お隣のイケメン兄弟は善良な一般エイリアンでした
マンションの隣室に、すごいイケメンの兄弟が越してきた。
「こんちは……」
「こんにちはー! 今日から兄と二人で越してきました。これ、ツマラナイ物ですがどーぞ」
「あっ、ご、ご丁寧にどうも」
肌綺麗すぎ! 歯ぁしっろ!
背ぇたっか! 足なっが!
別に人見知りでもなければ面食いでもない(つもりの)私が緊張する程のイケメンっぷりである。
兄の方は少しクールな細マッチョの黒髪さんで、弟の方は人懐っこそうな笑顔が素敵な茶髪くんだ。
二人は今時の若者にしては珍しい位丁寧にお辞儀をすると、何やら小突き合いながら部屋へと戻っていった。
貰った白タオルすらセンス良く見える不思議。
思えばこの時点で私の運は使い果たされたのかもしれない。
◇
数日後。
残業に次ぐ残業でヘロヘロになりながら帰宅していた時だ。
時刻は深夜0時を回る頃。
私は早く帰りたい一心で、普段は通らないひと気の少ない近道を使ってしまった。
「……!……!!」
「…………」
──何だろうか?
どうやら揉めているらしい誰かの話し声が聞こえてきた。
足早に通り過ぎようと思った矢先に男の悲鳴が上がる。
「ば、化け物!……っヒィ!?」
駐輪場の陰からチカッと青白い光が走り、私は見てしまった。
隣人の兄弟と、その足元に倒れている大柄な誰かの姿を──
「キャ!?」
「!? あ、アンタ……」
冷ややかな兄の目がこちらに向いた瞬間、私は堪らず駆け出していた。
何今の、何アレ何アレ何アレ!?
いくら見た目が良くても危ない人は勘弁である。
事件に巻き込まれるのも御免だが、もう手遅れかもしれない。
全力疾走している内に見慣れたコンビニが見えてきた。
24時間営業、バンザイ。
私は匿って貰うべく店内に駆け込み絶望した。
「おい、死にたくなけりゃレジの金を全部出しな!」
「ひぇぇ、誰か助けてぇぇ!」
いや助けて欲しいのは私だから!
何でこのタイミングでコンビニ強盗なんてやってるんだ。
せめて日を改めろ!
などと怒っている場合では勿論ない。
やたら大きな包丁を持った覆面男が苛立たし気にこちらを向いた。
「あぁん? てめぇ何見てんだ!」
そりゃ見るだろ。
鏡見てから自分の行動振り返ってほしい。
「通報なんてしたらブッ殺すからな!」
出入り口に立つ私が目障りだったのか、なんと男は包丁を振りかざしてきた。
危なっ!
「キャ……!」
ゴンッ
反射的に頭を庇うと、何やら頭上で鈍い音。
「……え?」
「大丈夫? お隣さん」
目の前にいたのは隣人の弟の方だった。
彼の背中越しに強盗の困惑する声が聞こえる。
「なっ!? 包丁が……テメェ何しやがった!?」
「ねぇ君、ジュートーホーイハンって、ここでは犯罪なんだよ」
「うるせぇブッ殺すぞ!」
もう駄目だ、キャパオーバーだ。
助けてくれた弟くんには悪いけど、正直私は貴方も怖いのだ。
ってな訳で──
「もう嫌ぁっ!」
パニクった私は再び店外へと逃げ出した。
「アレっ? お隣さん!?」
後ろの方で驚く声が聞こえたが許して欲しい。
こちとら今までトラブルなく平凡に生きてきた、しがない地味OL──いわばモブ一般人なのだ。
「っ!?」
突然、けたたましいタイヤ音が近付いてきた。
今度は何だ。
振り向くと大型トラックが視界いっぱいに迫ってくる所で──って何で!?
ここ歩道!
「危ねぇっ!」
誰かに突き飛ばされて勢いよく転倒する。
あちこち打ったし擦りむいた気もするが、お陰で轢かれずに済んだ。
後ろの方で聞こえた衝撃音の顛末を確認する余裕はない。
「な、な、な……」
「? ゲンゴショウガイか。頭部でも打ったか?」
不思議そうに顔を覗き込んできたのは隣人の兄の方だった。
ナチュラルに顎クイすんな、ウッカリときめく所だったわ。
「あ、あの……何が……」
「居眠り運転のようだな」
マジかよ。
私って今日は厄日なの?
俄にざわめき始める周囲を気にしてか、お兄さんは私をヒョイと抱き上げると迷いのない足取りで歩きだした。
「え、ど、どこに……?」
この先は工事現場である。
まさか口封じに埋められるのではと身構えたものの、どうやら普通に帰るつもりらしい。
「家以外に何処がある。それよりアンタ……見たのか」
「みみみ見てません! 何も全く見てません!」
駐輪場での話だと瞬時に察し、ブンブンと首を振る。
彼は暫し考える素振りをすると、弟くんと合流するなり訳の分からない話をし始めた。
「おい、この人何も見てないと言ってるが」
「え、そうなの?……あ、本当だ。心配して損しちゃった」
「損はしてないだろ」
「確かに。強盗は止めたし、お隣さんも運転手さんも助けたし、損はしてないね」
???
