殺人鬼と魔剣、二人だけの舞踏会
「テメェは俺から逃げられねえ。」
by響夜
深い闇に包まれた森の中。白髪の殺人鬼は疾走していた。
既に魔剣が封じられていた場所からは100㎞は離れているだろう。
彼が本来持つ人として異常なまでの能力値。神器――悪魔の心臓の再生力による体力の回復。そしてスキルとして現れている二つのスキル。彼はその二つを最大限に発揮させていた。たとえ僅かな痕跡であろうともその観察眼から逃れられず、その鬼神のごとき身体能力を駆使して標的へと追いすがっていく。まるで血の臭いを嗅ぎ付けたハイエナのように。
「・・・・・・・。」
ああ、臭う。臭うぞ。死の臭い、血の臭い、憎悪の臭い。ああ、心地良い香り。何よりも腐り果てた血潮と何よりも黒く染まった輝きだ。
響夜は獣のような獰猛な笑みを浮かべる。
この漆黒を剥がせばどれ程の輝きが見えるのか。
そして殺人鬼はその違和感を見逃さなかった。
「・・・・・・。」
立ち止まる響夜。その視線の先にあるのは僅かに赤く染められた雑草。響夜の観察眼はその時間、方向さえも見抜いていく。
「・・・・・見つけた。」
殺人鬼は標的の場所を把握する。そして再びの疾走。獲物を見つけた獣の勢いはもう止まらない。ただ目の前の獲物の首を食い千切らんと飛び掛かるだけ。
やがて聞こえてくるのは地面を揺らすような衝撃と山肌が弾け飛ぶという現象。そして遅れて聞こえてくる何かが破壊される音。
「・・・・魔剣。」
その光景に響夜は体が疼くのを感じる。気分が高揚し、体が軽くなる。目の前にいる得物を蹂躙しろと本能が刺激してくる。
響夜は魔剣の下へと疾走する殺人鬼とその存在に気付く魔剣とその所有者。
通常であれば決してお互いの存在など確認出来ない距離。だが刹那その視線は確かに互いを捉えていた。それが開戦の合図。
瞬間、響夜の背後から砲身が現れる。
「爆ぜろ。」
放たれる破壊の魔弾。それは全てを業火で包む。その一撃を魔剣は――――
「hihahahahahahahahahaha!!!!!!」
嘲笑。それと共に振られる大剣――――魔剣によって魔弾は両断され遥か後ろで爆発する。
「魔剣に肉体を乗っ取られたか。」
魔剣を所有している者の身体は腐り果て顔は仮面で覆い隠している。だがその下には確かな笑みが感じ取れた。
「・・・・コロス。」
確かな殺意と言葉の下にその手に握られた魔剣が振られる。
「神殺しの鎖」
その一撃を振るう腕。響夜は自らの神器でそれを絡め取る。だが魔剣の行動は迅速だった。腕を封じられた瞬間、魔剣の右足が響夜の腹を蹴り飛ばす。その一撃は並みの生物が出せるような力でなく響夜は木々を倒しながら吹き飛ばされた。
その一瞬で緩んだ神殺しの鎖の拘束を魔剣は力づくで抜け出す。
「Laaaliaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
咆哮。それは周囲の木々を薙ぎ倒し大地を陥没させた。そして放出される魔力と殺意。そこから感じ取れる力は規格外。本気ではなかったとはいえエルザから放たれていた重圧などの比でない。
だが相対する殺人鬼もまたその程度で憶する存在ではない。彼もまた規格外なのだから。
「くくく、ははははははは。」
響夜は笑いながら立ち上がると薙ぎ倒された木々の上を歩いて来る。それを見て低く笑う魔剣と不敵に笑う殺人鬼。彼らの心は同じだった。すなわち――――
殺し甲斐のある玩具だ、と。
刹那、響夜の背後が歪む
「我が軍勢よ」
取り囲むは幾千もの兵士の誇り。それは響夜の手が振り下ろされるとともに火を噴いた。
ダガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!
