【1話:森のサバイバルもバグ利用で楽々】
「……さて、と」
俺は軽く首を回し、凝りをほぐす。ブラック企業での連日の徹夜明けとは比べ物にならないほど、身体が軽い。これも転生特典の一つだろうか。
まずは現状確認だ。これはどんなプロジェクトでも基本中の基本。
俺は意識を集中し、半透明のウィンドウを呼び出す。うん、問題なく起動するな。
【ステータス情報】
名前: ケイタ
レベル: 1
HP: 100/100
MP: 50/50 (計算式バグ修正済み)
スキル: 【ワールド・デバッガー】, 【異世界言語理解】
よし、ステータスは変わらず。
そして、肝心のユニークスキル【ワールド・デバッガー】。経験値ボーナス(+1000%)のバグを見つけて、ちゃっかり【利用】を選択しておいた。これでレベル上げの心配も、当面はなさそうだ。
(経験値10倍とか。バグ様様だな)
内心でほくそ笑みながら、俺は周囲を見渡す。
森の中は静かだが、油断は禁物だ。ファンタジー世界の森といえば、魔物や危険な動植物の宝庫というのがお約束だろう。さっきの毒草みたいに、見た目では判断できない危険が潜んでいる可能性もある。
「まずは安全確保と……腹ごしらえ、だな」
幸い、腹はまだ減っていない。転生直後だからか? 動けるうちに食料と安全な飲み水を確保しておくに越したことはない。
俺は【ワールド・デバッガー】を本格的に起動。視界の端々に、世界の綻びを示す微細なノイズ――バグマーカーが明滅し始める。まるでデバッグモードでソースコードを眺めている時のようだ。懐かしい、とはあまり思いたくない感覚だが。
足元に茂る、鮮やかな赤い実をつけた低木に意識を向ける。ウィンドウが表示される。
【オブジェクト情報】アカミノキ
状態: 食用ベリー。ただし、未熟なものは軽い腹痛を引き起こす可能性あり(成熟度パラメータ変動バグ)。
【バグ検出】成熟度パラメータ不安定
推奨コマンド:[パラメータ書き換え:成熟度 1.0(完熟)]
「なるほど、見た目は美味そうでも、食あたりリスク付きか。これもバグのせい、と」
俺は迷わずコマンドを実行した。
[コマンド実行] パラメータ書き換え:成熟度 1.0(完熟)
見た目に変化はないが、ウィンドウ表示から【バグ検出】の項目と注意書きが消えた。これで安全に食べられるはずだ。
試しに一つ摘んで口に入れる。
「……ん、美味い」
甘酸っぱくて、瑞々しい。天然のフルーツなんて久しぶりに食べた気がする。ブラック企業ではエナジードリンクとコンビニ飯が主食だったからな……。
(お、さっそく経験値ボーナスが入ったか? 表示は出ないけど、なんかレベルアップしたような感覚があるな。レベル1からだから上がりやすいのかも)
経験値バグ、ちゃんと機能しているようだ。これはモチベーションが上がる。
次に、近くに生えていた怪しげな紫色のキノコに目を向ける。いかにも毒々しい見た目だ。
【オブジェクト情報】ムラサキドクカサ
状態: 強力な神経毒(即効性)。
【バグ検出】毒性成分合成プロセス異常(過剰生成)
推奨コマンド:[パラメータ書き換え:毒性 0], [バグ利用:毒成分抽出]
「やっぱり毒キノコか。しかも強力……だが」
俺はニヤリと笑みを浮かべ、コマンドを選択した。
[コマンド実行] パラメータ書き換え:毒性 0
ウィンドウ表示から毒性の項目が消え、ただの【ムラサキカサ】に変わった。試しに少しだけかじってみる。うん、特に味はない。無害なキノコになったようだ。
「毒キノコも修正すれば食えるとか、楽すぎるだろ! これなら食料に困ることはなさそうだな」
食料確保の目処が立ったところで、次なる課題は明かりと水の確保だ。日が暮れる前に準備しておきたい。
森の中を少し歩くと、岩壁に淡く光る苔を発見した。
【オブジェクト情報】ヒカリゴケ
状態: 微弱な光を発する。観賞用。
【バグ検出】アイテムデータ参照エラー(本来は複数個スタック可能なはずが、個数データが1に固定されている)
推奨コマンド:[バグ利用:アイテム増殖(個数データ書き換え)]
「スタック不可バグか。オンラインゲームでたまにあるやつだな。だが、こっちにとっては好都合」
俺は苔をいくつか剥ぎ取り、スキルを発動。
[コマンド実行] バグ利用:アイテム増殖(個数データ書き換え:99)
手の中のヒカリゴケが、まるでコピー&ペーストされたかのように増殖し、あっという間に小さな山になった。光量も増して、周囲がほんのり明るくなる。
「夜の明かりゲット。ランタンとか買う手間省けたな。これも経験値ボーナス対象か。ありがたい」
