おばさんになっても愛してくれますか
ある朝、目覚めると、おばさんになっていた。
あたし花の女子高生だったはずだよね?
階段を降りて、ダイニング・キッチンに姿を見せると、お母さんが声を上げた。
「あ……あれっ? お姉ちゃん!? いつの間に来てたの……って、違うね? ……誰? もしかして……ふみ子?」
さすがお母さんだ。三姉妹の真ん中のあたしの名前を一発で言い当てた。
一瞬、洋子伯母さんと間違えたのはしょうがない。
何しろ肉親──顔が似ているし、お母さんより歳がちょっと上なのだ。
朝っぱらから家族会議が行われた。
議題はもちろん、あたしをどうするかについてだ。
「一生このままなんだろうか」
父が深刻な声で言う。
「それも面白くていいんじゃね?」
姉のとみ子が冗談口調で軽く言う。
「何の病気? 遺伝だったらやだよ。あたし、おばさんになりたくない」
妹のなみ子が無遠慮に言った。
「とりあえず学校、行きなさい」
お母さんがあたしに命じた。
「先生には事情を話しておいてあげるから。学生の仕事は学校に行くことよ。そして帰りに病院へ行きなさい」
包帯で顔をぐるぐる巻きにして、学校に行った。
「誰?」
親友の英恵に聞かれた。
「ふみ子だよ」
「顔、どうしたの?」
「見る?」
トイレに行って、個室に二人で入って、あたしが包帯を取ると、英恵が絶叫した。
英恵が逃げ出した後、一人残されたトイレで鏡を見た。
おばさんだなあ……。
アラフィフって感じだ。
そして醜かった。
あたしは結構男子から人気あったのに……。
若さだけだったんだな。
そう思うと、涙がこぼれかけ、すごく高時に会いたくなった。
慰めてくれるかな?
それとも……
あたしは高時を信じることにした。
付き合いはじめてもうすぐ2ヶ月。
高時とあたしは楽しさ絶頂の時期だった。
彼はとても優しくて、明るくて、あたしが作りに行った中華料理を「うまい!」「これ最高!」と言いながら食べてくれた。
スキンシップもたくさんしてくれる。
……でも、こんなおばさんになっちゃったら、もう触れてもくれないかな。
顔に包帯をぐるぐるに巻いて、隣の教室に入った。
みんながぎょっとしてこっちを見た。
「誰……?」
「ゾンビ?」
「ここから惨劇のはじまり?」
「きゃーーっ!」
どよめく人たちをかき分けて、恐怖に目を見開いている高時のところへまっすぐ歩いた。
助けを求めてオロオロする高時を安心させようと、やわらかい声で言った。
「ふみ子だよ」
「ふ……、ふみ子? ……なぜに包帯ぐるぐる巻き?」
「……来て」
あたしは屋上に高時を連れ出した。
告白した時よりも緊張しながら、報告した。
「朝起きてみたら……ね、おばさんになってたの」
「は?」
「見せたほうが早いね」
あたしは屋上の手すりを越えて飛び降りる思いで包帯を取った。
どんどんあらわになるあたしの老けた顔に、高時の目が驚きでどんどん開いていく。
「うーん……。これは……」
高時が捨て猫を見つけて困った時の声で言った。
「確かにふみ子だ」
そう言って、顔に優しく触れてくる。
「どうしたらいい……?」
あたしは泣き出してしまった。
「別れたほうがいい?」
「とりあえず……」
高時がいつもの明るい声で、言った。
「帰り、俺んち来いよ」
そして頼もしい笑顔をくれた。
あたしは病院には行かず、彼の部屋へ行った。
「……あ。病院とか行かなくてよかったのか?」
そう聞いてくれる高時に、あたしは笑顔を見せ、首を横に振る。
「大丈夫だよ。ネットでお医者さんに質問したら『それは超常現象だね〜。大人をからかわないでね』って言われたぐらいだから。行ってもたぶん、どうにもなんない」
それにあたしも、病院に行くより、高時の部屋のほうが癒やされる気がしていた。
「とりあえずお菓子食う?」
高時が棚から珍しいお菓子を取り出した。
「バイト先の店長からもらったの。台湾のお菓子だって」
高時がいつもと変わらない。
あたしはクッションに座って、チュロスみたいなそのお菓子を笑顔で食べたけど、これって傍目に見たら、彼が彼の叔母さんをもてなしてるみたいじゃない?