集中砲火。この世界にあるはずのない物であり決してこの世界の者が取り扱えるものではない。異界人である響夜だからこそ想像できる武器。この世界においてそれが響夜の強み。
だが目の前にいるそれはこの強みを持ってしても倒し難い。
「Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
銃の咆哮さえも打ち消すほどの叫び。魔剣は自らを振るい弾丸を弾き飛ばしていく。その速度は音速をも超えた正しく規格外のもの。この世界でどれだけの者がこの速度についてこられるのだろうか。いや、ついてこれるというだけならば他にもいるだろう。防ぐ必要のない者、届く前に防御魔法で防ぐ者、ただその全てを弾く者など恐らく片手程の数だろう。
「断頭台」
魔剣の上空から鈍い輝きを放ちながら罪人を裁く刃が迫る。だがその刃は罪人の首を斬り落とせず逆に破壊される。
「鋼鉄の処女」
魔剣の背後に鋼鉄の針の躯が現れる。それを魔剣は一瞬にしてその大剣を振るい破壊する。
「地獄車」
刺を生やす炎の車輪は魔剣へとぶつかるが素手で破壊される。
「火葬祭」
響夜の全身が炎で覆われ。その体を激痛が襲う。だが響夜にとってその痛みは許容範囲内。より力を求めるのならば何かしらの代償を払う。対価のない無償の力などほぼあり得ない。古今東西世界は何時だってそうだった。呪という属性はそれを如実に表していた。強さの代わりに自らも何らかの反動を受ける。ああ、確かに扱える者などほぼいないのだろう。強くなりたいと願うほどにこれは自らを傷つけるのだから。
「Liiiiiiiiiihaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
その俺の姿を見て魔剣は笑う。そして次の瞬間には魔剣は高く振り上げられていた。神速で振り下ろされる魔剣。魔神の観察眼による恩恵によって響夜はその一撃に対応することが出来た。
振り下ろされる魔剣を響夜は右手で受け止める。
「―――――」
その衝撃に響夜は顔を歪める。受け止められたものの、その衝撃は響夜の全身に響き渡った。
今の一撃で右腕の骨が砕けた。だがその痛みも一瞬、悪魔の心臓を植えつけられている響夜にとってはその程度の攻撃など何の意味も持たない。
響夜はその剣を弾くと攻勢に出る。創り出すのは二本のナイフ。既に両者の距離は魔剣の間合いではなく響夜の間合い。次々に繰り出される連撃。その斬撃を魔剣は腕で弾き身体を反らし躱す。だがそれでもこの攻撃からは逃れられない。そのはずなのに
ガキィン!
響くのは鈍い音。斬り付けているナイフは魔剣の身体に傷を付けられず、逆にナイフが砕け散るざま。響夜は苦虫を噛み潰したような表情をする。
そしてその隙の逃さず魔剣は反撃を開始する。音速をも超える勢いで振られる大剣を何とか躱していくが徐々にその体に傷は増えていく。悪魔の心臓の方が再生は速いが防御が崩れればその再生スピードを上回る威力と速さの攻撃がくる。その攻撃に耐えながらも響夜は想像を開始していた。
強度が足りない。構成が甘い。一撃で破壊できるだけの力を、目の前の規格外と戦えるだけの強さを。ただそれのみを求めた想像を・・・・!
