【5話:初心者殺しの洗礼】
「……もし、俺に何か手伝えることがあれば、言ってください」
Fランクの新米冒険者からそんな言葉をかけられるとは、予想もしていなかっただろう。
「……いや、気遣いはありがたいが、これは俺自身の問題だ」
しばらくして、アレンはそう言って少しだけ笑みを浮かべた。
「それより、君こそ大丈夫なのか? さっきから、妙に注目されているようだが」
門番を返り討ちにし、採取依頼を異常な速度で達成した俺は、すでに「何か普通じゃない新人」として認識されているらしい。
「まあ、少し目立ってしまったみたいですね。気にしませんけど」
「そうか……。だが、気をつけた方がいい。この街には、新人を狙う輩もいるからな」
アレンは忠告を残すと、「じゃあな」と短く告げ、再び依頼掲示板へと向き直った。
(新人を狙う輩、ね……)
アレンの言葉が妙に引っかかったが、俺はひとまずリナに挨拶し、今日のところはギルドを出ることにした。まずは宿を探さないと。
ギルドの扉を開け、外に出た瞬間――。
「よう、そこの新人クン。ちょっとツラ貸せや」
ギルドの入口脇に、見るからに柄の悪い三人組の冒険者パーティが待ち構えていた。
(出たな、テンプレ通りの嫌がらせ……アレンの言ってた『新人を狙う輩』ってのは、こいつらのことか)
俺は内心でため息をつく。
周囲を通行しようとしていた他の初心者冒険者たちが、彼らの姿を見て怯えたように道を避けていく。
「おいおい、無視かよ? 俺たちは『クラッシュ・クローズ』ってパーティだ。この辺じゃちょっとは名が通ってるんでね。新入りはまず、俺たちに挨拶するのが筋ってもんだろ?」
「挨拶? 別に必要ないと思いますが」
「ああ? 生意気な口きくじゃねえか。さっきの依頼達成といい、門番への態度といい、随分と調子に乗ってるみたいだな、オイ」
「気に入らねえな……。ちょっと、先輩として『指導』してやる必要があるみてえだ」
『指導』ね。
(……仕方ない。これもデバッグ対象、か。アレンの忠告もあったことだし、ここでキッチリ『修正』しておけば、他の新人も助かるかもしれない)
俺は内心で決意を固め、冷静に相手パーティを観察した。
[コマンド実行] 解析:敵対パーティ - 対象:クラッシュ・クローズ
ウィンドウが次々とポップアップし、彼らの情報が表示される。
【オブジェクト情報】ボルガン(リーダー)
レベル: 12
状態: 強欲、粗暴。新人を脅して金品を巻き上げている。
装備: 見た目だけ豪華な中古鎧【バグ検出:耐久値パラメータ異常低下(脆い)】、大雑把な作りの剣【バグ検出:バランス調整不良(扱いにくい)】
スキル: 強奪 Lv3【バグ検出:成功率判定ロジックエラー(特定の条件下で必ず失敗)】
ステータス: 筋力のみ高い【バグ検出:ステータス表示偽装(敏捷・耐久が実際より高く表示されている)】
性格診断(簡易): 短絡的、虚勢を張る、痛みに弱い
【オブジェクト情報】スティンガー(痩身の男)
レベル: 10
装備: 安物の革鎧
スキル: 連携攻撃・斬り込み【バグ検出:タイミング同期エラー(ボルガンとの連携時に0.3秒遅延)】
【オブジェクト情報】チャンク(小太りの男)
レベル: 9
装備: 使い古した盾
スキル: 連携攻撃・盾防御【バグ検出:タイミング同期エラー(ボルガンとの連携時に0.2秒早まる)】
(……はっ、なんだこれ。脆弱性の塊じゃないか)
リーダーのボルガンは、ステータスを偽装し、見かけ倒しの装備で虚勢を張っているだけ。おまけにメインスキルであろう「強奪」には致命的なバグ持ち。
仲間たちも、連携スキルにタイミングずれバグがあるせいで、まともに連携できていないだろう。
「さて、どう料理してやろうか。派手に恥をかかせるのが一番、後腐れなくていいかな」
俺は内心で、彼らを効率的に無力化するデバッグ手順を組み立て始めた。
「おい、何ニヤニヤしてやがる! 俺たちが怖くて声も出ねえか?」
「いえ、あまりにも見事な……ポンコツぶりに感心していたところです」
「あぁ!?」
「まあ、いいでしょう。その『ご指導』とやら、受けて立ちますよ」
「へっ、威勢がいいのは今のうちだけだぜ! 野郎ども、やっちまえ!」
ボルガンの号令で、三人が同時に襲い掛かってきた。ボルガンが大剣を振り上げ、スティンガーがその横から斬りかかり、チャンクが盾を構えて突進してくる。連携しているつもりらしいが、その動きはバラバラだ。
