白馬亭のおかみ
白馬亭のおかみが店先に水をまいていると、通りの向こうから歩いてくる息子の姿が目に入った。
おかみは、両腕を組んで待ち受けると、息子の顔をてのひらで軽く叩いた。
「家出息子のお帰りだね。どれどれ、父さんに殴られて男ぶりが上がったようじゃないか」
「見たよりも痛いんだぜ。見た目は多少アルフレッドにいじくってもらったからな」
「魔法使い様に変なこと頼むんじゃないよ。まったく、恥ずかしくてありゃしない」
ため息をついた時、おかみは、コリンの背後に小さな少女を見つけた。
「おやおや、可愛い子だね。あたしゃ、いつのまにお祖母ちゃんになっていたのかい」
おかみの言葉にコリンは嫌そうな顔をした。
「ったく、どんな冗談だよ。こいつは、宿の客。ウィザードンの森からアルフレッドに会いに一人で都に来たんだ」
「そんな遠くから来たのかい。小さいのにえらいねえ。お腹が空いてるだろう。おばちゃんに任せときな」
おかみは、コリンの手から少女を奪うと、宿の中に招き入れた。
宿に入ると、少女は遠慮がちに口を開いた。
「あの、大変申し訳ないんですけど、納屋か厩を貸していただけませんか。路銀がほとんど残っていなくて」
おかみは大して気にした様子もなく、そのままソフィーを二階へ導いた。
「この部屋を使ったらいいよ。コリンの部屋だから、遠慮しなくていいよ。しばらく泊まるなら、掃除や洗濯を手伝ってもらうけどね」
おかみは、一番端の部屋に入っていくと、窓を開いた。
しばらく使っていなかったのか、埃が舞った。
「あんた、掃除は得意そうだね」
おかみは、少女の手に握られた箒を見て、ウインクした。
「私、ソフィーといいます。一週間お世話になります。お手伝いできることがあれば、なんでも申し付けてください」
なけなしの所持金を渡そうとすると、おかみはソフィーの手を引っ込めさせた。
「明日市場につれていってやるから、洋服を買いな。あんたの服、泥だらけだし、あちこち破けているようだからね」
風呂に入ってさっぱりと清潔になると、おかみは着古した寝巻と温かい食事を用意してくれた。
ソフィーがクリームシチューにいたく感動していると、満足げな笑いが返ってきた。
「コリンの小さい頃を思い出すね。あの子もシチューが好きだったんだよ」
懐かしそうに目を細めるおかみを見ていたら、ソフィーは魔女のことを思い出した。
魔女が亡くなった時も涙は出なかったのに、無性に泣きたくなってしまった。
「泣いているのかい」
ソフィーは首を横に振ったが、おかみは小さな背中を優しくさすってやった。
「泣きたい時は泣けばいいのさ。たくさん泣いて、明日は笑えばいいのさ」
小さな嗚咽はやがて泣きじゃくる声になり、次第に寝息へと変わっていった。