世界樹の国
我が国、ハリウェス王国の始まりから語ろう。
この国の始まりは、世界樹からだと言われている。
国のほぼ中央にはひとつの領地が入るほどの大きな森がある。
その中央には世界樹がある。森から離れた隣の領地の山に登れば、その姿がうっすらと見える。
遠くから見れば笠の大きなキノコのようなシルエットをしている。
どのように支えられているかわからぬほど、枝は横に伸びている。
世界樹と呼ばれているが、本当に世界樹なのかは、誰も知らない。ただ、この国はその世界樹よりできた。
遠い昔だ。
森の中から1人の青年が出てきた。その手には真っ白で根元に行けば少し赤みを帯びた大きな花びらが1枚抱えられていた。
青年の名は、ティーバ・ハリウェス。
彼は語る。
この森の中心にある樹は世界樹である。
まだこの地に誰もいなかった頃、世界樹は生まれた。
最初何も無かったその土地は世界樹が大きくなるにつれ、足元では木々が芽吹き、世界樹が大きくなる度に増えていく。そしてこの大きな森ができた。
世界樹が何百年とかけて大きくなると、ひとつ大きな花が咲いた。
その花は、5枚の美しい花弁から構成されている。真ん中に行くにつれ、ほんのりと赤みを帯びていく。そしてその花びらの中央には精霊がいた。
長い真っ白で真っ直ぐな髪を持ち、その瞳は赤色だった。どこか毒々しい色合いなのに、その精霊からは清らかな空気を感じられる。
花弁へと腰をかけ精霊は下に広がる森を見ていた。そして、自分一人でいることに徐々につまらなさを感じていた。
1枚、世界樹の葉を毟り息を吹きかける。自分と同じ姿の生き物を作り出す。
それに彼は、人間と名前をつけた。1枚ではつまらなかったので数枚息を吹きかけた。
同じ姿で作ったはずなのに、少しだけ見た目の違うものたちが生まれた。
髪が長いものから短いもの。背が高いものから、低いもの。
精霊と同じ白い髪もいれば、瞳の色とおなじ赤い髪のもの。
赤い目のもの、空のように青い目のもの。
色とりどり、大きさも違うものが生まれた。それらが、世界樹の下で生活を始めた。
精霊はそれを眺めていた。
ある日、森の中にあったキノコを1枚が食べた。そして、しばらくするとバタバタと暴れまた葉に戻ってしまった。
それから精霊は、新しく生まれたものにそれを食べてはいけないよ、と教えた。
素直に人間は頷いた。
それから何かある度に精霊は人間に教えてあげた。
触れてはいけない葉っぱ。食べてはいけない木の実。不思議な力の使い方。火をおこす方法。
葉っぱでできた人間は、幾枚も枯れては生まれ。世界樹の麓には小さな集落ができた。夜には背を丸めて地面に転がっていたのに、その頃には森の中に落ちた枝を組み合わせ小屋ができていた。小屋の中で生活を始めた人間たち。
ふと気づくと、精霊が作ったわけではない人間よりも小さな人間が居た。1人ではなかった。数人いた。
精霊は楽しくなった。
その頃、世界樹には2つ目の花が咲いた。その花の中央には金色の髪によく晴れた青空のような瞳の美しい精霊が座っていた。
精霊は自分以外の精霊を初めて見たので嬉しくなって話しかけた。
金色の精霊は、白色の精霊を一瞥すると、つん!とそっぽ向いた。
今までの精霊の話し相手は素直な人間しかいなかったので、金色の精霊を、なんだこいつは!とむっとしてしまった。その感情自体が初めてだったので、精霊はなんだか楽しくなった。
何度か話しかけるうちに金色の精霊は仕方なさそうに相手をしてくれるようになった。
精霊が人間を作らなくなっても集落には人間が増えていった。そしていつの間にか枯れたわけでもないのに、姿が消えるものも現れた。
きっと森の外に出ていったのだろう。
精霊は森の外が気になりだした。でも、精霊は世界樹からそんな遠くには行けなかった。
それが残念だった。
