一つ壁を越えて。影法師の思惑
「堕ちろ、生意気な羽虫が」
byアレイスター・クロウリー
「■■■■■■!!!」
漆黒のフルプレートを身に纏い響夜は左手に持つ剣を振り下ろす。その攻撃をハクが氷の盾を斜めに構えることで逸らすが衝撃で吹き飛ばされる。その顔を苦悶の表情に染めながらも響夜の足を氷で凍らせ床に固定させる。響夜が氷を破壊する前にマオが背後に回り込み影で響夜を拘束しようとする。だが―――
「―――――――■■■■■■■■■■■!!!!!!」
咆哮。まるで悲鳴の様に上げられたそれは迫りくる影を霧散させた。
「な―――!?」
それを見た二人は驚愕に目を見開く。だがそれはミスだっただろう。響夜はその隙を見逃さずに背後にいたマオの懐に潜り込むと右腕を振るう。マオはその攻撃に反応することが出来ず部屋の壁を砕きながら吹き飛んだ。
「ぐ!(おかしい。どういうことだこれは!!)」
ヨロヨロと立ちあがりながらマオは頭をフルに回転させる。
「(何が響夜の暴走に繋がったのかは分からないが今の魔法を咆哮だけでかき消すなんて・・・)」
先程の拘束は全力では無かったものの以前の響夜を完全に封じるだけの力を込めていた。幾ら神器を使用していようとも咆哮だけで掻き消せるようなものではない。だがその事実を容易に破壊した響夜にマオは一瞬寒気を感じた。だがそれを振り払い響夜へ疾走する。
「止まって!!」
ハクが響夜の体の動きを再び封じマオはその距離を零にする。
「破軍追走!!」
零距離で放たれる漆黒の閃光。無慈悲なまでの破壊の奔流が響夜を襲う。
「■■■■■■■■!!!!」
その攻撃に響夜は悲鳴を上げる。鎧に徐々に亀裂が生まれるが未だ完全な破壊へは至れていない。全身に膨大な魔力を纏いその奔流を打ち破らんと響夜は一歩前へ出た。それだけでも既に異常な光景。悲鳴を上げる体を無視して響夜は前へと進んで行く。
「氷牙灯篭!!」
その言葉が聞こえた瞬間周囲全体を小さな氷の結晶が漂う。それは月明かりを照らし輝いている。その光景はこの状況でなければ幻想的にも見えただろう。その氷の結晶は次々に爆発すると氷の牙となって響夜を襲う。牙は次第に大きくなり2mはあるかと思われる大きさとなって響夜へ迫った。前方からは漆黒の閃光後方からは無数の巨大な氷の牙。それは響夜を逃すことなく――――飲み込んだ。
「a・・・a・ga・・・」
全身を衝撃と激痛に襲われるなか響夜の口から弱々しい声が漏れる。
『君の力はその程度かね?黄昏の破壊者よ』
再び聞こえる影法師の声。その声に響夜は拳を握る。
『そうして諦め、奪われる。それは君が何よりも嫌うことではないのかね』
「■・・■・・・ぁ・・・あ・・ああ」
『そうだ。君の力を見せてくれ。奪われたくないのならより強く、圧倒的力を持って他者を破壊しなくては・・・』
「あ、ああああ、ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
砕けていく鎧から覗くのは憤怒の表情を見せる響夜の顔。響夜は自身の胸に手を当てると自らの剣の名を呼ぶ。
「形無き略奪者!!!」
その声に応え魔剣が現れる。だが出現した魔剣は紅蓮の光を纏い想像を絶する程の魔力を放っていた。
「終末の日 あらゆる者はその身を裂かれ この世全てが終わりを迎える 」
「死者が踊り 幻想は現へと変わり 森羅万象その全てが等しく崩れ落ちるだろう 」
「この黄昏の中で滅びるがいい!!」
「怒りの日!!」
瞬間僅かに周囲の空間が歪む。本当に些細な変化。瓦礫に僅かに走る罅。それこそそうなるのだと知っていない限りは気付かないような変化。だが確実に響夜は今を過ぎるたびに進化している。まるで限界が無いのだとばかりに。それを視た影法師はその笑みを深くする。
「―――――」