意味が分からない。
「あのー、とりあえず落ち着いたんで降ろして貰えます?」
いつまでも姫だっこは心臓に悪い。
お兄さんは意外にもすんなりと降ろしてくれた。
なぜ「何も見なかった」という私の言い分を信じてくれたのかは謎だが、正直助かる。
「えっと、驚いて逃げちゃってすみません。二人とも助けてくれて本当にありがとうございました」
そう頭を下げると同時に、ガキン! とバカにでかい音が周囲に響き渡った。
「? 今の音は……?」
「危ない!」
ま た か よ 。
ガシャーンともゴワーンとも取れる轟音が私達を襲う。
まるで強い地震のような震動だ。
腰が抜けた私の眼前には、落下してきた鉄骨の下敷きになって倒れている弟くんの姿があった。
「うそ、嘘嘘、やだっ!?」
また庇われたらしい。
長いI形鋼の重さなど私には想像もつかないけれど、命に関わる重さな事だけは分かる。
え、これまさか死──
「……ックリしたぁ~!」
「はぇ!?」
ムクリと起き上がり鉄骨を退けたのは、弟くんによく似た「ナニカ」であった。
「え、だ、誰?」
「ん? 誰って?」
「馬鹿。擬装解けてるぞ」
横で動じる事なく溜め息をつくお兄さんに再び疑心を抱く。
何故なら弟くんらしき人物の肌は水色で、髪の色も少し発光していたからだ。
服装や髪型は元のままだけに違和感がすごい。
「え、何なの、っていうか大丈夫なの!? 怪我は!? 痛くない!?」
「ヘーキヘーキ。俺達、地球人より頑丈だから……あっ!」
「地球人? 俺達?」
まるで自分達は宇宙人のような言い方ではないか。
小さく「馬鹿」と呟くお兄さんをソッと見上げると、彼は険しい顔で弟くんの頭を小突いた。
「コイツ、驚くとすぐに青ざめるんだ」
「でも髪が光ってるし」
「鉄骨に蛍光塗料が塗られていたんだな」
「いや流石に無理があるわ」
騙されるかーい。
少し強気で突っ込んでしまったけれど、悪い人ではないと分かってきたので問題は無いだろう。
二人は私を立たせた後、観念したように口を開いた。
「俺達はアンタ達の言葉で言う所の宇宙人……エイリアンだ」
「すみません。言い直して貰えます?」
「……我々ハ、宇宙人ダ」
優しいなぁ、ありがとうございます。
「その話が本当だとして、地球には何をしに?」
信じるのもどうかしてる話だが、これだけの連続ハプニング後では信じるしかない。
それにもし「地球を侵略しに来た」なんて言われでもしたら命乞いをしなければならないだろう。
心の準備は大切である。
「弟は大学のフィールドワーク。俺は大学の卒論研究で来た」
「あ、宇宙にも大学あるんだ」
疑って申し訳ない。
どうやら彼らは「地球の日本」というド・マイナーな文化を学びに来ていただけの一般学生エイリアンだそうだ。
「現地人とのトラブルは減点対象となる」
「さっきは知らない人に絡まれてね。ちょっと油断して擬装が解けた所を見られちゃったんだ」
「そ、それで口封じを……ハッ!」
まさか正体を知った私もあの男のように倒される!?
思わず後ずさりする私に、弟くんは慌てた様子で首と両手を振った。
「いやいやいや、お隣さん、なんか誤解してない!?」
「俺達はあの男の数分間の記憶を消しただけだ。話し合いも出来そうに無かったからな」
「記憶を……消す?」
そんな映画みたいな。
至って真面目に「流石に問答無用で人様の記憶は消さないよー、信じて!」と弁明する弟くんの仕草が申し訳ないけど面白い。
「まぁ、色々ぶっ飛んでるけど信じるよ」
「良かったぁ~」
「いや良くはないだろ。身バレ、減点」
そう突っ込むお兄さんも、私の記憶を無理に消すつもりはないようだ。
「俺達に助けられたと思うなら、どうかこの事は内密にしてほしい」
「分かった。誰にも言わない」
その位どうって事はない。
むしろ今月の給料を渡しても足りない位の恩人である。
改めてお礼を告げれば、弟くんが元気良く食い付いてきた。
「あのさ、あのさ! 俺達ってまだまだ地球文化に疎いんだよね。記憶を消さない代わりにって訳じゃないけど、良かったら地球の事とかも色々教えて!」
「規模デカ……別に構わないけど、例えばどんな事が知りたいの?」
学術的な事はもとより、ちょっと小難しい話すら苦手な私に答えられるような質問だろうか?
二人は整った顔を見合わせると、清々しい笑顔で声を揃えた。
「「この辺で一番安いスーパー」」
「この先の信号右ね」
全然問題なかった。任せろ。
何なら隣町スーパーのタイムセールまで教えられるわ。
──この出来事が私とイケメン隣人兄弟とのドタバタ生活の幕開けになるとは、この時の私は夢にも思わないのだった。
<あとがき>
本当はこの直後、主人公が聖女的なアレで兄弟もろとも異世界へ強制転移される予定でした。
召喚者としては聖女を完全に「転生召喚」する為に主人公を亡き者にする手筈だったり。
(不運の連続はそのせい)
……が、何も知らないエイリアン兄弟が助けてしまったので不完全な転移となった次第です。
真の不運は彼らだったのかもしれません。
兄「一定期間地球からの連絡が途絶えれば母星から救援が来るから問題ないな」
弟「救難信号も出しておいたし、早くて二週間、長くて一ヶ月くらいかな? 置いてかないから安心してね、お隣さん」
OL「あなた達、ちょっと神経太すぎない?」
国王「聖女とそのお供よ。勇者と共に旅立ち世界を……って聞いてる?」
兄弟「「これが有名な日本カルチャーの異世界転生か!!(テンション爆上げ)」」
OL「転移ね、転移。まだ生きてるから」
国王「聞け!」
こんな感じでした。
収集がつかないので泣く泣くボツに。
最後までお読み下さり誠にありがとうございました!