世は覆る
かつて強大な力を持った共産主義国の崩壊から、百年余りが経った。
歴史はまるで輪廻の輪のように繰り返す。資本主義国が階級闘争で倒れ社会主義になり、社会主義国が平等な社会を維持できなくなり倒れ、再び資本主義になり。──と、昔の本で読んだ言葉を、櫻井はいつも鼻で笑っていた。だがその言葉は、皮肉にも彼の人生が暗転する頃に現実味を帯び始める。
欧州で三つの国家が立て続けに「新社会党政府」を樹立すると、火はまたたく間に世界へ燃え広がっていった。失業率は高まり、社会不安は日ごとに深まり、暴動はもはや珍しくなかった。
そして我が国では、およそ二十年前に起きた隣国との戦争により、海空軍はほぼ壊滅。結果は痛み分けに終わったものの、陸軍も優秀な将校を失い弱体化し、数が多いだけの烏合の衆と化していた。そんな中で、長い間地下で勢力を蓄えていた共産主義者たちがついに武装蜂起の準備を整えつつある──そんな噂が日常の一部になっていた。
だが、冤罪で刑務所の塀の中にいた櫻井にとって、そんな外界のざわめきは無関係のはずだった。
自由の身になった瞬間までは。
刑務所の重い門が閉じる音が背中で響いたとき、櫻井は薄い空気の中に、時代の流れが変質している匂いを感じ取った。それは、かつて工場で働いていたときに嗅いだ、機械の焼ける匂いにも似ていた。
何かが壊れ、何かが新しく作り変えられようとしている匂い。
だが、その「新しく作り変える」という意志の奔流に、自分が飲み込まれていくことを、この時点の櫻井はまだ知らなかった




