朝の語らい
「あ―――マジでいてえ」
静けさに包まれた朝靄の中で、青年のうめき声はよく響いた。
整っているはずの顔は赤黒く膨れ上がり、見る影もない。
「容赦なく殴りやがって。これ、歯折れてんだろ。くそったれ親父め」
コリンは、悪態をつくと、口からこぼれる血を拭った。
今日こそ、穏便な話し合いをしようと思っていたのだが、父親は聞く耳も持たなかった。
「仕返しに下剤でも飲ましてやろうか」
いつも難しい顔をしている父親が青ざめた顔でトイレに駆け込む姿を想像すると、幾分気分が良くなった。
元来陽気なコリンは、瞬く間に機嫌を直すと、軽い足取りで友人の家へ向かった。
「アルフレッド。起きてんだろう。あーけーろーよ」
町外れの屋敷にやってきたコリンは、扉を力任せに叩いた。
しばらく待っていると、鈍い音を立てて扉が開き、中から金髪の青年が顔を出した。
仕事熱心な青年は、夜通し働いていたようで、冴えない顔色である。
案の定、アルフレッドは、不機嫌な声で友人を出迎えた。
「うるさい、コリン。今何時だと思っているんだよ」
「細かいこと気にするな。ナイチンゲールが鳴いたら、朝なんだよ」
コリンは、アルフレッドを押し退けて屋敷の中に入っていった。
「それを言うなら、ひばりでしょ。ナイチンゲールは、小夜啼鳥。まったく、勝手なんだから」
アルフレッドは、ぶつぶつ言いながら、友人を追った。
コリンにとっては、勝手知ったるアルフレッドの家である。
真っ直ぐアルフレッドの仕事部屋に向かうと、戸棚を漁って、塗り薬を取り出した。
「酷い顔だね。親父さんに殴られたの?」
「ああ。いつもと同じ。鍛冶屋も宿屋も継がないって言ったら、ガツーンと」
コリンは、口元に薬を塗りながら答えた。
「鍛冶屋も宿屋も悪くないと思うけどね」
アルフレッドがぼそりと呟くと、コリンは顔をしかめた。
「前に言っただろ。俺には夢があるんだって」
「あ――、戦場で手柄を立てて、王女と結婚するんだっけ」
「・・・お前、絶対馬鹿にしてるよな」
「夢を見るのは、自由だよ」
アルフレッドはあえて否定せずににっこりと微笑んだ。
「いちいち嫌味な奴だ」
不貞腐れたように視線を逸らした時、部屋の隅に荷造りの途中である荷物の山が見えた。
「どこか行くのか?」
「魔女の一人が亡くなったみたいで、魔力の均衡が崩れているんだよ。しばらくすれば、継承者が直すと思うんだけど、戦時は常に魔力をコントロールしておきたいんだ。明日から一週間くらい、山にこもってくるよ。家出してきたなら、ちょうどいいや。留守番頼めるよね」
「ああ。それより、下剤はどこだ?」
「何に使うの?」
「親父に一服盛ってやろうと思って」
「・・・・・」