【2話:門番への軽い挨拶】
森を抜けて街道をしばらく歩くと、目的地の街『リューン』の巨大な城門が見えてきた。近づくにつれて、門を出入りする人々の喧騒や、荷馬車の車輪が石畳を叩く音が大きくなってくる。なかなか活気のある街のようだ。石造りの城壁は高く、堅牢な印象を受ける。
(よし、無事に到着したな。まずは情報収集と……できれば寝床の確保か。)
期待を胸に正門へと近づくと、門を守る衛兵たちの姿が目に入った。数人が槍を手に立ち、出入りする人々をチェックしている。その態度は……なんというか、少し横柄な印象だ。商人らしき男に何事か言い含めていたり、荷物を無遠慮に改めたりしている。
(うーん、ちょっと嫌な予感がするな。こういう場所には、権力を笠に着るタイプの輩がいるもんだ)
俺が門に近づくと、案の定、衛兵の一人がこちらに気づき、顎でクイッと中に入るよう促した。俺は大人しく列に並び、順番を待つ。
そして、俺の番が来た。対応してきたのは、恰幅が良く、偉そうな態度を隠そうともしない中年の門番だった。鼻の下にはだらしない髭を生やしている。
「ん? 見ねえ顔だな。新入りか?」
門番は俺を値踏みするようにジロジロと見ながら、ふてぶてしい口調で言った。服装から、新米冒険者か、あるいはただの旅人と判断したのだろう。どちらにせよ、カモが来たとでも思っていそうだ。
「ええ、まあ。この街に来るのは初めてです」
俺は当たり障りなく答える。内心では舌打ちしていたが、表情には出さない。処世術というやつだ。
「ふーん。まあいい。通行税は銀貨1枚だ。払え」
銀貨1枚?初期資金が金貨1枚と銀貨数枚、銅貨数十枚だったはず。通貨価値がまだよく分からないが、通行税としては少し高い気がする。だが、ここでゴネても仕方ない。俺は懐から銀貨を1枚取り出そうとした。
その時、門番はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて続けた。
「ああ、それからな、新入り。この街の『安全』に協力してもらわねえとな。通行税とは別に、『協力金』として、さらに銀貨2枚を出してもらうぞ」
……は? 協力金? なんだそりゃ。
俺が怪訝な顔をしていると、門番はドスの利いた声で言った。
「なんだ、文句あんのか? この街で安全に過ごしたいなら、俺たち衛兵に協力するのは当然だろうが。払えねえってんなら、街には入れねえぞ?」
周囲の空気が凍りついた。商人らしき男は俯き、他の通行人も見て見ぬふりをしている。この門番、常習犯と見た。
(なるほどな……典型的な権力の悪用、私腹を肥やすタイプのバグか。こういう輩は本当に気分が悪い)
ここで払ってしまえば楽だが、こういう輩をのさばらせるのは癪に障る。それに、この街で活動するなら、こういう腐敗は早めにデバッグしておいた方が、後々のためにもなるかもしれない。
(……よし、決めた。こいつはデバッグ対象だ。軽く『挨拶』してやろう)
俺は【ワールド・デバッガー】を起動。
目の前の門番、に意識を集中した。ウィンドウが表示される。
【オブジェクト情報】門番 ゴードン
レベル: 5
状態: 強欲。権力を利用して弱者から金銭を巻き上げている。
装備: ハッタリ衛兵鎧【バグ検出:防御力パラメータ偽装(実質1/3)】
スキル: 威圧 Lv1【バグ検出:効果時間異常短縮(0.5秒)】
性格診断(簡易): 小心者、権力に弱い、虚勢を張るタイプ
「……ぷっ」
思わず吹き出しそうになった。なんだこの雑魚は。鎧は見かけ倒しで、スキルは欠陥品。
「おい、貴様! 何がおかしい!」
俺の反応が気に食わなかったのか、ゴードンが顔を赤くして怒鳴った。
「いえ、失礼。あまりにも見事なハッタリ……いえ、立派な鎧でしたので」
俺は平静を装って答える。
「ふん、分かればいいんだ、分かれば! さあ、さっさと協力金を出せ!」
ゴードンはおそらく彼の唯一の攻撃手段であろう「威圧」スキルを発動した。
[スキル発動:威圧 Lv1]
ゴードンから、微弱なプレッシャーのようなものが放たれた……気がした、ほんの一瞬だけ。0.5秒も持たなかっただろう。
俺は当然、平然としている。
「……? 何かしましたか?」
「なっ……!?」
ゴードンは自分のスキルが全く効いていないことに愕然としている。
「おやおや、もしかして今の、『威圧』スキルですか? 効果時間がバグって一瞬で切れてますけど。それじゃあ、ハエも脅せませんよ?」
