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桜子さんのそんなに怖くないお話

夏のホラー企画を帰り道に書く。

作者: 秋の桜子

 なろうのホラー企画が今年も来た。


 楽しみな日々が始まる。ウェブ媒体はどこでも読めて、どこでも書けるのがメリット。


 休憩時間で。ちょっとした待ち時間で、ベットの中で。


 しかし外ではなるべくひとりの時と決めている。なぜなら私は面白い作品を読んだりネタが閃いたその時に、はっきりと感情が顔に出ると周囲から指摘されたから。なので電車を使う通勤時は、特に読みたい気持ちをこれでもかと抑えている。


 でも、ひと通りの少ないルートを歩く時は……。


 いけないことなのだが、誘惑にひょいと乗ってしまう。


 携帯機器を取り出し虹彩認証、ロック解除。ログイン。歩きながらは批判の対象だが、こうして読むのは慣れたもの。私の持論なのだが。


 歩きながらでも読めるのならウェブ媒体ならば、なんとかポチポチ。書けるのである。ラインの返信と何ら変わりはない。


 活字中毒の私は子供の頃から、二宮金次郎の如く、図書室から借りた本を家に帰るまで辛抱できずに、それらを読みながら帰っていた。


 ひと通りが少ない道をルートに使えば全然、大丈夫。と。


 思っていた

 思っていた。





 お昼休みが終わろうとしている。デスクでコンビニのおにぎりを烏龍茶で流し込んで、サクッとメロンパンを齧り、烏龍茶で流し込んで。空腹が満たされればそれでいい。


 ホラー企画『帰り道』の読破に忙しいから、そこは二の次。そして休憩時間も終わりに近づいて来た頃、読めば蒸し暑さからの開放。背筋が涼やかになるような作品に出会った。そして、影響を受けたのか、何か書いてみたくなる。


 あれこれ思案をめぐらす、午後からの頭の中は。


 これから

 どうする


 これ一択。


 仕事が終わる。外はもう夜の帳が下りている。禍の病からの開放。ちょっと呑みに行こうと同僚の誘う声。オフィスビルを出るとそこは、大気中の水分がぬるま湯に変化を遂げたような蒸し暑さ。


 少し心を惹かれたが断った。


 駅に向かう。幾回目かの帰宅時を迎えている場は、どこもここも。


 人、ヒト、人。


 流れに乗り何時もの電車に乗り込み、数日から使っている駅で下りる。越してきたばかりの住まいがある処は、それほど大きなタウンではない。定時の時間帯ならば乗降客も多いがピークを過ぎると、一気に利用客はまばら。


 ホームには。ひとり。


 ポケットの中から密やかな誘惑。


 とりあえず。


 駅から出ることに。



 こういう日に使うルートは禍の病影響なのか、それとも駅裏にある大型スーパーとドラックストアに集客を奪われた結果なのか。程よく寂びれてしまった、駅前商店街のアーケードを抜けるに限る。



 夜になれば人通りが皆無となることから遠回りにはなるが、このルートがあることを知ってからはちょくちょくと利用をしている。 


 時折。ここをひと息で通り抜ける事を愉しむ、チャリやスケボー、肝を冷やしたのには単車もあった。


 それらをマイルールで操る、風神雷神達に気をつけなければならないが。



 ジー。パッパッ


 アーケードの常夜灯が球が切れかけているのか、時々に点滅。


 アーチになっている天井はまだしっかりと、雨風から商店街を守っている。タイル張りの足元。両サイドに続く、煤けたねずみ色のシャッターの店舗。剥げた塗装、名残の店名。


 ポケットの中から誘惑。


 うん。ひとりだしいいか。


 歩きながら片手で虹彩認証、ロック解除、ログイン。


 マイページを開いて、ラインの返信文を打つように、ポツポツと文字数を重ねて行く。


 ジー。パッパッ。


 チカチカと常夜灯。下から照らすブルーライトがあるから気にはならない。うつむきがちに歩き、途中止まり。また進み、ポツポツ文字を打ち込んで。


 時々に視線を上げ前方をちらりと確認。これは歩き読みをしていた時に、溝はまった事が幾度となくあり、すっかりと習慣になっている。


 少し先に人がいるらしい。確認を終える。

 視線に捉えた赤い足元。きっと赤い靴なのだろう。

 鮮血のような真っ赤な色が印象に残った。女の人だろっか。


 ポト・ポト


 屋根に溜まった雨水が、どこかで落ちているのだろうか。


 ポト・ポト


 小さく耳に響く。


 うつむきがちに、ゆるゆる歩く。

 うつむきがちで不意に止まる。

 こみ上げるのが判るニヤニヤ笑い。


 時折、表情を殺して確認の為に視線を上げれば。


 赤い色が視界に入る。足元が目に残る。

 スススと、滑るようにそれは進んでいた。


 ポト・ポト


 うつむきがちに、ゆるゆる歩く。

 うつむきがちに不意に、止まり。

 ポツポツと文字を打ち込んでいると。


 背後からにぎやかな声。気配が近づいて来た。

 完全に立ち止まると振り返る。


「ボッロボロ!子ども頃に七夕祭りとか、ここでやってたの、嘘みたいね」

「ほんと。ちょっと淋しいよね。七夕なのに、なあんもない。小さい頃は笹飾りが、ずらずら並んでいたよね」

「出店もいっぱいあったのにな。ああ、春だったかなぁ……、アレからひと気に、残っていたお店閉じちゃったよね」


「うん。何だっけ。連続で轢かれたんだよね。チギレていたとかなんとか。可哀想よね。犯人はまだ、捕まっていなかったっけ……。監視カメラなんかなさそうだし、あっても壊れてそう」