(まずは、リーダーのメッキ剥がしからだな)
ボルガンが「まずはそのふてぶてしいツラをぶん殴ってやる!」と叫びながら大剣を振り下ろそうとする瞬間、俺は大声で叫んだ。
「おっと、その前に。ボルガンさん、あんたステータス偽装してますよね? 敏捷と耐久、表示されてる数値よりだいぶ低いじゃないですか。バレバレですよ!」
俺の言葉は、騒ぎを見守っていた周囲の冒険者たちにもはっきりと聞こえた。
「え? ステータス偽装?」
「どうりで動きが鈍いと思ったぜ」
「ハッタリ野郎かよ!」
「な、な、な……!? き、貴様、何を言ってる!」
ボルガンは図星を突かれて激しく動揺し、振り下ろそうとした剣の動きが止まる。その隙を俺は見逃さない。
[コマンド実行] バグ利用:耐久値異常減少 - 対象:ボルガンの鎧と剣
ボルガンが動揺から我に返り、再び大剣を振り下ろそうとした瞬間――パキィィン! という甲高い音と共に、彼の大剣があっけなく中ほどから砕け散った。さらに、衝撃で彼の着ていた中古鎧の胸当て部分に大きな亀裂が入り、みしみしと嫌な音を立てている。
「なっ……!? 俺の剣が!? 鎧まで!?」
「あーあ、やっぱり安物買いの銭失いでしたね。見た目だけじゃダメですよ」
「くそっ! てめえら、何やってる! さっさとこいつを押さえつけろ!」
「連携攻撃だ!」
「うおお!」
だが、それも俺の計算通りだ。
[コマンド実行] 誘発:スキル同期エラー - 対象:スティンガー、チャンク
スティンガーの斬り込みが0.3秒遅れ、チャンクの盾防御(というより体当たり)が0.2秒早まった結果――。
ドガッ!
「ぐはっ!?」
「うげっ!?」
スティンガーの剣がチャンクの盾に阻まれ、勢い余ったチャンクがスティンガーに激突。二人仲良く地面に転がり、うめき声を上げている。見事な自滅だ。
「「「ぶははははははは!!!」」」
再び、周囲から大爆笑が巻き起こる。
武器も防具も失い、仲間も同士討ちで戦闘不能。リーダーのボルガンは、完全に戦意を喪失し、顔面蒼白になって立ち尽くしている。
「さて、『ご指導』の続きは?」
俺が冷ややかに問いかけると、ボルガンは「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げ、脱兎のごとく逃げ出した。転がっていた仲間たちも、慌ててその後を追っていく。その姿は、まさに敗走兵そのものだった。
「よくやった、兄ちゃん!」
「そうだそうだ! あいつらにはいつも新人がカモられてたんだ!」
「これで少しは静かになるな!」
周囲の冒険者たちから、喝采と感謝の声が飛んでくる。特に、さっき怯えていた初心者らしき若者たちは、目を輝かせて俺を見ていた。
「いえ、ただの掃除ですよ。ああいう輩は、定期的に駆除しないと」
俺はクールに答えておいた。
(ふぅ、これもなかなかいい経験値になったんじゃないか? 悪質なバグほどボーナスが大きいなら、今のはかなり美味しかったはずだ)
俺は内心でガッツポーズを決めながら、人々の賞賛を適当に受け流していた。
その時、騒ぎを見守っていた人垣がすっと割れ、一人の女性が静かに歩み出てきた。
息を呑むほど美しいエルフだった。長く艶やかな銀色の髪、透き通るような白い肌、そして理知的な輝きを宿した碧眼。完璧な造形美を持つ彼女だが、その表情にはどこか影があり、纏う雰囲気はクールで近寄りがたいものがあった。
彼女はまっすぐに俺の前に立つと、鈴を転がすような、しかし感情の乗らない声で言った。
「……見事な『デバッグ』でしたわ」
俺は内心でギクリとした。彼女は俺がやったことを理解している?
「私はシルフィア・ルーンライトと申します。あなたにお願いしたいことがあるのです」
「私の身にかけられた、解くことのできない『呪い』……いえ、あなたなら理解できるでしょう。この悪質な『バグ』を修正していただきたいのです」
「報酬は望むだけお支払いしますわ」
呪いをバグ、と。彼女は何かを知っている。そして、俺の能力のことも見抜いている。
彼女が解けない「呪い(バグ)」とは、一体どんなものなのか。
俺はシルフィアの真剣な碧眼を見つめ返した。その瞳の奥には、深い絶望と、わずかな希望の光が揺らめいているように見えた。
「……詳しく、聞かせてもらえますか?」
俺は、面倒事の予感を感じつつも、そう答えていた。