第10話 ボタンの掛け違い
底抜けに明るい声がドアの向こうからした。
そこには鷲の羽根に、蛇の鱗の肌を持った美女が佇んでいた。足はふくらはぎの部分から鷲の足。ふと元の世界のゲームに出てくる上半身は女性、体は鳥の女面鳥身の姿を思い出した。この大雪の中で露出が高く、水着のような恰好を見た瞬間、思わずルティ様の両手を隠す。
あんなお色気満々な人にルティ様が惚れられたら、確実に負ける。プロポーションとか勝ち目ゼロだもの! せめて前世ほどのポテンシャルがあれば、張り合えたかもしれないのに……。
「シズク? あんな肉の塊などで欲情しないから大丈夫だよ。するのならシズクだけ」
「そっか、よかった(……ん? なんか最後にとんでもないことを言われたような?)」
「まあ、天狐人じゃない! 地上にどうして貴方みたいな存在がいるのよ?」
髪は紫色で、瞳は猛禽類のように鋭く金色で美しい。声も可憐だわ。でもそこに感情らしい温度感はなかった。
「お前には関係ないことだ。用があるのは、そこにいる《片翼》か?」
「そうそう♪ 私の大事な、大事な《片翼》なの。百年目でやっと見つかって求婚したのに断るのよ。条件が飲めなければ、なんて意味不明なことばかりって……。《片翼》に選ばれたのに、断るなんてできないのにね。……だから求愛紋を施そうとしたのに途中で逃げるから、中途半端になって呪いになりかけているわ」
「──っ」
大事だと言いながら、彼女は《片翼》として選んだ青年のことを心配していなかった。その悪びれる様子もないことに腹が立った。
「……どうして《片翼》に選ばれただけで、伴侶になるのが当たり前みたいなことを言うのですか?」
「シズク?」
「なに? 貴女?」
「答えてください。それ次第でこの人たちを貴女に渡すかどうか決めます」
「え」
「し、シズク? もしかして同族だから同情を? それともその二人が気に入っちゃった?」
ルティ様は斜め上な発言にちょっと力が抜けてしまった。いやまあ、感情的になってブリジットの時の感情が出てきてしまったので、気をつけないと。
「違います。……私の世界でも政略結婚など愛のない結婚はありますけど、それぞれ話し合いと交渉の果てに妥協点を見出して家族となります。そして条件が合わなければ当然離縁もします」
「え、なにその怖い世界……」
「残酷すぎる。死ねというの?」
ルティ様と鳥竜族の女性は全力で慄いていた。怖いのは貴方がたの思考回路なのだけれど……。この際思っていることを言ってしまおう。
「人族は短命です。でもその分短い時間の中でも、一緒になる人との繋がりを大事にします。だから私たちにとって《片翼》に選ばれたと言われても、器が適合した《生贄》程度の認識でしかなく、名誉だとか誉れだとか思っていません」
「え、生贄!?」
「なんで《片翼》が生贄になるのよ!」
途端にルティ様と鳥竜族の女性が同時に声を上げた。
「《片翼》とは生贄の隠語なのでしょう?」
「……っ、違う!」
「…………生贄? 違うわ」
「そうだ、贄な訳ない!」
「……本当に、生贄じゃない?」
「たった一人の伴侶で、《片翼》だ。魂の巡り合わせで同じ魂を好きになることはあっても、他の誰かを好きになることはない。それが《比翼連理の片翼》、文字通り、自分の半身であり、唯一無二の存在。心から愛して、存在無しにはいられない──重愛を注ぐ相手だ」
何を言っているのだろう。
そんな訳ない。だって……本当に伴侶、《片翼》としてだったら……。ブリジットの時はどうしてあんな扱いを?
