2,すれ違う心
さて、午前中の仕事も一段落したし、飯でも食いに行くか。
「課長――」
ん? あのスーツとネクタイの色は…… 森安か。
「どうした?」
「課長。課長のお昼ご飯の予定はどうなっています?」
「今日は社食の予定だが?」
「宜しければ、お供しても構いませんか?」
お供か…… たまには悪くないな。
「構わんよ」
「ありがとうございます」
「礼を言うほどの物でもないだろう。それじゃあ行くか?」
「ハイ」
相変わらず元気な奴だ。健もこれくらい覇気があればな。それにしても、最近いつも思うが、オフィスと廊下を隔てるここの扉は、何でこんなに重たいんだろう。エレベータから降り、その足で流れるように扉を開けて出入りしてた昔が懐かしい。
「森安君?」
「ハイ?」
「最近、仕事のほうはどうだ?」
…… エレベーター。思ったより早く到着したな。さて、食堂は何階だったかな…… アレ?
「ようやく慣れてきましたよ。少しずつですが、仕事が楽しくなってきました」
「課長?どうしました?」
「食堂は何階だったかな?」
「課長。二階ですよ。二階」
「おお、そうだったな。すまなかった。二階と」
いかんいかん。久しぶりの社食だからな。社食と言えば…… 優子の奴、なんで今日は弁当を作らなかったんだ? あいつの味で慣れてるから、今日は変な気分だ。
「課長? 大丈夫ですか? 仕事のしすぎなんじゃ?」
「バカな事を言ってはいかん。私はまだまだ現役だよ?」
「課長が現役なのは皆が知ってますよ。…… 二階ですね」
「午後も仕事が山ほどあるからな。がっつり食うか」
「ハイ」
最後にここへ来たのはいつだったか…… 新人の頃、良く、先輩と一緒に食べに来たもんだ。それにしても、いつからバイキング式になったんだ? しばらく利用しない内に、随分と変わったな。
「沢山メニューがあるな…… 森安君は何を食うんだ?」
「僕はとんかつ定食にしますよ。課長は?」
「私か? 私は……」
たまには重たい物でも食べるか。
「良い機会だから君と同じ物にしよう」
「流石ですねー。僕も将来は、課長みたいな人になりたいです」
「ハハハハ。森安君、君には期待してるよ」
明るく会話でき、お世辞も言える。健もこれくらい出来ればな。
「お疲れ様です。メニューの料金は……」
「すまないが、彼の分も一緒に清算してくれ」
「課長。良いですよ。気を遣わないで下さいな」
「良いんだよ。年上からの好意は、素直に受け取っておくものだ。…… すまないがよろしく頼む」
月日が経つのは早いな。 俺にご馳走してくれた時、先輩も似たような事を思っていたのだろうか?
「かしこまりました。でしたら、合計……」
「ありがとうございます。今度、何かご馳走させてもらいますね」
「君が社長になったときにでも、美味い物を食わせてくれ」
「社長ですか? 全く先が見えない……」
「ハハハハ。メニューも受け取ったし、席につこうじゃないか」
「は、ハイ」
可愛い奴だ。あいつが何を聞きたいのか知らんが、持ってきた弁当を捨ててまでここにいるからな。これくらいの事はしてやらんとな。
「よっこらせと。それじゃあ食うか」
「ハイ。いただきます」
最後にとんかつを食ったのは、いつだっけなー。
「課長はソースですか?」
「ああ」
「すまんな」
受け取ったのは良いが、なんでウスターソースしか置いてないんだ? 残念だ。
「…… 君もソースか?」
「勿論ですよ。からし入りはダメですけどね」
「君もからしはダメなのか?」
健と言い、最近の若い子は辛いものが苦手らしい。
「ハイ。あ、ありがとうございます。…… 課長もダメなんですか?」
「いや、私は大丈夫なんだが、息子がな」
「課長のお子さんもダメなんですか? だとしたら良い話が出来そうですね」
「うちの息子のバカが君に移ると大変だから、やめときなさい」
「バカだなんて、おっ、ここのとんかつ、中々イケる」
「どれ、私もいただくとしよう」