精霊が最後に作った葉っぱが枯れると、残った人間は葉っぱに戻らなくなった。
命が尽きてもそのままの姿だった。
人間は土に帰れるように、と、命が尽きたものを埋めていた。その場所は葉っぱからできた人間も埋められていた。
人間たちは精霊たちを神様と崇め始めた。神様じゃなくて精霊だよ、と否定をしたが人間たちはそれでも神様だとその日手に入れた木の実を世界樹の根元へと供えだした。
白の精霊は世界樹の足元まで行き、その木の実を食べると甘くておいしかった。元気が出た。
集落は段々と大きくなった。だが、ある日を境に徐々に人間が減っていく。
最後の一人が世界樹に向けて語り掛ける。最後に残っていた人間たちの代表だ。
この地に残る人間は選ばれたこと。
この地が増えた人間には狭くなったこと。
この地を離れ、世界樹が見える場所で生活すること。
この地を聖地とすること。時折、お供えを持ってくること。
白の妖精はつまらなくなった。遠くに行ってしまったら自分の目では見えないからだ。そして、そうだ!と思いつく。自分の花びらを一枚毟った。金色の精霊は、何してるんだと呆れた顔を向けていた。
最後の一人にその花びらを手渡すべく差し出した。
この花びらを通じて人間たちの生活を見たい。きっといつか私は枯れるだろう。それまで楽しませておくれ、と。
金色の精霊がその様子を眺めながら呆れた顔をして、しょうがないわね、と呟いたあと苦く笑った。そして手を伸ばしそっと毟られた花びらを撫でた。すると大きな花びらの中にじわじわと水が沸き出た。
この水は祝福の水です。害をなすものには触れることも見ることも叶わない。でも、お前を助ける者には力を与えてくれる。
最後の人間は恭しくその花びらを受け取り大事そうに抱えた。水がこぼれても、すぐに沸いてくる。けれどできるだけ水がこぼれぬようにそっと運んだ。
精霊の話は長かった。それこそ、木のように枝葉に分かれるように、いろいろな話に飛んだがその話をそぎ落とせばこんな話だった。
森から出てきた白い花びらを持った青年は、その場にいた人間に一口ずつ水を配った。
その中で水を実際に飲めたのは5人だった。
それがこの国の五大公爵の初代当主だった。
一人目は、世界樹の森を守る力を手に入れた。
二人目は、この国を豊かにする知恵を持った。
三人目は、誰にも負けぬ武力を手に入れた。
四人目は、他の人間よりもとびぬけて強い不思議な力を手に入れた。後にこの不思議な力は、魔力と呼ばれるようになる。
五人目は、癒しの力を手に入れた。
それがこの国の始まりだった。
私の目の前に、王太子であるティエル・ハリウェス様が立っていた。
世界樹の森のすぐ隣にある領地を守るエーティ公爵家の玄関であった。
「ベリー、行ってくるよ」
ティエル様が、マリーベルという私の名前から取られたティエル様だけが使う愛称を添えて、そっと私の手を取る。婚約者への儀式のように手の甲へと口付ける。
この国は10年ごとに世界樹へお供え物を持っていく。その役目は、基本王太子である。王へと即位したその最初のお供えの日だけ王が自分で足を運びその10年後からは王太子が運ぶのだ。
贈り物は馬車一台分。従者や騎士を付け、前日にエーティ公爵家へ泊まってから世界樹に向かう。建国から100年過ぎた後に儀式化したものだ。
世界樹への道も馬車が通れるほどに広いが森の奥は聖域となっているため王家と五大公爵家の者しか立ち入れない。
森に入るのは簡単だ。だが祝福されないものが入れば、道に迷い気づくと森の入り口に帰っているらしい。
たまに帰らぬものがいるが、それは悪意を持って森に入った人間だ。その行方は誰も知らない。人々は森に囚われたのだろうと噂をした。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
