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【7話:呪いの正体・・・】

(ガルヴァスへのデバッグは、アレンの名誉回復も兼ねて、できるだけ公衆の面前で、派手にやりたいところだな。そのためには情報収集と、騎士団内部への潜入方法の確保が必要か……面倒だが、やりがいはありそうだ)


そんなことを考えながら、俺はまず今日の寝床を確保するために宿屋を探すことにした。懐具合と相談し、清潔そうでそこそこ手頃な宿を選んで一室を確保する。


部屋に入り、ベッドに腰を下ろして一息つくと、どっと疲れが押し寄せてきた。異世界に来てから、森でのサバイバル、門番とのいざこざ、ギルド登録、悪徳冒険者との遭遇、そしてアレンの剣の件と、立て続けにイベントが起こりすぎだ。


(今日はもう休むか……いや、その前に)


俺は、昼間のギルド前でのもう一つの出来事を思い出していた。『クラッシュ・クローズ』を返り討ちにした後、俺に声をかけてきた美しいエルフ、シルフィア・ルーンライトのことだ。


彼女は、自身の解けない「呪い」を「バグ」と呼び、俺にその修正を依頼してきた。彼女は明らかに、俺の【ワールド・デバッガー】の能力、あるいはその片鱗に気づいている。


(シルフィア・ルーンライト……か。一体何者なんだ? そして、彼女の言う『呪い(バグ)』とは?)


高位のエルフであることは見た目からも明らかだが、それだけではない何か特別な事情を抱えている気配がした。彼女の依頼を受けるかどうかは、話を聞いてから判断するつもりだった。

しかし、あの真剣な瞳と、報酬の魅力を考えると、無視するわけにはいかないだろう。


(明日の昼、街の中心にあるカフェテラスか……。やっぱり好奇心には勝てんな)


俺はベッドに倒れ込み、深い眠りへと落ちていった。



***



約束のお昼にカフェテラスに着くと、彼女はすでにテラス席の一角に座り、静かにお茶を飲んでいた。陽光の下で見ても、やはり彼女の美しさは際立っている。しかし、その表情は相変わらず硬く、どこか影を帯びていた。


「お待たせしました、シルフィアさん」

俺が声をかけると、彼女は静かに顔を上げた。


「いいえ、時間通りですわ、ケイタ様。どうぞ、お座りになって」


様付けはやめてほしい、と言おうかと思ったが、やはり彼女の雰囲気がそれを許さない。俺は大人しく向かいの席に座った。


「それで、依頼内容についてですが……あなたの『呪い』、いえ、『バグ』について、詳しく教えていただけますか?」


シルフィアはカップを置き、まっすぐに俺を見つめた。その碧眼には、深い苦悩と、わずかな希望の色が揺れている。


「……私は、エルフの中でも『ルーンライト』の名を継ぐ、魔法使いの家系に生まれました。幼い頃から魔法の才に恵まれ、将来は一族を担う大魔法使いになるものと、周囲からも期待されていましたわ」


彼女は淡々と語り始めた。その声には、感情がほとんど乗っていない。まるで、他人事のように。


「アカデミーでも常に首席を通し、卒業後は王宮魔術師団への道も約束されていました。私の未来は、輝かしいものになるはずだったのです……」


彼女の言葉が、そこで一度途切れた。


「ところが……ある日突然、私の魔力が大幅に制限されるようになったのです。それまで容易に扱えていた高位の魔法が、全く使えなくなりました。マナの流れが、まるで堰き止められたかのように、途中で滞ってしまうのです」


「原因は?」


俺は問いかけた。


「……不明ですわ。宮廷の最高の治癒師、大神殿の神官長、果ては隠遁した賢者にまで診てもらいましたが、誰も原因を突き止めることはできませんでした。『呪いの類は見当たらない』『身体にも異常はない』『精神的なものかもしれない』……誰もがそう言うばかり。あらゆる治療や解呪の儀式を試しましたが、効果は一切ありませんでした」


シルフィアの声に、わずかな自嘲の色が混じる。


「才能を失った魔法使いなど、何の価値もありません。王宮への道は閉ざされ、一族からも疎まれ……私は、出来損ないの烙印を押されたかのように、このリューンの街でひっそりと暮らすことを余儀なくされたのです。将来への希望も、魔法使いとしての誇りも、全て失いました」


彼女はそこまで言うと、俯いて黙り込んでしまった。長い銀髪が、その翳りのある表情を隠す。名門エルフの元エリート魔法使いが、原因不明の能力低下によって絶望の淵に立たされている……か。同情を禁じ得ない。そして同時に、強い疑念が頭をもたげる。


(原因不明? いや、そんなはずはない。どんな現象にも必ず原因はある。それが自然の法則か、あるいは人為的な干渉かは別として……そして、この世界の法則には『バグ』が存在する)


俺はシルフィアに向き直り、静かに告げた。


「シルフィアさん。原因不明なんかじゃありませんよ。それは、巧妙に隠蔽された、悪質な『バグ』です」


「……!」


シルフィアが弾かれたように顔を上げた。その目に、驚きと疑念、そして縋るような光が宿る。


「あなたには……分かるのですか?」


「ええ、おそらく。俺のスキルは、世界のあらゆる『バグ』……つまり、法則の歪みや不具合を認識し、解析することができます。あなたの症状は、典型的な『能力制限系デバフバグ』の可能性が高い」