ぐっと、拳を握って溢れ出す感情をぶちまける。
「だとしても! 《片翼》だから無条件で好きになる訳がない。せいぜいキッカケとしての取っかかりであれば良いですけれど、人族は言葉で、態度で何度も示さなければ信用できない臆病かつ慎重な生き物なのです。……そんな人族に『《片翼》だから』と言われ続け、会話もなければ、形だけの仮面夫婦にしかなりませんよ? それを望むのですか?」
「そんなの……嫌」
「じゃあ、ちゃんと会話して相手とコミュニケーションをとらないと、嫌われますよ」
「!?」
「《片翼》でも……そうなの?」
「《片翼》だから無条件で好きだって思えるのは、四大種族側だけだと思いますよ?」
「「…………」」
沈黙。というか美女さんはすでに泣きそうだ。泣かすつもりはなかったのだけれど……。
「その……仲裁して貰ってなんだが、君の……その……大賢者様が灰になりかけているのだが……」
「ハッ! ルティ様、すみません。思わず本音を」
「ほんね」
「トドメを刺しに言った……」
ルティ様の髪の艶は消えて、尻尾はかなり動揺しているのか震えっぱなしだ。目は潤んでいて今にも涙をこぼしそう。
「シズク……っ、私のこと……き、嫌いになるのか?」
「──っ」
こっちにまで深刻は精神的なダメージを与えてしまったわ。でも……本心だもの。ルティ様のしおしおの髪を丁寧に撫でた。
生贄じゃなかった? まだ気持ちが消化できていないけれど、今はルティ様のフォローが先だわ。
「ルティ様は私に求愛してくれましたけど、私の言葉を、話をちゃんと聞いて選択肢をくださったでしょう。だからあそこにいる鳥竜族さん? とは違いますよ」
「ほんとうに?」
「はい。……でも人族の感情は流動的です。好きだって思っていても口にせず、関わろうとする時間が短くなれば、愛情も目減りします。《片翼》という繋がりや唯一無二の存在であることを人族である私たちは本能的に理解出来ない。人族の愛情は一つじゃないから、だから人族の伴侶を選ぶ時はとっても面倒で、努力が必要です」
「努力する……」
「(……生贄だって思っていたのは、私の勘違いだった? ううん、まだ答えを出すのは早いわ)じゃあ、私もルティ様と一緒に居られるように努力します。お互いに自分の種族のことを、価値観のことを何度も話し合って、そうやって無理のない範囲でルールを決めるのです」
「それは……違う種族だから?」
ポロポロと涙をこぼすルティ様の頬にキスをする。
「種族が違うのもありますが……。ルティ様の常識と、私の常識が違うように、伴侶としての考え方も生き方も違うのですから、折り合いを付ける必要があるのです。それがなかったら」
「なかったら?」
「こちらのお二人のように、今まさに破局して人族側が死ぬところです」
「「!?」」
ルティ様は床に突っ伏している青年を見た直後、私を抱きしめて「そんなのは駄目だ」と震えて怯えている。鳥竜族の女性は結界に張り付いてドンドンと叩きながら泣いていた。
「そんなの駄目よ! やっと見つけた《片翼》なのに!」
「《片翼》という理由だけなら、今のセリフは人族的に好感度マイナスです」
「──っ、出会った頃、小鳥の姿で怪我して……私を助けてくれたのよ。魔物の鴉相手にボロボロになりながらも、助けてくれて……ふわふわの金髪と笑顔を見た時にこの人だって……この人しかいないって……だから、死んじゃうのは、いや」
なんだ。ちゃんと好きになる理由はあるのね。
それにちょっとだけ救われた。ブリジットも、もしかしたら私が気付かなかっただけで、生贄ではなかった?
よく考えれば生贄の発想は、あの二人によって植え付けられたものだった? そうだとしたら筋は通る。
「ルティ様、死にかけているこの方をなんとかできますか?」
「求愛紋が中途半端に刻印されているせいで、魔力炉が未完成の状態だな。その器官が正常に活動してなくて毒に似た症状が出ている。……鳥竜族、お前はあの状態から一度解除はできるか?」
「……解除は、無理。私たち鳥竜族は求愛紋を施すしかできない」
「では私が一度解除しよう」
「──っ」
パチン、と指を鳴らすことで苦しんでいた青年の求愛紋が砕けた音が聞こえた。意図も簡単に求愛紋を解除したことに声が出ない。忘れていたけれど、ルティ様は神々の次に力を得た天狐族だったわ。
「危なかったな。あと一刻ほど遅かったら肉体が持たなかった。魔力炉は人族にはない器官だ。それを作り出すために半年ほど時間を掛けて肉体に馴染ませ、できるだけ傍にいることで形成する。それを数時間で施そうと勇み足を踏むから、肉体が拒絶してしまうんだ」
「そ、そうなのか!?」
魔法の事になった瞬間、金髪碧眼の青年が目を輝かせて話に割り込んでいた。うん。この人は間違いなく魔法好きだわ。
「人族は無知だな。《片翼》に選ばれた場合、本能的に──」
「「「?」」」
ルティ様は目を見開いてハッとしていた。そのあと滝のような汗を流しつつ、油の切れた機械人形のごとく首を私に向ける。この表情、ちょっと新鮮かも。
「シズク……。もしかして魔力炉がなにかとか……《片翼》について知識は……」
「そんなものないですよ? 魔力炉ってそもそもなんなのです? もしかして魔力炉があると高度な魔法が使えるとか? 《高魔力保持者》が《片翼》と触れ合うことで、魔力消費を促すことなら知っていましたけど?」
「嘘……でしょ、《片翼》の常識とか……人族は知らない?」
「知りませんよ。……そこの王子様、この世界では常識だったりします?」
急に全員の視線が王子に向けられる。その圧に困惑しつつも答えてくれた。
「い、いや……。魔力炉は人族以外の種族にある……とは古文書で読んだぐらいで……魔法を生業にしている王宮魔法使いでも知っているかどうか……。《片翼》についても名誉なことと書物には記載されているが、人身御供の生贄という認識が根付いている。贄と引き換えに五穀豊穣を齎すとかが伝承として根付いているな」
「「………………」」
再び重苦しい空気がしばらく流れたのだった。