私が答えると、ティエル様が頷いた。ほんの少しだけ、揺れる瞳を見つめた。そっと私の頬を愛しいものにふれるように撫でてから名残惜しそうに玄関へと足を向けた。
領地はもちろんだが森を守るのが私の家門である公爵家の仕事だ。治安はもちろん、森に悪意を持つ行為をするものを取り締まる。そんな役目を代々受けていた。
森の中に危険はない。公爵家からは往復で一日もかからない距離だ。
ただ10年に一度という大役がティエル様の肩に重くのしかかる。先程のふるまいも、自分の心を落ち着かせるための儀式だったのだろう。
十数年前に今の陛下が即位された。第一王子であるティエル様も王太子となった。初めて、世界樹へと向かうのだ。
世界樹には流れる時間の中ですでに五つの花が咲き、それぞれに精霊様が座っているらしい。挨拶を済ませればそれぞれの精霊様が王太子の持って帰る花びらに祝福を与えてくれる。
代わりに差しだすのは馬車一台分にいっぱい積まれた農作物。色とりどりの宝石。綺麗な布。直近1年にこの国で作られたものだ。
心配のない旅路。それでも、少しだけ心配な気持ちが浮かぶ。馬車が足を取られないか。怪我しないだろうか。
けれどもついていくことはできない。私は当主でもなければ跡を継ぐものでもないからだ。お帰りを待つ間、無事を祈ることしかできない。
私の祈りは守り人の公爵家の力を継いでいる。ふわ、と薄い水色の膜が一行を包み込んだ。害なすものを弾く役割を持っている。
公爵家の玄関から出て、一行が森へと向かう姿を見つめていた。その姿が見えなくなっても、暫くその場からは動けずにいた。
後ろからそっと肩を抱かれた。振り返ると困ったような笑顔を浮かべるお母様と目が合った。「大丈夫よ」と、髪を撫でられる。
安全はこの上なく保証されている。戦に行く訳でもない。
それでも、私の手の届かぬ場所でティエル様が傷つかないか不安なのだ。
「マリーベル。あなたは本当に心配性ね。夕方には帰ってくるのよ?」
まったく、とお母様が笑った。朝日が登り切り、辺りがすっかり明るくなってから、私は屋敷の中に入った。
待っているというのが性にあわないのかもしれない。
自室へと帰れば、侍女がその日着るドレスを選んでくれていた。メイド達の手を借りドレスを着替える。
私の薄い色の金の髪に印象を強くするため赤いドレスを身にまとう。
赤は、ティエル様の瞳の色だ。王家は精霊様の色を濃く継いでいる。
このドレスは、ティエル様に贈られたものだ。
耳元と首元を飾るのはシルバーの金具に着いたダイヤ。ティエル様が無事に帰ってこられれば当家で夜会が行われる。
昼を過ぎた頃に、五大公爵家のすべての当主と後継者候補がこの家に揃う。
その場で花弁より祝福を受けた水を当主が1口飲む。後継者候補がその水を飲めるようになれば、後継者と正式に定められる。
候補の中で水を見ることも叶わないものは候補者から外される。この儀式は王家と五大公爵家のみで行われるため平民はおろか侯爵以下の貴族ですら、この儀式のことは詳しく知らされていない。
当家は、守り人のためその儀式は幼い頃から身近である。
この儀式を秘匿とするため、当家に生まれる子供は王家か五大公爵家のいずれかに嫁ぐことが慣例である。どうしても別の家に入る場合は幼い頃に他の家に養子として出す。
子供が多くなってしまった場合の対処法である。
それでも尚、家を出なければ行けない時は苦い薬を飲まされる。この儀式に関して口に出せぬように魔力が込められた薬だ。かなり苦いらしく、3日ほど舌が痺れるという話だ。
当家に仕える者たちもこの家を退職する日に飲ますのだという。
世界樹の花びらに浮かぶ水を飲めば公爵家になれると思う人間が我が家に忍び込もうとしたことがあった。
もちろんそんな者に水は見えないし、触れることなどさらに無理だろう。尚且つ、この家は常に守られている。家に足を踏み入れることすら叶わなかったようだ。
