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第9話 貴方の名を呼ぶ


『シズク。もし、困ったことがあったら私の名前を呼ぶんだよ。……絶対に駆けつける。約束する。だから……我慢しないで頼って欲しい』


 脳裏に過ったのは、優しくて頼りになるルティ様の声だった。

 ブリジット(前世の私)は最期の最期まで、あの方の名前を意地でも呼ばなかった。

 でも今は──。


「奧に部屋があるだろう、さっさと案内しろ」

「それとも痛いのが好きなのか?」

「…………けて……ルティ様、助けて」


 その呟きに足下の魔法陣が生じ、次の瞬間私は誰かに抱き寄せられていた。薬草の香りに泣きそうになる。凄まじい風が部屋内に吹き荒れて「ぎゃ」とか「うげ」という声が耳に届く。

 真っ白な九つの尻尾は私を守るように寄り添い、腰に巻きついていた。


「結界が砕けて急いで駆けつけてみれば、……客人(ゴミ)が、なんのつもりだ?」

「ルティ様っ……(来てくれた)」


 嬉しくてルティ様に抱きつく。


「シズク……っ」

「ルティ様、ルティ様!」


 怖かった感情も、苦しみも、不安も過去もルティ様が洗い流してくれる。背中に回された手は大きくて温かい。じんわりと涙が溢れた。ルティ様は少しだけ機嫌が良くなったのか、私の頬にキスを繰り返す。恥ずかしいけれど、今はこの甘やかす感じが安心する。


「遅くなってごめん。怪我は? 酷いことはされていないね?」

「──っ、はい。ハッ、ルティ様も怪我は?」


 震えながらもルティ様に怪我がないか頬に触れる。ルティ様の美しいご尊顔は無事で、怪我も見る限りない。ちょっと頬が赤くなったぐらい?


「私は大丈夫だよ。三日月(クレセント)(・ドラゴン)が冬籠もりに失敗して癇癪を起こしていたので殴っておいたから」

「殴っ……(物理!?)ええっと……魔法とかではなく?」

「シズクが心配で、説得をすっ飛ばして黙らせるには、殴ったほうが早かったからね」

「そ、それは……大丈夫です? あとでドラゴンに報復などは?」

「次はない──と言っておいたから大丈夫だよ」

「あ、はい……(生殺与奪はルティ様が握っている側なのね……ドラゴン相手でもすごい)……でも無事で、本当によかった」


 安心したせいか力が入らずにルティ様に縋り付いた。そんな私を片腕で抱きかかえて、にっこりとしている。しかし私から視線を外した刹那、眉は吊り上がり笑顔が消えた。


「──で、この客人(ゴミ)は、どうしたんだい?」

「(怖っ。ゴミって……)ハッ、そうでした」


 私に迫ってきた二人組の男性は視界から消えており、何処にもいない。先ほどの風魔法で吹き飛ばしたのかしら?

 部屋にいるのは金髪碧眼の青年と、床に倒れている青年だけだ。


「えっと……至急の頼み事があるとかで、納屋の提供をしたのですが王子だからとか、あそこだと被害に遭うとかで……」

「ああ、それでシズクが提案したのに愚かにも屋敷の結界を解除したのか」


 パチン、と指を鳴らしただけで砕かれた結界が再構築していく。あまりにも一瞬だったけれど、逆再生したかのような速度だった。


「……っ、森の大賢者。度重なる無礼をお詫びする。恥ずかしながら重ねて厚かましくも従兄弟のことを助けて欲しい。望むものなら何でも差し出そう。だから……っ、どうか、《片翼》だと言い出したら鳥竜族との仲を取り持って頂けないだろうか」

「……かたよく」


 徐に呟いた瞬間、床に散乱していた剣を見てしまいルティ様の胸元に顔を埋める。


「シズク? 気分でも悪いのかい?」

「……剣、血の……付いた剣が……怖いの」

「ああ、ごめん。すぐに消し去るから」


 パチン、と指を鳴らしただけで何かが崩れる音がした。怖くてルティ様にしがみつくばかりだ。それに《片翼》のことでも動揺している自分がいた。


「もう大丈夫だよ」

「うん、……ありがとう」

「シズクが怖がる者は、何一つ許さないから大丈夫だよ。……さて、ペルニーア小国の王子風情が、私の大切な者を害そうとしてくれたな。その上、厚かましくも助けろと?」

「都合が良いのは重々承知している。それでも今は貴方に縋るしか──」

「出て行け。お前たちがどうなろうと私には関係ない」

「ごほっ、……っ、大賢者。……身内が……申し訳……ない」


 額を床にこすりつけて謝罪したのはずっと床に倒れていた青年だった。金髪碧眼の青年と髪の色は似ているが、瞳は琥珀色でとても強い目をしていた。

 酷いことをされそうになったのは事実で、実際にこの人たちは護衛の二人を言葉で制止するだけで、助けようとはしてくれなかった。だから助けたいとは思わない。

 でも──。


「怒りを買ったのはもっともだ。それでも──《片翼殺しの天狐人》、どうか力を」


 片翼殺しの天狐人?

 ルティ様が?

 ブリジット(片翼)を殺した?

 呼吸が上手く、できない。え、まってブリジットを殺したのは違う。この人じゃないのに、どうしてそんな異名があるの? 私は単に生贄だったはずでしょう?

 ルティ様の表情から笑顔が削ぎ落とされて、伽藍堂の目が金髪碧眼の青年に向けられる。


「……よほど私に殺されたいようだな」

「自分の命一つで従兄弟が助かるのなら、それでも構わない。その代わり──エディを」

「だめよ♪ 彼は私の《片翼》なのだから、帰して貰わないと」



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