夫の本心を知ったのは、火葬場でした
火葬場。三月にしては少し暖かい日だった。
王都の城壁を越え、集落の教会の地下に位置するこの場所。王宮での盛大な葬儀を、あの人は望まない。最低限の身内と、侍女だけで執り行われた。
『アルレルト卿は、北部辺境にて名誉の戦死を遂げました』
使用人は事務的にそう告げた。
私の手には離婚届。役所には「契約期間の満了」と伝えるつもりだった。
帰ってきたのは、彼の右腕だけ。それも今、灰になるまで焼かれ、辺りには煤が舞い上がる。剣も紋章も、何一つ返ってはこなかった。
戦地での最後の一年間を、私は知らない。
私が知っているのは、共に過ごした残りの二年間だけだ。
外壁の蝋が溶け始める頃には、何も残ってはいなかった。骨さえも、全て。
聖女は同情を湛えた瞳で私を見、使用人はただ書類を持って佇んでいる。動いたのは、古参の侍女ハンナだった。
「お嬢様。戦場での日記帳は焼失してしまいましたが、同部隊の方々が書き写してくださったものがあるそうです」
手渡されたのは、数枚の紙の束。そして、王宮の自室に残されていた『三年間の白い結婚』について綴られた、古い革の日記帳。
初めて出会ったあの日。戦地へ旅立つ出陣式の日。
『行ってくる』
「はい、行ってらっしゃいませ」
あの味気ない会話が最後だった。丸まった彼の背中が、どこか寂しげに見えたことだけが脳裏に焼き付いている。
「この場で読んでもいいかしら?」
「ええ、もちろんですよ」
私はまず、手元の革の手帳を開いた。
そこには、夫の律儀な筆致とはかけ離れた、無愛想で乱れた文字が連なっていた。誰かの代筆だろう。自身の悪筆を恥じていた彼は、よく書類のサインさえ誰かに任せていたから。
ハンナが頷き、次のページを開くよう促す。
『春。私の妻となる人は薬草が好きだと聞いた。男所帯の騎士団寮で育った私と話が合うとは到底思えない。だが、できる限り努力はしてみよう』
それから、途切れ途切れに言葉が続く。
覚えている。初めて出会ったのは、ちょうど今頃、菜の花の咲く時期だった。薄手のワンピースを纏って現れた私を見て、彼は『冷遇妃かと思った』と苦笑いしていた。
『秋。長期遠征からの帰宅。エルマは随分と穏やかな口調で喋る。艶やかな髪だ。誰に似たのだろう。私には、眩しすぎる……』
そこで初めて、私の名前が記されていた。
インクが滲み、ペン先が震えた跡がある。
覚えている。どれもこれも、鮮明に覚えている。
中庭で薬草を植えているとき、彼がふらりとやってきた。私は少し得意げに薬草の話をした。黙って話を聞いていた彼に、悪戯心で花冠をのせてあげたことも。
それなのに、不思議と夫の笑う顔が思い出せない。
「……お前を愛することはできない」
初夜の寝室。彼が確かに私に告げた、拒絶の言葉。
その一言は今も胸に深く刻まれ、消えることはない。震える手でワインを掴もうとした私を止め、彼は部屋を出て行った。ただ、シーツを少し乱してから。
書き写された戦地の紙束に目を落とす。そこには、あの夜の続きが記されていた。
『粉雪の降る夜。エルマは一人、本を読んでいた。声をかけようとして、やめた。私が愛してしまえば、彼女を戦場への未練にしてしまう。震える手でワインを飲もうとする彼女から、毒になる酒を取り上げることしかできなかった。』
あの日、彼が部屋を出て行ったのは、私を拒むためではなく、私を愛しすぎる自分を律するためだったのか。
夫の事が、少しわかった気がした。
「馬鹿な人……」
夫の本心を知ったのは、彼が灰になった後の、火葬場だった。