そんな事件とも言えぬ事件があり、秘匿とすることになった。
磨かれた肌に白粉をはたかれ、化粧が施されていく。
侍女の指が頬に触れる度、擽ったくて笑ってしまう。すると、侍女は「動かないでください!」と厳しく言葉をかけてくる。ごめんなさい、と心で唱えて大人しくする。
夜会への準備をしていれば、昼は過ぎ、もうすぐ日が暮れようとしていた。
もうすぐ帰ってらっしゃるとそわそわと玄関の方角へと目を向ける。
「お帰りになられましたら、執事が飛び込んでまいりますわ。」
侍女が紅茶を入れながら言葉を添えた。夜会が始まれば食事もまともに出来ぬだろう。夜会の準備のためお昼も食べていなかったので軽い食事をしていたが、コルセットが苦しくそんなには食べられなかった。
紅茶で喉を潤し、ふっと息を吐いた。
ざわ、と空気が動いた気がした。音はない。だけど、公爵家を包む空気が一瞬動いた気がしたのだ。
思わず立ち上がると同時に、部屋の扉がノックされた。侍女が扉へと向かい開けばそこに執事が立っていた。ほとんどの髪が白くなり、好々爺めいた優しい笑顔の執事は、「王太子様がお帰りになりました。」と伝えてから一礼をして下がる。
私は思わず駆け出しそうになったが、ヒールのある靴で一歩踏み出してから冷静を取り戻し、侍女を連れてゆっくりと自室を出ることとなった。
気は急くが、既に屋敷の中には五公爵家の方々が到着していた。玄関には皆がそろい踏みだろう。その中を走るなど、淑女としていけないことだと自分に言い聞かせ、ゆっくりとした足取りで向かった。
玄関へと続く階段を下りながら下を見下ろせば真っ先にティエル様と目が合った。笑顔を向けられれば安心した気持ちがあふれ、私も笑みを向ける。階段を降り、ティエル様の前に立ち膝を折る。
「おかえりなさいませ。」
声をかけるとティエル様が片手を差し出す。私も片手を差し出しそっと重ねてから姿勢を正す。
「ただいま、ベリー。」
朝と同じようにそっと手の甲へと口付けられる。
「ご無事で何よりです。」
手を重ねたまま、ティエル様の瞳を見つめた。赤いその瞳が細くなり、嬉しそうに笑っていた。
「早く帰りたくて、帰りの馬車を急かしてしまったよ。」
玄関の開く音が響く。数人の従者が赤いクッションの乗った台をゆっくりと運ぶ。その上には白い大きな花びらが一枚乗っている。花びらの周辺は空気が反射しているようにキラキラと輝いていた。
私の後ろに人の気配が増える。五大公爵の皆様が並び、頭を下げていた。
「皆、楽にしてくれ。」
先ほどまでの柔らかい笑顔ではなく、王太子然とした笑みを浮かべティエル様が言葉を発する。
その声の後、皆が笑みを浮かべて顔を上げる。その中にいたお父様は他の方々の笑みとは違う慈しむような笑みを浮かべ私を見ていた。
「今宵、発表するつもりであったが。皆が揃っている、今。先に言っておきたいことがある。」
ティエル様が皆の顔を順番に見てから、私を見た。そしてその場に跪く。片手は重ねられたままだ。
「マリーベル嬢。私の妃になって頂けませんか。」
まっすぐに私を見上げ、言葉が告げられる。この場で求婚を受けるとは思っておらず、頬に熱が集まるのを感じた。
とても嬉しくて、幸せで。言葉がすぐに出てこなかった。数秒時間が立ち不安げに赤い瞳が揺れたところで、頷いた。
「もちろんですわ……。」
ぎゅ、と重なる手に力を込めて握りしめた。
白い花びらが数秒淡く光を帯びる。精霊様にも祝福されているようで、嬉しくなる。
ぱちぱちと拍手が重なった。「おめでとうございます。」五大公爵の皆様が祝福をしてくださった。誰も異を唱えることはなく、誰もが祝福してくれた。
正直なところ、私達が惹かれあっていることなど大人にはばればれでしたでしょうし、私たちが結ばれるのは自然な流れではございましたが。
