな・・」
「あそこにいた阿修羅はどれ位なんだ?」
「あんな矮小な存在など歯牙にもかけぬ者共らよ」
あの存在が矮小。その言葉に響夜は息を呑む。だが思考の片隅ではどれほどの者と戦えるのかという好奇心もまた多かった。
「ま、と言ってもクラウンには届かないがな」
むしろ超えている奴がいるなら教えてほしい。思わず響夜はそう考えるが言いはしない。ここで言ったら何かやらかすと分かっているからだろう。
「(ち、何も言わんか・・。言えば堂々と殺しにかかるものを)」
内心で舌打ちし伏羲は何もなかったかの様なすまし顔で口を開く。
「仕事の方は明後日からだ。それまでに必要な物があれば買ってくるがいい」
どうやら話はそれで終わりらしく響夜は部屋を出る。
「・・・仕事ねえ」
何か碌でもないことになりそうだ。そう考えながら響夜は与えられた部屋へと帰っていった。
感想、批判、意見、評価などがありましたらお願いします。
楽毅の中国での名前が分からないorz
誰か知っている方がいたら教えてください。