少々油っぽいな。この様子だと、完食は出来るだろうが、後で胃薬が必要になりそうだ。
「君の言う通り、美味いじゃないか」
「ですよね? これで値段がもう少し安ければ……」
「同感だ」
…… なんだ。森安の奴、笑うともっと好青年になるじゃないか。それにしても…… 久々にくつろいでいる気がするな。たまには、誰かと昼飯を食うのも良いな。
「課長って、今みたいな感じで笑うんですね」
「ん? 私の笑う姿を見たことはなかったのか?」
「少なくとも、今みたいな笑い方は、初めて見ましたよ」
「そうか? 飲みに行ったら、ひどいもんだぞ?」
あれ以来、酷かった酒癖はだいぶマシになったが、酔っている俺の姿を見たら、この子も多分、引くだろうな。
「お酒が飲める課長がうらやましいです」
「君は飲めない性質か?」
「ハイ、出来る範囲で努力はしてるんですが、ちょっと加減を間違えたら次の日は……」
「若いうちはそんなもんだ。飲み続けてれば嫌でも強くなる。ただし、限度はあるがね」
言っていて、自分でも呆れるな。いや、成長したと言うべきか? あの時の苦い経験が、こんなところで役にたつとはな。 今思うと、あいつには、本当に悪いことをしたな。
「気になったんですが、課長のお子さんて、いくつ位なんですか?」
「いきなりどうしたんだ?」
「いえ、課長のお子さんもお酒が強いのかな? と」
「うちのバカ息子も、君と一緒で強くないよ。むしろ君より弱いかもしれん」
「お酒の強さって遺伝するものではないんですかねー?」
「さあな? 私も妻も、酒は飲む方だがあいつはダメだ。あいつより、娘の方がよっぽど飲める」
「課長のお子さんは二人いらっしゃったんですか?」
「ああ、息子と娘、どちらも成人してる」
もっとも、片方はまだまだ子供だがな。
「成人しても、子供は可愛いものですか?」
「どうだろうな。私には良く分からない。しかしだ。親としては、立派になって貰いたいと、常に思っておるよ」
「親心って奴ですね?」
「そうだ。君も子供を持ったら分かる。私が言うのもなんだが、子供ってのは意外と難しいものだぞ?」
うちみたいなのは特殊なんだろうがな。
「重みのある言葉ですね。頭に叩き込んでおきます」
「女は良く分からんし、男は昔の自分を見ている気がしてなんだかな。遺伝なのかも知れんが、見ていてあまり気分の良いものではないよ」
「家庭を持つって大変ですね」
「それに、妻の小言も加わるしな」
小言と言っても、うちのは少し変わっているが、まあ良いだろう。
「なんだか、当分、独身で良いような気がしてきました」
「若いうちは色々と遊びなさい。結婚なんてその後に考えれば良い」
「そうしときます。課長? お冷を持ってきましょうか?」
「すまないな。助かるよ」
結局、聞きたいことがなんだったのかは分からんが、じっくりと話すと、良い青年じゃあないか。うちのバカ息子に見習わしたいものだ。
あいつが仕事をやめて二年…… それで…… ケンカしたのは一年ほど前だっけか? それ以来、妻からは手を出すなと言われたが、あいつは、息子に甘すぎる。
あんな接し方じゃあ、将来あいつが、一家の大黒柱になる事なんて絶対に無理だ。やはり……
「課長。お待たせしました」
「おお。すまないな」
いや、今はまだやめておこう。下手に動いて、またあいつに泣きつかれたら、たまらんしな。
「ご馳走様です。今日はありがとうございました」
「いやいや、こちらこそありがとう。君と話してたら元気が出てきたよ。さあ、後半戦の始まりだ!」
「ハイ。頑張ります」
この子と別れたら、胃薬を飲みに行こう。もたれてしまって敵わん。歳はとりたくないものだ。
4/26日up
相手に、自分の思っている言葉をきちんと伝えるって、大切だな~って感じます。現実では、言葉足らずになったりだとか、誤解を招いたりして、中々上手くいきません(笑)
予定より、少し早めのupになりましたが、次回も遅れる事無く、更新しますのでお楽しみに。(up については、第一話の後書きを参照)