それでも、こうして現実で皆様に喜んでいただけるのはとても有り難い気持ちになります。
その日の夜会ではティエル様と私のダンスから始まった。赤いドレスの裾がひらひらと舞うその時間をきっと忘れることはないでしょう。
白い花びらは祝福の意味を込めてか、二人の後継者候補が水を飲むことができた。
後継者候補から後継者へとなった方々は花びらへとむけてお礼を言い、ティエル様へと頭を下げた。
そんな幸せの中、大事な話がある。と皆様が集められました。
五大公爵家の現当主のみと私だけを部屋へと案内され、それ以外の従者なども全員外に出されました。
「今日、精霊様と初めてお会いした。その時、大事な話をされた。」
深刻な声で、ティエル様が告げる。部屋の中央には花びらが置かれ、その花びらがふるり、と小さく震えた。
「間もなく、精霊様の花が枯れるそうだ……。」
息を呑む音が聞こえる。私もまた、息を呑み口元に片手を当てがった。
「だが、心配はしないでほしい。と仰っていた。」
困ったような笑みで、ティエル様が隣に座る私の手を握った。大丈夫だよ、と伝えるように。
そして、一度皆の目を見てから花びらへと視線を落とす。
「世界樹に一つ蕾ができていた。それが白の精霊様が枯れた後に生まれ変わる場所だと告げられた。」
ほう、と息が吐き出される。それは安心から出た声か、疑問の声か。またその両方か。
「金の精霊様が説明をしてくれたんだ。」
白の精霊は話が長い上に、話にまとまりがない。着地点も分かりづらいわ。
私たちはね、世界樹という樹から生まれたけれど結局は一つなのよ。白の精霊も、私も。ひとつなの。他の精霊も違う形をしているけど、同じものなのよ。
長い間、白い花の上を陣取っていたけれど。やっと枯れるらしいわよ。あなたたちに上げた花びらも一緒に枯れるでしょうね。
でもその間花びらがないのはかわいそうだから、生まれ変わる花がもう少し大きくなるまでは枯れないように私が守ってあげるわ。
まぁどうせその花びらは白の精霊があなたたちの暮らしを覗き見るくらいの性能しかないものよ。
それ以外の祝福は私と他の精霊が授けたものだから、大して今までと変わらないわ。
あなたがこの国の王になるころには生まれ変わりも立派に成長してるでしょうよ。そしたらその花びらを毟り取ってやればいいわ。
まぁ花が枯れるなんて初めてだしどうなるかは分からないけどね。この国くらいを守る力は私にだってあるんだから。
金の精霊様の言葉が伝えられる。
白の精霊様の花が枯れるのは単純に悲しいものがある。一度だけでも、見て見たかった。美しい花。金の精霊様にもお会いしてみたい。
この国の建国時代よりもさらに前から私たちを見守って頂いていたその花が枯れてしまう。
直接お会いしたことはないけれど、そのお姿は過去の王家や各公爵家が伝え絵に残されている。教会に行けば、大きな絵も飾られている。その姿を思い浮かべ悲しさに視線が落ちる。
白の精霊様は、私が枯れることを悲しんでくれるのならば、次に生まれ変わったときにとびっきり楽しいものを持ってきておくれ、と笑っていたそうだ。
翌日、王都へと戻る馬車に私は乗せられた。王都へと戻り陛下へ拝謁するためだ。婚約自体は決まっていたが正式な発表を国民に知らせるため。
王都へは馬車で一日だ。朝に出て日が暮れるころに到着する。その夜から、一週間王都では花祭りが行われる。
白い花を胸元につけて世界樹へと感謝をささげるお祭りだ。
平民も貴族も、すべての民がその胸元に白い花飾りをつける。
白い花びらが祝福を受けて帰った翌日は、王城にて舞踏会が行われる。その場には参加できる限りの貴族が参加していた。
白から赤へのグラデーションのドレスを身にまとい、胸元には白い花飾りをつけるのは未婚の貴族の令嬢である。令息は白いタキシードが多く、着けるアクセサリーで赤を取り入れることが多い。
