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DIGI ESP ver1.0

不快な性描写あり。

     1


 一年半付き合った彼女に、衝撃的な別れを切り出されて数日。ボクは何とか生きていた。

 フローリングに直接寝たせいだろうか。体がギシギシと痛い。うへえ。

 大の字に寝そべったまま、ボクはジーンズのポケットから携帯を取り出した。

 ピコピコ。間抜けな操作音の後に液晶に映ったのは、いわゆる出会い系。

 ボクは道を踏み外した。



      2



 女の子と付き合うと言う事がイマイチ分からない。

 だから放っておいた。

 自分から告っておいて失礼な話しなんだけどさ。

 だって仕方ないじゃないか。

 何をすればいいのか。何を話せばいいのか分からないんだから。

 そんなボクに、先日ついに彼女は愛想を尽かした。      

 当然だと思った。

 それと同時にこうも思った。


「三ヶ月もたんと思ったのに、一年半ももった。スゲー。頑張ったオレ」

 

 こんなんだからフラれちまったんだなきっと。



      3



 出会い系で【あのコ】と出逢ったのは、気分がどん底な底で底なフラれてから三日目だった。

 これから、その出会い系で知り合ったコの事を【あのコ】と便宜上呼ぶ事にする。別に本名を出してもボクは困らないんだけど、名前言われたってアンタら分かんないだろ? 特にどうって事無い平凡な名前だったよ。各県に四人はいそうな名前。

 【あのコ】はメールを送ると、返信はすぐに来る。前の彼女とは正反対。だからどうって話じゃないけど。

 ボクと【あのコ】はその日の内に色々な事をメールで話した。内容はあんまり覚えていない。って事はどうでもいい内容だったんだな。

 ああ、一つだけこんな話をしたっていうのを思い出したよ。

 それは、つい三日前、ボクが彼女にフラれたばっかだって事。

 不幸自慢ってやつ。

 泣き言だったと思う。



      4



 その日の夜、ボクは別れたばかりの彼女をオカズにオナニーをした。

 とたんに込み上げてくる吐き気。

 喉がつまる。

 とっさに手で口を押さえた。

 腐の臭い。

 吐き気促進。

 吐きそう。

 吐いた。

 オエー。

 食事をろくにとってないせいだ。胃液しか出てこない。

 口の端から垂れた透明な糸が、蛍光灯の光を浴びて輝いていた。

 携帯が鳴った。

 とらなくても分かる。【あのコ】だ。


『そんな事するから。やめときゃいいのに』

 

 スゲー。

 何で分かるんだ?

 ボクは【あのコ】は超能力者じゃないかと思った。



      5



 翌日、ボクはネットカフェに行った。

 【あのコ】がチャットで話そうと言ってきたからだ。

 店内は冷房が効いていて快適。珍しい事に客入りは少ない。

 適当に席に着くと、ボクと同じ頃に入ってきた女の人が背中合わせになるよう、直ぐ後ろの席に座った。長い黒髪に細い銀フレームのメガネ。知的な美人って感じ。

 チャット開始。

 他愛ない言葉が、順調にディスプレイに並ぶ。話題は自然と昨夜の方へと。


『なんであんな事したの? 今更辛いだけなのに?』


 ボクは正直に答えた。

 分からない、と。

 【あのコ】は、


『彼女の事、まだ好きなの?』


 何て事聞くんだと思った。

 ボクの返事は変わらない。


『自分の答えすら分からないのね?』


 そうかも知れない。


『答えが欲しければ、この店を出て、左へ行った所にあるスタバに行けばいいよ』


 それで?


『そこに一つの問いがあるから。それじゃあ』


 一方的にチャットは終了。

 後ろの席に居た筈の女の人は、いつの間にかいなくなっていた。



      6



 とりあえずボクは【あのコ】が言っていたスタバに行ってみようとした。

 なぜまだ行ってないかって?

 一応店の前まで行ったんだ。だけど入らなかった。

 そこには、ついこの間までボクの彼女だった女の子がいた。

 ボクの知らない男の前で。

 ボクの知らない笑顔で。

 逃げるように走って帰った。

 否。

 本当に逃げたんだ。



      7



 途中で何度も吐いた。

 やっぱり胃液しか出てこない。

 昨夜、彼女を想った手で、吐いたばかりなのに何故かカラカラの口を拭った。

 消えない吐き気に押されてまた吐いた。

 ジーンズのポケット。携帯が鳴っていた。

 取る。違う手で。

 【あのコ】だ。

 内容は短く一言。


『ね? 分かったでしょ?』


 ボクの中、何かが切れた。

 同時に辛うじて熱を持っていたものが急速に温度を失っていく。

 クソみてえにくだらねぇ自分に吠えた。

 笑顔こぼれた彼女に吼えた。

 何でも知ってる【あのコ】に咆えた。

 分かっている。

 分かっている!

 分かっていたさ!

 これが彼女にとって、ベストなんだって事はさ!

 泣いている彼女に肝心な言葉を言う勇気すらない甲斐性なしのオレよりも、アイツみたいに振舞える男の方がいいって事はさ!

 だけど納得しないんだ!

 オレの何かが納得できないんだ!

