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【8話:エルフの涙とパーティー結成】

「任せてください」


俺の力強い(つもりの)言葉に、シルフィアは希望の光を宿した瞳で頷いた。ゼノンによる卑劣な犯行。その全てを解析し終えた俺は、早速、解除コードの作成に取り掛かった。


カフェテラスの席で、俺は目を閉じ、意識を集中させる。頭の中では、解析したバグの構造図が展開されていた。それは複雑怪奇な魔法術式であり、同時に巧妙に組まれたプログラムコードのようだ。


(……なるほどな。トリガー条件と効果発動ロジックが入れ子構造になってる。ゼノンとかいう奴、性格は最悪だが、魔法技術だけは相当なものらしい)


複雑なコードの脆弱性を見つけ出し、最適なコードを組み立てていく。まるで、難解なパズルを解くような、あるいは地雷原を慎重に進むような作業だ。


シルフィアは、俺が黙考している間、息を詰めて静かに待っていた。


数分後、俺は目を開けた。


「……よし、できました。解除コード、生成完了です」


「! 本当ですの!?」

シルフィアが身を乗り出す。


「ええ。少し複雑なバグでしたが、問題なく修正できるはずです。……実行しますか?」

俺は最終確認を取る。


シルフィアは一度、深く息を吸い込み、そして決意を固めた表情で、力強く頷いた。


「……お願いしますわ、ケイタ様」


「承知しました。では、始めます」


俺は再びシルフィアの肩に手を置き、今度は解除コマンドを実行する。


[コマンド実行] 実行:バグ修正コード - マナ循環正常化 Ver.1.0

コマンドが実行された瞬間、シルフィアの身体から、抑えきれないほどの膨大な魔力が奔流のように溢れ出した。淡い翠色の光が彼女の全身を包み込み、周囲の空気すらビリビリと震わせる。


「あ……ああ……!」


シルフィアの口から、驚きと歓喜が入り混じった声が漏れる。彼女自身、自分の体内で起きている劇的な変化を、まざまざと感じているのだろう。堰き止められていたマナの流れが解放され、本来あるべき循環を取り戻していく感覚。


翠色の光は徐々に収まっていったが、シルフィアの身体からは依然として、清浄で力強い魔力のオーラが放たれている。彼女の表情は……驚き、歓喜、そして安堵。様々な感情が入り混じり、その完璧な美貌を彩っていた。


彼女の大きな碧眼から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「……戻った……私の魔力が……本当に……!」


シルフィアは嗚咽を漏らしながら、自分の両手を見つめている。その手には、かつて自在に操っていた魔法の力が、確かに蘇っているのを感じているのだろう。


「ありがとうございます……ケイタ様……本当に……本当に、ありがとうございます……!」


彼女は涙に濡れた顔を上げ、俺に向かって深々と頭を下げた。その声は感謝と感動で震えていた。普段のクールな彼女からは想像もできない姿だ。


「どういたしまして。バグが修正できて、何よりです。」


俺は少し照れながら、そう答えた。人の役に立つというのも、悪くない気分だ。特に、こんな風に劇的な結果が出て、感謝されると尚更だ。


(これも経験値ボーナス、かなり入ったんじゃないか? 人助けも、結果的に俺のためになるなら悪くない)


シルフィアの瞳には以前のような翳りはなく、自信と、そして強い意志の光が宿っていた。


「このご恩は、決して忘れませんわ」


「恩なんて気にしないでください。それより……」


俺は少し意地の悪い笑みを浮かべて続けた。


「原因を作った張本人に、お礼参り……いえ、『報告』をしなくてはいけませんね?」


シルフィアの目が、カッと見開かれた。その瞳には、怒りの炎が再び燃え盛る。


「……ゼノン……!」


「ええ。彼がやったこと、許されることではありません。きっちりと落とし前をつけてもらいましょう」



まず、証拠の確保だ。俺は解析によって得られたゼノンの不正の証拠――禁術『魂魄への呪刻印』の使用記録、触媒『忘却の水晶』の不正入手経路(家柄を利用した闇ルートからの購入記録)、そしてシルフィアへの加害行為の証拠データを、携帯していた小型の記録用水晶に複数複製した。


[コマンド実行] データ複製 - 対象:ゼノン不正証拠ログ - 出力先:記録用水晶 x 3

手のひらに収まる3つの水晶が、微かに光を放ち、情報が記録されたことを示す。


「よし、証拠は確保した。次はこれを然るべき場所に届けないといけませんね」

俺はシルフィアに向き直る。


「アカデミーの懲罰委員会、アークライト侯爵家、それから王国の貴族倫理委員会ですかね。この3箇所に同時に届けるのが効果的でしょう」


「しかし、どうやって……? 私の名前で告発すれば、一族に迷惑がかかるかもしれませんし、匿名では取り合ってもらえない可能性も……」


「心配いりません。そこもデバッグで解決します」


ギルドには、依頼人の情報を伏せたまま特定の相手に物品を届けるサービスがある。ただし、通常は高ランクの依頼や特別なコネがないと利用できないし、匿名性も完璧ではないという噂だ。だが、俺には関係ない。


俺はギルドへ向かい、リナに(少し強引に)匿名配達依頼の手続きを取ってもらった。


もちろん、依頼票の依頼主情報欄や、配達記録システムにはスキルで干渉する。


[コマンド実行] バグ利用:依頼主情報匿名化 - 対象:匿名配達依頼票 No.774, 775, 776

[コマンド実行] バグ利用:配達記録改竄 - 送信元座標特定不能化

[コマンド実行] 実行:配達プロセス最適化 - 最優先・遅延防止


(よし。これで物理的な配達記録からは、俺やシルフィアさんの情報は完全に消去され、追跡も不可能になったはずだ。配達自体も、優先度を書き換えて最速で処理されるようにした。やってることは物理的なデリバリーだが、感覚的には匿名プロキシ通して暗号化ファイル送ってるようなもんだな)