また、既婚者は世界樹の色である緑を付けることが多い。深い緑、若葉のような緑。
私もまたその舞踏会へと参加する。ティエル様にエスコートされ、会場へと足を踏み入れれば幾多もの視線にさらされる。笑みを浮かべ見渡せば、感嘆の声が零れた。
陛下の前まで歩き、カーテシーを行う。陛下が片手をあげ、合図を受けてから顔を上げた。そして、婚約が調ったことを舞踏会にて発表される。
いくつもの拍手が重なり、その優しい音は春の雨のようだった。
後から聞けばその発表と同時に王都の市場ではティエル様と私の姿絵が店頭に並び始めたらしい。内定していたとはいえ、もしもこの婚約が調っていなければ大損ではないか、と笑ってしまった。
10年があっという間に過ぎる。
盛大であった結婚式での誓いは一生忘れない。
王太子であるティエル様を必死で支えた。
子は3人できた。王女一人と王子二人だ。三人とも王家の血が濃く白い髪に赤い目をしていた。一人目の女の子にはオルレア。二人目の男の子にはティリアス。三人目の男の子にはティールスと名付けた。
そして今、私のおなかには四人目がいる。この子もまた、白い髪に赤い目だろうかと考えるが、なんだか違う気もしている。
王太子であるティエル様が二度目の森への訪問の日が近づいたころ、王国全体の空気が一瞬だけ震えた。
王国民、全員が森の方角を向いた。皆がその目に涙を浮かべた。
白の精霊様が、私たちを生み出した方が、枯れた。
誰もが膝をつき悲しんだ。
その沈んだ空気の中、私は4人目の子供を産み落とす。薄い水色の髪に黄色い瞳を持つ女の子だった。ネモフィラと名を付け、そっとそのぬくもりを抱きしめる。
暗い雨の中にさす、一筋の光のようにその赤子は笑っていた。
産後の私を心配しながらも、ティエル様は世界樹の元へと向かった。数日離れるだけですよ、と私が笑うと、そなたは変わってしまった。と拗ねた様子を見せた。
一日森へ行くだけであんなに心配していたのに、と私の手の中のネモフィラを撫でながら言葉を零す。
母になったからには、留守を守るのも勤めですわ、と返し。旅立ちのお守りにと頬へと口づけを送る。
ティエル様は4日目の夜に帰ってこられた。まっすぐに私の部屋へと来られ、扉を開ければそっと抱きしめられた。背を撫で落ち着くように促し、顔を覗き込んだ。
「おかえりなさい。白の妖精様はどうなされましたか……?」
生まれ変わるとは聞いていたがそれがいつかまでは知らなかった。まだ、お生まれになってないかもしれない。
「お会いできたよ。色がかわっちゃった、と笑っていらした。」
ほっと、息が零れる。そしてその言葉をきいてから、小さなベビーベッドへと視線を向ける。もしかして、とつぶやけばティエル様が頷いた。
「水色の髪に金色の目でいらっしゃった。ネモフィラと同じ色だな。」
王家の色まで変えてしまったその生まれ変わりに、あらまぁ、と声が漏れた。そして笑ってしまった。
私たちは白の精霊様に生み出された。その色を一番色濃く受け継いでいるのは王家である。これから先、だれが王になってもきっと次に生まれる子供はネモフィラと同じ色かもしれない。
白の髪に赤い目も私は好きだからどちらでも嬉しいけれど。
その知らせを国民に届ければ、花祭りは悲しみの中の光を広げ、やがて喜びに変わった。
もう、白の精霊様と呼べないのかしら、と思うが白の精霊様はそのままの呼び名で構わないとおっしゃったらしい。
「これを、預かったんだ。」
ティエル様の手の中には少し大きめの種が一つ握られていた。白の妖精様の枯れた花の中から転がり落ちたらしい。
金の妖精様は、貰っておきなさいとおっしゃった。
いつかこの種をまく場所ができたら自然に芽吹くから、と。
その種が芽吹くころには、また新たな物語が語られるのだろう。