次の瞬間視界に紅蓮の軌跡が走る。咄嗟にマオとハクはその場を飛び退く。それと同時に床が砕け周囲の床全てが陥没する。逃すものかとその紅蓮の光は絶えること無く視界の中を走り続ける。
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろォォォォォォォォォォ!!!!」
次々に襲いかかる斬撃を躱しながら二人は打開策を練る。だがそれが思い付こうとも実行する隙が生まれない。響夜もその隙を与える訳がなく二人を殺さんと動き続け攻め続ける。
「縛鎖包弧陣!」
戦いの中に響く第三者の声。そして響夜の周りに突然鎖が現れると鎖は響夜の体を縛り付ける。マオとハクが声のした方を向けばそこには翁の姿。次いで壁の破壊音を奏でながら現れるガルドスとゼクト。二人は現れると同時に響夜に手加減なしの一撃を加えた。
「二人とも無事か!」
「うむ、すまない」
「・・・・大丈夫」
近寄る翁に返事を返しながら二人は響夜を見る。
「魔王様。あの馬鹿は一体どうしたのですか!?」
そう聞いてくるゼクトにマオは首を横に振って答えた。
「分からぬ。だが突然あのようになったのじゃ」
そこにいるのは紅蓮の光で鎖を破壊しようとしている響夜。二人の攻撃は響夜にダメージを与えられなかったらしい。
「だが、何時までもああなられてたら困ったもんだ」
そう言って斧を肩に担ぐダルドス。その顔は面倒臭そうだということが窺える。
「うむ、精神に作用させる魔法でどうにか試してみよう」
「やるのだったら直接触れないと無理じゃ。試してみたが遠距離からではあ奴の感情に押し潰される」
「・・・どうにかして、隙を作る」
「ならあの光をどうにかしねえとな。あれのお陰で攻撃が防がれる」
「そこは我と翁に任せる。三人はサポートを」
「「「応!」」」
駆けだす五人。それを眺めながら影法師は呟く。
『やはり来たか。四人はともかく・・・スペアの翁は邪魔だ。些か納得いかんが――――』
『手を出そう』
その言葉と共に魔王城が何かに照らされる。それは月の光などでは無い。いうなれば太陽。大質量の隕石が降って来たのだ。そしてそれに逸早く気付いたのは翁。彼は気付くと同時に壊れた天井から空を見上げる。
「マオ!」
翁はマオを呼び互いに頷くと隕石へと向かう。
「(何故こんなものが!響夜が呼び出せるはずもなければこの城にはこれほどの魔法が使える者等マオと儂を覗いていない筈!!)」
翁は向かってくる隕石に立ち向かい虚空に巨大な方陣を浮かべる。既に隕石はすぐ目の前へと迫ってきている。
「何であろうと、この程度で儂を倒せると思うなよ!!」
「開眼・天上昇りし無垢なる赤子!」
虚空に浮かぶ方陣から現れるのは巨大な一つの目。それは眼を開けると迫り来る隕石を視界に入れた。
「――――■■■■■■■■!!!」
鳴り響く歓喜とも取れる慟哭の叫び。まるで自らが生まれたことによる歓喜と何故産み落とされたのかという悲痛さが混ざった矛盾した叫び。その眼から放たれる一筋の光。まるで思い上がった愚者を地へと叩き落とすかのような一撃。それは隕石とぶつかり互いを削りあう。
『ふむ、スペアとは言えこの程度で落ちはしないか・・・』
その様子を眺めながら影法師は呟く。
『ああ、どちらが愚者であるかを教えよう第三の目。貴様程度が天上に昇るなどおこがましいにも程がある。天上に昇るは彼ら(・・)だけだ』
影法師は隕石にほんの少し(・・・・・)力を加える。それだけで隕石は崩れずその閃光と同等の力を持ってぶつかる。その光景に翁が苦渋の顔を見せた。
■
「少し眠るがいい!」
「この馬鹿が!!」
ガルドスとゼクトの二人が互いの武器を響夜へ叩きつける。その衝撃で床が崩れ落ち響夜は下へと落ちる。
「氷獄」
そして落ちていく響夜に打ち込まれる無数の氷槍と吹雪。怒りの日で破壊こそできるものの視界が奪われる。