 何か知らんがまた吐いた。

 オエー。



      8



 家に逃げ帰ったボクは、やっぱり大の字になって天井を眺めていた。

 何時間こうしていたかは分からない。

 だけど、カーテンを閉め忘れた窓から見える外はもう真っ暗だ。半分欠けた月が見える。

 ポツリと呟いた。


「死のうかな……」


 またポケットの中、携帯が鳴った。

 今、ボクにメールをするような人間は、【あのコ】しか思いつかない。

 面倒くさかったが、一応内容確認。

 やっぱり軽い調子で一言。


『じゃあ死ねば?』


 ボクの心は決まった。


 

      9



 時刻は深夜の十一時五十九分。

 ボクは三階の自分の部屋の窓を開けた。

 顔を出して下を見る。

 夜は暗色のアスファルトを隠してしまい、よく見えなかった。


「……あいきゃんふらーい」


 強がりで絞った声は上ずっていた。

 携帯の時計を確認。

 サッシに足をかける。

 零時ちょうど。

 テイクオフ・オレ。


 

      10



 飛んだ。



      11



 君に謝らないといけない事がある。

 こんなボクでごめん、と。

 無責任に君を好きになってごめん、と。

 自分の気持ちを、正直な言葉を表現するのに、こんな方法しか選べなかったボクをどうか許して欲しい。

 バカな奴だと言って笑って欲しい。

 そして飽きずにボクの声を聞いて欲しい。

 限りなくウソ臭く、

 限りなく軽く、

 だけど、ボクの心の底から出た本当の気持ちを。

 今日君に会えて嬉しかった、と。

 その笑顔が、ボクに向けられたものじゃなかったとしても。

 辛くて辛くて。しんどくてしんどくて仕方ないけれど。

 それでもやっぱりボクは――



      12



 夜天。

 空中でボクの体は変な方向にねじれていた。

 天地が逆転しかかった視界で見てみれば、右足のジーンズの裾がサッシに引っかかっていた。

 コンマ五秒の静止の後に来るのは――

 鈍い音と硬い衝撃。

 首。いや、正確には肩から落ちた。

 うおおおお痛ぇええええっ!

 硬いアスファルトの上で上半身が一回バウンド。肺から空気が抜けていく。

 一瞬遅れて腰から下が地に着いた。

 がああああコッチも痛ぇえええええっ!

 激痛のあまり、深夜の路上を転がりまわるボク。

 股の間が温い。物理的衝撃と精神的ショックで、小便が漏れたみたいだ。おもらしなんて小二の時以来だなあと、どこかノンキな心がほざく。


「ぐはあああああ、痛え! 息できない――ってアレ!? 息できる! 良かった! 死んでない! 死んでない!」


 ボクの顔先数十センチ先で、ポケットから飛び出していた携帯が鳴った。着メロが少し濁っている。壊れた?

 メールの送り主はやっぱり【あのコ】。

 割れて液晶が漏れ、黒に塗りつぶされた画面は見にくかったが、言いたい事は分かる。


『死ななくて良かったね』


 本当に良かった。 

 割れた液晶と一緒、半分欠けた月を、社会の底辺から見上げて、心からそう思った。

 


      13



 首がそれこそ死ぬほど痛かったが、医者には行ってない。そのせいだろうか? 首が変な方向を向いたまま戻らなくなってしまった。おかげで寝にくいったらありゃしない。

 窓から飛んで気付いた事がある。

 今からその一つを確かめに行こうと思う。

 あのネットカフェへ。

 やはり客入りの少ない店内。

 人を探す。

 ……いた。

 ボクは昨日と同じ席に座る。

 背中の席にはやっぱり昨日と同じ。長い黒髪のメガネの女の人。表情は見えない。

 チャット起動。


『いらっしゃい。首曲がってるよ』


 ボクは頷く。

 両手はポケットに入れたまま。キーボードには指一本触れていない。

 そう。昨日と同じように。


『行くのね。彼女の所に。辛い思いをすると分かっていても』


 仕方ないよ。とボクは思った。

 念じる。【あのコ】に届けと。

 ボクは見て見ぬフリをしていたんだ。

 全部言い訳だったんだ。

 弱くて臆病な自分が嫌いで、認めたくなくて、全部彼女に押し付けていたんだ。

 そんなのはもうイヤだ。

 クスリ、とスピーカーから笑い声が聞こえた気がした。


『キミの好きな人はね。今、バス停でバスを待ってる。今からでも急げば間に合うかも』


 ボクは席を立った。

 やっぱり【あのコ】は何でもお見通しだ。

 店からの出際、振り返ってみると、後ろの席に座っていたあの黒髪の女の人と初めて目があった。


 ――がんばって。

 

 聞いた事のない筈の、【あのコ】の声が聞こえたような気がした。

 多分テレパシーだ。



      14



 ボクは走っていた。

 首が痛む。

 息が切れる。

 だけど止まらない。

 吐き気がした。

 なけなしの根性で我慢。

 昨日までの言い訳だらけのボクはいらない。

 難しい事なんていらない。

 そんなものは全部窓から飛べ!

 今は再び灯った自分の中の熱を信じるしかないじゃないか。

 だから――

 人波の向こうのバス停、何度も想った女性の姿。

 ボクは有りったけの勇気でもう一度飛んだ。








              【おわり】


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