次に水を探す。幸い、すぐに小さな小川を見つけることができた。透き通っていて綺麗に見えるが、油断はできない。
[コマンド実行] 解析:水質
【解析結果】
成分: ミネラル含有量良好
状態: 飲用不可 【バグ検出:環境要因による寄生虫汚染(不可視)】
推奨コマンド:[パラメータ書き換え:寄生虫汚染 false]
「やっぱり罠か。見た目が綺麗な水ほど危ないってのは、異世界でも同じらしい」
[コマンド実行] パラメータ書き換え:寄生虫汚染 false
これで安全な飲み水になったはずだ。手ですくって飲んでみる。冷たくて美味い。身体に染み渡るようだ。
「浄化魔法とか覚える必要もなさそうだな。これもスキルのおかげか」
食料、明かり、水。サバイバルの基本セットがスキル一つで簡単に揃ってしまった。我ながら、とんでもないスキルを引き当てたものだ。
ふと、茂みの奥からガサガサと物音が聞こえた。反射的に身構える。
茂みから現れたのは、灰色の毛並みをした狼型の魔物。大きさは中型犬くらいか。鋭い牙と爪が光っている。ファンタジー定番のウルフ系モンスターだろう。
(うわ、いきなり戦闘かよ……面倒だな)
俺は即座に対象を解析する。
【オブジェクト情報】フォレストウルフ
レベル: 3
状態: 警戒中。縄張り意識が強い。
スキル: 噛みつき、引っ掻き
【バグ検出】聴覚感度パラメータ異常(本来の5倍)
推奨コマンド:[パラメータ書き換え:聴覚感度 0.1], [バグ利用:音響パルス生成(威嚇)]
「聴覚感度バグ? なるほど、音に異常に敏感なのか。だからこっちの些細な物音にも気づいて警戒してる、と」
レベル3か。今の俺が素手で勝てる相手とは思えない。
[コマンド実行] パラメータ書き換え:聴覚感度 0.1
フォレストウルフの耳がピクリと動いたが、すぐにキョロキョロと周囲を見回し始めた。どうやら、俺の存在を完全に見失ったらしい。
(よしよし、これでスルーできる。怪我でもしたら治すのも面倒だし)
俺は息を潜め、ゆっくりとその場を離れる。フォレストウルフはこちらに気づくことなく、森の奥へと去っていった。
「ふぅ……危なかった。戦闘回避もデバッグ次第か。これまた経験値ボーナスゲット。バグ様々だな、本当に」
安全も確保できたところで、そろそろ次のステップに進むべきだろう。この森にずっといるわけにもいかない。目指すべきは、人のいる場所――街か村だ。
俺は周囲で一番高い木を見つけ、その根元に立つ。
「さて、登りますか」
普通に登るのは骨が折れるが、ここでもスキルを活用させてもらう。
足元に意識を集中し、バグを探す。
【バグ検出】物理演算エラー(特定条件下で摩擦係数が異常増加)
推奨コマンド:[バグ利用:壁面吸着歩行]
「壁走り、みたいなもんか。便利そうだな」
[コマンド実行] バグ利用:壁面吸着歩行
足の裏が、まるで磁石のように木の幹に吸い付く感覚。俺はそのまま、重力に逆らうようにトントンと木の幹を駆け上がった。これは楽でいい。
あっという間に木の頂上付近に到達。そこから周囲を見渡すと……あった!
森を抜けた先、広大な平原の向こうに、石造りの城壁に囲まれた街らしきものが見える。
「よし、目的地発見! あそこなら人もいるだろうし、情報も集められるはずだ」
あとはそこまでの安全なルートだが……これもスキル頼みだ。
[コマンド実行] バグ利用:経路最適化 - 現在地から視認座標(街)まで
視界に、半透明の光るラインが地面に描かれた。最短かつ、魔物などの危険遭遇率が最も低いルートを示してくれているようだ。
「最短・安全ルート表示……便利すぎだろ、これ」
俺は木から降り、表示されたルートに従って歩き始めた。
道中はスキルのおかげで危険もなく、非常にスムーズだった。
数時間ほど歩いただろうか。森を抜け、視界が開けた。目の前には広大な平原が広がり、その向こうに、先ほど木の上から見えた街の城壁が、今度ははっきりとそびえ立っている。活気のある大きな街のようだ。街の名前は……リューン、か。
「ようやく到着か。長かったような、あっという間だったような……」
スキルのおかげでサバイバル自体は楽勝だったが、それでも慣れない環境での移動は少し疲れた。
「さて、あの街ではどんなバグが待ってるかな。できれば面倒事は避けたいところだが……」
俺は期待と、ほんの少しの面倒事への懸念を胸に、リューンへと続く道を歩き始めた。願わくば、ここでもスキルを駆使して、快適に過ごしたいものだ。社畜根性が染みついているのか、どうしても効率と省力化を求めてしまう。
まあ、なるようになるか。