涙の価値
「はぁ~っ駄目だわ」
三十分近く粘って、相手に嫌な印象を残したままスマホの電話を切る。苦労の甲斐なく顧客を逃した心理的ダメージに、私はそのまま暫く動けなくなる。
同業者に優良な取り引き先を奪われた。もちろん選ぶのはお客様の自由だ。文句を言う前に自社の商品を見直せということ。
「でも‥‥条件変わらないなら手間かけてまで移る必要ないじゃない」
思わず握りしめたスマホを投げつけたくなる。負けは負け。
「若さで負けた⋯⋯なんて会社に報告出来るかっっての」
自棄酒を煽りながら、辛味噌ラーメンをうーんと辛くする。熱さと痛さで悔し涙を誤魔化した。
長年の付き合いで築いた信頼なんて、この御時世では何の価値もないのかと悲しくなる。幸い別な取り引き先が見つかり、首の皮は繋がる。
「すまない‥‥もう一度取り引きを見直してくれないか」
我が社を切った相手から連絡が入る。今更何をと思ったわ。ニュースを見て納得した。同業のライバル会社が倒産したらしい。
この業界ならよくある事。でもなんとなくスッキリしたのは内緒だ。
「三倍増しなら請け負うわよ」
「うっ⋯⋯お願いします」
立場逆転。後の事など知ったこっちゃない。
私の涙は高くつくんだからね。
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