「おばさんになっても愛してくれるの?」
聞いてみた。
「結構、かわいいよ」
意外な答えが返ってきた。
「高時って……」
聞いてみた。
「ババ専だったの?」
「ははははは!」
豪快に笑われた。
「見た目が変わっても、ふみ子はふみ子ってだけだよ」
信じられなかった。
もしかしてウチの財産を狙ってる!? ……って、ウチはそんな金持ちでもなかった。
「とりあえず音楽聴こうぜ。何がいい?」
「じゃ、沖縄のあのジューシーなやつ」
かわいいブルートゥース・スピーカーから、マンゴージュースみたいな声で沖縄ガールが歌い出す。
フラフラした陽気なそのリズムに乗って、高時があたしの肩を抱いて揺れる。
「大丈夫だ」
高時が囁くように、言った。
「おまえが歳取ってもそんなにかわいいって知ったから、大丈夫」
わかった。
高時はあたしの気持ちをわかってくれてるんだ。
突然おばさんになってしまったあたしがどれだけ不安でいるか、それをわかって安心させようとしてくれてるんだ。
思わず首を横に伸ばして、彼の頬にキスをした。してから不安になった。
こんなおばさんにキスされて、高時が不快そうな顔をしたら……
でも彼は優しい笑顔をこっちに向けて、唇にキスをし返してくれた。
あたしは涙が止まらなくなって、彼に抱きつき、彼の鎖骨を唇でカミカミした。
次の日も次の日も、あたしはおばさんのままだった。
みんなはもう慣れてしまって、親友の英恵とも元通りの仲良しになった。
でもあたしはだんだん不安になるばかりだった。
そのうち元に戻れるんだろうか?
このまま一生おばさんのままだったらどうしよう。
「見た目がどうでも、ふみ子はふみ子じゃん」
高時は変わらず笑ってくれる。
「俺はずっと愛し続けるよ」
そのうち、あたしは希望をもつようになった。
高時はそう言ってくれるけど、若くてかわいいあたしを彼にあげたい。
もしかしたら今、あたしはさなぎ病なのかもしれない。そう思うようになった。
醜い時期を経て、あたしは今、絶世の美少女に脱皮しようとしているのかもしれない。
根拠もなく、そう思うようになった。
高時が顔に包帯をぐるぐる巻きにして登校してきた。
「も……、もしてかして……」
屋上で、あたしは高時に聞いた。
「高時も……?」
彼は悲しそうな目をして、包帯を解いた。
40歳ぐらい老けた高時の顔が現れる。
目尻のシワが精悍で、あたしはかっこいいと思ったけど──ショックだった。
「もしかしてキスしたから!? うつしちゃった!?」
ショックで大きく開いた口を塞ぐしかなかった。
「今日、帰りに二人で病院に行こう」
まるであたしが妊娠したみたいな台詞を高時が口にした。
二人とも絶望を顔に浮かべ、それきり沈黙してしまった。
「こ……、これは……!」
あたしたち二人の学生証と、目の前に揃えた顔を見比べながら、医師は言った。
「……何だろう!?」
急激に老化する病気はあるらしいけど、それとは違うと言われた。
やっぱり病院に来たのは無駄に終わった。
気休めの抗生物質だけを処方されると、二人並んでトボトボと帰り道を歩き出す。
「なんか……、長年連れ添った夫婦みたいだよね」
カーブミラーに歪んで映った自分たちを見ながら、あたしが言った。
「しっくりくるよな」
高時もうなずいた。
「このまま結婚する?」
「いいけど……」
あたしは下を向いた。
「たぶん赤ちゃん、産めないよ? 高齢出産だから」
「体は若々しいままだったじゃん」
「うん。生理もあるけど……」
「大丈夫! 俺たち、見た目はこんなだけど、元気あるじゃん! 若いんだよ、俺ら、こう見えて! 引き続き青春しようぜ!」
笑うと精悍なシワがより増えた。
高時の言葉にくすっと笑ってしまった。何も不安なことなんてないように思えてしまった。
「よーし! あの夕陽まで競争だ!」
高時が古い青春ドラマみたいなことを言い出した。
「あーっ! 待ってよ! 置いてかないでよ!」
あたしは全力で彼の背中を追いかけた。
次の朝、あたしは脱皮していた。
やはり、おばさんの姿はさなぎだったのだ。
おばさんの抜け殻はすぐにゴミ箱の中に片付けた。
あたしは若さだけが取り柄の女の子から、絶世の美少女になって、姿見の前に立っていた。
「もしかして……、高時も……?」
元々かっこいい高時がどんな姿になってるか、興味が止まらなかった。
あたしを見て息が止まってしまっている家族四人の前を華麗にすり抜け、あたしは学校へ急いだ。
「やあ」
校門のところで待ち伏せされていた。
映画の中でしか見たことないような王子様がしなやかに立ち、あたしを待っていた。
「た……、高時!?」
「ふふ。そうさ。見てわからないか?」
高時はサラサラの髪をキラリと風になびかせた。
「俺はすぐにおまえだとわかったぞ? ふみ子」
みんながあたしたちを見て、目を輝かせた。
ハリウッドのスター夫婦を眺めるように、口に手を当てて、嬉しそうな顔をしていた。
あたしは一生、高時について生きて行こうと思っていた。
だって、おばさんになっても愛してくれるってわかってるから。