1杯の走馬灯
掲載日:2025/09/01
さらさらと結晶の粒がカップに落ちていく。
さながら、紅茶に砂糖を注ぐようであり。
さながら、砂時計が時を重ねるようでもあった。
老人はこれが何かを理解していた。
この記憶は、かの母に抱きあげられたところから始まる。
汗ばむ胸に力の抜けた腕。
ミルクの香りがした。
粒が落ちる。幼少期。
妹ができた。
手繋ぎ、世界の歩み方を教えてあげた。
妹に妹もできた。
少年期。
先生に指示され、隣の席の男の子の似顔絵を描いた。
子供とも大人とも取れぬ彼の相貌から目が離せなかった。
青年期。
慣れない部屋。
下腹部から伝わる鋭い痛み。
目の前には最愛の人がいた。
成年期。
アクセサリーが2つ増えた。
1つは常に身に飾ることとした。
いつまでもこの重みを感じていたいと思った。
壮年期。
出産から1年後。
初めて聞く音を聞いた。
小さな足から発せられたものだった。
中年期。
子が一人の客人を連れてきた。
彼らの指にはお揃いの装飾品があった。
幸福を願った。
老年期。
白い天井。
隣には彼がいた。
最後の記憶は彼の手の感触だった。
老人はカップに手を伸ばし、そして、それをこくりと飲み干した。