俺はわざと周囲に聞こえるように、スキルのバグを指摘した。
「な、な、な……!? き、貴様、何を言っている! 俺のスキルにケチをつける気か!」
ゴードンは顔を真っ赤にして狼狽えている。周囲の通行人たちも、何事かとこちらに注目し始めた。
「ケチというか、事実ですが。それよりも、そのピカピカの鎧、素晴らしいですね。見た目はまるでミスリル製みたいだ」
俺はゴードンの鎧に視線を移す。
「そ、そうだろ! これは特別製の高級品なんだ!」
ゴードンは自分の装備を褒められたと思い、少し得意げになった。単純な奴だ。
「ええ、本当に『見た目』は。 これ、完全にハッタリ用の偽装じゃないですか。そんなペラペラの鎧じゃ、ゴブリンの投石でも凹んじゃいますよ?」
俺の言葉に、周囲からどよめきと失笑が漏れた。
「え? あの鎧、ハッタリだったのか?」
「どうりで威張ってるわけだ……中身は空っぽか」
「協力金とか言って、自分の鎧代にでもしてたのかねぇ」
「き、貴様ぁああああ!! よくも俺をコケにしてくれたな!!」
完全にプライドをへし折られ、逆上したゴードンが、腰の剣に手をかけ……る前に、拳を握りしめて殴りかかってきた。
だが、遅い。
俺はゴードンが動き出す瞬間を狙って、コマンドを実行した。
[コマンド実行] バグ利用:強制転倒スキル - 対象:ゴードン
次の瞬間、ゴードンは足元に何もないはずの空間で、ありえないほど派手に足を滑らせた。
「うおっ!? ぐえっ!!」
バランスを崩し、一回転して、見事なまでに顔面から地面にダイブ。派手な音と共に、彼の自慢のハッタリ鎧がベコッと無様に凹んだ。本当にゴブリンの投石レベルだったらしい。
「「「ぶははははははは!!!」」」
周囲から、抑えきれない大爆笑が巻き起こった。
鼻血を流しながら泥まみれになったゴードンは、真っ赤な顔でプルプルと震えている。屈辱と怒りで言葉も出ないようだ。
「大丈夫ですか? 足元、何かバグでもあったみたいですね」
俺は心配するふりをして声をかける。もちろん、追い打ちだ。
ゴードンは恨めしそうに俺を睨みつけると、よろよろと立ち上がり、一目散に衛兵詰所へと逃げていった。
(ふぅ、これで一件落着、か。予想以上に派手にやってしまった気もするが……まあ、いいだろう。これで少しは街の空気も良くなるかもしれない)
俺が内心で満足していると、突然、声をかけられた。
「あ、あの! 大丈夫でしたか!?」
声のした方を見ると、一人の少女が心配そうにこちらへ駆け寄ってくるところだった。歳は十六、七くら
いだろうか。栗色の髪をサイドテールにしていて、大きな瞳が印象的だ。服装は……冒険者ギルドの制服だろうか?
しかし、その少女、駆け寄ってくる途中で見事に石畳のわずかな凹凸につまずいた。
「きゃっ!?」
バランスを崩し、派手に転びそうになる。
「おっと!」
俺は咄嗟に手を伸ばし、彼女の腕を掴んで支えた。危ない危ない。
「あ、ありがとうございます……! すみません、ドジで……」
少女は顔を赤らめて、ぺこりと頭を下げた。間近で見ると、なかなかの美少女だ。庇護欲をそそるタイプの可愛らしさがある。
(ドジっ子か……。可愛い。)
「いえ、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
俺は表面上、優しく声をかける。
「は、はい! 大丈夫です! あの、さっきはすごかったです! あの意地悪なゴードンさんを懲らしめてくれて……!」
少女はキラキラした目で俺を見上げてくる。どうやら、さっきの一部始終を見ていたらしい。
「まあ、ちょっとしたお遊びですよ」
「お遊びであんなことができるなんて……! あ、私、リナ・シルフォードって言います! 冒険者ギルドで受付をしているんです! よかったら、ギルドまでご案内しますよ!」
リナと名乗った少女は、元気よく自己紹介し、案内を申し出てくれた。
ちょうどギルドを探そうと思っていたところだ。渡りに船とはこのことか。
「それは助かります。俺はケイタ。よろしくお願いします、リナさん」
俺は差し出された手を軽く握った。柔らかくて小さな手だった。
「はい! ケイタさん! こちらです!」
リナは嬉しそうに微笑むと、俺の手を引くようにして歩き出した。
(……まあ、案内してもらえるなら、断る理由はないか。ギルドもシステムで動いてるなら、きっとバグの一つや二つ、あるだろうしな)
俺はリナに案内されながら、活気のあるリューンの街並みを眺めつつ、内心でほくそ笑んでいた。