「虚無の魂」
その吹雪の中から現れるのはゼクス。ゼクスはその剣を響夜へと触れさせる。
「―――――」
完全とはいかないまでも響夜を覆っていた紅蓮の光は揺らぎその出力が下がる。
「ふん、先ずは一撃。貰うぞその腕」
一閃。ゼクスは自身の無の魔法を集中させ紅蓮の光の鎧を切り裂き左腕を切り落とす。
「がっ!あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああ!!!!!」
響夜はその痛みから叫び声を上げながらもゼクスを地面へ叩きつける。
「かっ――――っ!?」
肺にたまっていた空気が一気に吐き出される。だが既に響夜は剣を振り下ろしていた。その一撃が届く前にゼクスは転がりながらその場から退く。そして振り下ろされた剣は何もない床を砕いた。
「ガルドス!」
「任せろ!!」
上からはガルドスがその手に持つ斧を響夜に振り下ろしている。地面を振り下ろしていた響夜は剣を構える暇もなく後頭部にその斧による強力な一撃が直撃する。響夜はその衝撃で床に倒れ込む。そしてそれはこの戦いの中での最も大きな隙。
「影踏み」
それを見逃しはしない。ゼクスは響夜の影を踏む。響夜は突然動かなくなった両足に驚きを隠せず立ち上がることも出来ない。
「マオ!」
ハクが叫ぶと同時に飛び降りて来たマオは既に弱体化された怒りの日を歯牙にもかけずマオは響夜に触れる。
「少しだけ眠っていてくれ」
マオは響夜の精神に干渉すると一時的に響夜を眠らせる。その様子を確認した四人は溜息を吐いて座り込む。
「しかし、まさかこんなことになるとは・・・」
「魔王様、ハク。本当にあいつがどうしてこうなったかを知らないのですか?」
その言葉にやはり二人は首を振る。
「おそらく我らの話がきっかけだとは思うんじゃが。どうして暴走したのかは分からぬ。戦っている時も以前よりも強くなっていた」
「・・・うん」
その言葉に四人は再び溜息を吐く。
「どうやら上手くいったようじゃな」
その声を主を見るとマオは黙って頷く。
「何とかのう。それよりもあの魔法を使用した者は誰か分かったか?」
「いや、全然じゃよ。只者で無いのは確かだが・・・恐らく響夜の暴走にも関係しとるのじゃろうが・・・」
どう考えてもあの攻撃はおかしかった。あれほどの者が何時入って来たのかも分からない上に響夜を止めようとした時の攻撃だ。無関係とは到底思えない。彼らは頭を抱える。
「ともかく、今は響夜を部屋に運び儂らも休もう。城の修理も犯人もその後じゃ」
四人はその言葉に頷くと響夜を部屋へと運んでいく。その姿を見ながら翁は思案する。
「(有り得るとすれば響夜の話していた・・・。だが何が目的だ?儂らが目的なら自身が出て来た方がはるかに確実。響夜が目的なら戦わせる必要もないし操り自殺させることも出来る。・・・・とりあえず今は情報が必要か)」
翁はそう結論付けると四人の後へと続いていった。
■
「また一つ彼は高みへ昇った・・・」
影法師は眠る響夜を視て呟く。その顔には相変わらず不気味な薄笑いが張り付いている。
「君が望むものもまた・・・。今はこの時を楽しむといい、黄昏の破壊者よ」
そう言い残し影法師は消える。そこにはもう何もなくただ夜空に浮かぶ月が世界を照らしていた。
感想、批判、意見、評価などがありましたらお願いします。
はい、五日ほど空けてしまいました。すみません。
というわけ35話です。どう言うわけかは気にしてはいけません。今回からは3章に行くまでバトルは少なめ(たぶん)です。少しバトル多くないかなと自分で思っていたので・・・一応ほのぼのってあるしね。
そういえばレイアウト少し読みづらいでしょうか?自分で一回見てそう思ったのでもし、読みづらい、普通の方が良い、という場合はお返事ください。
では次回