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そのまま

ごめん

作者: こまこま
掲載日:2026/09/02


「ーーーっっ!!」

出ないはずの声

その喉から悲鳴が漏れた



画面の向こう

倒れ込んだ彼が映る

頭部に当たったボール


ぴくりとも動かない彼を

人が囲んでいく


(やだ…やめて、、、)


覗き込む人

声をかける人

担架を呼び込む様子も

ブルーシートに隠されて

運んでいかれるその姿も


現実じゃないみたいで、

だけど震える手

顔の前で組み合わせながら

祈るように見つめていた



行かなきゃ…

そう思うのに

立ち上がる事ができない


どうすればいいのか

どこに行けばいいのか

頭が、動かない



騒然としたままの場内が

画面では映し出されている


(…待って、大丈夫、大丈夫だから)


怖くて怖くて

呼吸するのも忘れそうで


大丈夫、大丈夫


何度も自分に言い聞かせて

深呼吸を繰り返す


大丈夫だよ、ってすぐ連絡くる

きっとそう

だから、ちゃんと待ってよう


震える身体を抱えながら

しっかりして、と自分を叱りつけた


本拠地ではない

ビジターの試合では

無闇に動かない方がいい


わかってるのに

あの球場、運ばれるならあの病院だろう、と

勤務していた時の記憶が蘇る


すぐに出られるようにと準備を始めた時

鳴り出す着信音


だいじょうぶ、大丈夫…

大きく息をしてタップすれば


「詩ちゃん…!」

聞き慣れたコーチの声


「観てたかな、昴汰が、、詩ちゃん?聞こえてる?」

返事の代わりにトントン、とスマホをノックする

「…そうか、そうだった、ごめん、俺も焦ってるわ」


一息ついたような音


「意識は、あるから。話も出来てる」

「ただ、念のため病院に行ったんだ」

「今夜は入院になると思う」

それでね、

昴汰から伝言。


「大丈夫やから、家で待っといて」


だって。

いいかな?



…いいわけ、ない。


電話を切った後、すぐに折り返しでメールを入れる

“病院を教えて欲しい”と。


声が出ない…

それがこんなにももどかしく感じたのは

初めてだった



火事場のバカ力

そんな言葉を聞いたことがある


今のわたしがあんなところまで

1人で行くなんて

普段じゃ絶対ありえない


だからこその

「家で待っといて」

だと。

わかってる。


…それにわたしが行ったところで

なにができるのか。

わかってる。わかってるけど、、、



「…うたっ…?」


何時間もかけて

やっとたどり着いた時には

もう深夜になっていて


教えてもらった病室の前


(大丈夫って言ってた…)


道中ずっと

唱えるように繰り返した言葉を

口の中でもう一度繰り返す


そっと開けた扉の奥

閉められたカーテンに手を掛ける


小さな灯りだけが灯ったその場所に

横になって目を閉じるその人は

包帯も点滴もない


いつも通りの彼だった…。



気配を感じたのか

ゆっくり開いたその瞳が

驚愕の眼差しに変わっていく



正直、疲労困憊だ。

でも、彼の顔が見られた。


これで大丈夫だと

やっと思えた時、

力が抜けて、その場に崩れ落ちた


「…っ、うたっ」

慌ててベッドから降りてきて

支えてくれる強い腕


…よかった、大丈夫みたい


息もできないほど泣き崩れるわたしに

慌てふためく彼






「あー…とりあえず落ち着こ、な」

「大丈夫やって、ちゃんと検査したし」

「うた?…おーい、うたさん」


こんなところまで飛んで来てくれた。

こんな身体で

後先も考えずに


泣きじゃくる肩を抱きながら

嬉しくなって思わずニヤけてしまう


…だから、失敗した



「…家で待ってろって言うたのに」


その時、あげられる顔

涙がいっぱい溜まった瞳が

睨みつけてくる


(なんでそんな事いうの…?)

声が、聞こえた


「ご、ごめん」


瞬きもせず、

次々と溢れる涙を

拭うこともせず


ただ真っ直ぐな視線が刺さる


「…心配したよな、せやな、」


ひくひくと、しゃくりあげる肩

結ばれた唇が震えている


「ごめん、ほんまに」


「うた…」


伸ばした手

背けられる顔


慌てて腕の中に閉じ込めれば


逃げ出そうと暴れるのを


力づくで受け止めて


「ごめん、うた…、ごめん」



どれだけ心配して

どれだけ心を痛めながら

ここまで来てくれたのか


映像でしか分からない状況。

あとは、

大丈夫だと、言われた言葉だけ。


確かに、

待ってられるはずがない…


ただただ、「ごめん」を繰り返した




そういえば、

彼女はこういう子だった、と

泣き疲れて眠る、

その寝顔を見ているうちに


今更ながら思い出す。


口数は多い方ではない

ニコニコと話を聞いているタイプなのに


その笑顔の下

持っているのは強い意志と

深い愛情で

誰かの為、を厭わない


そんなところにも惹かれたんだった


「…変わってないな」


そっと前髪に触れてみる

目元に溜まった涙を拭って


「…ありがとう、うた」と囁く


明日は、一緒に、帰ろう

きっと、晴れやで。





「じゃあ、詩ちゃんお願いします。」

「手が掛かって大変だと思うけど」


苦笑いしながら頷く詩の

後ろから手を回して引き寄せながら

わかった、わかったと

ドアの外にスタッフを追い出した



結局、次の日には帰宅出来なかった。

退院はしてもいい、でもまだ安静に。


そんな医師の指示が出て

ホテルでもう一泊、

診察を受けて帰宅。になるという


思いがけない休日に

詩の事も一緒に休ませよう、と密かに決めた。


昨日からのあれこれは心身共に

疲れさせてしまったに違いない


とはいえ。

世話する気満々の彼女をどうしたものか、と考える。



“横になってた方がいいよ”

そう言う彼女の手に引かれ、連れて行かれるソファ


…丁度いい。


詩をそこに座らせて

おもむろに頭を乗せる

膝の上


“昴汰さん…っ”


これは動けない、恥ずかしい、、と

すぐにも立ち上がりそうな

そのお腹に手を回し

目を閉じれば

諦めたように大人しくなる



髪の毛をすくように

優しく動く指に

うつらうつら、と眠りに誘われて

いつの間にか

本当に眠っていた





(あれ…?)

ふと目が覚めると

ベッドの上、

背中から感じる温かい感触。


いつものように

抱え込まれて寝ている事に

寝起きの頭が追いつかない



確かに、ソファの上で

膝枕したまま

彼を寝かしつけていたはずなのに


(いつの間に…?)


理解が追いつかないまま

くるりと向きを変えて

顔と顔が向き合うと


ぐっすり眠る穏やかな顔に

嬉しくなる


(無事でよかった、、ほんとに…)


気を抜くと

溢れてくる涙


心配させるわけにはいかない


誤魔化すように

胸元に潜り込めば

無意識に動く逞しい腕


ホッと息をついて

また、目を閉じた。





「うた、こっち」

繋いだ手が引っ張られる

人混みの中

スタッフに囲まれて誘導される


いつものこと。

そう、平然とする彼の横

居心地悪くて何度も訴えたのに


「今日はあかん」

こうなったら絶対譲らない

それがわかるから


大きめのマスク

深めのキャップを

なんとか勝ち取って


「怪しさ満載やな」

そう言って揶揄う彼の

横腹を思いっ切りつねった。




彼の頭部死球

その続報が、夫婦の2S映像で

盛り上がったのは

また別の話…。


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