「可哀想だけどさ、そのコも動画かなんか見ながら、こんなところを歩いていたらしいし……、どっちもどっちじゃない?」


「まっ。そうかもね」


 カラコロ。カラコロ。


 楽しそうな足音が華やかな声と共に近づく。


「で。この先にあるの?お店」

「うん、そこに路地に入る場所があってさ、この前先輩に連れてってもらったの、その時に七夕祭りをするから浴衣を着てきたら、ウェルカムドリンクをサービスするよって話で……」


 カランコロン。タイル張りを歩む下駄の音。


 白い足元がタイルを軽く蹴るように進んできて、私の数歩先の目の前で、朝顔と百合が、ふわりと袂を揺らし角を曲がり目的地へと姿を消した。


 ふう……。なんだろうか。夢から醒めた。

 残りは、部屋に戻ってから仕上げよう。


「あれ?」


 疑問が声になる。


「……、うん。きっと気の所為。気がついてなかっただけだよきっと」


 ハハ……。口の中が乾く。前方の赤い靴の映像。

 ハハ……。足音は聴こえたかな。脳裏に浮かぶ。

 ハハ……。アレ。アレ。宙に浮いてなかったか?

 ハハ……。ここで何があったんだ?何があったんだ。


 手にした携帯機器をポケットに押し込むと、そのまま進む気になれなく戻る事にした。


 ジー。パッパッ。


 常夜灯が点滅。


 スタスタと早足で歩く。

 タッタッと響く私の足音。

 足音が結構、響く事に衝撃。


 誰も居ない空間に響く。振り返りたいのをこらえる。


 気が付かなかっただけなのか、随分と周りが薄ら暗い。


 暗く感じるのはなぜだろう。少し前まで、あの彼女達が着ていた浴衣の柄も色も、タイルを蹴る白い足元も、くっきりと見える明るさがあったというのに。


 進行方向の先は何故か、漆黒。闇に溶けて何も見えないじゃないか。


「常夜灯が、きっと、切れた、だけさ……」


 ペロペロ。乾く唇をなめる。

 ドクドク。危機を察する脈。


 スゥゥゥ。空気が凍え始めた気がする。


 目を閉じたくなってしまう。前方の闇を見たくない。


 見たくない、みたくない、ミタクナイ。


 しかし踵を返してそちら側にも進みたくない。


 ポト・ポト


 さっきから耳に残る音は足音なのか?ポト、ポトってなんだ!?ペタ、ペタの……、聞き間違えと思いたい。


 ポト・ポト


 立ち止まる私に近づいて来ているのか。再び聞こえ始めた。


 ポト・ポト


 私の周囲のみ、ポッカリとスポットライトが当たったように、シャッター街の商店街の風景。


「……。これって。ネ、ネネネタになる……」


 カタカタと歯が鳴る中で現実逃避。この瞬間、味わっているこの恐怖を書いたら……。


 リアルタイムで書いて投稿をしたら……。腐った根性が頭をもたげる。ポケットに手を突っ込み、携帯機器を握りしめる。


 ポト・ポト

 ポトン・ポトン


 背後から?前方から?音が近づいて来た。


 ポトン・ポトン


 ネタ、ネネネタ。とんでもない。目を閉じたくても無理。凝視をしていたからなのか、ソノ音が前から近づいて来ているのが判った。


「う……」


 ゾワゾワ!

 カタカタ!


 ポトン・ポトン


 闇に溶け込み判らないが、つま先だけ……、


 ポトン・ポトン


 見えた気がする……。スレスレに宙に浮いているつま先が……。赤い靴なんて履いていないじゃないか!


 ポトン・ポトン


 ゾワゾワ!

 ガタガタ!


 鮮血のような。濡れたような。真っ赤な。つま先が。


 ポトン・ポトン


 色が……!


「わぁぁぁぁぁぁ!」


 くるりと身体を回すとポケットから手を抜き、両耳をしっかりと抑え、目を閉じ、私は叫びながら走り出した!


「わぁぁぁぁぁぁあ!」

 ゾワゾワ!ガクガク!


 腹の底まで冷え込み、そのままひと気にアーケードを出口迄、抜けた。そのまま力の限り走る。


 走る、走る。


 借りたばかりの。荷物もまだ、段ボールのままの。部屋まで。


 走る、走る、はしる、ハシル。


 ハアハア、息が続かなくなり立ち止まる。途端、ミストが沸騰したような。猛烈な蒸し暑さに包まれた。


「ハアハア。何だったんだ?クソ!」


 腹が立ってきた。何故か理不尽な事に巻き込まれた感満載。でも……、これで振り切った。あそこから出て来た!現実に戻ったんだ。大丈夫、大丈夫。早く部屋に戻ってコレを作品にしよう。


「滅多とない経験ができたな。二度と味わいたくないけど……、早く帰ろ。でも、その前にどっかで飲み物……。コンビニって、この近くにあったっけ?この辺、まだ詳しくないんだよな。今、何時なんだろう」


 ハアハア。ハアハア。蒸れた空気に包まれながら私はポケットから携帯機器を取り出した。


 虹彩認証でロック解除。

 立ち止まったままだと怖いので、そのまま歩く。


 もう。アソコは帰り道に絶対使わない。


 心に決めて時間の確認をして……。近くのコンビニをググって、店舗に向かって画面を見ながら歩いていると……。



 ポト・ポト


「え……」


 ポト・ポト


 音が……。



 終


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― 新着の感想 ―
[一言] 夜の商店街が一人では歩けなくなりそうです・・・。
[良い点] 日常エッセイかと思ったら、徐々に非日常に。 現実にありそうで、とてもよかったです! (*^^*)
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