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黄色いバス

 気が付くと、黄色いバスに乗っていた。

 どこまでも広がる草原に、どこまでも真っ直ぐに伸びる道路。

 時速四十キロで緩やかに走るバスの中、ボクは一番後ろの席に座り、淡くまどろみながら窓の外を眺めていた。

 雲一つない空の青さと草原の緑が織り成すコントラストが美しい。

 ここはどこだろうか。

 いつの間にボクはバスに乗ったのだろうか。

 と、バスがゆっくりと速度を落とし始めた。

 半分眠ったままハッキリとしない目をやると、停留所の看板が見えた。

 プシュー、と音をたてて乗車口が開き、何人か乗り込んできた。


「あ」


 小さな声が出る。

 彼らは全員顔見知りだ。

 向こうもボクに気付いたようだ。

「ひさしぶり」とか「今何やってんの?」とか口々に声をかけながら、ボクの近くのシートに腰を落ち着ける。

 乗車口が閉まり、黄色いバスがゆっくりと走り始めた。

 彼らはボクの小学校時代の友人達だ。

 もう何年も会ってない彼らと自分の近況を語り合いながら、黄色いバスは真っ直ぐに伸びる道路を走り続ける。

 十分ほど走った所だろうか。

 バスが止まった。

 停留所だ。

 小学校時代の友人達は、


「俺達ここまでだから」


 とボクに言い残し、降りていった。

 代わって乗り込んできたのは、やっぱり顔見知り。ボクの中学時代の友人達だ。

「よう」とか「元気してるか」とか言いながら、ボクの近くの席に座る。

 そして彼らと中学時代の思い出を語りあうボク。

 黄色いバスは進んでいく。

 どこまでも広がる草原の中、地平線の向こうまで続く白い道路を。




 気が付くと黄色いバスはボクの知り合いでいっぱいになっていた。

 中学時代の友人達は、次のバス停で降りた。

 そのバス停で高校時代の友人達が乗り込んできた。

 高校時代の友人達も次のバス停で降りた。

 そのバス停では、大学時代の友人達が乗り込んできた。

 黄色いバスは進む。

 すぐに降りる人もいれば、ボクと話し続ける人もいる。

 全員と色んな話をした。

 一緒に楽しかった話をした。

 一緒に悲しかった話をした。

 一緒に面白かった話をした。

 一緒に切なかった話をした。

 一緒に喜んだ話をした。

 一緒に辛かった話をした。

 ああ。

 その全てが今はもう遠い思い出。

 彼らと。

 彼女らと。

 ともに過ごした日々の記憶。

 黄色いバスは走り続ける。

 どこまでも。

 一直線の道を走り続ける。

 次第にバスから降りていく人が多くなっていった。


「じゃあな。楽しかったよ」


「私、ここだから。元気でね」


 ボクは黄色いバスから降りていく彼らを、笑って見送る。


「――それじゃあね。みんな元気で。いつかどこかでまた今日みたいに会えるといいね」


 と言って。

 ……だけど。

 本当に言いたかったのはそんな事なんかじゃないんだ。

 ボクが本当に言いたかったのは――



 ――行かないで。



 ――ずっとボクと一緒にいてよ。



 ――みんなと別れるのは寂しいよ。



 どこかボクとは違う場所に向かう彼らを引き止める言葉ばかり。

 泣き言なんだ。

 弱音なんだ。

 本当に言いたかったのは。

 別れの時、みんなに言いたかったのは。

 黄色いバスから降りていった彼ら。

 もう一度ボクは彼らと会えるのだろうか。色んな話をできるのだろうか。

 いつか。

 どこかで。

 今日みたいに。




 気が付くと黄色いバスにはボクと先輩しかいなかった。

 あんなに多くいたボクの友人達は、それぞれ違うバス停から降りていった。

 それが今はボクを含め二人だ。

 黄色いバスがゆっくりとブレーキを効かし、速度を落とし始めた。


「それじゃ」


 と言って先輩は腰を上げる。

 思わず先輩に声をかけていた。


「先輩まで、このバスを降りるんですか」


 言ってから後悔した。

 それは口にしてはいけなかった事。


「先輩まで行ってしまうんですか」


 だけど、最後の一人だった先輩が去っていくのを、ボクは笑顔で見送る事なんて、とてもじゃないが出来なかった。

 泣きそうな顔をするボクに、先輩は困ったような顔をし、


「これはね、普通の事なんだ。人は出会い別れるものなんだ。悲しく辛い事だけど、どこにでもある普通の事なんだよ」


 ああ。

 分かっています先輩。

 こんなにも悲しくて辛い事が、どこにでもある普通の事なんだ、って事は。

 涙が頬を伝っていた。

 滴がシートを点々と濡らす。

 膝の上で握った拳が震えていた。


「…………みんな、たまたまこのバスに乗合わせただけなんですね」


 声を絞り出す。


「違う停留所から乗ったみんなが、偶然に同じバスに乗ったんですね」


 先輩は無言。


「ボクと行き先の違うみんなは、それぞれの向かう場所に行ったんですね」


 先輩は頷き答えた。


「そうだね。みんな行き先が違う。キミも私も。それぞれ一人一人に、ちゃんと自分が目指す場所があるんだ」


「先輩にも行くべき場所があるんですね」


「行くべき場所かどうかは分からない。だけど行ってみようと思う。行って面白くなければ、また違う場所に行ってみるだけさ。……この黄色いバスに乗って」


 目に溜まっていた涙を、硬く握った拳で拭いボクは笑った。


「またどこかで会えますか」


「きっと会えるさ」


「約束してくれますか」


「約束はしない。そんなものは必要ない。きっと私以外のみんなもそう思っているはずだよ」


 ああ。

 そうだ。

 あの頃出逢ったボクらに、約束なんてなかった。

 そんなものなんて必要なかったんだ。

 そうだ。

 きっと。

 いつか必ず。

 ボク達はまたどこかで会えるはずだから。

 いつかどこかで。

 たとえば街角で。

 たとえば図書館で。

 たとえばファミレスで。

 今日みたいに。 

 また一緒に笑いあえるはずだから――



 先輩もいなくなって、黄色いバスはボク一人になっていた。

 いや。

 そういえばもう一人乗ってるじゃないか。

 シートを立ったボクは、小気味良く揺れる車内を前に進んでいき、


「このバスはどこまで行くんですか」


 運転手さんに声をかけた。

 運転手さんは答える。


「どこへでも。アナタの行きたい場所になら、どこへだって行きますよ」


「それなら――」


 気になっていた事があった。

 黄色いバスには、ボクの友人知人が全て乗り込んでいた。

 だけど、ただ一人。

 この黄色いバスに乗ってなかった人がいるんだ。

 ずっと気になっていた。

 キミが今どこでなにをして、なにを思い日々を過ごしているのか。

 話をしたかった。

 顔を見たかった。

 ボクは運転手さんに目的地を告げる。


「――今すぐにでも会いたい人がいるんです」


 それだけで充分だ。

 バスは速度を上げていく。

 空の青と、草原の緑が流れていく。

 今すぐキミに会いにいくよ。

 この黄色いバスに乗って。







              ―END


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