響夜は自らの想像をより高みに昇らせていく。
「・・・・・。」
目の前にいる魔剣と同等の力を誇れるだけの想像。いや、自らの存在を魔剣と同等の存在だと想像する。それは徐々に形を伴ってこの世界に顕現していく。
「俺は喧嘩弱いからよ。」
凡人が強者へ勝ちたいと夢見ること。誰だって一度は夢見る。憧れの存在へとなりたいと。
「幻想交響曲」
創り出したのはあの時と同じ、神器に近い魔導具。今の響夜では本物の神器には遥かに劣り使用も一回限りの物しか創れない。だが――――
「Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
振り下ろされる魔剣の一撃。響夜はその紙一重で躱す。その衝撃の余波だけで吹き飛ばされそうになる体を大地に縫い付け、魔剣の懐へ飛び込んだ。
「オラァ!!」
その胸元へ一撃。先程までの響夜ならば魔剣にとってこの程度の一撃は何の問題もなく無視できるレベル。
しかし今の一撃は響夜自身が望んだ者に匹敵するだけの威力を持つ。そして響夜が望んだ者は目の前にいる規格外。
「Li、ha、aaaaaaaaaaaa!!!!」
響き渡る魔剣の悲鳴。自らの一撃に相当するものを食らったのだ。只で済みはしないだろう。
「a,ga――――――」
低く唸りながら魔剣は初めてその膝を地につけた。そしてこの逆転のチャンスを逃すほど響夜は甘くなどない。
「我が軍勢よ」
空間が歪むとともに現れる銃口。だが今回はそれだけでなかった。魔剣の四肢を神殺しの鎖が縛り上げ上空に展開されるパンツァ―ファウストの軍勢。一個大隊、いや、それ以上の戦力が展開されていた。
「滅せ。」
主からの合図。その瞬間に響き渡る爆音と銃声。それは誰が見ても一個人に向けられるようなもので無かった。誰もが塵すら残らず消え失せる。そう思うだろう。だが―――
「Luooooooooooooooooooooooooo!!!!」
その認識を打ち破るからこそ魔剣は規格外たる存在なのだ。
「・・・・・・・。」
だがその姿を響夜は無表情で見る。それもそうだろう――――――既に決着はついているのだから。
コオオオオォォ
魔剣の足元に出現する方陣。魔剣は飛び退こうとするがその足に絡みついた神殺しの鎖によって逃げることは許されない。
その方陣からは何かが書連ねられた帯状のものが出現し魔剣の動きを封じる。抗う魔剣だが徐々にその抵抗は弱まり遂に魔剣はその動きを止めた。
「・・・・・もうお前は逃げられない。」
響夜は魔剣へと近づく。
「お前が俺に勝つことなどなく、俺がお前に負けることなどありはしない。」
響夜はその手にある魔剣へと手を伸ばし――――掴んだ。
「俺の体、取れるものなら取ってみろ。」
ただし―――
「取れなかったらテメェは俺の物だ。」
瞬間、響夜の全身を激痛と狂気が襲いかかった。
襲いかかる狂気の渦。今まで魔剣に呑まれてきた者達の悲鳴。断末魔。その全てが響夜へ手を伸ばす。
まだ!まだ死にたない!!
お母さん!!
何で俺が死ななくちゃいけないんだ!!?
誰か、たす・・け・
いやあ!!
皆もう死ぬんだ!誰も助からない!!
次々に聞こえる叫びの中。響夜は亡者に全身を掴まれながらもその決して呑まれず寧ろ笑みを浮かべていた。
「くく、ははははははははは!!これが魔剣!?この程度か!」
響夜は笑い続けやがて高らかに言った。
「ああ、!!」
亡者たちの叫びが木霊する中、響夜は嗤い続けていた。
◆
突然、響夜の意識は覚醒した。そのことに特に驚く様子もなく響夜は自分の手の中にある物に目を向けた。そこにあるのは殺意と魔力が込められた掌ほどの漆黒の球体。響夜はそれが魔剣なのだと本能で理解していた。
「・・・・・・。」
響夜は魔神の観察眼を発動させその魔剣の情報を読み取っていく。そしてその情報を見た響夜はその顔に更なる愉悦を浮かべた。
「ああ、実に俺向きの得物だ。」
響夜はそのポケットの中から赤い欠片を取り出す。
「・・・・・想像形成。」
その言葉と同時に黒い球体は赤い欠片を飲み込んでいく。欠片を完全に飲み込んだ時、それは起こった。
・・・・ドクン
何かが脈動する気配。見れば球体には赤い線が浮き上がっていた。そして球体から放たれる魔力もまた先程よりも濃密なものとなっていた。
「・・・元があれば強化は可能。」
響夜はその球体を見てそう呟く。
材料を想像する際の基盤として固めておけばそれを基として新たに強化、進化させることが出来る。この結果に響夜は満足そうに頷く。
「切り札は手に入った。」
後はこれの使い方を完璧にするだけ。
響夜は次の依頼の時にでも使ってみるかと考えると最後の依頼のマンドラゴラへと歩いていく。その姿は新しい玩具を手に入れた子供のようだった。
決闘開始まで残り三日
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