俺は内心でそう呟き、記録用水晶を3人の配達人に託した。彼らそれぞれの宛先へと猛スピードで出発していった。


「ふぅ……これで『送信』完了、ですかね。あとは結果を待つだけです」


シルフィアは、俺の一連の手際に驚きつつも、静かに頷いた。

俺たちがカフェテラスで待つこと、およそ二時間。

街の広場に設置された魔法的な伝令掲示板に、速報が表示された。


『速報:アークライト侯爵家嫡男ゼノン・フォン・アークライト氏、アカデミー禁術不正使用及び同級生への傷害容疑により、アカデミーから永久追放処分。アークライト侯爵家からも勘当。王命により、魔法使用の永久禁止が決定』


「……!」


シルフィアが息を呑む。


お礼参り完了だ。それも、社会的な完全抹殺という、最も効果的な形で。家名に泥を塗り、将来を完全に閉ざされたゼノンが、これからどんな末路を辿るのかは知らないが、自業自得だろう。


「……ありがとうございます、ケイタ様。これで、私の心のわだかまりも、少し晴れましたわ」


シルフィアは静かに、しかし満足げに言った。その横顔は、先ほどまでの涙はなく、すっきりとした清々しささえ感じられた。


「どういたしまして。悪質なバグは、早期に除去するに限りますから」


俺は肩をすくめて答えた。

シルフィアは改めて俺に向き直ると、真剣な眼差しで言った。


「ケイタ様。私は、あなたに同行させていただきたいのです」


「同行、ですか?」


「はい。あなたのお力……その【ワールド・デバッガー】の能力は、計り知れない可能性を秘めていますわ。そして、この世界には、私が受けたような悪質なバグだけでなく、世界の理そのものを歪ませるような、危険なバグも存在するのかもしれない……私は、それを確かめたい。そして、もしそうなら、あなたの力になりたいのです。もちろん、個人的な恩返しの意味も込めて」


彼女の言葉には、強い決意が感じられた。クールな外見の下に、知的好奇心と、そして俺への信頼が隠されているようだ。


(仲間が増えるのは、戦力的にはありがたい。特に、本来の実力を取り戻したシルフィアは、相当な魔法の使い手のはずだ。それに、彼女の知識は、世界のバグを理解する上で役立つかもしれない……)


俺が考えていると、不意に声がかかった。


「ケイタ君! シルフィア殿も!」


声の主は、アレンだった。彼は息を切らせてカフェテラスに駆けつけ、俺たちのテーブルにやってきた。どうやら、俺たちを探していたらしい。


「さっきの伝令掲示板、見たぞ! ゼノンとかいう奴が捕まったって……もしかして、ケイタ君が?」


「まあ、少しお手伝いしただけですよ」


俺ははぐらかす。アレンは俺の能力に気づき始めているだろうが、まだ詳細は話していない。


「そうか……やはり君はすごいな! それで、シルフィア殿も、例の呪いは解けたのか?」


「ええ。ケイタ様のおかげで、完全に。それで、ちょうど今、ケイタ様に同行をお願いしていたところですわ」


シルフィアが答える。


「そうか! それは良かった!」


アレンは自分のことのように喜び、そして俺に向き直って言った。


「ケイタ君、俺も改めてお願いしたい! 君の目指すものが何であれ、俺はこの剣と共に、君の力になりたい! ガルヴァスへの復讐も、君の助けがなければ果たせない!」


実直な剣士アレンと、クールな元エリートエルフ魔法使いシルフィア。二人の真剣な眼差しが、俺に注がれる。


(断る理由もないか。むしろ、この二人となら、もっと効率的にデバッグを進められるかもしれない)


俺は内心でため息をつきつつ、観念して頷いた。


「わかりました。二人とも、よろしく頼みます。ただし、俺は基本的に楽して生きたい主義なので、あまり無茶ぶりはしないでくださいよ」


「「はい!/承知した!」」


アレンとシルフィアの声が綺麗にハモった。


「じゃあ、せっかくだからパーティーでも組みますか。名前はどうしましょうかね……」


俺が言うと、二人が期待の目で俺を見る。


「……面倒だから『デバッグ・フロンティア』でいいか」


「えっ?」


「で、でばっぐ……?」


アレンが、聞き慣れない単語に困惑の表情を浮かべる。


「まあ、仮でいいですよ、仮で。そのうちもっとカッコいい名前を考えましょう」


俺は適当にごまかした。

そこへ、「あのー!」と元気な声が聞こえた。見ると、ギルドから駆けつけてきたらしいリナが、息を切らせながら立っていた。


「ケイタさん! アレンさん! シルフィアさんも! なんだかすごいことになってるって聞いて……! あの、聞こえてしまったんですが、もしパーティーを組むなら、私もギルド職員として、できる限り皆さんをサポートさせてください!」


リナが目を輝かせながら申し出てくれた。彼女のギルド受付嬢という立場は、意外と役立つかもしれない。


「ありがとう、リナさん。心強いです」


俺が礼を言うと、リナは嬉しそうに顔を赤らめた。


こうして、俺、ケイタをリーダー(仮)とする、訳ありの元騎士アレン、クールビューティーなエルフ魔法使いシルフィア、そしてドジっ子ギルド受付嬢のリナ(サポート担当)という、なんとも個性的な面子が揃った。


俺は、新たな仲間たちの顔を見回しながら、内心で呟いた。


(これで少しは楽できるか……?)


俺たちの前途には、さらなるバグと波乱が待ち受けている。そんな予感を、リューンの青い空の下で感じていた。



第一部 デバッガー、街へ行く(完)

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