戸惑いの出会い
東の帝国へ続く街道を小さな影が動いていく。
嵐の日でなければ、街道に沿って立ち並ぶ木々すれすれの空中を飛ぶ箒に跨った少女を目にする旅人がいたかもしれない。
箒に乗った少女は全身びしょ濡れだった。
耳元で轟く雷鳴にすっかり怯えたソフィーは、安全第一の低空飛行をしていた。
天候不順はある程度覚悟していたが、まさか嵐に巻き込まれるとは思わなかった。
養母である魔女ならば、先見の力を使って嵐を予測できただろう。
ソフィーは、ため息をつきかけたが、我に返ると、箒の柄を強く握りなおした。
ウィザードンの森を旅立って2週間経った頃、ようやく目的地が見えてきた。
嵐を乗り切った後、上空飛行していたソフィーは、高度を落としながら、都に近づいていった。
東の帝国ジサブルの都、エノカ。
検問を済ませたソフィーは、大陸一栄えていると名高い都に足を踏み入れた。
「えっと、住所によれば、東の魔法使いはここに住んでいるんだよね」
ソフィーは立ち止まると、目の前の屋敷を見上げた。
魔女の家とは大分異なった立派な屋敷である。
これだけの規模の住居を維持できるのであれば、東の魔法使いは、よっぽど強い魔力の持ち主なのだろう。
ソフィーは、緊張した面持ちで、呼び鈴を鳴らした。
しばらくして、扉が開いた。
貫禄のある老人が登場するかと思いきや、出てきたのは、若者だった。
魔法使いの継承者だろうか。
彼が魔法使いでないという証拠に魔力はほとんど感じられなかった。
青年は、ソフィーをじろじろと眺めた後、口を開いた。
「薬?それとも薬草茶?仕事の依頼だったら、魔法使いはしばらく留守にしているから、後日によろしく」
「ウィザードンの森の魔女の養女で、ソフィーといいます。東の魔法使いに会いに来ました。魔法使いはいつ帰っていらっしゃるのですか?」
「魔女?お前が?」
その言葉に含まれた意味を感じ取ったソフィーは真っ赤になった。
青年の目には、ソフィーはただの13歳の少女にしか見えないのだ。
当然といえば当然だが、ソフィーにとっては辛い現実だった。
「私はまだ魔女ではありません。魔女になるために東の魔法使いに会いに来たんですから」
強い口調で言うと、青年は、頭をぽりぽりと掻いた。
「事情はよく分からないが、入れ違いだな。魔法使いが帰ってくるのは、一週間後だ」
「そうですか。一週間後にまた来ます」
肩を落として、立ち去ろうとしたソフィーを青年が呼びとめた。
「ちょっと、待て。お前、都に着いたばかりで、泊まる所決まってないだろう。宿屋まで連れて行ってやるよ」
「大丈夫です。自分で探しますから」
青年は、首を横に振った。
「うんにゃ、危険だ。都にはお前みたいなちび助を騙そうとする悪い大人がうじゃうじゃいるからな」
「あなたがその悪い大人だって可能性もあります」
青年は、ソフィーの言葉に関心がないようだった。
「俺はコリン・シルバー。東の魔法使いアルフレッド・ファーズの友人だ。ごちゃごちゃ言わずについておいで」
コリンは、ソフィーの小さな手をしっかり握ると、母親が営んでいる宿屋に向かって歩き出した。