俺は自信を持って断言した。アレンの剣の時と同じだ。自然現象や病気では説明がつかない能力の低下は、外部からの悪意ある干渉――つまり、バグの可能性が高い。


「信じがたい話かもしれません。ですが、試してみる価値はあると思います。もしよろしければ、俺があなた自身を『デバッグ』させてもらえませんか?」


シルフィアはしばらくの間、俺の顔をじっと見つめていた。彼女の心の中で、葛藤が渦巻いているのが見て取れた。だが、他に頼る術がないのも事実。


「……わかりましたわ。あなたを信じます。どうか、お願いします」


「承知しました。では、失礼して」


俺は席を立ち、シルフィアの隣に移動する。

彼女の肩にそっと手を置き、【ワールド・デバッガー】を起動した。


[コマンド実行] 詳細解析:対象 - シルフィア・ルーンライト


俺の視界に、膨大な情報が表示され始める。彼女の身体情報、魔力回路(マナ循環システム)、精神状態、そして……。


[解析:シルフィア_マナ循環システム]


ウィンドウが開き、彼女の体内の魔力の流れが複雑な図形として表示される。それはまるで、精密な電子回路図のようだ。そして、その回路図の中に、明らかに異質で、悪意を持って埋め込まれたと思しき箇所を発見した。


【バグ検出】持続性デバフバグ - 能力封印(魔法)

タイプ: 外部注入型、隠蔽処理済み、条件発動型

トリガー条件: 高位魔法詠唱に必要なマナ流量閾値超過

効果: 対象のマナフローを強制的に阻害・逆流させ、詠唱失敗及び術者への軽微なダメージ(精神負荷)を発生させる。


「……見つけました。やはり、悪質なバグが仕掛けられています」


俺はシルフィアに告げる。彼女は息を呑み、俺の言葉を待っている。


「あなたの魔力回路……マナが流れる経路ですね、そこに巧妙に隠されたデバフバグが存在します。普段は潜伏していますが、あなたが高度な魔法を使おうとして大量のマナを流しようとすると、このバグが発動してマナの流れを堰き止め、妨害する。これが、あなたの魔法が使えなくなった原因です」


「そんな……誰が、一体……?」


シルフィアの声が震える。


「バグの構造はかなり複雑ですね。特定の条件下でだけ発動するように組まれている。しかも、普通の治癒魔法や解呪では検知・解除できないように、巧妙な隠蔽処理まで施されている。これは……相当な知識と技術を持った者の仕業です」


俺はさらに解析を進め、バグが埋め込まれた痕跡、その『ソースシグネチャ』を追跡する。


[コマンド実行] 追跡:バグ発生源シグネチャ - 対象:能力封印バグ

【追跡結果】

発生源シグネチャ: 『アカデミー禁術記録:第七禁術 - 魂魄への呪刻印』の魔力パターンと一致。

付与に使用された触媒: 『忘却の水晶』の破片(微量残留物を検出)。

推定付与日時: 約3年前

推定付与者シグネチャ: ゼノン・フォン・アークライト (確率98%)


(アカデミーの禁術……だと? 触媒に『忘却の水晶』? 付与者はゼノン・フォン・アークライト……)


俺は解析結果をシルフィアに伝えた。


「このバグは、アカデミーで禁術に指定されている『魂魄への呪刻印』という術式を応用して作られています。そして、付与したのは……ゼノン・フォン・アークライトという人物の可能性が極めて高い」


「ゼノン……!?」


シルフィアが、驚愕と、そして深い絶望の色を浮かべてその名を呟いた。


「……嘘よ……。彼が……? なぜ……?」


「知り合いですか?」


「ええ……。アカデミー時代の同級生であり……ライバルでしたわ。彼は名門貴族の嫡男で、プライドが高く、常に私を敵視していました。私が首席で卒業し、彼が次席だったことを、酷く妬んでいたのは知っていましたが……まさか、こんな卑劣な手段に訴えるなんて……!」


シルフィアは信じられないというように、かぶりを振る。信頼していたわけではないだろうが、かつてのライバルによる裏切り行為は、彼女の心を深く傷つけたようだ。


(動機は嫉妬、か。くだらない理由で、人の人生をここまで狂わせるとはな。しかも禁術まで使って……。こいつもデバッグ対象リスト入り、決定だな)


俺は怒りに震えるシルフィアに向き直り、力強く言った。


「シルフィアさん、もう心配いりません。原因が特定できた以上、対処は可能です。悪質なバグです。そして、バグなら俺が修正できます」


俺の断言に、シルフィアはハッとしたように顔を上げた。彼女の碧眼に、再び希望の光が灯る。それは、さっきよりも強く、確かな輝きを放っていた。


「本当……ですの?」


「ええ、本当です。少し複雑なバグなので、解除コードの作成に少し時間がかかるかもしれませんが、必ず元に戻してみせます」


シルフィアは、俺の頼もしい言葉と態度に、驚きと尊敬のような感情を抱き始めているように見えた。


「……ありがとうございます、ケイタ様。あなたこそ、私の……最後の希望ですわ」

シルフィアは深々と頭を下げた。その声には、確かな信頼が込められていた。


「任せてください」


俺はシルフィアに力強く頷き返し、早速、頭の中でバグ解除コードの設計に取り掛かり始めた。複雑なロジックと隠蔽処理を突破し、彼女のマナ循環システムを正常化させるための、最適なコードを。


シルフィアは、そんな俺の横顔を、期待に満ちた、熱っぽい眼差しで見つめていた。

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